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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
二章:斧の反乱
38/107

2-20

 アウロがベッドの上で目を覚ましたのは、既に日の沈んだ午後十時頃のことだった。


 帰投後、食事を取って宿舎の個室で小休止していたアウロだが、どうやらそこでうっかり眠ってしまったらしい。

 やはり初めての空戦で疲れが溜まっていたのだろう。誰も起こしに来なかったのを見ると、周囲にも気を使われていたのかもしれない。


(くそ、情けない。一体、何時間眠りこけていたんだ?)


 内心で悪態をつきつつ、アウロは体を起こそうとする。


 が、そこで右腕になにか重いものがしがみついていることに気付いた。

 見れば、いつの間にベッドの中へ潜り込んできたのか。ワンピース一枚の姿になったカムリがのんきに寝息を立てている。

 よだれで汚れたシャツの袖口を見て、アウロは小さくため息をこぼした。


「……おい、起きろカムリ」

「むにゃ?」


 ぷにぷにとほっぺたをつつかれ、カムリは寝ぼけ眼をこすりながら体を起こした。


「ふぁ……おはよう、主殿。もう朝?」

「朝じゃない。恐らく、今は夜だ」


 ベッドから立ち上がったアウロは、閉じきられた木窓を持ち上げた。

 途端に激しい雨粒が室内へ飛び込んでくる。暗闇の中、風の音だけがごうごうと鳴り響いていた。


「凄まじい天気だな。俺たちが帰投した時よりひどいぞ」


 アウロは軽く眉をひそめ、窓を閉じた。


「それとカムリ、お前は勝手に人のベッドに入るな。ここは竜騎士団の宿舎なんだ。他の人間に見られるとまずい」

「大丈夫だよ。他の人たちはみんな食堂でどんちゃん騒ぎをしてるから」

「……ナーシアは厳戒態勢を続けろと言っていたはずだが?」

「その肝心のナッシーが王城に出向いちゃったんだ。おかげで残された団員たちはやりたい放題だよ。猫がいない時、ねずみが遊ぶって奴だね」

「の割に、宿舎の中が静かだが――」

「そういえばそうだね」


 カムリは不思議そうに首を傾げた。


 瞬間、アウロは嫌な予感を覚えて部屋の外へと飛び出した。

 騎士団の面々が宴会を続けているならば、人の話し声や騒ぎ声が聞こえるはずだ。

 にも関わらず、廊下に響いているのは雷雨の音だけである。

 それ以外にはなにも――


(……いや)


 アウロの耳はかすかに異なる音を聞き取った。

 風に混じってごうごうと音を立てるそれは、紛れも無く人間のいびきだ。


 アウロが食堂に到着すると、そこは死屍累々と団員たちの横たわる凄惨な現場となっていた。

 とはいえ、倒れた面々も死んでいる訳ではない。ただ高いびきを上げて寝ているだけだ。

 遅れてやってきたカムリは、息の詰まるようなアルコールの臭いに「ウッ」と口元を押さえた。


「ひどい臭いだ。それにしても、この人たちどうしちゃったんだろう」

「眠っている。いや、眠らされているんだ。なにかの魔術か?」

「いや、魔術の気配は感じないよ。それに複数の人間を簡単に眠らせる呪文なんて、古代魔術師ドルイドのものくらいしかないし……」

「ならば薬か。ぶどう酒かパン、肉に睡眠効果のある薬草が入っていたんだろう」


 アウロは板張りの床に膝をつくと、眠っている男の肩を揺すった。


 更に幾度か頬を叩いてみるも男は全く起きる気配がない。

 どうも、睡眠薬としてはかなり強力なものらしい。食堂にいる人間全員が完全に熟睡してしまっている。


「……恐らく、これは遅効性の薬だ。宴会を続けている内に、一人一人眠りに落ちるよう仕組まれていたんだろう」


 そう口にした途端、アウロは背筋にうすら寒いものが走るのを感じた。


 間違いなく、これは何者かの計略によるものだ。

 目的は考えるまでもない。機甲竜騎士団の戦力を無力化すること、その一点に尽きる。


 ――だが、それはあくまで本命に繋げるための布石のはず。


 竜騎士団の戦力が消えれば、カムロートの上空はがら空きになる。

 そこを狙って陸攻機を飛ばせば、たちまち王城周辺は更地と化してしまう。


 しかし、そう考えると昼の戦いで《ハンドレページⅡ》を飛ばしたのは妙だ。

 空からの夜襲が本命なら、あの時点ではまだ航空戦力を温存しておくのが常道である。


「あっ、そういえば……」


 そこでカムリはなにか思い出したかのように声を上げ、


「宴会をしてたのはここだけじゃないよ。近衛騎士団の人たちも祝勝会をやってたはず」

「近衛騎士団? そうか、連中のところにもガルバリオンから連絡が行っていたな」

「元々、竜騎士団の人たちが宴会を始めたのも、近衛騎士団の人たちが騒いでたからなんだよ。あっちは団長が音頭を取って宴会を開いてるのに、なんでこっちだけ我慢しなきゃならないんだって――」

「なるほど。まずい状況だ」


 アウロは口元に手を当てて考え込んだ。


 近衛騎士団の宿舎ではこちらと同じく、団員が眠りこけてしまっているに違いない。

 そもそも、アクスフォード側の狙いは機甲竜騎士団ではなく、近衛騎士団にあったのだろう。

 だとしたら、敵の侵入経路は陸だ。街中にはまだダグラスとキャスパリーグ隊の残党がいるはず。戦力は十分にある。


「……カムリ」


 立ち上がったアウロは少女へと呼びかけた。


「お前は近衛騎士団の宿舎を見に行ってくれ。俺は本部へ向かう」

「わ、分かった!」


 頷いたカムリは、ぱっと姿を消す。

 アウロもすぐさまその場から身を翻した。


 一旦、部屋に戻ったアウロは養成所の制服に着替え、その上から防水用のマントを羽織った。

 次いで、腰にブロードソードの収められた鞘を佩き、豪雨の中へと飛び出す。

 宿舎から指揮所まではそう遠くない。だが夜の暗闇と激しい風の中、外を出歩くのはかなりの困難を伴った。


 ようやく指揮所に辿り着いたのは数分ほど後のことだ。

 濡れネズミになったまま肩で息をするアウロを見て、本部にいた十数名の通信士は目を丸くした。


「アウロ殿? これは一体――」

「どうしたというのだ?」


 そこでずいと前に進み出てきたのは、筋肉質な体を持つ中年の大男である。

 近衛騎士団の副団長、エドガー・ファーガスだ。昼の空戦で《エクリプス》に撃墜されたはずだが、どうやら無事に帰還できたらしい。

 とはいえ、まだ外から戻ってきたばかりなのか。肩にはタオルをかけ、身に纏ったインナースーツは雨でびっしょり濡れていた。


「エドガー殿、無事でしたか」

「うむ。それでどうした? ただ事ではない様子だが」

「我ら竜騎士団の団員が眠らされています。恐らくは近衛騎士団の連中も」

「なに?」


 エドガーは怪訝そうに太い眉を寄せる。


 丁度そこで、カムリが髪から雫を滴らせながら指揮所の中に飛び込んできた。


「主殿! 近衛騎士団の宿舎を見てきたよ! やっぱり全員眠らされてた!」

「団長のパルハノン殿もか?」

「うん。食堂のテーブルの上でいびきをかいてる。あそこの食卓はベッドにもなる特別製らしいね」


 と皮肉っぽい台詞をこぼすカムリだが、笑う者は誰もいなかった。


 室内の人間のほとんどは呆然とし、数名の勘のいいものだけがさっと顔色を変える。

 エドガーは後者だ。ナーシアの副官でもあるこの男は、つき出た額にうっすら汗をにじませた。


「まずいな」

「はい。間違いなく、今夜中に敵が来ます」

「問題はそれが空からか、陸からかということだ」

「奴らの本命は陸でしょう。ですが空から敵が来ないとも限りません」


 アウロの言葉に室内はしんと静まり返った。


 ここに来て、他の者たちもようやく事態の異質さに気付き始める。

 近衛騎士団と機甲竜騎士団。この二つは王都を陸空から守る防衛の要だ。

 だが、今はその両輪がどちらも破壊されてしまっている。もはや、城内を守っているのは僅かな数の近衛兵だけだった。


「くそ、何故こんな状況になるまで誰も気付かなかった。いや、そもそもナーシア様は一体どこに行ってしまわれたのだ?」

「な、ナーシア殿下は王城です。ウォルテリス陛下から直々にお声をかけられたようでして」

「陛下から? ……分かった。では、私は今から城内に向かう」


 エドガーはそこでぐるりと指揮所の中を見渡し、


「クリフ、お前は竜騎士団の宿舎に行って眠りこけている連中を起こしてこい。ウェイン、お前は近衛騎士団の方だ」

了解ラジャー!」

「他の者たちは厳戒態勢を続けろ。それから……アウロ・ギネヴィウス」


 名前を呼ばれ、アウロは「はい」と答える。


「今は臨機応変な対応が必要だ。貴殿は自らの判断で動いて欲しい」

「よろしいのですか? 自分はあくまで新兵扱いのはずですが」

「構わぬ。空戦の顛末は他の者たちから聞いた。あの《エクリプス》からナーシア様を守ってくれて感謝する」

「……分かりました。既に、城郭内に賊が入り込んでいる可能性もあります。エドガー殿も気をつけて下さい」


 「うむ」と頷き、エドガーは団員たちと共に降り注ぐ雨の中へ飛び出した。


 次に指揮所の中で動きがあったのは、それから更に数分後のことだ。

 夜の暗闇から、マントで体に巻いたソフィアがひょっこり姿を見せたのである。

 こちらも、数時間前に外へ出て今帰ってきたところらしい。青白い顔のまま、ガチガチと奥歯を震わせている。


「さ、寒い! 寒いです! 全くひどい暴風雨ですよ! 私がここを出た時の三倍はひどい! これで明日風邪を引いたら、ナーシア殿下のせいですからねっ!」


 空気を読まずにわめくソフィアだが、生憎とナーシアは不在だ。

 指揮所の中を見回した彼女は、目的の人物がいないのを見て小さく首を傾げた。


「あれ、カムリちゃん? ナーシア殿下はどこです? あと、なんかものっそ空気が重いんですが」

「ちょっと色々、面倒なことが起きてるんだよ。まぁ、機甲竜騎士団と近衛騎士団の両方が動けなくちゃったってだけの話なんだけど」

「へぇ、それは大変ですね」


 カムリの台詞に、ソフィアはのほほんと相槌を打った。

 が、すぐに言われたことの意味を理解したのか。ただでさえ青くなっていた頬がさっと蒼白に変わる。


「――って、やべぇじゃないですか! なんでそんなことになってるんです!?」

「食事に薬を盛られたんだよ。いや、正確には元々睡眠薬の入っていた食事を勝手に食べた、って言う方が正しいんだけど」

「食事に? なら、まさかナーシア殿下も眠らされて?」

「それは分からん。今、エドガー殿が王城まで連絡に向かっている」

「あっ、エドガーさんは無事だったんですね。なんでも、この嵐で回収部隊も難儀してるって話を聞きましたから……」


 つい先ほどまで外にいたソフィアだ。その言葉には実感がこもっている。


 カムリはちらりと荒れ狂う空を見上げた後で尋ねた。


「そういえば、ソフィはどこ行ってたの? 外はこんなにひどい天気だっていうのに」

「うー、私はですね。カムロートを囲んでる街壁の外にいたんですよ」

「街壁の外?」

「はい。正確には街壁の外に落ちた陸攻機ストライカーを調べに行ってたんですけどね」


 街壁の外に落ちた陸攻機(ストライカー)――というと、アウロとルシウスが共同で撃墜した《ハンドレページⅡ》のことだろう。


「だが、何故あんなものを?」

「えっとですね。普通は爆弾を搭載したままの陸攻機が地面に落ちると、派手な爆発が起きて周囲一体が更地になっちゃうんですよ。まぁ、砦一つを吹き飛ばす威力の魔導兵器なんで、当然といえば当然なんですが」

「その通りだ。だから普通、陸攻機は敵に襲われた時点で爆弾を切り離す」

「でも、今回の敵さんはそれをしなかったんですね。なのに私が確認した機体は割と綺麗な状態でした。いや、勿論フレームはバラバラ。パイロットは骨まで黒焦げっていう惨状ではあったんですけど」


 さらりとグロテスクな発言をした後で、ソフィアは「んー」と口元に指を当て、


「多分、ですけど。あの三機のハンドレページは最初から爆弾なんて積んでなかったんですよ」

「えっ? じゃあ、敵はお城を攻撃するつもりなんてなかったってこと?」

「そうですね。一応、誤って市街地に被害を出したくなかったとか、他の理由も考えられるんですけど」

「……なるほど」


 ソフィアの報告を受け、アウロはしばし考え込んだ。


 恐らく、昼の襲撃自体がこちらを油断させるためのブラフだったのだろう。

 だが、それだけではない。陸攻機に爆弾を積んでいなかったということは、アクスフォード側に王城を破壊する意志がなかったということだ。

 彼らは無差別な殲滅を求めてはない。特定の、自分たちの障害となる個人に標的を絞っている。


(となると、やはり敵の侵略は陸からか)


 空から攻撃をかける場合、どうしてもその狙いは大雑把になってしまう。

 敵はなんらかの手段を使って、この第三城郭内に侵入するつもりだ。そのために近衛騎士団と機甲竜騎士団を無力化した。

 そう考えるとしっくり来る。まだ幾つか疑問は残っているが。


「でも、どうやって敵はここに攻めてくる気なんでしょう。陸から攻撃をかけるにしても、三重の城壁をどうにかしなきゃいけないのに……」


 ソフィアが呟いた直後、ふいに雷鳴が轟いた。

 闇の中でぱっと光が閃き、ほぼ同時に指揮所の中まで轟音が響く。

 入り口付近に立っていたアウロ、カムリ、ソフィアの三人は、開け放たれた扉から外の様子を伺った。


「今の落雷は妙だな。普通、雷というのは光が見えてから数秒後に音が聞こえるものだが」

「まさか敵の攻撃? だとしたら随分と派手だけど」

「こう暗くて雨がひどくちゃ、全然お外の様子が分かりませんね」


 眉を寄せながらもソフィアは雨の中へと身を乗り出す。


 丁度、そのタイミングで再び白い稲妻が暗闇を切り裂いた。

 山裾の方で閃光が弾ける。たちまち響く轟音――いや、爆音。

 夜の空が一瞬の輝きに照らし出され、そして、アウロは雨雲の間を舞う鳥のようなシルエットを見た。


「なんだ? あれは、まさか――」

「き、機竜? そんな、この天気の中を……?」


 呆然と呟いたソフィアの前で、黒い鳥はぐいっと機首を下げた。


 急降下する敵機。その狙いは王城を守る三重の城郭だ。

 その両翼の下から光が――恐らくは、高熱の魔導弾が発射される。

 まるで雷霆のような敵機の一撃は、王城を囲う城壁に直撃すると、瞬く間にその上半分を蒸発させてしまった。


「うぞっ……!? ぷ、プレートが入った壁を一発で!?」

「あの機体、攻城砲を積んでいるらしいな。にしても威力が桁違いだが」


 敵機の火力に目を見張りつつも、アウロは背後へと振り返った。


「本部、レーダーに反応は?」

「は、はい!」


 尋ねかけられた通信士は、慌てて部屋の中央に浮かぶ立体ホログラムを見上げる。

 しかし、そこに浮かぶ光点はない。敵はレーダーの包囲網をかい潜り、このカムロート上空に現れたのだ。


「あ、ありません! 本当に空から敵が現れたのですか!?」

「間違いない。あれは特定の目標を破壊するための攻撃機アタッカーだ。どうも、この雷雨でレーダー網が乱れた隙を狙ったらしいが……」

「い、いえ、その可能性は低いと思います」


 ソフィアは青い顔のまま、アウロの推論を否定した。


「『冬の嵐』は毎年の恒例です。その間はレーダーの精度が落ちますが、機竜ほどの大きさを持った物体が全く映らなくなるということはありません」

「だが、現状ここのレーダーは敵の姿を補足できていない」

「それは多分、あの機体が持つ特性に要因があると思うんです。公式には原因不明の事故として処理されていますけれど、五年前のモーンの反乱の際……そして、この前の養成所襲撃事件の直後も、レーダーに映らない敵によって機竜の撃墜される事件が起きました」

「レーダーに映らない敵だと? それはつまり――」

光学迷彩ステルスです」


 その言葉に、アウロは声もなくうめいた。


 光学迷彩ステルスは今も各国が研究している技術の一つだ。

 レーダーに映らない機竜。そんな夢のような兵器が開発されれば、戦場の様相は一変する。

 が、現在ステルス機の運用に成功した国はない。東大陸の帝国でさえ、研究途中の段階という話だった。


「馬鹿な。何故、大陸ですら実用化にこぎ着けていない技術を奴らが保有しているんだ」

「一応、心当たりはあります。でも、その裏付けをするためには私の工房にある資料を当たってみないと――」


 ソフィアが言いかけたところで、再びの轟音が夜の闇に響き渡った。


 急降下した敵機は、半壊した城郭めがけて魔導砲の第二射をぶっ放したのだ。

 これにより王城を守護する三重の城郭は完全に崩れ去った。最早、敵の侵入を阻むものはなにもない。


「くそ、王都の守りがこうも簡単に!」

「主殿! あいつ、こっちに来る! ここを狙ってるみたいだ!」


 カムリの叫び声にアウロははっとした。


 空中で旋回した黒の機竜は、続いて城郭内の施設に狙いを定めたらしい。

 その第一目標となったのは機甲竜騎士団の本部である。目立つ球状のレイドームが仇となった形だ。


「まずい! 全員、ここから退避しろ!」


 慌てて指揮所の内部に声をかけたアウロだが、その時にはもう敵の発射した魔導弾が建物の上部に直撃していた。


 閃光――

 爆発――

 衝撃――


 それらが一瞬で周囲を覆い、アウロの体を吹き飛ばす。


「ぐっ……!?」

「きゃあああぁぁぁっ!?」


 アウロはもろに爆風を受けながらも、隣にいたソフィアの体を庇った。


 ひとかたまりとなった二人は、着弾の余波によって雨の中を転々と転がる。

 一瞬、視界が真っ暗になり、体の節々に鈍い痛みが走った。

 それでも、命があったのは建物の入り口付近にいたおかげだろう。

 ぬかるんだ地面がクッションの役割を果たしたのも大きかった。


「主殿! ソフィ! 大丈夫!?」

「……どうにかな」


 アウロは口の端から血を流しながら、地面から起き上がった。

 次いで、自らの状態を確認する。皮のマントは泥まみれだが目立った外傷はない。

 それは駆け寄ってきたカムリと、アウロの腕の中にいるソフィアも同じだった。


「ソフィア、怪我はないか?」

「え……はい。そ、その、ありがとうございます、アウロさん」


 ソフィアはぼそぼそと聞き取りにくい声で礼を言った。


 先ほどまで青かった頬が今は真っ赤に染まっている。

 性的な話題を平然と口にする彼女も、異性に抱きしめられた経験は少ないらしい。

 カムリはそんな主と友人の様子を見て、むっと唇を尖らせた。


「二人とも、いつまで抱き合ってるつもりだよ。早くここから離れないと!」

「分かったから急かすな。マントが絡まっているんだ」


 アウロはため息をこぼしつつマントをほどいた。


 解放されたソフィアはしばしの間、呆然と目の前の光景を見つめた。

 魔導砲の直撃を受けたレイドームは割れた卵のように崩れ落ち、その下の指揮所を完全に押し潰してしまっていた。

 アウロたち以外に脱出した人間の姿はなかった。そもそも、屋内にいた通信士たちに逃げ道があったかどうかも疑問だ。


「そ、そんな、中の人たちは――」

「分からん。どちらにせよ、今は安否を確認するだけの余裕もない」


 頭上を仰いだアウロの周囲では、未だ断続的に爆音が響いている。


 敵機は本部を砲撃した後も、城郭内の主要施設を立て続けに狙い撃ちしていた。

 為す術なく佇むアウロたちの前で、アーマーを保管するガレージや、機竜を守るハンガーが次々と破壊されていく。

 だが、やはり王城は狙っていない。それと団員のいる宿舎もだ。死人を増やさないように配慮しているのだろう。


「それにしてもあのパイロット、凄まじい腕前だな。ほとんど狙いを外していない上、この悪天候の中をこうも簡単に飛び回るとは」

「かっ、感心してる場合じゃないですよ! 早くなんとかしないと!」

「分かっている。とりあえず、上にいる敵機を止めよう。《ホーネット》は――」

「本体のメンテは帰投直後に終わってるはずです。ただアウロさんのアーマーは右腕甲が壊れてましたから、応急処置を施さないと」

「時間はどれくらいで終わる?」

「え、えっと……他のアーマーに魔導回路マギオニクスを付け替えるだけなら、動作テストなしで五分ほど……」


 「厳しいな」とアウロは呟いた。


 今からハンガーまで行くのに五分。そこからアーマーの調整で五分。

 その時にはもう、城郭内の主要施設は壊滅している。後は地上部隊がなだれ込めば、王城はほとんど無抵抗のまま占領されてしまうだろう。


「あっ、主殿! あれ!」


 と、そこでふいにカムリが空の一点を指差した。


 見れば、突如現れた紫色の機竜が夜空を舞う敵機に肉薄しようとしていた。

 あの棘を持った薔薇のようなフォルムは、間違いなくナーシアの《ラムレイ》だ。

 更にその後ろには二機の《ワイバーン》と、橙色の装甲を持つ《グリンガレット》も続いていた。


「ナーシア――それにルシウスか!」

「機甲竜騎士団の生き残りもいるみたいだね。あ、また一機……」


 アウロたちが見ている間に、続々と地上から飛び立った《ワイバーン》が漆黒の機竜に攻撃を仕掛けていた。


 どうやら、竜騎士団の全員が宴会に参加していた訳ではないらしい。

 律儀にナーシアの命令を守っていた面々が少なからずいたのだ。

 彼らは敵の襲撃を見て、ハンガーへ直行したのだろう。もしくは最初からハンガー内で待機していたのかもしれない。


「六、七、八……どんどん増えますね」

「空はこれで大丈夫そうだな。ナーシアのアーマーも直っているようだし」

「ナーシア様は万が一に備えて、予備のアーマーを用意しているんです。アーマーだけじゃなくて武器もですけど」


 ソフィアが答えた直後、真紅の閃光が豪雨を切り裂いた。


 〝ファイアブレス〟3.6インチ重対機甲砲。機竜の装甲を容易く貫く、ラムレイ最大の兵装である。

 だが、ナーシアの放ったその一撃を、敵機は弧を描くような動きでやすやすと回避してしまった。

 まるで本物の鳥だ。機動力こそたいしたことはないが、運動性は《ホーネット》並か、それ以上である。


「……よし、空のことは彼らに任せよう。ソフィアも一旦どこかへ避難しろ」

「分かりました。でも、アウロさんはどうするつもりです?」

「これからカムリと共に王城へ向かう。この襲撃がアクスフォード側によるものだとしたら、奴らの狙いは公王だ」

「え? でも、王を殺すつもりなら最初から王城を狙っていれば――」

「違う。殺すのではなく人質にするつもりなんだ。王を殺されれば王国側も引き返せなくなるが、王の命を盾にされれば、こちらにとって不利な条件での停戦を呑まざるを得なくなる」

「な、なるほど……」


 ソフィアは納得した様子で頷く。


 もっとも、今回の戦においてアクスフォード側の狙いはもう一つある。

 国家の中枢に巣食う毒物の排除。彼らはこの襲撃でそれすらも達成するつもりだ。

 アウロは背後を振り返り、雨の中に悠然とそびえ立つ石造りの城を仰いだ。


「行くぞ、カムリ。――奴らに公王ウォルテリスは渡さない」

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