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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
二章:斧の反乱
43/107

2-25

【あ、主殿! こっちに来る!】

【うろたえるな! あの技は一度見た! 対策は分かっている!】


 アウロは急降下してくるダグラスに対し、すぐさま機首を持ち上げることで応じた。

 と同時に、ガンランスの照準を敵機に合わせ、立て続けにトリガーを引く。

 闇夜に砲音が轟き、真っ赤な閃光が空へと打ち上げられた。


『しゃらくさい! その程度の攻撃で――!』


 対するダグラスは迫る魔導弾を機体を捻ることで回避した。

 更に、アフターバーナーを噴かせて自機のスピードを加速させる。

 ここまではナーシアの時と全く同じだ。アウロとしても織り込み済みである。


 問題は、ここからだ。


 ダグラスの垂直反転攻撃は、敵機にチャージしながら二段階の加速を行っている。

 一回目はアフターバーナーによるもの。二回目は可変翼ヴァリアブルウィングを用いた空気抵抗の変動によるもの。

 そして、機動の要である翼を畳んでしまっている以上、二回目の加速の後は回避行動を取ることができないはず。


 だからこそ、迎撃する側はタイミングを見極めることが肝要だ。

 少しでも反応が遅れれば、超音速の刃に頭部を刎ね飛ばされてしまう。


『が――あああぁぁぁぁぁっ!』


 やがて、神経を張り詰めさせるアウロの前で、敵機は闇の中から躍り出た。


 刹那、《ブラックアニス》を中心として蒸気が凝結する。

 虚空に形成された純白のリングを発射台としながら、音速を突破した機竜は右腕甲のハンドアックスを振り上げた。

 両翼は既に畳まれている。その姿は漆黒の砲弾そっくりだ。もはや、相手はこちらとの距離を詰めることしかできない。


 アウロが待っていたのは、まさにこの瞬間だった。


(ここだ……!)


 すかさず、アウロは相手の加速に合わせて左腕甲を振りかぶった。


 スピードというのは力だ。

 しかし、そこにはガラスの如き脆弱性が秘められている。

 なにしろ音速で移動している物体が他の物体と衝突すれば、その反動は通常の数十倍に跳ね上がってしまうのだ。


 だから、アウロは左腕甲に握っていたシールドを手放した。

 巨大なアダマントの塊を放り投げることで、ダグラスの目の前に壁を用意してやったのである。


『なに!?』


 驚きの声をこぼすダグラスだが、もう遅い。

 《ブラックアニス》の降下軌道は、回避不能な位置にまで来ている。


 ここからダグラスの取れる選択肢は、眼前に迫るシールドを防ぐことのみ。

 だが、敵機は防具の類を装備していない。右腕甲のバトルアックスだけで、重量のある金属塊を破壊するのは不可能。

 例え、左右どちらかのガントレットを犠牲にしたところで、アーマーの機能不全は免れないだろう。


 つまり、この状況は完全に詰みだった。


「……受け取れ、ダグラス。お前を打ち砕くのは、お前自身の超音速だ」


 アウロは自らの勝利を確信する。


 ダグラスが空っぽの左ガントレットを振り被ったのは、その直後のことだった。


『あまり――この《ブラックアニス》を侮るなよ、小僧!』


 瞬間、アウロは敵アーマーの左腕甲に漆黒の闇が集うのを見た。


 先ほどまでステルスに用いていた魔力を、機竜本体から汲み上げ、手の甲の一点に凝縮しているのだ。

 やがて、結晶化した闇は虚空に三本のかぎ爪を形成する。紛れも無く、骸装機(カーケス)の能力を用いた魔導兵装だ。

 シールドを装備していない《ブラックアニス》は、その代わり、手の中に鋭い爪を隠し持っていたのだった。


「なっ!?」


 流石のアウロもこれには意表を突かれた。


 驚きに目を見張るアウロの前で、ダグラスは迫るシールドに左腕甲を振り抜く。

 闇の魔力による爪撃は、一瞬でアダマントの塊を四つに分割してしまった。

 《エクリプス》が持つ螺旋槍〝スピレッタ〟に匹敵する威力だ。

 ダグラスはこの奥の手を、今の今まで温存していたのだった。


(猫は爪を隠すというが、これは……!)


 作戦失敗である。アウロはすぐさま次の手を考えた。


 流石にこちらを攻撃する余裕はなかったのか、超音速で降下した《ブラックアニス》はアウロの横を素通りしていく。

 が、ダグラスの空戦機動はここで終わりではない。急降下によって稼いだエネルギーを使い、今度は上昇しながら返す刃を敵機に叩き込むのだ。


 アウロの眼下で、ダグラスは再びバトルアックスを構えた。


『驚いたよ。俺に〝ダークタロンズ・トリアイナ〟を使わせたのはお前が初めてだ』


 『だが』と男は声に笑みを滲ませ、


『覚えておくがいい、ギネヴィウス! 勝負というのは、切り札の使い所で決まるということを!』

「……く!」


 すぐさま手綱を捌いたアウロだが、何故か機体の反応が鈍い。


【カムリ、どうした!?】

【わ、分かんない! なんか、空気が妙に震えて……!】

【なんだと? まさか――ソニックブームか!】


 音速を突破した物体は周囲に衝撃波をもたらし、その動きを拘束する。

 ダグラスはこうなるのを見越して、わざわざこちらの真横を通過したのだ。

 機動力を奪われた機甲竜騎士(ドラグーン)など単なる的も同然である。ダグラスの打った布石は、こちらの二手三手上を行っていた。


「ええい……!」


 アウロは限界までペダルを踏み込みながらも、ガンランスの狙いを敵機に合わせた。

 しかし、《ブラックアニス》は再び黒翼を広げ、迫る砲弾をかわしてしまう。

 高々と振りかざされたバトルアックスの刃が、おぼろげな夜光の中でぎらりと輝いた。


『詰みだ、小僧!』


 勝利の咆哮を上げながら、戦斧を真横に薙ぎ払うダグラス。

 迫る凶刃を前に、アウロの取れる選択肢は数えるほどもなかった。


 回避は不可能だ。機体の動きは既に封じられている。

 防御もできない。シールドはもう手放してしまった。

 迎撃も無意味だ。相手の攻撃範囲はこちらより遥かに広い。


 ならば――とアウロは左腕甲を背中にやり、腰に差していた剣を抜き放った。


 予備兵装として用いられるブレードは、刃渡り4フィートほどのちゃちな代物である。

 当然、これで長大なバトルアックスを受け止めるのは難しい。

 しかし、斬撃の軌道を逸らすくらいはできるはずだ。


『たわけが! そんな小手先だけの防御で!』


 だが、そんなアウロの目論見は一笑に付された。

 ダグラスはガントレットの手首をわずかに動かすと、バトルアックスの狙いをアーマーの胴から首元へ切り替えたのである。

 これにはアウロも背筋を凍らせた。鋼の重刃は既にこちらの喉元まで迫りつつある。


【まずっ……!? カムリ、全ワイヤーの拘束を解除!】

【ら、らじゃー!】


 咄嗟にアウロが放った命令を、カムリはコンマ数秒の速度で実行した。


 本来、三次元機動を重ねる空戦において、搭乗者を固定するワイヤーは必要不可欠なものだ。

 が、アウロは自らこれを解除することで、わざとアーマーをシートの上から滑り落とさせた。

 結果、首元を狙ったダグラスの一撃は甲冑の右肩を粉砕するだけに終わる。


「ぐぁっ……!?」


 たちまち金属片が散乱し、ガンランスを握る右ガントレットが根本から吹き飛んだ。

 おまけに拘束具が消えているせいで、アウロの体はシートから転げ落ちそうになってしまう。

 カムリは慌ててワイヤーを再構築した。編み上げられた魔力の糸が、すんでのところで壊れかけのアーマーを支える。


【主殿!】

【ぐっ……う。あの男、反応速度まで化け物じみているのか……】


 アウロはうめきながらも、ハーネスを両腕で握り直した。


 ヘルム内のディスプレイには、赤い『緊急事態(Emergency)』の文字が踊っている。

 計器を見れば、右腕甲が全損しているものの魔導回路マギオニクス自体は無事だ。

 アーマーを駆動させる人造筋肉繊維ファイバーサルコメアも問題なく動く。戦闘続行に支障はない。


 ただ、まずいのはガントレットと共に、機甲竜騎士ドラグーンにとって最大の武器であるガンランスを取り落としてしまったことだ。

 今、アウロの手の中にあるのはアダマント製のブレードが一本のみ。骸装機(カーケス)である《ブラックアニス》に対抗するには、あまりにも貧弱な兵装だった。


『ハッ! 咄嗟にワイヤーを緩めたか! とんだその場しのぎだな、小僧!』


 一方、敵機は悠々と旋回しながら再び突撃の機会を伺っている。


『ギネヴィウス、確かにお前の言うことにも一理あるさ。だが、貴様は現実を知らない。痛みと苦しみにうめく同胞たちを前に、黙って指をしゃぶっていろというのか? 武器を持って戦うのが間違いだというのか?』

「それは野蛮人の理屈だろう!」

『そうとも! 我らは戦士だ! モグホースのようなやり方で物事を変えることはできない! 女子供が苦しみなく過ごす世界を作るためには、誰かが血を流さねばならんのだ!』

「女子供が苦しみなく、だと? ならば、何故ハンナのような娘を戦士に仕立て上げた! リコットのような娘を自らの野望に巻き込んだ!」


 アウロはハーネスを左腕で引き、急旋回して相手の後ろに回り込もうとした。

 だが、ダグラスはもはや格闘戦ドッグファイトに乗ってこない。こちらと軌道を合わせ、強引に突撃をかけようとしている。


『……なるほど。どうやら、城内であの娘と会ったらしいな。そして、お前がここにいるということはハンナは負けたか』

「いや、戦ったのは確かだが勝負はつかなかった。途中で邪魔が入ったからな」

『フ、そうか。あの娘は強かっただろう? なにしろ、この俺が鍛えた戦士だ。男であれば、父親である俺すらも超えていたに違いない』

「なに……? まさか、ハンナはお前の娘か?」

『そう驚くこともなかろう。ハンナとリコットを今回の件に協力させたのは、あの二人が俺の娘だからだ。それを間違いと糾弾したければ、好きなだけするがいい。どのみち、貴様はここで終わりだ!』


 ダグラスはアフターバーナーを噴かせながら、バトルアックスを手にチャージをかけた。


 当然、狙いはこちらの右側面だ。ガントレットが失われているため、右方からの攻撃には対応のしようがない。

 ただこの時、アウロの脳裏に思い浮かんだのは《ラムレイ》に跨るナーシアの姿だった。

 あの男は《エクリプス》と交戦した際、右の腕甲を失いながらも回り込んでくる敵機を迎撃したはずだ。


(ナーシアのやり方を真似るのは癪だが……!)


 今は選り好みできるだけの余裕もない。


 アウロは即座に左のペダルへと全体重をかけた。

 重心を片側に偏らせた機体は、横方向へとローリングする。

 と同時に、アウロは左ガントレットに握ったブレードを真下から切り上げた。


『ぬっ!?』


 上下逆転の姿勢から放たれた斬撃に、ダグラスは息を呑む。


 しかし、あっさりガントレットを断ち切られたカラムと違い、ダグラスは振り上げられた刃を斧の柄で受け止めてしまった。

 ぱっと空中に火花が散り、二機の機竜がすれ違う。アウロが傷を負うことはなかったがそれは向こうも同じ。

 状況的には先ほどまでとなんら変わらない。こちら側の圧倒的不利だ。


『チッ、しぶとい男め。何故、お前はそこまでこの国のために戦う。貴様とて、多くの貴族たちにケルノウンの私生児と呼ばれ、侮られ、蔑まれているはずだろう。モグホースの死はむしろ望ましいことではないのか?』

「ああ……そうとも。だが、俺はお前たちのようなやり方を肯定しようとは思わない。俺も、一度は力による革命を志したことがある。しかし、そんなものは多くの犠牲を生み出すだけに過ぎん」

『なるほど。そうして貴様は変革を諦めたという訳か』

「――まぁな」


 アウロは絶体絶命の危機の中、それでもうっすらと口の端をつり上げた。


「確かに俺は一度、自分の夢を諦めた。だが、もう一度立ち上がったんだ。今は胸を張って言えるぞ。このログレス王国に栄光を取り戻すこと。それが、俺の生きる目的なのだと!」

『栄光……だと? 冗談にしては笑えんな! そんなものはとうの昔に過ぎ去ったさ! 赤き竜王が去り、後に残ったのは朽ちた形骸のみ! それを私生児風情が立て直そうというのか!』

「無論だ! だからこそ、王国の敵であるお前はここで打ち倒す! この俺の――アウロ・ギネヴィウスの名にかけて!」

『面白い! だが、不可能だな! 貴様の命運はここで尽きるのだから!』


 ダグラスは咆哮すると、一気に胸元まで手綱を引き上げた。


 同時に、両翼で気流を捉えた《ブラックアニス》が凄まじい勢いで上空へと駆け上っていく。

 敵機の狙いは明白だ。ナーシアを撃墜し、アウロのアーマーを半壊させた機動法をもう一度繰り出すつもりである。

 空中で静止したダグラスは、雲間から覗く半月を背に片刃の戦斧を振り上げた。


『行くぞ、ギネヴィウス! 貴様がアルトリウスの後継を名乗るというのなら、俺がその最初の障害だ! 我が名はダグラス・キャスパリーグ! 魔獣キャスパリーグの血を引く、モーン島最強の戦士! 貴様のような青二才に打倒できる相手ではないわ!』


 その言葉を合図に、《ブラックアニス》は急降下を開始した。


【主殿! あいつ、また!】


 警戒の声を発するカムリに、アウロは【ああ】と頷き返した。


 ダグラスはこの一撃で勝負を決めるつもりだ。

 実際、まともな武器も防具もないこの状態で、超音速の刃を食らえば墜落は免れない。


 それでも、アウロは冷静だった。

 死への恐怖はない。恐ろしいのは自分の道が途中で潰えてしまうことだ。

 既に覚悟は決まっている。眼前の敵を取り除く方法。

 それはもう、一つしかない。


【すまない、カムリ】


 アウロは一度、深呼吸した後で言った。


【活路は見えた。だが、この作戦ではお前の身を危険に晒すことになる】

【構わないよ! わらわは主殿を信じてるもの!】

【ありがとう。それと先に言っておく。シートは残せ】

【えっ?】


 怪訝そうに聞き返してくるカムリ。


 だがアウロは答えず、代わりに両の踵でペダルを踏み込んだ。


【カムリ、上昇だ! 空中で敵機を迎え撃つ!】

【うっ、うん!】


 竜の頸部が持ち上がり、揚力を得た機体が急上昇を始める。

 アウロは全身に力を込め、襲い掛かってくる強烈なGに耐えた。


 ただ、カムリの上昇速度は敵機のそれに比べると緩慢だ。

 元より《ブラックアニス》は運動性能に特化した機竜である。

 骸装機並みの機動力を持つカムリでも数段及ばない。

 相手が既に降下を開始している以上、こちらが速度面で優位に立つことは不可能だった。


『立ち向かって来るか! いい度胸だ! しかし、所詮は単なる蛮勇だな!』


 ダグラスはこちらの動きを見て、機体後部からアフターバーナーを噴かせた。

 途端に敵機は速度を増し、まばたき一つの合間にみるみる距離を詰めてくる。

 しかも、相手にはまだ二回目の加速が残っている。《ブラックアニス》は最高速に達していないのだ。


(ここでしくじれば全てが終わりだ……)


 アウロは今まで得た情報を元に、敵機の動きを分析する。


 ダグラスの垂直反転攻撃は、二段階の加速を行いつつ敵機を強襲する空戦機動マニューバだ。

 ナーシアはこれを降下途中で撃ち落とそうとしたが、成功しなかった。

 アウロは加速を終えた相手にシールドをぶつけようとして、やはり失敗に終わった。


 となれば、もう後は急降下している敵機に直接ブレードを叩き込むしかない。

 しかし、スピードは相手の方が上。武器の間合いもあちらの方が広い。

 ただ突撃をかけただけでは、戦車チャリオットに立ち向かう蟻も同じだ。

 為す術なく一瞬で轢き潰されてしまうだろう。


 だから、アウロは切ることにした。

 彼自身にとっての、切り札を。


「カムリ」


 迫る敵機を前に、アウロは少女の名を呼んだ。

 全身を押し潰す加重の中、一度だけ肺に呼吸を送り込み、

 そして、己の声でもって命じた。


「アームドドラゴンへの擬態を解除! 全ての装甲をパージしろ!」

【っ……了解ラジャー!】


 ――瞬間。


 アウロの周囲で赤い燐光が飛び散った。


 それは対峙していたダグラスにとって、全く予想外の動きだった。

 アウロの駆る機竜は突然、全身を覆う装甲を切り離したのである。

 しかもパージされた装甲は地面に落ちなかった。そのまま空中で光り輝く粒子となって、粉雪のように散ってしまう。


 やがて、真っ赤なオーロラの向こうから現れたのは、ひと回り小さくなった真紅のシルエットだ。

 鋼鉄の鎧を脱ぎ捨て、皮膜のついた両翼を羽ばたかせながら、

 カンブリアの赤き竜はダグラスの眼前へと姿を現した。 


『なっ……!? なんだ、その姿は!?』


 ダグラスはしばし驚きに我を失った。


 百戦錬磨の彼にも、目の前の現象はまるで理解できなかった。

 空中で翼をはためかせるそれは、間違いなくドラゴンと呼ばれる種の生物だ。

 《ブラックアニス》のような、竜の亡骸を転用した骸装機カーケスではない。正真正銘、生身のドラゴンである。


『竜? 赤い竜だと!? ありえん! そいつは一体――!?』


 惑乱するダグラスだが、アウロは取り合わなかった。

 代わりに、唯一の武器であるブレードを構える。

 白銀の刃が月光を浴びて薄く輝いた。


「カムリ、推力全開! 限界まで力を振り絞れ!」

【らじゃー!】


 主の命令を受けたカムリは、咆哮と共に力強く翼を羽ばたかせた。


 装甲が排除されたことで、そのスピードは先ほどの倍以上に跳ね上がっている。

 アウロは一瞬で敵機の懐に飛び込むと、アーマーの胴部めがけてブレードを振り被った。


『ふざけるな! 竜騎士ドラゴンナイト風情が、この俺を!』


 対するダグラスも、一拍遅れて左ガントレットを握り締める。


 直後、鋼鉄の手甲から漆黒の闇が噴き出した。

 〝ダークタロンズ・トリアイナ〟――闇竜の力を用いた魔導兵装である。

 攻撃範囲自体はバトルアックスより狭いものの、その威力はアダマント製のシールドを一瞬で寸断するほどだ。

 咄嗟にこの奥の手を繰り出してきたのは、流石【モーンの怪猫】と言うより他にない。


「だが、遅い!」


 アウロは闇の爪が固定化される前に、突き出された左腕甲ごと敵アーマーの胴を薙いだ。


 ――ガリッ!


 鈍い金属音と共に、切断された腕が宙を舞う。

 アウロは放ったブレードは狙い通り敵機を捉えていた。

 しかし、ガントレットが盾となったためか。アーマーの胴体までは貫けず、細い傷を刻むだけに終わる。

 虚しく火花が散り、二騎の機甲竜騎士ドラグーンは互いの身を削り合うようにして距離を離した。


『馬鹿な……! 打ち破られただと、俺の垂直隼式猛襲撃バーティカル・ファルコンが!』


 獣じみた唸り声を漏らすダグラスだが、アウロもそれに構っている余裕はない。


 カムリの急激な加速によって、彼の体には凄まじいGがかかっていた。

 血の流れが滞り、視界が徐々に灰色へと染まり始める。

 肺が押し潰され、呼吸すらまともにできないほどだ。

 それでも、アウロは奥歯を食いしばったまま左腕甲のブレードを構え直した。


【ここは一気に畳み掛ける! カムリ、行けるな!】

【もっちろん!】


 伸び伸びと両翼を広げながら、カムリは急旋回して敵機にチャージを仕掛けた。


 一方、ダグラスは降下中に左腕甲を切り落とされた反動で、機体のバランスを失いつつあった。

 しかし、すぐさま可変翼を展開して体勢を整えると、バトルアックスを手にアウロの突進を迎え撃つ。


『小僧! いい加減に――!』


 ダグラスは既にカムリのスピードを見切っていた。

 先ほどはあまりの加速力に不意を突かれたものの、まともに組み合えば遅れを取る相手ではない。


 ――もっとも。


 彼は未だに履き違えていた。

 相手は鋼の翼を持つ機竜ではなく、生の肉体を持ったドラゴンなのだ。

 カムリは一度だけ喉を膨らませると、《ブラックアニス》めがけて紅蓮の息吹を吐き出した。


『炎!? ちぃっ、竜のブレスか!』


 ダグラスは反射的に手綱を捌くと、横から回り込む形で突撃をかける。


 だが、予測した針路に敵の姿はない。

 アウロは放射状に広がった炎が目眩ましとなっている隙に、ダグラスの死角へ潜りこんだのだ。

 広い両翼を持つ《ブラックアニス》にとって、もっとも敵の姿に気付きにくいのは自機の真下である。

 アウロはブレードを頭上に振りかざすと、Vの字の軌道を描きながら急上昇した。


「お――おおおおおぉぉぉぉっ!!」

『ぐっ!? 下だと!?』


 慌てて回避をしようとしたダグラスだが、その時にはもう、叩きつけられた刃が《ブラックアニス》の右翼を引き裂いていた。

 切断された金属片が宙を舞い、敵機はがくりとバランスを崩す。

 しかし、まだ致命傷ではない。ダグラスは寸前で翼を畳み、自機の被害を最小限に抑えたのだ。


『おっ……おのれ! 圧倒されているだと!? この俺が! お前のような餓鬼に圧倒されているというのか!?』


 ダグラスは怒号と共に両ペダルを踏み込み、強引に機体を旋回させた。

 アウロもその動きに応じた。左腕でハーネスを引き、高速水平旋回(サステインドGターン)を敢行する。

 体は既に限界だ。それでも、真っ暗に狭まった視界の中には、アフターバーナーを噴かせながら突撃する《ブラックアニス》の姿が映っている。


 剣を振り被る。狙いは相手の右側面。

 ほぼ同時に、ダグラスも己の武器を構えた。

 互いに咆哮を上げながら、二つの影は正面から切り結ぶ。


「ダグラス! お前はここで……!」

『死ね! ギネヴィウス!!』


 叩きつけられる戦斧。相手は真っ向からこちらを唐竹割りにするつもりだ。

 対し、アウロは上段からブレードを振り下ろした。


 ――ギィン!


 夜空に鳴り響く、乾いた金属音。

 そして、一瞬の交錯の後。赤と黒の竜の間から金属の塊が弾け飛んだ。

 切り落とされたのは、ダグラスの身に着けたアーマーの右腕甲である。

 アウロは空中でローリングしながら、相手の右肩を刃で断ち切ったのだった。


『がっ……き、貴様! わざと減速して……!』


 両の腕甲を切り落とされたダグラスは、屈辱に満ちたうめき声を漏らした。


 攻撃範囲の広いバトルアックスだが、その威力が発揮される間合いは限られている。

 アウロは突撃をかけながらも両踵でペダルを踏み込み、空中で僅かに自機のスピードを落としたのだ。

 その後、斧が振り下ろされ切ったところで相手の頭上に回り込むと、アーマー目掛けてブレードを叩き込んだ。


 速さとは限界まで振り絞ることが全てではない。

 カムリの超スピードがあったからこそ、成功したフェイントである。


【やった! これであいつの武器はもうなくなったよ!】

【いや、それはどうかな?】


 アウロは首を巡らせ、敵機の様子を伺った。


 ガントレットを失っても、まだハーネスを操るメインアームは残っている。

 ダグラスはアーマーの背部に手をやると、腰にマウントされていたブレードを抜き放った。


『まだだ……まだ勝負は終わっていないぞ、ギネヴィウス! 俺はこの国の変革を見届けるのだ! 今まで散って行った多くの同胞たちのためにも! こんな道半ばで倒れる訳にはいかん!』


 ダグラスが構えたのは養成所襲撃の際にも用いていた漆黒の刃だ。

 かつてアウロの肩を貫いた魔剣だが、ガントレットのない状態では圧倒的に間合いが足りない。

 おまけに敵機は右翼に損傷を負っている。本来なら、戦闘続行さえ不可能な状態だった。


「……悪いな。落とさせて貰うぞ、ダグラス・キャスパリーグ!」


 アウロはブレードを水平に構え、《ブラックアニス》へとチャージを仕掛けた。


 同時に、ダグラスももう何度目かになる突撃を敢行する。


 ただ、それは今までと違って最初から結果の見えている戦いだった。

 ダグラスの振り抜いた剣は相手にかすりもせず、アウロの切り払った刃は《ブラックアニス》の左翼を根本から寸断した。

 空を舞う機竜にとっては明らかな致命傷だ。バランスを制御できなくなった敵機は真っ逆さまにひっくり返ると、錐揉み回転しながら眼下に広がるラグネルの森へと墜落して行った。


『負ける……!? 負けるというのか、この俺が! こんな小僧に――!?』


 通信機越しに響き渡る断末魔の絶叫。

 だがそれも、ぶつりという音を最後に耳障りなノイズへと変わる。

 アウロは上空から、装甲の破片をまき散らした《ブラックアニス》が樹海へ沈むのを見送った。


【よしっ、今度こそ!】

【仕留めた……か】


 アウロは深々と息をこぼし、シートの背もたれに体を預けた。

 体中の筋肉が痛い。内臓が裏返り、今にも喉の奥から溢れ出てしまいそうだ。

 ギリギリだ。ギリギリの勝負だった。一歩前違えれば、地面に叩きつけられていたのはこちらの方だっただろう。


 アウロは空を仰ぎ、ぽつりと呟いた。


「………………撃墜確認」


 晴れ渡った夜空の中。


 満天の星々が勝者を称えるように青白く輝いていた。

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