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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
二章:斧の反乱
35/107

2-17

 アウロたちが敵編隊と戦闘に入った直後、通信機越しに女の声が響いた。


『ナーシア様! ルシウス殿下! アウロさん! 聞こえますか!』

「聞こえている。その声、ソフィアか?」


 尋ね返したアウロのすぐ真横を、燃えたぎる魔導弾が通り過ぎていく。


 空戦に突入したアウロとルシウスは、《エクリプス》の相手をナーシアに任せ、《ファイアドレイク》の掃討に集中していた。

 今も互いに互いの背を取ろうと、激しいドッグファイトを繰り広げている真っ最中だ。

 正直なところ、呑気に会話をするだけの余裕などない。事実、ナーシアとルシウスの二人は操縦だけで手一杯のようだった。


「用件はなんだ? できれば手短かに済ませてくれ」

『敵機のことです! 《エクリプス》が現れたんですよね!?』


 「そうだ」と答えた直後、アウロは殺気を感じて右ペダルを踏み込んだ。


 瞬間、横方向にローリングした《ホーネット》の後ろから、槍を構えた《ファイアドレイク》が猛スピードで突っ込んでくる。

 紙一重で突撃を避けたアウロは、すぐさま∪ターンしかけた敵機の脇腹めがけてガンランスのトリガーを引いた。

 胴部に魔導弾の直撃を受けた《ファイアドレイク》は、その一発だけでたちまち火だるまになってしまう。旧型機は装甲が脆いのだ。


「――で、ソフィア。あの機体についてなにか知っていることがあるのか?」

『勿論ですよ! これでも私は王立航空兵器工廠(アーセナル)のトップなんですから!』

『ならば、奴の兵装について教えろ!』


 そこで通信に割り込んできたのはナーシアである。


 先ほどから《ラムレイ》と《エクリプス》の二機は、アウロの頭上を猛スピードで飛び交っていた。

 ただ、押されているのはナーシアの方だ。射撃特化の《ラムレイ》と格闘特化の《エクリプス》では明らかに後者の方が有利だった。


『え、ええとですね……』


 通信機越しにぱらぱらと紙をめくる音が聞こえ、


『工廠のデータベースに登録されている情報によると、《エクリプス》の兵装は〝スピレッタ〟爆砕螺旋槍と〝マースク〟風力結界式魔導シールドです! この二つは《ラムレイ》の〝ファイアブレス〟と同じように、《エクリプス》の炎嚢ブレスポッドと直結しています!』

「炎嚢? だが、《エクリプス》は――」

『風竜です。なので、生成されるのは炎ではなく風のブレスという形になります』

『細かい理屈はいい! 要点だけ話せ!』


 ナーシアの叱責を受け、ソフィアは『は、はい』と言葉を続けた。


『〝スピレッタ〟は機体内部で生成した風を圧縮し、螺旋状の穂先に沿って放出することで破壊力を生み出している兵器です。つまりはドリルと同じですね』

「なるほど。で、シールドの方は?」

『〝マースク〟はこちらも盾の内部に、風の力を用いた魔導式結界を埋め込んでいます。これにより、遠方から飛来する魔導弾の軌道を逸らすことができるようです。ただ、《ラムレイ》と《グリンガレット》の収束砲を防ぐほどの防御力はありません』

『フン! つまり、〝ファイアブレス〟の直撃を食らわせてやればいい訳だ!』


 ナーシアはすかさず魔導砲を構えると、緑甲の機竜めがけてトリガーを引いた。


 が、近距離からの射撃だったにも関わらず、《エクリプス》は軽々と熱線を回避してしまう。

 相手も〝ファイアブレス〟の危険性は重々承知しているのだ。そして、どんな高火力の武器だろうと当たらなければ効果は無い。


『ええい、くそっ! 虫けらめ、ちょこまかと!』

『どうした、ナーシア! 先ほどから逃げてばかりじゃないか!』

『ほざけぇ! 機体の性能だけに頼っている貴様が、この私を倒せると思うな!』


 ナーシアは激昂の声と共に、シールドキャノンを乱射する。


 だが、《エクリプス》の盾〝マースク〟はこれを簡単に防いでしまった。

 シールドの表面に刻まれた複数の窪。その内部から発生する旋風が、砲弾の軌道をねじ曲げてしまうのだ。


『無駄だ! この《エクリプス》を見くびって貰っては困る!』


 急旋回をした《エクリプス》は、再び槍を振りかぶってチャージをかけた。

 螺旋状の穂先が唸りを上げる。槍の内部から噴出される暴風が、削岩機のような回転破壊力を生み出す。


 ナーシアは舌打ち一つ漏らすと、《ラムレイ》を急降下させ、更には途中で旋回を交えることでその突撃から逃れようとした。

 だが、立て続けの空戦でナーシアも疲弊していたのか。一瞬の隙を突かれて、機体の側面へと回られてしまう。

 それも盾のある左側面ではなく、魔導砲を持った右側面だ。

 アウロは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


『ナーシア殿!』


 すぐさま声を上げるアウロ。


 しかし、その時にはもう螺旋槍〝スピレッタ〟が《ラムレイ》めがけて叩きこまれていた。

 鳴り響く甲高い金属音。眩い火花が空中で散り、黒塗りの魔導砲とアダマント製のガントレットが、まとめて粉微塵に砕かれる。

 咄嗟に〝ファイアブレス〟を盾にしたナーシアだが、〝スピレッタ〟はお構いなしにアーマーの右腕甲を根本からもぎとってしまった。


『きさっ……!』

『勝負あったな!』


 直後、二機の機竜は弾かれるようにして距離を離した。

 その姿は対照的だ。悠々と上空へ駆け上る《エクリプス》に対し、《ラムレイ》はバランスを崩して高度を下げてしまう。

 武器を失い、右腕甲を砕かれたナーシアに、もはやまともな戦闘能力は残っていなかった。


『兄さん!』

「ルシウス、雑魚どもは任せた! 俺はナーシア殿の援護に回る!」

『わ、分かった! 兄さんを頼む!』


 アウロは正面を塞ぐ敵機に魔導砲を叩き込むと、アフターバーナーを噴かせながらナーシアの元に急行した。


「ソフィア、《エクリプス》にはなにか弱点がないのか!?」

『え、《エクリプス》はフレームを徹底的に軽量化した機体です! 他の骸装機カーケスに比べると装甲面が貧弱になっています!』

「他には!?」

『ええと……そ、そうだ! 《エクリプス》の武器は右腕のランスだけです! また、〝スピレッタ〟は破壊力の高い兵器ですが、本体の構造そのものは極めて衝撃に脆い形状をしています!』

「十分だ。礼を言う!」


 その言葉を最後にアウロは通信を切った。


 《エクリプス》は槍を構え、いよいよナーシアの息の根を止めようと急降下をかけている。

 アウロはその直前、《ラムレイ》の前に《ホーネット》を割り込ませた。

 シールドを正面に構え、敵機を真っ向から迎え撃つ態勢だ。


『こいつ、邪魔を……!』

「来い、《エクリプス》! ――カラム・ブラッドレイ!」


 アウロの挑発に、《エクリプス》はアフターバーナを噴かせることで応えた。


 螺旋槍〝スピレッタ〟が唸りを上げる。狙いはこちらの左翼だ。

 槍を持っていない左側面を攻めるのは空戦の王道である。

 カラムの戦法は実に教科書通りだった。

 そして、だからこそ読みやすい。


 アウロはつま先で両ペダルを踏み込み、《ホーネット》の機首を下げた。

 同時に鞍上から身を乗り出し、自ら〝スピレッタ〟の穂先へと身を晒す。

 傍から見れば自殺行為だ。だが、アウロの狙いは他にあった。


『な、まさか。お前――!』


 驚愕の声をこぼすカラムだが、もう遅い。


 アウロはアーマーの全出力を振り絞り、左ガントレットに構えた盾を敵機に叩きつけた。

 突き出された槍を受け止めるのではなく、自らシールドごとぶつかり行ったのである。

 それでも、〝スピレッタ〟は止まらない。白い火花と共にアダマント鋼の盾がすり潰される。


「おおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

『ちいいいいいぃぃぃぃぃっ!』


 もはや後退することもできず、カラムは螺旋槍を振り抜いた。


 〝スピレッタ〟の破壊力は凄まじいの一言だった。

 穂先から生み出される回転旋風は分厚いシールドを掘削し、更にはアーマーの左腕甲を肘近くまで呑み込んでしまう。

 それでも、アウロは賭けに勝った。僅かに残ったガントレットの残骸が暴風圏を抜けて、螺旋状の穂先を叩き折ったのだ。


『しまっ――!?』


 勢い余って《エクリプス》の鞍上でよろめくカラム。


 そこに、《ホーネット》の背後から飛び出た《ラムレイ》が襲い掛かった。


『死ねぃ! カラム・ブラッドレイ!』


 既に魔導砲を失っているナーシアは、左腕甲に予備のブレードを握りしめていた。

 アーマーの腰部にマウントされている剣は、柄の内部に刃を収めた折りたたみ式ナイフに近い代物だ。

 当然、ランスに比べるとその攻撃力は劣る。それでも《エクリプス》の装甲を切断するには十分だった。


『くっ……!?』


 一瞬の交錯の後、緑甲の機竜はがくりと姿勢をぐらつかせた。


 ナーシアの放った斬撃は、《エクリプス》の四本あるテーパー翼の内の一本を根本から切り離していた。

 己の速度を最大の武器とする《エクリプス》にとって、これはある意味、〝スピレッタ〟よりも致命的な喪失だった。

 まだ完全に飛行能力を失った訳ではない。失った訳ではないが――


『これで詰みだ! 《エクリプス》!』


 最後の一撃はほとんど不意打ち気味に放たれた。


 二体の旧型機を始末したルシウスが、《グリンガレット》の魔導砲をよろめく敵機めがけてぶっ放したのである。

 既に《エクリプス》は回避できるような状態ではない。カラムは迫る閃光を左腕甲のシールドで受け止めた。

 だが、本来ならば弾丸を逸らす力を持った〝マースク〟の盾も、竜の炎を収束した〝ブラスターキャノン〟にはその障壁を突破されてしまう。


『う……わぁぁぁっ!』


 ぱっと音を立て、炸裂する閃光。


 表面を焼き尽くされた〝マースク〟の内部で、行き場を失った魔力が逆流する。

 空中にシールドの破片が散乱し、瞬く間に《エクリプス》は両手の兵装を失った。

 もはや頼りになるのは予備のブレードだけである。カラムは機体をよろめかせながらも、自らの腰から刃を抜き放った。


『く、流石はカムロートの騎士だ! しかし――!』

『貴様まだやるつもりか? かつての僚機ウィングマンとしてのよしみだ。投降くらいは認めてやるぞ』

『断る!』

『……愚か者め。だが、何がそこまで貴様を駆り立てる?』

『この国の未来を憂える心! それが今の僕の原動力だ!』

『ハッ! その結果がこれか! 全く、正義感の強い馬鹿ほど扱いやすい人間はいないな!』


 ナーシアは死に体の《エクリプス》に対し、銀のブレードを水平に構えた。


『いいだろう! ならば望み通り、無意味な死をくれてやる!』

『舐めるな! 武器がないのは君も同じだ!』


 機体を反転させ、高々と頭上に剣を掲げるカラム。

 だが、ナーシアはその些細な抵抗を一笑に付した。


『だからどうした、ゴミカスがァ! 忘れたのかい、カラム・ブラッドレイ! 貴様が養成所のナンバーツーで終わったのは、この私が上にいたからだということを!』

『っ――それでも!』


 カラムは咆哮と共に、ぴしゃりとハーネスを打った。


 瞬間、《エクリプス》はアフターバーナーを噴かせながら、一直線に《ラムレイ》へと肉薄した。

 対するナーシア敵機を迎え撃つ姿勢を取った。マシンパワーを温存し、代わりに左腕甲を振りかぶる。

 だが、カラムはそのタイミングで《ラムレイ》の右側面へと回り込んだ。右ガントレットを破壊されたナーシアにとってそちらは死角である。


『おおおぉぉぉっ!』


 がら空きの右翼を断ち切ろうと、真っ正面から振り下ろされる刃。

 しかし、ナーシアはそこで左ペダルを踏み込み、機体を横方向へとローリングさせた。

 更に上下逆転した体勢からブレードを切り上げる。この曲芸染みた斬撃によって、カラムの右ガントレットは根本から切断されてしまった。


『なっ……!?』

『残念だったな、カラム! 貴様の動きは読み易すぎる!』


 右腕甲を失った《エクリプス》は反動で水平方向にスピンする。

 対し、《ラムレイ》は上下逆転の姿勢を立て直すと、再度ブレードを構えた。

 その機首は《エクリプス》に跨るカラムへと向けられている。失速により機体を横滑りさせながらも、ナーシアは完全に手綱をコントロールしていた。


 ――ドッ!


 そして、次の瞬間。《ラムレイ》は温存していたアフターバーナーを噴かせ、緑甲の機竜にチャージを仕掛けた。

 最後の武器を失い、機体の制御を失ったカラムに、もはやそれを凌ぐ手段はない。

 アウロは通信機越しに、男の口から諦めの吐息がこぼれるのを聞いた。


『侯爵様。これで、この国は――』


 続く言葉は銀色の刀刃に阻まれた。


 ナーシアの振り抜いた剣は男の胴体を正確に切断していた。

 固定具であるワイヤーが断ち切られ、風に煽られた上半身はそのまま地面へと転がり落ちていく。

 遅れて、騎手を失った《エクリプス》も主の後を追うかのように、赤い筋を残しながら大地へと墜落していった。


「……敵機の撃墜を確認」


 アウロはぼそりと低い声で呟いた。


 ――カラム・ブラッドレイ。


 アウロにとっては友人の兄に当たる人物である。

 自身、ロゼからその人柄について何度か話を聞いていた。

 実直で、正義感が強い人物。それがたった今、永遠に帰らぬ存在となってしまったのだ。


『チッ、予想以上に手間取ったな』


 ナーシアは舌打ち一つこぼして、ブレードを腰部の鞘に収めた。


『おい、アウロ。貴様、機体は大丈夫か?』

「問題ありません。左ガントレットが大破しましたが、アーマー自体は動きます」

『ならばいい。私も右腕と〝ファイアブレス〟を失ってしまった。敵の増援も打ち止めのようだし、一旦地上に引き上げるぞ』

『あ、そういえばガスト小隊とストーム小隊に任せた《ファイアドレイク》は――』


 ルシウスの漏らした呟きに、本部から『掃討済みです』と返答が来る。


『地上に待機していた小隊が出撃し、《ファイアドレイク》を殲滅しました。ガスト小隊とストーム小隊の四機は全て損傷軽微です。団長、彼らも一度本部に帰投させますか?』

『そうだな。代わりに、下に残っている連中を空へ上げろ。四機ずつ交代で哨戒に当たれ』

了解ラジャー。では、第一組としてカルム小隊を出撃させます』

『ああ、それから落とされた連中に回収班を出せ。近衛騎士団の連中に協力を要請するんだ』

『分かりました』


 通信はそこで打ち切られ、後には静寂だけが残る。


(……終わった)


 アウロは胃の奥に溜まった空気を深々と吐き出した。

 張り詰めていた緊張が途切れ、思わず全身が弛緩してしまう。

 どうやら、それはルシウスも同じらしい。アーマー越しにも露骨に肩を撫で下ろしているのが分かる。


 そんな新兵二人を前に、ナーシアは小さく含み笑いをこぼした。


『フ……疲れたか? だが、こういう日に飲む酒は格別だぞ』

「勝利の美酒、というやつですか」

『その通りだ。今回の空戦で、我々はアクスフォード側の航空戦力をほぼ殲滅した。これで、我が軍の制空権は揺るぎないものとなったはずだ』

『じゃあ――』


 顔を上げたルシウスにナーシアは言った。


『この戦争、我々の勝利さ。我らが戦いの趨勢を決定付けたんだ』


 満足気な言葉とともに、ナーシアは地上を見下ろした。


 眼下に広がる王都カムロートは未だ無傷のままだ。

 政治的中枢である王城も安泰。アクスフォード側の奇襲は、アウロたちの働きによって失敗に終わった。

 ナーシアの言う通り、戦局は完全に王国側有利へと傾いている。後はガルバリオン率いる本隊がドルゲラウ攻略するだけだ。


『さぁて、我が家に帰ろうではないか。私たちの果たすべき仕事は終わったのだ』


 手綱を緩め、機体の高度を下げるナーシアに続き、アウロとルシウスも王城内部の滑走路へと降下していった。






 ――こうして、アウロの空における初陣は終わりを告げた。


 この戦いにおいて、ドラク・ナーシアは個人撃墜4、共同撃墜3の戦果を。

 ドラク・ルシウスは個人撃墜5、共同撃墜4の戦果を。

 アウロ・ギネヴィウスは個人撃墜4、共同撃墜4の戦果を上げた。

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