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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
二章:斧の反乱
40/107

2-22

 アウロとカムリが王城二階へ到達したのとほぼ同時刻。

 先行したキャスパリーグ隊のメンバーたちは、副隊長サンバイルを先頭に王の間へと迫りつつあった。

 一階では近衛兵たちと激しい戦闘があったものの、ここ二階においては敵の迎撃もまばらだ。

 稀にライフルを手に飛び出してくる小隊があっても、魔導砲で武装した《グレムリンⅡ》の敵ではなかった。


「サンバイル殿、後詰めとなったべディク殿とハンナ殿は大丈夫でしょうか」

「まぁ、問題ないでしょう。あの二人は強い。そしてなにより、危なくなったら戦場から逃げる術を心得ている」


 尋ねかけてきた甲冑姿の男に、サンバイルは走りながら答える。

 その頭上では、彼自身の魔力によって作り上げられた照明がぼんやりと輝いていた。


 今、サンバイルが率いている小隊は総勢で二十五名。

 アクスフォード家の騎士が六。キャスパリーグ隊の隊員が十五。

 そして、アーマーである《グレムリンⅡ》が四機という構成である。


 なお、機体を操縦している人間の内、三人はアクスフォード側の人間だ。

 三機の《グレムリンⅡ》はライフルタイプの魔導砲を装備していたが、最後の一機だけは腕部の人造筋肉繊維ファイバーサルコメアを肥大させ、両手からかぎ爪を生やした熊のような外見をしていた。


 《グレムリンⅡ/アサルトカスタム》。

 近接戦闘に特化した、陸戦型騎士甲冑(ナイトアーマー)である。

 搭乗者はクーシー族の戦士ランティ・シリオ。キャスパリーグ隊の中では、サンバイルと並ぶ古参のメンバーだ。


『ウ……ウウ』


 もっとも、今のランティは半ば正気を失ってしまっている。


 前のめりの姿勢のまま周囲を見回す様は、まるで獲物を探す肉食獣のようだ。

 ひと月前の養成所襲撃計画の際、ランティは赤髪の女魔術師と交戦し、密閉されたアーマーの中で蒸し焼きにされてしまった。

 その時の痛みが、男の頭から理性を奪ってしまったのである。今のランティは主人の命令だけ聞く獣と同じだ。


(全く隊長も酷なことをするぜ。こんな状態のランティを戦場に放り込むとは……)


 サンバイルは複雑な気分で《グレムリン》のヘルムを仰いだ。


「ランティ、あまり前に出るな。敵はまだアーマーを持ってるはずなんだ」

『……ウ』


 すぐに一歩下がりかけたランティだが、その動きは途中でぴたりと停止する。

 見れば、廊下の奥から二つの影が姿を現そうとしていた。


『賊どもめ! こんなところまで来ているとは!』

『カムロートの騎士の意地にかけてここは通さぬぞ!』


 ズシリ、と二機のアーマーが石畳の上で重い足音を立てる。


 一行の前に立ちはだかったのは、近衛騎士団のものと思しき純白の騎士甲冑だ。

 ただ、その体躯は《センチュリオン》より一回りほど大きい。装甲だけではなく、全身の人造筋肉繊維までもが分厚く強化されている。

 右手に携えた武器は円錐状の穂先を持つガンランス。加えて、左手には機体の半分以上を隠すほど巨大なシールドを構えていた。


「ン、あれは……」

『《ファランクス》。拠点防衛用の重騎士甲冑(ヘヴィナイトアーマー)ですな。このグレムリンではちと骨の折れる相手ですぞ』


 アクスフォード家の騎士は忌々しげに呟く。

 見るからに鈍重そうな《ファランクス》だが、それも狭い通路に並ばれると厄介だ。

 低火力の《グレムリンⅡ》で、あの装甲を正面から突破するのは難しいだろう。下手に突っ込めば叩き潰されるのがオチである。


 が、そんなことお構いなしとばかりに前へ進み出た機体があった。

 ランティの搭乗する《グレムリンⅡ》アサルトカスタム機だ。


『ウ……敵。オレたちの……敵』


 夢遊病者のような足取りで近づくランティに、《ファランクス》の側もややたじろいだ。


『なんだこいつは。他のとは武装が違う……』

『構うものか! やってしまえ!』


 が、もう一方の《ファランクス》は即断即決した。


 アーマーのガントレットが、ガンランスのトリガーを引く。

 すぐさま重低音の砲声と共に、光り輝く魔導弾が射出された。

 ランティは咄嗟に十字に組んだ腕でこの一撃を防ぐ。


 着弾と共に撒き散らされる閃光と金属片。

 《ファランクス》の砲撃は、グレムリンの腕部装甲を的確に破壊していた。


『ウ……熱い。熱い……』


 装甲の焼けた上腕を見て、ランティは苦悶のうめき声をこぼす。


 魔導弾の直撃を受けたグレムリンだが、腕部の筋肉繊維までは貫かれていない。

 しかし、陸戦型のアーマーは空戦型のそれと違い、ガントレットの内部に直接搭乗者の腕が通っている。

 だから、彼が熱さを感じているのは事実だった。その大半はかつて味わった痛みのフラッシュバックに過ぎないのだが。


「おい、ランティ。大丈――」

『……ウ』


 そこでランティは唐突に地べたへと這いつくばった。

 とはいえ、ただ倒れこんだだけではない。それは丁度、肉食獣が獲物を狙う姿勢によく似ていた。

 手甲から生えたかぎ爪がガリガリと石畳を引っかき、黒光りするバイザーの下から飢えた狼の咆哮が漏れ出た。


『オ……オオオオオォォォォォォッ!』


 瞬間、ランティのグレムリンは地面を蹴って《ファランクス》へと肉薄した。


『バカめ! この機体に真っ向から挑んでくるとは!』

『ひねり潰してくれる!』


 対し、二機のアーマーはガンランスを振りかざして《グレムリンⅡ》を迎撃する。


 が、ランティは文字通りその上を行った。

 四肢をバネに跳ね上がったグレムリンは、肩で天井をこすりながら《ファランクス》の頭上を飛び越えたのである。

 突き出されたガンランスの穂先は空を切り、気付けば、ランティのグレムリンは敵機の背後に回り込んでいた。


(あれはダグラス隊長の技と同じ……)


 瞠目するサンバイルの前で、敵の姿を見失った《ファランクス》が周囲を見回す。


『くそっ、奴めどこへ消えた!?』

『後ろ! 後ろだ! こいつ――』


 振り返りかけた敵機だが、その時にはもう勝負は決していた。


 ランティのグレムリンはその両腕から生えたかぎ爪で、左右に並ぶ《ファランクス》の背面装甲を貫いたのである。

 元々、アーマーは前面と比べて背面の防御が脆い。それは重装甲である《ファランクス》も同じだ。

 鉄杭の如き爪はアダマント鋼を突き通し、内部の搭乗者にまで達していた。

 二機のアーマーはほぼ同時にびくんと震え、だらりと両手を垂らすと、そのまま石像のように動かなくなってしまった。


『や、やった!』

『おお、なんと鮮やかな。あの《ファランクス》を一撃で倒すとは!』


 たちまち、アクスフォード家の騎士たちが歓声を上げる。


 だが、当のランティは四つん這いのままバイザーを石畳にこすりつけていた。

 クーシー族は犬に近い特徴を持つ亜人だ。どうも周囲の臭いを嗅ごうとしているらしいが、密閉されたアーマーの中では意味のない行為である。


「ランティ、もう行くぞ。この辺りにはもうあのアーマー以外、敵がいないらしい」

『ウ……』


 体を起こしたランティは、再びおぼつかない足取りで城内を進み始める。


 彼らが目的地である玉座の間へと到達したのは、それから数分後のことだった。

 この間、新たな敵と遭遇することは一度もなかった。どうもあの二機の《ファランクス》が最後の砦だったらしい。

 だだっ広い石の広間の中は無人である。ここを抜ければ、もう王の居室まではすぐだ。


『公王はまだお部屋にいらっしゃるだろうか……』

「いるはずだ。少なくとも、一階に続く階段をベディクたちが封鎖している以上、ここから逃れる術はない」


 言って、サンバイルは広間に足を踏み入れた。


 ――直後。


 彼は辺りの空気がずしりと重みを増したのを感じた。

 口の中の水分が干上がる。どっと背中から冷や汗が滝のように流れる。

 サンバイルは己の隻眼で正面を見た。

 部屋の最奥、獅子の毛皮が敷かれた石の玉座を。


「おま、え……は……」


 口元からこぼれる声が震えた。


 いつの間に現れたのか。それとも最初からそこにいたのか。

 玉座の上には一人の男が座っていた。


 十代後半ほどに見える、中肉中背の青年である。

 着ているものは簡素だが仕立ての良い貫頭衣だ。どこか、囚人の着る服のような印象を感じる。


「来たか」


 妙によく通る重低音の声が、びりびりと広間の空気を震わせる。

 そして、男はおもむろに玉座から立ち上がった。


 その手に握られているのは異様に長大な槍だった。

 長さは10フィート以上。一般的な成人男性の身長の倍近い。

 また、柄には巻き付くような形で赤い竜の装飾が施されていた。

 明らかに実用性を度外視した儀礼用の宝槍である。


『あれは……まさか、魔槍〝ロンゴミニアト〟?』

『竜公剣、太陽剣と並ぶ王家の三宝の一つか。だが、何故こんなところに――』


 怪訝そうな声を漏らすアクスフォード家の騎士たち。

 そんな彼らの元へと、男は槍を持ったまま無造作に近付いて来る。


 サンバイルはそこで、自らの生み出した光の玉が男の顔を照らすのを見た。

 端正な顔立ちだ。顔の彫りは深く、全体的な形も整っている。

 だが、そこから感じられるのは獲物をなぶる野獣の冷酷さだった。


 髪と瞳の色は血のように濃い赤で、左目は閉じられ、こめかみから顎にかけて赤い痣が走っている。

 ただ、その形は少し奇妙だった。痣が竜の頭部に似た形状をしているのだ。

 つまり、これは単なる痣ではなく――


「王紋……だと?」


 サンバイルは己の目を疑った。


(……馬鹿な、ログレス公王家の人間がこの場にいるはずがない)


 目の前の人物は公王ウォルテリスとは明らかに風貌が違う。

 王弟ガルバリオンと第一王子マルゴンは前線におり、

 第五王子ナーシアと第八王子ルシウスは空でダグラスと交戦中だ。


 他に考えられそうなのは、ケルノウンの私生児アウロ・ギネヴィウスくらいか。

 だが、それはありえない。何故なら、サンバイルは己の目でアウロを見たことがあるからだ。


 となると、残る可能性は――


「……まさか、ドラク・ガーグラーか」

「いかにも」


 男は、第二王子ドラク・ガーグラーはそう言って、口元に笑みを浮かべた。


「嬉しいぞ。まさかあの城郭を抜け、ここまで辿り着く戦士がいようとは。血沸き肉踊るとはこのことか」


 【鮮血の王子(ブラッディプリンス)】はひどく上機嫌だった。

 元々、ドラク・ガーグラーは戦場で幾つもの功績を上げた武人だ。

 体躯は平凡だが、その風貌、所作、声音、雰囲気からは、猛烈な武の匂いが立ち込めている。


 アーマーのパイロットは困惑気味に尋ねかけた。


『ガーグラー殿……貴殿はアンプロジウスの塔に幽閉されていたのでは?』

「抜け出てきた。あまりにも楽しそうなことをしているものだから、ついな」


 ガーグラーはいたずらっぽく答えると、おもむろに右腕の筋肉を盛り上がらせ、虚空を槍で薙ぎ払った。


 たったそれだけの動きで周囲の大気が唸りを上げる。

 サンバイルは玉座の間の左右両壁が、びしりと音を立ててひび割れるのを見た。

 ガーグラーは王家の槍を使い慣れていた。そもそも、このロンゴミニアトはかつて彼が、機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の団長を務めていた際に用いていた武器なのだ。


 そして、ガーグラーと彼らキャスパリーグ隊の間には因縁があった。

 かつてモーン島で発生した戦乱を巡っての、深い因縁が。


(こいつがエスメラルダさんを、多くの同胞たちを殺した男……)


 自然と、サンバイルはワンドを握る腕に力を込める。


 ガーグラーは明らかにこちらと戦う気配を見せている。

 だが、相手は一人。おまけに鎧すら着ていない生身の状態だ。

 対するこちらの戦力は、アーマー四機を含めた二十六名と大きくかけ離れている。


『――ガーグラー殿』


 そこで前に出たのは、《グレムリン》に搭乗したアクスフォード家の騎士である。


『ここは退いてはくれませぬか。我々もむやみに死人を増やしたくはない』

「フフッ、そうつまらんことを言うな。俺は五年間、あの牢獄の中で我慢し続けていたのだ。しかし、もう限界だよ。俺は血が見たい。ワインのように赤く、かぐわしい貴様らの血を味わってみたい」

『……なるほど。第二王子は狂人、と言う者がいましたが確かなようだ』


 交渉決裂である。騎士たちはすぐさま、《グレムリンⅡ》のライフルを構えた。

 だがその一方、先ほどまで闘争心を露わにしていたランティは、怯えた犬のように一歩後ずさっている。

 少なくともこの時点で、ドラク・ガーグラーの危険性に気付いていたのは彼一人だけだった。


『では、参ります!』

『ガーグラー殿、お覚悟!』


 そして、玉座の間における戦闘が開始された。


 先陣を切ったのはランティを除いた三機の《グレムリン》である。

 彼らは眼前で揺らぐ赤髪の青年めがけて、両手に構えた魔導砲のトリガーを引いた。

 たちまち、夜闇を閃光が裂く。それは目標を外したものの、ガーグラーの背後にあった石の玉座を一瞬で砕き、溶かし尽くしてしまった。


『奴め、避けたぞ! どこだ!?』

『気をつけろ! 側面から回りこんでくる可能性も――』


 もうもうと上がる粉塵を前に、三機のアーマーは警戒心を強める。

 だが、ガーグラーの動きはもっと単純だった。

 彼は真っ向から発射された魔導弾の間を駆け抜けると、先頭のアーマーめがけて槍を突き出したのだ。


 ――ヒュッ!


 風を切る乾いた音と共に、魔槍ロンゴミニアトが振るわれる。

 その鋭い穂先は容易くミスリルの関節を抉り、《グレムリンⅡ》の首元を貫いた。

 一拍遅れて、どっと丸い金属塊が地面に落ちる。頭部を刎ねられた機体は前のめりに倒れ伏すと、石畳の上にどす黒い血をまき散らした。


『エドワーズ!』

『こいつ、よくも!』


 残る二機の《グレムリンⅡ》は、懐に潜り込んだ相手に対し剣を抜いて応戦――しようとした。


 しかし、ガーグラーは素早かった。

 彼は獣のように身を屈めると、右腕に構えた魔槍で、残る二機のアーマーの頭部を立て続けに貫いたのだ。

 ざりっと砂っぽい金属音が響き、闇の中で火花が散った。遅れて、宙を舞ったヘルムが石畳に落ちる。

 首なしの甲冑は前のめりに倒れ、そして、二度と起き上がることはなかった。


「……な」


 サンバイルは思わず目を疑った。


 あの三機の《グレムリンⅡ》に搭乗していたのは、アクスフォード家の騎士だ。

 彼らはモーンの戦乱をくぐり抜けた手練だった。それが文字通り秒殺されてしまったのである。

 しかも三対一の状況で。相手は生身であるにも関わらず、だ。


「ふん、歯ごたえのない奴らめ」


 ガーグラーは湧き出る血の泉に立ったまま、赤く濡れた魔槍をトンと肩に乗せる。


 その片方だけ開かれた右の瞳は、広間の入口付近に固まる人々へと向けられていた。

 あれはテーブルの上に並べられた食事を、どれから口にしようか迷っている目だ。

 男の放つ強烈な殺気に呑まれ、思わず幾人かの隊士が後ずさる。

 その中の一人。年若いケットシー族の青年が、怯えの表情でサンバイルを振り返った。


「ふ、副隊長!」


 サンバイルの判断は素早かった。


「全員でかかれ! 殺しても構わん!」

「は、はいっ!」

了解ラジャー!」


 指揮官の号令と共に、残った戦士たちが一斉にガーグラーへと攻撃を仕掛ける。


 とはいえ、それは不用意な判断だった。

 三機のアーマーを葬ったガーグラーにとって、武器を手にした人間など赤子も同然である。

 まず犠牲となったのは前列にいた騎士たちだ。ガーグラーはおもむろに振り被った槍の柄で、彼らの胴体を薙ぎ払った。


「ごはっ!?」

「ぎゃっ……!?」


 たちまち、轟音と共に吹き飛ばされる騎士たち。

 重い甲冑を身につけた大の男が、まるで塵芥のように払われてしまう。

 頭から石壁に叩きつけられ、床にずり落ちた後は、四肢を投げ出したままぴくりとも動く気配がない。


 更に悲惨な末路を辿ったのは、その背後で魔導銃を構えていた人々だ。

 ガーグラーは二、三度、槍を振るって、彼らの体を断ち切った。

 ぶち撒けられる鮮血。切り離された人間の四肢が、オモチャのように石畳の上へと散らばる。

 元より、ロンゴミニアトは長大な槍だ。しかし、ガーグラーはそれを棒きれのように軽々と扱っていた。


「こっ、こいつなんて力だ!」

「このバケモノめ!」


 暴れ回るガーグラーに対し、魔導銃を構えた隊員の一人がトリガーを引き絞る。


 途端、銃口から赤く燃え上がる砲弾が発射された。

 それは光の尾を引きながら、一直線にガーグラーへと襲い掛かる。

 もはや避けられるタイミングではない。本来ならば、これで勝負は決していただろう。


 だが、ガーグラーは自らに迫る弾丸を片手で受け止めた。

 ばかりか、燃えたぎる魔導弾を手の中でぐしゃりと握り潰す。

 百戦錬磨のサンバイルもこれには声を失った。


「ばっ……!?」


 普通の人間があんなことをすれば、肘から先が一瞬で消滅してしまうだろう。

 しかし、ガーグラーのなめし革のように艶やかな肌には傷一つない。

 なんらかの魔術か、それとも宝槍の加護か。ドラク・ガーグラーの肉体はアダマント以上の頑強さを持っていた。


「ぬるい――生ぬる過ぎるぞ、貴様らァ!」


 唖然とする戦士たちに向かって、ガーグラーはぶぅんと魔槍を振り抜いた。


 この暴力的な一撃により、五人の人間が肉体を上下に引き裂かれた。

 泣き別れした上半身がロケットのようにサンバイルの後ろまで吹き飛び、残った下半身だけが石畳の上を転々と転がっていく。

 そうして、ガーグラーは振り抜いた槍を再び肩の上に乗せた。足元に落ちた人間の頭部を蹴り飛ばし、小さく舌打ちをする。


「ちっ、腹ごなしにもなりはしないわ。貴様ら、キャスパリーグ隊だろう? 【モーンの怪猫】はおらんのか? 聞けば、あのガルバリオンを手こずらせたそうではないか。是非、一度その剣技を味わってみたいと思っていたのだが……」


 どす黒い赤色に燃える隻眼が、生き残った面子を睥睨した。


 既に二十五人いたはずの部隊は、サンバイルを含め六名まで数を減らしている。

 ほんの一分にも満たない戦闘の中で、二十名近い人間が虐殺された計算だ。

 加えて絶望的なことに、それだけの人命が失われたにも関わらず、ガーグラーはかすり傷一つ負っていなかった。


「さっ、サンバイルさん! こいつ……!」

「落ち着け。隙を見せれば食われるぞ」


 恐怖に震え上がる隊員たちを、サンバイルは冷静に諭す。

 とはいえ、彼自身にもそれほど余裕がある訳ではなかった。気を抜けば、膝が笑い出してしまいそうだ。


(まずいぞ、これは……)


 一瞬、脳裏を撤退という言葉がチラつきかける。

 彼らの目的は王の身柄の確保だ。しかし、彼の武人としての勘がこのまま戦えば全滅すると告げていた。


 サンバイルは逡巡した。

 その横で、漆黒のアーマーが動いたのは直後のことだ。


『ウ……ウウ』

「うん? なんだ、まだお人形がいたのか。小さ過ぎて見えなかったよ」


 自身より二回りも巨大な《グレムリンⅡ》を見て、そんな台詞をほざくガーグラー。


 先ほどまで小動物のように縮こまっていたランティだが、今の彼は違った。

 ランティは覚悟を決めたのだ。同胞たちを殺し尽くしたガーグラーに真っ向から挑もうとしている。

 サンバイルは驚きの表情でアーマーのヘルムを仰いだ。


「ランティ、お前――」

『こ、この男、敵。ダグラス隊長の、エスメラルダさんの仇……お、俺が討つ!』


 獣の唸り声を上げながら、ランティは石畳の上に這いつくばる。

 先ほど《ファランクス》を仕留めた時と同じ姿勢だ。

 「ほう」とガーグラーは興味深そうな声を漏らした。

 肩から槍を離し、ピンク色の舌で唇をなぞる。


「牙のない子犬かと思いきや、ちゃんと人間様に噛み付く術を心得ているじゃないか。狼にはほど遠いがな」

『ウ……オオオオォォォッ!』


 ガーグラーの挑発に、ランティは地面を蹴ることで応じた。


 爆発的な加速と共に襲いかかった《グレムリンⅡ》だが、相手の対応も素早い。

 ガーグラーは腰だめに構えた魔槍ロンゴミニアトを、迫るアーマーへと突き出した。

 真っ赤に濡れた穂先が不気味な唸りを上げる。しかし、ランティは野性的な嗅覚でその軌道を読んでいた。


 ――ギンッ!


 ガントレットから生えたかぎ爪が、下方から槍の柄を弾き上げる。

 結果、魔槍による一撃は狙いを外し、《グレムリンⅡ》の肩部装甲を砕くだけに終わった。


「おっ?」


 必殺の刺突を防がれたガーグラーは、やや意外そうな声を漏らした。


 ロンゴミニアトは規格外の長さを持つ槍だ。

 それ故、一度攻撃を防がれると簡単に引き戻すことはできない。

 また単純に槍という武器は中距離において有効だが、近距離では他の武器に劣る。

 そして、ランティのグレムリンは既にガーグラーの懐へと飛び込んでいた。


『ガァァァァッ!』


 石畳を削りながら、鋭く尖ったかぎ爪が振り抜かれる。


 ガーグラーはバックステップで距離を取り、再び槍の間合いを作ろうとした。

 だが、ランティはそれを許さない。スピードを緩めることなく相手に肉薄し、今度は左のかぎ爪でガーグラーの喉元を狙う。


 この息をつく間もない連撃に、流石のガーグラーも顔色を変えた。

 ただし、それは焦りではなく――愉悦の表情である。


「なんだ……いるではないか! できる奴が!」


 鋭い犬歯をむき出しにしながら、ガーグラーは笑みをこぼす。


 瞬間、ガーグラーは手の中で槍を一回転させると、石突で《グレムリンⅡ》の胸甲を強打した。

 機体内部まで響く衝撃を受け、ランティはわずかに怯む。

 その隙にガーグラーは槍の穂を下方からかち上げた。


 ――ザリリッ!


 ざらついた金属音と共に、グレムリンの右腕を覆うプロテクターが削り取られる。

 ランティはガーグラーの槍撃を咄嗟に腕で防いでいた。代償に右腕の装甲を失ったが、アーマーの機能は健在だ。

 そして、相手は攻撃直後の隙をさらしている。ランティはすかさず左腕を振り被った。


『ガァッ!』


 鋭く尖ったかぎ爪が、一直線にガーグラーの首を狙う。

 もはや阻むものもなく、男の喉元に凶刃が迫り――


 直後、ゴッと鈍い音が辺りに響いた。


(うっ……!?)


 そこでサンバイルが見たのは、ヘルムの前面を砕かれたグレムリンの姿だった。


 外界の情報を投影するバイザーは、アダマント鋼の装甲と比べて衝撃に脆い。

 とはいえ、鋼鉄並みの強度はある。本来、人間の手で破壊することは不可能な代物だ。

 しかし、ガーグラーはそれをやってのけた。あの男は自ら相手の懐に飛び込むと、グレムリンの顔面に握り拳を叩き込んだのだ。


『ギャン……!?』


 バイザーを割られたランティはたたらを踏んで後ずさる。


 だが、ガーグラーはクーシー族の戦士が逃げ出すのを許さなかった。

 ヘルムの中に突き込んだ拳を無理やり奥へねじ込み、憐れな獣戦士の喉を指先で捉える。

 サンバイルはガーグラーの口元に、サディスティックな笑みが浮かぶのを見た。


「反応はいい。速さもある。だが、ちと動きが直線的過ぎるな」


 男の右腕を覆う筋肉が膨張し、


「力不足だ。あの世で作り直してくるがいい」


 ヘルム内から、ごきりと骨の砕かれる音が響いた。

 《グレムリンⅡ》は一度だけ体を震わせ、棒立ちのまま全ての動きを停止した。

 勝負は決した。かぎ爪の生えた両腕が力を失ってだらりと垂れ下がる。

 ガーグラーの手によって、ランティの頚椎は完全にへし折られてしまっていた。


「ら、ランティ……」


 サンバイルは息絶えた戦友を前に、震える声をこぼした。


 昔から頭の弱い男だったが、それでもランティ・シリオは十年以上もの間、キャスパリーグ隊の一員として彼らと共にあった。

 副隊長のサンバイルにとっては、血を分けた兄弟よりも親しい存在だ。それがあっさりと殺されてしまったのである。

 サンバイルは怒りに突き動かされるままワンドを構えた。


「おのれ……ドラク・ガーグラー!」

「うん? やる気か、魔術師」


 こちらを侮っているのだろう。ガーグラーは槍を構えすらしない。

 だが、向こうから時間を作ってくれるのはむしろ好都合。

 サンバイルは容赦なく切り札を切ることにした。


「『我は太陽の化身、ルーの導き手! 全ての大地を照らす者なり! 全能の光よ、灼熱と化すがいい! 紅蓮の槍となって我が手に集え! 燃え盛る穂先で敵を焼き尽くせ――!』」


 朗々と紡がれる詠唱は、かつて養成所内で交戦した女魔術師の用いていたものだ。


 サンバイルは密かにこの魔術を解析し、我がものとしていた。

 全身から魔力の吸い出される感覚と共に、炎がワンドの先へと凝縮される。

 やがて、それは五つの穂先を持つ紅蓮の大槍に変じた。

 太陽神ルーの神器を象った、ドルイドの大魔術――〝灼滅五炎大槍ブリューナク〟である。


「む?」


 ぴくりとわずかに眉を動かすガーグラー。

 ようやく自身に向けられる力の強大さに気付いたらしいが、もう遅い。

 既に詠唱は終わり、術式は完成している。サンバイルはワンドを握る腕に力を込めた。


「これが貴様を滅ぼす呪いだ! 殺された同胞たちの仇! 我らの怒りを……喰らえ、ドラク・ガーグラー!」


 絞り出すような叫び声を合図に、ワンドの先端から灼熱の閃光が発射された。


 すぐに身をかわそうとしたガーグラーだが、迫る炎のスピードは彼の予測を上回った。

 一瞬、目を見開いたガーグラーは手をかざして紅蓮の槍を防ごうとする。しかし、その程度で止まるブリューナクではない。

 サンバイルは闇の中で炸裂した炎が、ガーグラーの体を派手に後方へ吹っ飛ばすのを見た。


「や、やった……!」


 歓声を上げたのは生き残った戦士の一人である。


 間違いなく、サンバイルの魔術はガーグラーに直撃した。

 なにしろアダマントの装甲を貫く威力だ。人間の体など消し炭すら残るまい。

 後には爆煙がもうもうと上がっているだけだ。サンバイルは全身を襲う虚脱感にふらつきながらも、ぐっと拳を握りしめた。


「馬鹿め! 侮ったな、ガーグラー! 我ら、キャスパリーグ隊の底力を――!」


 「舐めるな」と言おうとしたところで男の舌は凍りついた。


 ――ヒュッ!


 一拍遅れて、風を切る乾いた音がサンバイルの耳に届く。

 直後、彼の横に立っていた青年の顔面を槍の穂先が貫いた。

 右の眼孔を抉られたケットシー族の戦士は、そのまま背後にどっと倒れ伏す。

 そして、晴れた煙の向こうからは、槍を投げつけた姿勢のガーグラーが姿を現しつつあった。


「やってくれるぜ。あの服は一張羅だったというのに」


 苛立たしげに吐き捨てながら、ガーグラーは己の体を見下ろす。


 ブリューナクの炎によって、彼が身につけていた貫頭衣は上半分が燃え尽きていた。

 その下にある滑らかな皮膚は、一部が赤く変色している。だが、それは火傷の痕ではない。

 痣だ。右腕から肩、胸板。そして、首元から顔の輪郭をなぞり、左のこめかみまで達している大きな痣である。


 サンバイルは気付いた。


 ガーグラーの上半身を覆う痣は竜の形をしていた。

 右腕には絡みつくような形で尻尾があり、胸板には広げた翼が、顔には口を開いた竜の頭部が刻まれている。

 つまり、あれは規格外に巨大な『王紋』なのだ。顔の痣は全体から見れば、ほんの一部でしかなかった。


「ば、馬鹿な。お前は一体……」

「俺か? 俺は貴様らのボスと同じだよ」


 言って、ガーグラーは先ほどから瞑ったままの左目を開いた。


 瞬間、サンバイルは心臓を鷲掴みにされたような感覚に囚われた。

 ガーグラーの瞳は人間のそれとは大きくかけ離れていた。瞳孔は縦に細く割れ、虹彩は赤銅色に輝いている。

 まるでトカゲの眼球だ。形状こそ違うものの、その雰囲気にサンバイルは見覚えがあった。


「それはまさか――隊長と同じ、『凶眼(ドルッグ・アヴィス)!?」

「まぁな。といっても、魔獣の混血であるダグラス・キャスパリーグとは根本的にものが違う。このガーグラーの体には竜の血が流れている。ログレスの守り神である、カンブリアの赤き竜の血がな」


 どこか愛憎の入り混じったような台詞と共に、ガーグラーはサンバイルたちの元へと歩み寄ってくる。


 ――逃げなくては。


 本能が声高にそう叫んでいる。

 というのに、サンバイルも他のキャスパリーグ隊の面々も、その場から一歩も動くことができなかった。

 原因はガーグラーの眼だ。竜の瞳には魔力が宿る。

 その魔眼に見据えられた獲物は、恐怖に息をすることさえ忘れてしまう。


「ば……ばけ……もの……め……」

「おいおい、そう怖がるなよ。俺はお前たちを殺す気などない」


 ガーグラーは硬直する一同へ親しげに笑いかけた。


「侵入者を食い尽くしてしまっては、その目的が分からなくなるだろう? 何人かは生かしておいて、情報を引き出さなくてはな」


 「もっとも」と言葉を続け、


「俺の流儀では、少しばかり乱暴なやり方になってしまうが」


 言って、ガーグラーは死体に突き刺さっていた槍を手にする。


 サンバイルはその『乱暴なやり方』というものに、察しがついてしまった。

 五年前のモーン戦争の際、竜騎士団の団長であったガーグラーは幾人もの戦士を惨たらしく葬ったのだ。

 といっても、意味もなく惨殺したのではない。殺された人々はみな、苛烈な拷問を受けていたのである。


(ぐ、ダグラス隊長……せ、せめて、この男だけは仕留めたかったが……)


 震える手の中からワンドがこぼれ落ちる。


 サンバイルは獅子に貪られるウサギの気持ちを理解した。

 そこにあるのは絶対的な強者に対する諦めだ。

 元より、戦おうなどと考えたのが間違えだった。

 自分たちはこの男と遭遇した時点で、一目散に逃げ出しておくべきだったのだ。


 ――結局。


 玉座の間に突入したサンバイルたちはそこから先に進むことも、


 生きたまま広間の外に出ることも叶わなかった。

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