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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
二章:斧の反乱
34/107

2-16

「やるな、ルシウス。この短時間で二機の機竜を落とすとは」

『半分は君が囮になってくれたおかげだよ。もう半分はこの《グリンガレット》の力だ』


 敵機を掃討したアウロは、再びルシウスと速度を合わせて編隊を組み直した。


 遠方では、未だにナーシアの《ラムレイ》とエドガーの《ワイバーン》が交戦を続けている。

 といっても、相手は既に二機。四機いた敵機の内、半数は片付けられてしまった計算だ。

 残る二機はナーシアを追い込み、その進路を塞ごうとしていた。どうやらランスチャージによる逆転を狙っているらしい。


『兄さん、苦戦してるみたいだな。アウロ、僕らも応援に行こう』

「いや、その必要はないらしい」


 アウロは言った。


 直後、編隊を組んでいた二機の《ワイバーン》は、ナーシアの《ラムレイ》めがけて二連槍突撃ダブルチャージを敢行した。

 元より、《ラムレイ》はガンランスを持たない射撃特化の機竜だ。

 至近近距離ならば自軍に分がある、と考えての行動だろう。


 しかし、ここで思いもよらない行動に出たのは、ナーシアの僚機ウィングマンであるエドガー・ファーガスだ。

 彼はすかさずアフターバーナを噴かせると、自ら《ラムレイ》の前へと飛び出したのである。


『エドガー殿、いけない!』


 ルシウスの悲痛な叫び声が響く。


 無理もない。敵の矛先に身を晒すなど、常識では考えられない行為だからだ。

 機竜の超スピードと重量を叩き込むランスチャージは、機甲竜騎士ドラグーンにとって最大の武器である。

 そこに自ら飛び込むことは投身自殺に等しい。普通の機竜乗り(ドラグナー)なら、絶対に取ることのない選択肢だ。


『ハッ……舐めるなよ、雑魚ども!』


 しかし、ナーシアの声には余裕があった。


 よくよく目を凝らせば分かったことだろう。

 エドガーの乗る機体は通常の《ワイバーン》とは、武装も、装甲の形状も異なっていた。

 左腕甲に構えたシールドは一般的なものより倍近い長さと分厚さを持ち、先端からは円柱状の砲身が飛び出している。

 その上、右腕甲に携えているのはガンランスではなく長大なバトルアックスだ。機体各所を覆う装甲まで増強されたその姿は、もはや空飛ぶ要塞だった。


 そして次の瞬間、エドガーは迫る敵機めがけてガントレットを振り抜いた。


 バトルアックスの間合いはガンランスよりも広い。

 結果、チャージをかけていた敵機は叩きつけられた刃の直撃を食らってしまう。

 ぐしゃり、と鈍い音がして敵パイロットの半身がアーマーごと押し潰された。同時にランスの狙いも逸れ、突き出された穂先が空を切る。

 次いで、二本目の槍が《ワイバーン》に迫るも、エドガーはこれを靴底のように分厚い大盾で器用にさばいてしまった。


『なっ……こっ、こいつ!』

『馬鹿めが! エドガーの《ワイバーン》は重装甲仕様ヘヴィアーマードカスタムだ! 安易にこの《ラムレイ》へ突撃をかけた者が、どういった末路を辿るのか! その身で思い知るがいい!』


 すかさず、ナーシアは目の前に飛び出た敵機に追撃をかける。


 火を噴いたのは左腕甲に携えたシールド――

 正確にはその内部に組み込まれた、二連装〝ルイスガン〟魔導式航空機関砲だ。

 威力は低いが連射性に優れた魔導弾が、雨あられと《ワイバーン》に撃ちかけられた。その内の幾つかが敵機を捉え、アダマント鋼の装甲に穴を開ける。


『くっ……おおおおぉぉぉっ!』


 だが、全身から黒い煙を吹き出しながらも、敵ドラグーンは落ちなかった。

 それどころか空中で急旋回すると、《ラムレイ》に向けて再度のランスチャージを敢行する。

 この特攻染みた行動に、エドガーはやや困惑気味の声を漏らした。


『ナーシア様』

『しぶとい奴め。大人しく落ちていれば、死なずに済んだものを』


 対するナーシアの反応は冷淡だ。


 彼はすぐさま、迫る敵機に〝ファイアブレス〟の照準を合わせた。


『消え失せろ……ゴミクズが!』


 トリガーの引かれるガチリという音が、通信機越しにアウロの元まで届く。


 直後、発射された灼熱の閃光が《ワイバーン》の頭頂から尾までを貫いた。

 コックピットごと搭乗者の姿が蒸発し、追って、機体全体が木っ端微塵に砕け散る。

 アウロは鈍色の金属片が、陽光を反射しながらきらきらと地面に落ちていくのを見送った。


 既に残る《ワイバーン》も、ゲイル小隊が討ち果たしている。

 対し、こちら側で撃墜された機体はゼロだ。

 この空域における戦闘は機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の圧勝だった。


『ゲイル小隊、そちらの被害は?』

『一番機、二番機が翼に軽い損傷を負いました。航行には問題ありません』

『ルシウス、ギネヴィウス、お前たちは無事か?』

『はい。こっちは無傷です、兄さん』


 『ならばよろしい』とナーシアは満足そうに言った。


『それにしてもルシウス、初陣とは思えない働きっぷりだな。まさか、新兵がたった二機で四機の《ワイバーン》を落とすとは』

『アウロのおかげです。彼が囮になってくれましたから』

『うむ、そうか……。ギネヴィウス、貴様もよくやった』

「はっ。光栄です、殿下」


 ぞんざいな称賛を送るナーシアに、アウロは殊勝な態度で答えた。


(これで俺の撃墜数は単独撃墜が一。共同撃墜が二か)


 一段落ついたところで計器に視線をやる。

 感覚としてはかなり長時間戦っていたように思えたが、実際は離陸してからまだ十分も経過していない。

 空戦では時間の流れがひどく遅く感じられるものだ。それが実弾を用いた命のやり取りともなれば尚更である。


『さて、これで《ワイバーン》の始末は終わった。あとは下にいるガスト小隊とストーム小隊の生き残りがどうなっ――』

『だっ、団長!』


 突然の通信に、ナーシアは一転して不機嫌そうな声を漏らした。


『本部か。今度はなんだ?』

『カムロート北から敵ドラグーンの小隊が王都に迫っています! 数は四です!』

『なんだと……? 馬鹿者! 何故、今の今まで見落としていた!』

『てっ、低空から侵入してきたためレーダーに映らなかった模様です。こちらでもつい先ほど補足したばかりでして……』


 通信士の声はほとんど涙声に変わっている。

 ナーシアはため息混じりに尋ねた。


『分かった。敵が王都に辿り着くまで、どれくらいの時間がある?』

『は、はい。敵編隊までの距離は5.6マイル。敵機の速度は60ノットです。猶予としては――』

『五分弱か。問題ないな』


 ナーシアは呟くと、ハーネスを操り機体を傾けた。


 即座に紫色の翼が空を裂き、《ラムレイ》は北方へと機首を向ける。

 アウロとルシウスは命令されるまでもなく、その背に続いた。

 ゲイル小隊の《ワイバーン》が更にその後ろに付く。


『これよりブラスト小隊、ゲイル小隊の各機は敵ドラグーンの迎撃に当たる。奴らに王城を破壊される訳には行かん』

『兄さん、今王都に来てる敵ってまさか――』

『ああ……100ノットに満たない速度といい、レーダーに映りにくい低空から侵入してきたことといい、陸攻機ストライカーで間違いないだろう。我々が今まで戦っていた部隊は単なる囮だった、ということだ』


 ナーシアは忌々しげに吐き捨てた。


 陸攻機ストライカー爆撃機ボンバーとも呼ばれる機竜の一種だ。

 この機竜は、ドラグーン同士の戦いを前提とする戦闘機ファイターとは全く異なる設計思想の元で作られており、鈍重で戦闘力は低いものの、機体内部に大量の魔導式爆弾を抱えている。

 一機の陸攻機が保有する爆弾は、重量で見るとおよそ2000ポンド。つまりは成人男性十五人分に匹敵する重さだ。

 これだけの魔導爆弾が地面に投下されれば、単なる石造りの城など一瞬で跡形もなく吹き飛ばされてしまうだろう。


『フン……しかし奴らめ、抜かったな。わざわざ囮まで使ったというのに、こうして爆撃部隊を発見されてしまうとは』

『五分の猶予があるなら、三機の陸攻機を落とすには十分ですね』

『ああ。だが、油断はするなよ。下にはまだ敵の生き残りがいるはずだからな』


 答えながらも、ナーシアは機体の高度を下げた。


 白い雲が割られ、アウロの視界に切り立つ山々と青い田園地帯が映る。

 地表付近では、豆粒のように見える三つの機影が三角形の編隊を組んでいた。

 アウロが更に高度を下げると、その小さな物体は徐々にはっきりした輪郭を形作る。

 すなわちアダマントの鱗を持った竜と、それに跨った鋼鉄の騎士の姿を。


「……《ハンドレページⅡ》か」


 アウロは呟いた。


 《ハンドレページⅡ》はログレス王国における代表的な陸攻機の一つだ。

 他の多くの陸攻機がそうであるように、機体の大きさは戦闘型である《ワイバーン》の倍近い。

 また胴部に爆弾を積み込んでいるため、全体的なシルエットはずんぐりしている。上から見るとまるで太ったカエルのようだ。


『ナーシア様、敵の編隊を発見しました! 一時の方角、地上付近を巡航しています!』

『よし。では、まずゲイル小隊が後方の二機に攻撃を仕掛けろ。仕留め損なった敵機がいれば、後はこちらで始末する』

了解ラジャー!』


 意気揚々と答えたゲイル小隊の各機は、《ワイバーン》の翼を傾けると、猛禽の如く敵の編隊へと襲い掛かった。

 頭上からの急襲である。恐らく、《ハンドレページⅡ》の騎手も敵機の存在に気付いたことだろう。

 しかし、完全に真上を取られた状態では反撃のしようがない。そうでなくとも陸攻機は戦闘能力が低いのだ。


 アウロの目から見ても、それは完全に『詰み』の状況だった。


『貰った!』


 そうして、二対四本のガンランスが敵機を補足し――


 瞬間、アウロはエメラルドグリーンの彗星が空を引き裂くのを見た。

 ゲイル小隊の横合いから突っ込んできたそれは、恐ろしいスピードで先頭の《ワイバーン》に肉薄すると、右手に携えたランスでその左翼を根本からもぎ取ってしまう。


『ぐお――!?』

『フェリクス……!? くそっ、敵の攻撃か!?』


 バランスを崩して墜落する小隊長機を前に、残るゲイル小隊のドラグーンはすぐさま回避行動へ移ろうとした。

 しかし、突如現れた敵機はそれを許さなかった。空中でインメルマンターンを敢行した緑甲の機竜は、異常なまでの加速力で逃げる《ワイバーン》に追いすがると、再びその右腕甲を振りかぶったのだ。


 ――ガガガッ!


 通信機越しに響く、耳障りな破砕音。

 アウロたちが見守る中、コルク抜きにも似た奇妙な形状の槍が《ワイバーン》の胴体を抉り抜く。

 アダマント鋼の装甲がまるでパン屑だ。謎の敵機が繰り出したランスチャージは、一撃で《ワイバーン》の機体中枢を粉砕していた。


『う、うわああぁぁっ!』


 断末魔の叫びと共に、燃料タンクを破壊された《ワイバーン》が空中で爆発四散する。

 遅れて、緑甲の機竜は炎を纏いながら虚空へと飛び出した。眩いグリーンの装甲は全くの無傷だ。

 しかも真っ向からランスチャージを敢行したにも関わらず、その圧倒的なスピードは数秒前と全く変わっていない。


「あれ……は……」


 アウロは半ば呆然とうめき声を漏らした。


 矢羽根のように突き出た四本の後退翼。

 緑玉のような色合いをした装甲と、鋭く尖ったヘッド。

 右腕甲には螺旋状のランスを装備し、左腕甲には表面に幾つも窪のできた奇妙な盾を持っている。

 アウロの知る限り、これらの外見的要素を兼ね揃えたアームドドラゴンは一機だけだ。


 すなわち風竜の骸を用いて製造された、ログレス王国最速の機竜――


『《エクリプス》……だと!?』


 ナーシアは驚きの声を上げた。


 だが、それも無理はない。

 《エクリプス》といえば、アクスフォード家が保有する当主専用の骸装機カーケスだ。

 本来はドルゲラウの防衛に就いているはずであり、間違っても最前線に出てくるような機体ではなかった。


『血迷ったか、ドルゲラウ侯! まさか、貴様自らこのカムロートに奇襲を仕掛けてくるとは!』

『まさか。早とちりはやめてくれよ、ナーシア殿』


 通信機から響く挑発的な声は、若い男のものである。


『侯爵様はきちんと領内にいる。あの方は君が思っているほど向こう見ずじゃない』

『なに……? では、貴様は何者だというのだ!』

『ひどいな。忘れたのか? かつて同じ養成所で学んだ仲間だというのに』


 《エクリプス》は再び空中で旋回すると、ゲイル小隊の残る二機へと牙を剥いた。


『同じ養成所? そうか、貴様は――!』


 〝ファイアブレス〟を構えたナーシアは、緑甲の機竜めがけてトリガーを引き絞った。


 即座に放たれる灼熱の閃光。しかし、敵機は螺旋機動バレルロールでそれを躱してしまう。

 直後、《エクリプス》は紅蓮のアフターバーナーを噴かせながら加速すると、ゲイル小隊の《ワイバーン》に対して槍を薙ぎ払った。

 あっけなく翼を砕かれ、制御不能に陥る《ワイバーン》。黒い煙を上げて墜落する僚機を前に、ナーシアは獣のような唸り声を上げる。


『がっ……ぎっ! か、カラム・ブラッドレイ! 貴様、何故ここに!』

『無論、正義のためだ!』


 咆哮したカラムは更に機体を反転させ、最後に一機だけ残った《ワイバーン》へと襲いかかった。


『く、来るな! 来るなぁ!』


 必死に逃れようとするゲイル小隊のパイロットだが、それも無駄な抵抗だ。

 元より量産機と骸装機ではスピードが違う。しかも《エクリプス》は機動力に特化した機甲竜(アームドドラゴン)だ。

 あっさり《ワイバーン》の背後に取り付いた緑甲の機竜は、そのまま相手との距離を詰めると、右腕甲に携えた槍を振り被った。


『ひ……ナーシア様! 助け……!』


 ――ぱぁん!


 通信機越しの悲鳴は、なにか水っぽいものが破裂した音でかき消された。


 アウロの目に映ったのは《ワイバーン》の鞍上に散る真っ赤な液体だ。

 チャージをかけた《エクリプス》はすれ違いざま、アーマーごと搭乗者の胴体をねじり折ったのである。

 パイロットは即死だった。乗り手を失った《ワイバーン》だけが、むなしく地面に落ちていく。


『お、おのれぇ! よくも私の部下たちを!』

『それがどうした! ここは戦場だぞ! 君とて僕の仲間を討っただろう!』

『なんだと!? よくもほざいたものだ、この不忠者が! 王国に対して槍を向けるなど恥を知れ!』


 怒声を叩きつけながら、ナーシアの《ラムレイ》はシールドキャノンを連射する。

 放たれた幾条もの閃光を、しかし、カラムの《エクリプス》は左腕甲に構えた盾で防いだ。

 なんらかの魔力が作用しているのか。《ラムレイ》の放った魔導弾は盾に当たる直前、あらぬ方向へと弾き飛ばされてしまう。


『あいにく恥じ入るつもりなどない! ナーシア! 君こそ、今の王国を見てなにも思わないのか!?』

『モグホースのことか? ……フン! 確かにヤツのことは気に入らんさ! しかしな、だからといって王国に反旗を翻していい理由にはならない!』

『君の言いたいことは分かる! だが、僕らは間違った現状を正したいだけなんだ!』

『ならば、あの老体一人を暗殺すれば良かろう! わざわざ陸攻機まで持ちだした時点で、貴様らは単なる賊だ!』

『この分からず屋め! 頭の固さは昔と同じらしいな!』


 弧を描いて旋回した緑甲の機竜は、アフターバーナーを噴かせながら上空へと突撃をかけた。

 その動きに応えるかの如く、ナーシアも機体を加速させた。急降下する《ラムレイ》と、急上昇する《エクリプス》が真っ向からぶつかる形だ。


「……あの二人、養成所の同期だったのか」


 取り残されたアウロは、激しい空中戦を繰り広げる二機を前にぽつりと呟いた。


 ――それにしても《エクリプス》とは。


 《エクリプス》は毎年国内で行われているドラグーンレースで、十八年連続一位の偉業を成し遂げた機体である。

 故に通称は『最速の機竜』。アウロの知識によれば、最大速度は《ワイバーン》の三倍近い520ノットにも及ぶ。

 ログレス王国の騎士ならば、いや、機竜に携わったことのある人間ならば、誰しもが一度は耳にするであろう名前だ。


(とはいえ、敵に回るとこれほど厄介な機体はない……)


 流石の《ホーネット》でも《エクリプス》に挑むのは無理が過ぎた。

 空戦において重要なファクターは二つ。すなわち速度と高度だ。

 量産機のスピードで《エクリプス》に挑んだところで、ゲイル小隊の二の舞になるだけである。


 アウロは一度、深呼吸をした後で言った。


「ルシウス、《エクリプス》の相手はナーシア殿に任せよう。まずは爆撃部隊を処理するぞ」

『そ、そうだ! 早く陸攻機をどうにかしないと!』


 放心状態だったらしいルシウスが、はっと意識を取り戻す。

 アウロは念のため、《ラムレイ》の後を追おうとしているエドガーにも声をかけた。


「エドガー殿、ナーシア殿下の援護は任せました。我ら二人は爆撃部隊を攻撃します」

了解ラジャー


 エドガーは短く答え、骸装機の飛び交う戦場へと突っ込んでいった。


『アウロ、エドガー殿は大丈夫かな?』

「分からん。だが、見たところ《エクリプス》は魔導砲を装備していない。恐らく、あれは純粋な格闘特化型の機竜だ」

『なるほど。単純なぶつかり合いなら、装甲が強固なだけエドガー殿に分がある』

「そういうことだ」


 ただ――と、アウロは心の中で付け加えた。


 骸装機の多くは、元となった竜の特性を応用した魔導兵装を所持している。

 《ラムレイ》の場合は大火力を誇る、〝ファイアブレス〟3.6インチ重対機甲砲。

 《グリンガレット》の場合は連射性と破壊力に優れた、〝ブラスターキャノン〟3.5インチ白炎収束式対機甲砲

 そして、《エクリプス》の場合はまず間違いなく、あの奇妙な螺旋状の穂先を持つ槍と、弾丸の軌道を逸らす効力を持った盾だろう。


 《エクリプス》のベースとなったのは風竜だ。

 となると、あれらの兵器も風の力を用いた魔導具で間違いないはずだが――


(いや、今はこんなことを考えている場合ではない)


 アウロの眼下では、三機の《ハンドレページⅡ》が悠々と空を舞っている。

 《エクリプス》の乱入によって、残る猶予は二分程度になってしまった。

 既に地平線の向こうには、石の城壁に囲まれた王都カムロートが見えつつあった。


『よし……ここだ!』


 と、そこでルシウスはいち早く〝ブラスターキャノン〟を放つ。

 だが、白い閃光は敵機のやや後ろを通り過ぎて行ってしまった。優等生のルシウスらしからぬミスだ。


『くっ、外した!?』

「落ち着け。まだ距離が離れ過ぎだ」


 アウロはちらりと計器に視線をやった。

 敵機との相対距離はまだ6000フィート。有効射程距離である3000フィートには到達していない。


「養成所で習っただろう? 陸攻機(ストライカー)戦闘機(ファイター)の倍近い大きさがある。つまり、それだけ遠近感が狂いやすいんだ」

『そ、そうだった。なら、このタイミングで――!』


 ルシウスは一拍の間を置いた後で、再び対機甲砲のトリガーを引いた。


 発射された白炎は、今度こそ先頭を飛ぶ敵機の左翼に着弾する。

 だが、《ハンドレページⅡ》はぐらりと機体を傾かせただけで、〝ブラスターキャノン〟の直撃に耐え切った。


『落ちない!?』

「……頑丈だな。エドガー殿の《ワイバーン》と同じように、防御面のカスタマイズが施されているのか?」


 呟きつつ、アウロはルシウスと同じく先頭の機体めがけてガンランスを発射した。


 宙を駆け抜けた弾丸は狙い違わず敵機の上で赤い炎を散らす。

 だが、致命傷ではない。《ハンドレページⅡ》は依然として航行を続けている。

 翼を覆うアダマント製の装甲も、表面が溶けているだけで内部までは貫通していなかった。


「まずいな。ここで手間取っている暇などないのに……」


 アウロはしばし逡巡した。


 このまま魔導弾を浴びせ続けていれば、いつかは《ハンドレページⅡ》も落ちるだろう。

 だが、相手は三機編隊だ。一機一機に時間をかけているだけの余裕もない。

 となれば、取るべき策は一つだけなのだが――


『アウロ、ここは少し荒っぽく行こう』


 ルシウスは覚悟を決めた様子で言った。

 アウロはその言葉に、ただ「分かった」とだけ頷き返した。


 魔導弾が効かないのなら、後はランスで直に攻撃を仕掛けるしかない。

 アウロもそれは理解している。だからこそ迷ったのだ。


(……本来、爆弾を積んでいる陸攻機に接近戦は禁物だ)


 なにせ万が一、こちらの攻撃が誘爆を引き起こせば自らも敵機と諸共に吹き飛ばされてしまう。

 ランスチャージなどもってのほかだ。陸攻機に対する突撃戦法は、機甲竜騎士ドラグーンが絶対に犯してはならない禁忌の一つである。

 だが、あの《ハンドレページⅡ》を短時間で落とすには、自ら火中に飛び込むことより他に方法がない。


 アウロは口元をつり上げ、尋ねた。


「さて、ルシウス。どいつを狙う?」

『標的は後ろの二機だ。君が左の、僕が右のを担当しよう』

了解ラジャー。それと先に言っておくが、狙いは敵機の翼端だ。もし胴体に槍を突き刺せば――」

『2000ポンドの爆弾がゼロ距離で炸裂することになる』


 ごくり、とつばを飲み込む音が通信機越しに聞こえる。


 アウロは下っ腹に力を込めると、ハーネスを両手で握り直した


「行くぞ、ルシウス! ランスチャージを敢行する!」

『おう!』


 アウロはルシウスの《グリンガレット》と共に、上方から《ハンドレページⅡ》めがけて突撃をかけた。


 急降下に伴って視界がぐっと狭まり、ただ鈍色の機竜だけが網膜に映る。

 当然と言うべきか。こちらの攻撃に気付いた敵機は泡を食った様子で旋回し、迫る槍の穂先から逃れようとしている。

 だが、その動きは鈍重だ。アウロは何の苦もなく敵機に追いつくと、《ハンドレページⅡ》の右翼めがけてガンランスを振り被った。


「落ちろ!」


 すれ違いざまに突き出された槍が敵機の翼端を叩き折る。

 結果、機体バランスの崩れた鈍色の機竜は高度を維持できず、ゆるやかに地面へと落ちていった。

 まだ完全に航空能力を失った訳ではない。それでも、あの状態で王都まで辿り着くことはできないだろう。


(よし、ルシウスの方は……!)


 ハーネスを引き、機体の高度を回復させたアウロは、再び眼下へと視線を向けた。


 《ホーネット》と同じタイミングで攻撃をかけた《グリンガレット》も、同じく5000フィートの高度まで復帰している。

 肝心の敵機はきりもみ回転しながら墜落していた。根本から翼を折られ、制御不能に陥ったらしい。

 やがて、地面に叩きつけられた《ハンドレページⅡ》は派手な爆発音を上げると、黒い煙を立ち昇らせながら炎上した。


「危なかったな。あと一フィート狙いがずれていたら、お前は連中より悲惨な末路を辿っていたぞ」

『こ、怖いこと言うなよ。でも、君はすごいな。あんな見事に狙い通りの場所を貫くなんて』

「俺と《ホーネット》はもう半年近い付き合いだ。《グリンガレット》と知り合って二週間のお前とは違う。多少のわがままには応えてくれるさ」


 冗談混じりに言いつつ、アウロは《ホーネット》を旋回させ、再び敵機と進路を合わせた。


 これで残る《ハンドレページⅡ》は一機だけ。

 しかも相手は手負いだ。二発の魔導弾を受け、明らかに飛行速度が落ちている。

 残る猶予は一分強。アウロは一度、息を整えてから口を開いた。


「ルシウス、ここは二連槍突撃ダブルチャージで行こう。まず俺が先に突撃をかける。その次にお前が――」


 言いかけたアウロは、そこで背後から冷たい殺気が突き刺さるのを感じた。


 慌ててペダルを踏み込み、横方向にローリングする。

 直後、《ホーネット》の真横をエメラルドの閃光が突っ切っていった。

 一瞬の隙を突いて、背後から《エクリプス》がチャージを仕掛けて来たのだ。暴風に煽られた機体ががくがくと揺れた。


「ぐっ……!?」

『アウロ!?』


 通信機越しにルシウスの声が響く。

 攻撃を外した《エクリプス》はそのまま加速すると、一瞬で雲の狭間へと消えた。

 追って、アウロの両脇を二機の機竜が駆け抜ける。ナーシアの《ラムレイ》とエドガーの《ワイバーン》だ。


『油断をするな、ギネヴィウス! 奴の狙いはあくまで陸攻機の護衛だ!』

「……了解ラジャー。ですが、残るハンドレページは一機だけです」

『そうか! ならば、こいつで――!』


 ナーシアは右腕甲に構えた〝ファイアブレス〟を最後の陸攻機に向けると、すぐさまトリガーを引き絞った。

 薄暗い砲口の奥で炎が収束し、真紅の熱線となって《ハンドレページⅡ》に照射される。


 しかし、直後。後方から飛来した幾つもの魔導弾がナーシアを襲った。

 その内の一発が、《ラムレイ》の刺に覆われた装甲を直撃する。

 眼前で散る赤い炎にアウロは背筋を凍らせた。


『ナーシア殿!』

『うろたえるな! 損傷はない!』


 ナーシアは苛立ちを隠せぬ様子で叫んだ。


 その言葉通り、《ラムレイ》の紫色の鱗には傷一つなかった。

 問題なのは今の一撃で〝ファイアブレス〟の照準が逸れ、あらぬ方向へと熱線が発射されてしまったことだ。

 無論、《ハンドレページⅡ》は健在である。先ほどより速度を落としつつも、依然としてカムロートに迫っている。


(だが、今の砲撃はいったいどこから……?)


 背後を振り返ったアウロは、そこで曇天の下を飛ぶ幾つもの機影に気付いた。

 見たところ数は五機前後。10000フィートほど後方から、こちらに接近しつつある。

 また新たな増援が出現した――という訳ではないだろう。この状況で考えられる可能性は一つしかない。


『囮部隊の《ファイアドレイク》……だと!? くそっ、本部! ガスト小隊とストーム小隊の連中はどうした!?』

『よ、四機とも健在です。どうやら敵部隊の一部がそちらの援護へ向かった模様!』

『そういう報告は早くしろ!』

『申し訳ありません!』


 通信士は泣きそうな声で言った。


 もっとも、ここで彼を攻めるのは酷というものだろう。

 入り組んだ空戦模様を地上から把握するのは、困難を極めるはずだ。


(……しかし、まずいぞ)


 砲身の冷却を必要とする〝ファイアブレス〟は、再発射までに時間がかかる。

 ならば、ランスチャージで敵機を仕留めればいいのだが、それには護衛に就いている《エクリプス》が邪魔だ。

 おまけに背後からは《ファイアドレイク》まで迫っている。そう時間的な猶予はない。


 アウロは意を決して言った。


「ナーシア殿、ここは自分が《エクリプス》を抑えます。その隙に、三機で最後のハンドレページを――」

『いや、その役割は自分がやろう』


 アウロの台詞に割り込んできたのは、先ほどまで黙り込んでいたエドガーである。


 聞き返す間もなく、エドガーの《ワイバーン》は急降下を開始した。

 すぐさま、それを迎撃すべく《エクリプス》が前へと飛び出してくる。丁度、両機が真っ向からぶち当たる形だ。


「エドガー殿!」

『構うな! あの無口な男がやると断言したのだ。任せねばなるまい!』


 ナーシアはハーネスを引くと、《ラムレイ》の機首を地表付近に向けた。


『行くぞ、ルシウス! ギネヴィウス! この隙に陸攻機を叩く!』

「っ……了解ラジャー!」

了解ラジャー!』


 先陣を切ったナーシアに続き、アウロとルシウスは敵機へとチャージを仕掛けた。


 まずは《ラムレイ》の二連装シールドキャノンが《ハンドレページⅡ》を襲う。

 だが、そのタイミングで今度は横合いから幾条もの閃光が飛んで来た。

 攻撃を仕掛けてきているのは、先ほど姿を現した《ファイアドレイク》の小隊だ。あちらも陸攻機を守ろうと必死である。


『兄さん、攻撃が――!』

『ただの牽制だ! 雑魚どもは無視しろ!』


 《ラムレイ》の放った魔導弾を食らい、敵機の動きは鈍っている。

 アウロはすかさず、ぴしゃりと手綱を打ってアフターバーナーを噴かせた。

 狙うは《ハンドレページⅡ》の右翼だ。アウロはぐっと奥歯を噛み締め、ランスを前に突き出した。


「これで……」

『終わりだ!』


 ほぼ同時に突撃をかけたアウロとルシウスは、狙い違わず《ハンドレページⅡ》の両翼を左右から叩き折った。


 ――ガガッ!


 鈍い破砕音を響かせ、左右の翼を失った陸攻機が頭から地面へと落ちていく。

 直後、大地に叩きつけられた敵機は閃光と共に爆発炎上した。

 場所は王都を囲う街壁の真横だ。まさに間一髪である。


 アウロは思わず、ほっと息をこぼした。


「……敵機の撃墜を確認」

『よし、でかした! 後はエドガーの援護に――』


 言いかけたナーシアだが、その時にはもう勝負が決していた。


 自ら友軍の盾となったエドガー機に、《エクリプス》の螺旋槍が叩き込まれる。

 装甲面の強化を施された《ワイバーン》も、翼を抉り砕くその一撃には耐え切れなかった。

 左翼をちぎり取られた機体は、きりもみ回転しながら墜落してしまう。エドガー機が制御不能に陥っているのは火を見るより明らかだった。


『エドガー!』

『申し訳ありません、ナーシア様! 離脱します!』


 アウロはその通信を最後に、エドガーが機体からベイルアウトするのを見た。

 空中で、アーマーのバックパック内に収納されていた落下傘がぱっと広がる。

 あのパラシュートは脱出用に作られた特殊な魔導具だ。傘に刻み込まれた魔法陣が、落下速度を減衰する仕組みとなっているのである。


『くっ……遅かったか!』


 一方、《エクリプス》を駆るカラム・ブラッドレイは、地面から上がる黒煙を見て悔しげな声をこぼした。


『やってくれたな、ナーシア! プライドの高い君が味方を囮にするとは!』

『確かにエドガーは落とされたが……そのおかげで、こちらは貴様らの目的を阻むことができた。賊軍の諸君、今ならば投降を許可しよう。武装を解除し、ただちに着陸したまえ』

『断る! 投降して殺されるくらいなら、華々しく空に散ったほうがマシだ!』

『ほほう? あの軟弱者が随分と勇ましい台詞を吐くじゃないか。どうやら、ドルゲラウ侯に骨の髄まで調教されたらしいな』

『黙れ! 侯爵様を侮辱することは許さない!』


 もはや当初の目的を失いつつも、《エクリプス》は空中で反転し、ナーシアの《ラムレイ》へと向き直った。


『勝負だ、ドラク・ナーシア! 冥土の土産に君の首を貰う!』

『面白い! そんなに早死したいのなら相手をしてやろう! 地獄に叩き落としてやるよ、虫ケラがァ!』


 すぐさま、緑甲の機竜へと魔導砲を構えるナーシア。

 対する《エクリプス》も槍を振り被り、《ラムレイ》へと突撃をかける。

 その後ろから続くのは、ようやくこの空域へと辿り着いた四機の《ファイアドレイク》だ。


『……くそ、まだ戦いが続くのか』

「連中は自ら退路を断っているんだ。俺たちで引導を渡してやるしかない」


 アウロは己に言い聞かせるかのように呟き、ハーネスをぐっと胸元まで引き寄せた。

 加速した《ホーネット》に続き、ルシウスの《グリンガレット》が敵編隊に向けて飛翔する。


 カムロート上空の戦いは、最後の局面に差し掛かろうとしていた。

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