2-18
王城へと帰還したアウロは、駐機場に《ホーネット》を停めたところでアーマーのコックピットから降りた。
長時間の戦闘によって、薄手のインナーが汗に濡れている。吹きつける風が肌に心地よい。
「おおっ、戦士のお帰りだ!」
「よくやった! よくやったぞ!」
「流石、ナーシア様だ! まさか、あの《エクリプス》を倒しちまうなんて!」
「これで王都は守られた! 俺たちは勝ったんだ!」
途端、滑走路の周囲に集まっていた人々の間から歓声が上がる。
アウロはアーマーから降りたルシウスと顔を見合わせた。
なんとなくこそばゆい気分だ。おもむろにルシウスが手を振ると、歓声はわっと大きくなった。
「……すごい」
「新兵らしい凡庸な感想だな」
ナーシアは呆れたように言って、コックピットから飛び降りた。
薔薇色の髪が風になびき、玉となった汗がぽつぽつ地面に落ちる。
すっかり疲れ果ててしまっているアウロたちと違い、ナーシアにはまだ余裕があるようだった。堂々と胸を張り、歓呼の声に答えている。
「主殿!」
そこで、アウロは聞き覚えのある声に顔を上げた。
目の前に駆け寄ってきたのは地上で待機していたカムリだ。
走ったせいでフードが脱げ、金色に染められた髪があらわになっている。その表情はひどく不安そうだった。
「あ、主殿、体は大丈夫なの?」
「別に平気だが……」
「もう下にいる間は気が気じゃなかったよ! まさか、自分から敵にぶつかりに行くなんて!」
「他に方法がなかったんだ。仕方ないだろ」
言って、アウロは歩き出そうとした。
が、やはり疲労が溜まっていたのか。一歩目を踏み出しところで、がくりと膝が折れてしまう。
「あ、主殿!?」
カムリは慌てて倒れかけたアウロを支えた。
すかさず、飛行場に集まった人々の間から囃し立てる声が上がった。
あのナーシアまでもが口の端に笑みを浮かべている。
「アウロ、いちゃつくのは後にしろ。まずは本部に報告へ行くぞ」
「……申し訳ありません」
アウロはばつの悪い気分になりながら少女の元から離れた。
「じゃあ、また後でな」
「あ、うん。そうだ、これ」
カムリは僅かに頬を染めながらも、ローブのポケットから銀のボトルを取り出した。
受け取ると、表面がひんやりと冷たい。どうやら水を冷やして保存する魔導具かなにからしい。
「ソフィから借りたんだ。疲れた体にちょうどいいだろうって」
「……ありがとう」
礼を言って、アウロはボトルを受け取った。
カムリははにかんだような笑顔で主の顔を見上げ、
「お疲れ様、主殿。ちゃんと無事に戻ってきてくれて嬉しいよ」
「俺もだ。お前の顔を見ると、自分の居場所に帰ってきたという気がする」
アウロはカムリの頭にぽんと手をやると、その場を離れた。
既にナーシアとルシウスは指揮所へ向かってしまっている。
途中、滑走路の前で振り返ったルシウスは、にやけた表情のまま言った。
「意外だな。君は恋愛に興味がないんだと思ったのに、ちゃんといい子を見つけてるじゃないか」
「カムリは単なる従者だ。世話になっているのは確かだがな」
「そうなのかい? あんまり主従って感じでもないけど」
「お前が想像しているのは主君と騎士の関係だろう? カムリは魔術師だぞ。あれくらいが普通さ」
アウロは適当にごまかしつつ、ボトルを傾けて胃に冷水を流し込んだ。
飛行場の端にある機甲竜騎士団の本部は、ドーム状の天井を持った要塞に近い形状をしている。
正確には四角い建物の上に球状のレイドームが乗っているのだ。内部にあるのは広域索敵用の大型アンテナである。
また、団長であるナーシアの趣味によるものか。指揮所の内装は殺風景だった王城とは違い、様々な調度品の並べられ、大理石のタイルが敷かれた貴族の邸宅に近い造りとなっていた。
磨き抜かれた床にはコの字型に机が並び、その中央には王都近郊の地形を立体化させた半球状のホログラムが投影されている。
机の上には魔導回路の組み込まれた通信機器が幾つも置かれ、その周辺には十数名の通信士と、ねずみ色の制服を着たソフィアの姿があった。
「あっ、おかえりなさい三人とも。怪我もないようでなによりです」
「ソフィア? 貴様、まだ持ち場に戻っていなかったのか」
「すぐに戻ります。ただ、その前にナーシア様に頼みたいことがありまして」
「頼みたいこと?」
「はい」と頷いたソフィアはナーシアの元に歩み寄り、
「えっと、内緒話をしたいんですが、その、身長差がですね」
「めんどうな奴だな」
ナーシアはため息をこぼしながらも膝をかがめる。
ソフィアはそこに、なにか小声で耳打ちした。
「……フム、いいだろう。だが、わざわざ他の人間に聞かれないようにする必要があるのか?」
「勝ち戦に水を差すのは嫌じゃないですか。まだ確信がある訳でもないですし」
「勘違いで終わればいいんだがな。私もその点に関しては少し気にかかっていた」
ナーシアは立ち上がると指揮所の外を顎でしゃくった。
「ソフィア、お前自身の目で確かめてこい。団の隊員に任せるより、専門家に見て貰った方が確実だろう」
「了解! ソフィア・サミュエル、行って参ります!」
敬礼を返し、すぐさま走り去ろうとするソフィア。
直後、扉の向こうで音を立てて雨が降り始めた。
先ほどからぐずりかけていた天候が、とうとう決壊を迎えてしまったらしい。
たちまち勢いを増す雨脚を前に、ソフィアは立ち止まると、恐る恐るといった様子で背後を振り返った。
「あのう、ナーシア様……」
「どうした? 早く行け」
「ちょっと外を見て下さい。この天気どう思います?」
「ひどい雨だな。それに風も強い。吹き飛ばされないように気をつけろ」
「………………ハイ」
ソフィアはがっくり肩を落とすと、重い足取りのまま指揮所の外へと消えた。
直後、古木のテーブルに積まれた箱型の通信機が短い音を発する。
これはアーマー内に積まれている装置と同じ魔導具だ。送信側で音声を魔力の波に変換し、受信側でそれを解析するシステムらしいが、専門家でないアウロは詳しいことを知らない。
「どこからだ?」
テーブルに手をつき、身を乗り出すナーシア。
受話器を手にとった通信士は二言三言、言葉を交わした後で顔を上げた。
「前線です。王弟殿下からであります」
「なに、叔父上が?」
「はい。通達すべき事項があるそうです」
「ふぅん? 丁度いい。代われ」
「分かりました」
通信士は円盤状のレシーバーをナーシアに渡した。
「叔父上、どうなさいました」
『おう、ナーシアか。もしや、そっちでなにかあったか?』
すぐ背後にいるアウロたちにも、受話器越しの声がかすかに聞こえる。
野太い男のそれは間違いなくガルバリオンのものだ。
「はい。私の機甲竜騎士団が敵の奇襲部隊と交戦。これを撃破しました。今からそちらにも報告しようと思っていたところです」
『そうか。どうりで急に降伏なんて話になった訳だ』
「降伏!?」
その言葉に、聞き耳を立てていたルシウスが驚愕の声を漏らす。
ルシウスだけではない。動揺を隠せないのは他の面々も同じだ。
ナーシアはざわつく室内をひと睨みした後で、再び受話器を耳に押し当てた。
「随分と性急な話ですな。そちらではまだ大きな戦いが起きていないのでしょう?」
『まぁな。ブレアの奴にしちゃ情けない策を使ってくると思ったが……』
「策とは思えません。王都を急襲してきた敵機甲竜騎士は総勢で三十四。その中にはあの《エクリプス》までもが含まれていました」
『なんだと? まさか、ブレア自身が王都に攻撃をかけたのか?』
「それは違います。アレに乗っていたのはカラム・ブラッドレイです。ブレア・アクスフォードはドルゲラウにいると見て、まず間違いないでしょう」
『なるほどな』とガルバリオンは納得の声をこぼした。
『敵の本拠地に奇襲をかけ、失敗すれば降伏する。いかにも武人らしい潔さだ』
「どうでしょうな。カラムの坊やは敵に降ることをよしとせず、最後まで戦い抜きました。だが、奴の主にはそれほどの気概がなかったらしい」
『戦が本格化すれば、被害を受けるのはその地に住まう民さ。ブレアはそういったことを一番嫌う』
「実に偽善的ですね。反吐が出る」
ナーシアは苛立たしそうに、トントンとテーブルを指で小突いた。
「で、叔父上は降伏を受け入れるつもりなのですか?」
『受け入れん理由がない。そもそも東の国境地帯が危うい状況で、国内の兵力を削り合うなんて馬鹿らしすぎるぜ』
「そうですな。あまりにもあっさり終わり過ぎた気もしますが」
『まぁな。ともかく、俺はパルハノンの奴にもこの事を伝えなきゃならん。あの豚はまだ死んでないだろうな?』
「はい、残念ながら。相変わらず、口からゴミの腐ったような息を吐き出しております」
『大変結構』とガルバリオンは笑みをこぼした。
パルハノン――恐らく、近衛騎士団団長のパルハノン・モンシリウスのことだろう。
伯爵家の出身ながら無能でよく知られている人物で、血統主義者のナーシアにさえ蛇蝎の如く嫌われている。
要は典型的な馬鹿貴族ということだ。アウロ自身、あの男にはいい印象を抱いていない。
「では、陛下と宰相殿にはこちらから伝えておきましょう。他に伝達すべき事項は?」
『特にないな。そういえば、新兵二人はちゃんと生きて帰ってきたか?』
「無論です。単独、共同合わせてルシウスは九機。アウロは八機の戦果を上げました」
『そいつはすごい。まぁ、二人の武勇伝は凱旋した後にでも聞くとしよう。お前たちも今日はうまい酒を飲んでゆっくり休め』
「ええ、元よりそのつもりです」
言って、ナーシアはガルバリオンとの通信を切った。
とはいえ、アウロを含めた他の面々は今の会話に実感を覚えられずにいた。
なにせつい三十分ほど前まで、激しい空戦を繰り広げていたばかりなのだ。
それがいきなり終戦と言われても、今ひとつ事実として飲み込めない。
(――何より)
アウロには、まだこの戦争が終わったように思えなかった。
「えっと、兄さん……」
沈黙の中、おずおずと声を上げたルシウスをナーシアは一瞥し、
「聞いての通りだ。前線でのことも済んだらしい」
「で、でも、こんなに早く?」
「奴らは先ほどの奇襲に戦の趨勢を賭けていたんだろう。それが失敗した今、戦争を続けたところで勝ち目がないということだ」
「なら、もう戦いは起こらないってことですか?」
「分からん。だが、侯爵が降伏を申し入れ、叔父上がそれを受け入れた以上、戦争という形式での戦いは終わったんだ。無論、正式な調停はこれから始まるだろうがな」
ナーシアは淡々と言って、沈黙したレシーバーを通信機の元へと戻した。
「哨戒に出した連中を戻せ。まだ厳戒態勢を続ける必要はあるが、ひとまず空での仕事は終わりだ。――ルシウス、アウロ、お前たちも宿舎に戻れ。今の内に食事を取って体調を整えておくんだ」
「今の内に?」
「これで戦争が終わるのであれば、勿論それはそれで構わない。ただ、私にはまだ納得できていないことがある」
「先ほどソフィアが確認しに行ったことですか?」
アウロの質問にナーシアは「そうだ」と頷いた。
戦は終わった。それも王国側の完全勝利だ。
にも関わらず、雨音の響く室内には未だぴりぴりした空気が流れている。
ナーシアはため息ひとつこぼすと、眉間に深い皺を寄せたまま告げた。
「勝利の余韻に浸るにはまだ早いということだ」




