2-12
任命式から一週間後、ガルバリオン率いる王国軍は王都カムロートを出発した。
軍の中核を成しているのはモーンの内戦で鍛えられたモンマスの精鋭兵と、東部ブレコンを支配する四侯爵ガーランド家の軍である。
ガルバリオンの妻であるリアノンは元々、ガーランド家の出身だ。そのため、モンマスを中心としたカムロートの東南部一帯は、ほぼ王弟派の貴族で占められていた。
この後、西海岸を北上した王国軍は、北部や西部の貴族たちと合流しつつ、ドルゲラウを目指すのだという。
順調に行程が進めば、アクスフォード領までは半月で到達する計算だ。
とはいえ、今は冬季に差し掛かっている。山岳の多いログレス王国に置いて、冬場の行軍は極めて困難だ。
――この戦は長期戦になる。
アウロを含め、多くの貴族は心の中でそう思っていた。
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ガルバリオンが王都を発った翌日、アウロたち養成所の上級訓練生は王城へと招集された。
機竜を操縦できる人間は少ない。新兵同然の彼らも緊急時の今は貴重な戦力だ。
一時的に機甲竜騎士団へと組み込まれた訓練生たちは、第三城郭内の飛行場に集められ、団長であるナーシアの訓辞を受けることとなった。
「さて、諸君ら十八名の上級訓練生は本日を持って養成所を卒業し、我らが機甲竜騎士団の指揮下に入ることとなった。一応、自己紹介をしておこう。私の名はドラク・ナーシア。五年前から竜騎士団の団長を務めている」
どんよりと曇った空の下、ナーシアは薔薇色の長髪を指で梳きながら、整列する訓練生たちを一望した。
ナーシアの着ている服は訓練生たちの制服とよく似た、暗赤色のコートだ。しかし、こちらは左胸と肩、腰回りにミスリル製のプレートが取り付けられた実戦仕様となっている。
また首には真紅のマントルを巻き、腰には細身の剣が収められた鞘を下げていた。右胸のポケットに一輪の薔薇を突っ込んでいるのは、恐らく自身につけられたあだ名を意識してのことだろう。
「それともう一人、紹介しておこう。……エドガー」
「はっ」
次いで、ナーシアの左隣に立っていた男が前に進み出る。
先日、王城内でもナーシアと一緒にいた中年の大男だ。
岩のようにごつごつした頭部と筋骨逞しい肉体を持った武人である。
訓練生たちの注目が集まる前で、その野太い喉がぐっとふくらんだ。
「自分はエドガー・ファーガス。機甲竜騎士団の副団長を務めている。この戦争が終わるまでは諸君らの上官だ。よろしく頼む」
自己紹介を終えたエドガーは、早々に後ろへと下がった。
ナーシアはそこで再び訓練生たちを見渡し、
「細々した注意事項などは後で説明する。忘れないで欲しいのは、諸君らがあくまで正規の団員が欠員した際の予備であるということだ。いきなり戦線に出て、敵と戦うことは求めていない。むしろ雑用のような仕事が多くなるだろう」
その言葉に訓練生たちの顔色は曇る。だが、
「とはいえ、団の訓練には諸君らも参加して貰う。諸君らはこの機に空戦の腕前をしっかりと磨いて欲しい。訓練で良好な成績を収めた者は、部隊に組み込むことも考えている」
続く台詞が彼らの功名心をくすぐった。
飛行科に所属している訓練生たちの多くは下級貴族か、実家の跡を継げなかった次男、三男坊だ。
稀にジェラードのような大貴族の嫡子もいるが、むしろ、そういった者たちは自前の家庭教師に頼ることが多い。
故に彼らは吊るされた餌に喜んで飛びついてしまう。実戦の中で戦功を上げれば、王から爵位を賜る可能性だってあるのだ。
(ナーシアめ、なかなか人心掌握術が上手いじゃないか)
ざわめく同輩たちを見ながらアウロはそんな感想を抱く。
やがて、ナーシアの言葉が全員の脳内に染み渡ったのを確認した後で、その隣に控えるエドガーが口を開いた。
「静かに。まだ殿下のお話は終わっていない」
低い声で注意され、訓練生たちは黙り込んだ。
だが、その中にはなんとも形容しがたい熱気が渦巻いていた。
彼らの目はぎらぎらと輝き、飢えた狼のようになっている。
そんな青年たちの姿をナーシアは満足そうに眺めた。
「うむ。それでは私からの訓辞は以上だ。諸君らの活躍を期待する。……それからルシウス、ギネヴィウス。お前たち二人はここに残れ。この二人以外の者たちは解散してよろしい」
ナーシアの言葉に従い、訓練生たちは三々五々飛行場を離れていく。
残されたアウロは内心で首を傾げた。
一応、自分の扱いはあくまで新兵のはずだ。
それが王子であるルシウスと一纏めにされているのは疑問である。
(まさか、先日の続きをする訳じゃなかろうな……)
不安に思うアウロの隣で、ルシウスもちょっと眉を寄せ、
「兄さん、なにかあったんですか? 僕たちだけ残されるなんて」
「あったとも言えるし、なかったとも言える。お前たちを残したのはきちんとした事情があるからだ」
ナーシアはそう言って、彫りの深い美貌を歪ませた。
「ギネヴィウス、貴様は先日カムロートの養成所が賊の襲撃を受けたことをよく覚えているだろう?」
「勿論です」
「あの時、我ら機甲竜騎士団は養成所から発った十二機の《ワイバーン》を追跡したのだ。任務に当たったのはブリーズ小隊所属のマックス・ウェアラムと、ゴーファー・チャールトン。特に小隊長のマックスはモーンからの古参兵で、まともな武器のない訓練機など歯牙にもかけないはずだった」
「はず、ということは」
「二人はその夜を境に二度と基地には戻らなかった。ラグネルの森に墜落したと思われる二機の《ワイバーン》と二人の遺体も、とうとう見つからずじまいだ。恐らくはアーマーごと、アクスフォード側の勢力に回収されてしまったのだろう」
ナーシアは小さくため息をこぼし、
「おかげで団の小隊編成に穴が空いてしまった。現在、機甲竜騎士団が保有する《ワイバーン》と《ファイアドレイク》の数は合計で百機弱。前線に半数の機甲竜騎士が派遣されたから、ここに残っているのは私の《ラムレイ》を含めた四十六の機竜だけだ」
「失われた二機分、穴が空いてしまったという訳ですね」
「その通り。四十八……これは非常に美しい数字なのだ。二の倍数であり、四の倍数であり、八の倍数であり、十二の倍数でもある。我が機甲竜騎士団の小隊は四機単位で、中隊は十二機単位で構成される。だから、その全てに対応できる四十八という数字は完全無欠なのだ。まるで美の女神アフロダイテのようにな」
ナーシアはうっとりした表情のまま言った。
この男にこだわりというか、ポリシーというか、とにかく独自の美学が存在することをアウロはよく知っていた。
とはいえ、周囲から見ると単なる変人でしかない。引きつった笑みを浮かべるルシウスの横で、アウロは「はぁ」と気のない返事をした。
「では、前線から二機の機竜を調達すればよろしいのでは?」
「私もそう叔父上に進言したさ。だが、他を当たれと言われたよ。ギネヴィウス、どうやら貴様は随分と叔父上に買われているらしいな」
「……? どういう意味です?」
「叔父上は失われた二機を貴様とルシウスで埋めれば良い、と言ったんだ」
「しかし、予備の機竜がないのが問題なのでしょう? ということは――」
アウロはそこでふと、養成所のハンガーにぽつんと一機だけ残されている鈍色の機体のことを思い出した。
「もしや、《ホーネット》を使うのですか?」
「そうだ。貴様はあれのテストパイロットだったらしいな」
「はい。しかし、《ホーネット》は飛行試験中の試作機ですよ?」
「つまり、実戦で使えそうにないのか?」
「いえ、性能自体は《ワイバーン》を凌駕しています」
「ならば他になにか問題が?」
アウロは言った。「ありません」
次いでルシウスが一歩前に進み出ると、
「兄さん、事情は分かりました。でも、僕の機竜はどうなるんです?」
「王族専用機を出す。お前が養成所を卒業した後、与えられる予定だったものだ」
「王族専用機というと……兄さんの《ラムレイ》や陛下の《ドン・スタリオン》のような?」
「そうだ。後で第七ハンガーに行って、魔導回路の細かい調整をしてこい。ソフィアという女がお前を待っているはずだ」
「えっと、どんな人ですか?」
「他の連中に聞けばすぐ分かる。金髪のガキ臭い女だ。私の美的センスからするとあれは二十点以下だな」
罵倒染みた評価を下した後で、ナーシアは褐色の瞳をルシウスへと向けた。
「それとルシウス、お前は私のブラスト小隊に加わって貰う。お前が三番機、ギネヴィウスが四番機だ」
「自分もナーシア殿の隊に入るのですか?」
「その通り。お前たち二人は私の警護だ。間違っても自分から前に飛び出すんじゃないぞ」
「分かりました。しかし、そんな重要な役割を訓練生に任せてよろしいので?」
「新兵だからこそ、目の届く位置に置いておくのだ。ギネヴィウス、貴様は別に空中で爆死しようが墜落死しようが構わん。だがルシウス、お前が死ねば父上と母上はお嘆きになる」
「でも、兄さん。今の僕は兄さんの部下で、一人の兵士のはずですよ」
「その前にログレスの王子だ。特別扱いをやめろと言いたいのなら、そう言えるだけの実力をつけろ。私から伝えるべきことは以上だ」
一方的な台詞と共に、ナーシアはアウロたちから背を向け、宿舎の方角へと歩き去った。
追って、エドガーも飛行場から姿を消す。灰色の空の下にはアウロとルシウスの二人だけが残された。
「ルシウス」
「……ごめん。どうも僕の考え方は甘っちょろいな」
「今更だな。そこがお前のいい部分でもあるし、悪い部分でもある」
「とりあえず」とアウロは言葉を続け、
「騎士団のハンガーに行こう。新しく搬入された王族専用機とやらを見てみたい」
「分かった。でも、流石に驚いたな。兄さんの護衛とはいえ、僕とアウロが戦いに加わるなんて」
「実戦に参加するかどうかは相手次第さ。カムロートが敵の攻撃を受けない限り、俺たちが出撃することもない」
「そりゃそうだけど……。君はこう、わくわくしないのかい? だって本物の戦いなんだぜ?」
ルシウスは目を輝かせ、やや興奮気味に言った。
アウロもルシウスの気持ちはよく分かる。
とはいえ、アウロ自身は先日の養成所襲撃事件で、一足早く『本物の戦い』というものを味わっていた。
それだけでなく、ダグラスとの交戦によって危うく命を喪いかけている。ルシウスや他の訓練生たちが子供のようにはしゃいでいるのを見るのは、なんとなく複雑な気分だった。
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それから、アウロとルシウスは連れ立って機甲竜騎士団のハンガーに向かった。
第三城郭内には、王城を挟む形で東西にそれぞれ竜騎士団の本部と、近衛騎士団の本部が存在する。
竜騎士団の施設としてはまず飛行場と指揮所があり、その脇に機竜を格納する一番から六番までのハンガーと、アーマーを保管しているガレージがあった。
そこからやや離れた場所に見えるのが騎士や整備員たちが滞在する宿舎、燃料や機械部品を保管している倉庫、そして、メンテナンス中の機竜が置かれている第七ハンガーだ。
「そういえば、今は開発科と整備科の人たちも機甲竜騎士団に加わってるんだっけ」
「ああ、正確にはその傘下の王立航空兵器工廠に協力している。確か、俺たちと同じタイミングでここにやって来ているはずだが……」
答えながら、アウロは開かれた鉄扉の向こうからハンガーの中を覗きこんだ。
ハンガー内は工具の奏でる金属音と、整備員たちのおしゃべりに満たされている。
円柱を縦に割ったような形状の屋内には、調整中らしい複数の《ワイバーン》とその一世代前の機体である《ファイアドレイク》。
更にフレームのむき出しになった修理途中の機竜と、養成所から運び込まれたと思しき《ホーネット》が置かれていた。
「雰囲気は養成所のハンガーと変わらんな。こちらの方が広くて機器が充実しているくらいか」
「みたいだね。とりあえず、ソフィアさんって人を探さなきゃならないんだけど……」
ルシウスはハンガーに足を踏み入れると、近場にいた作業員の一人に「あの」と声をかけた。
振り返った作業員はすぐさま、ぎょっとした表情で居住まいを正した。
飛行科の制服を着た赤銅色の髪の男。これだけで相手を王族だと理解したのだろう。
「ははぁっ! なんでしょうか、殿下!」
「あ、いや、そんな風に畏まらないでくれよ。ちょっと聞きたいことがあるだけなんだ」
「といいますと?」
「ソフィアって女の人はどこにいるかな。ここに来れば会えるって聞いたんだけど」
「女史でしたら今、奥で魔導回路の調整をしています。今すぐ呼びますので――」
「ああ、構わない。こちらから会いに行くから」
ルシウスは手早く会話を切り上げた。
いつの間にか、ハンガー中の視線のほとんどが入り口へと向けられている。
アウロは一度だけ咳払いをした後で、並べられた機竜の間を歩きはじめた。
ハンガーの一番奥はシャッターが降ろされ、ある種の独立した区画となっていた。
アウロとルシウスは整備員用の小さな扉を通って、工房の中へと入った。
四角い、広々とした部屋の中には見慣れないオレンジ色の機竜が置かれ、その横には二人の少女が突っ立っていた。一人は黒いローブを身に纏い、もう一人は大量のポケットがついたねずみ色の制服を着ている。
「つまりですね! この『骸装機』は竜の鱗と骨、筋肉などを用いて作られた代物なんです! 竜の肉体というのは軽量かつ頑丈で、なおかつ魔力をよく通す性質を持ちます! だから骸装機は装甲強度や出力といった点で、量産機を凌駕することができるって訳なんですよォ!」
楕円型のゴーグルを額に押し上げた制服少女が、興奮気味に拳を振り上げた。
金色の髪を肩口で切りそろえた、背の低い少女だ。顔立ちは幼く、アウロたちよりも二回りほど年下に見える。
ルシウスは一瞬ためらうような様子を見せつつも、熱弁を振るう少女に声をかけた。
「ええと……ちょっといいかい?」
「ふぇ?」
少女はぽかんとした表情で振り返り、隣の黒ローブもそれに続いた。
その瞬間、アウロは危うく声を上げそうになってしまった。
分厚いフードの下から覗く顔に見覚えがあったためだ。
「あ、ようやく来たんだね主殿!」
金の髪と赤の瞳を持った少女は、たちまち人懐っこい笑みを浮かべた。
今、アウロの目の前にいるのは紛れもなく養成所で別れたはずのカムリだ。
アウロはしばし呆然としてしまった後で、慌てて念話のチャンネルを合わせた。
【お前、どうしてここに……。それにその髪の色はどうしたんだ?】
【あ、これ? 魔法薬を使って染めたんだよ。赤いままだと目立つからさ】
【待て。そもそも、何故お前がこの第三城郭内にいる? まさか忍び込んだのか?】
【ううん、ちゃんと正面から入ったよ。ソフィと一緒にね】
そこでカムリはちらりと視線を横に向けた。
一方、ねずみ色の制服を着た少女はスカートの端をつまんで一礼すると、
「はじめまして。私は王立航空兵器工廠の技師長、ソフィア・サミュエルです。あなたがカムリちゃんの御主人様ですか?」
「……ああ。アウロ・ギネヴィウスだ、よろしく」
事情がよく飲み込めないながらも、アウロは自己紹介をした。
「しかし、君とカムリはどんな関係なんだ?」
「あ、ひょっとしてなにも聞いてませんか? 私はカムリちゃんのお友達ですよ」
「一ヶ月くらい前にカムロートの図書館で会ったんだよ。そこから仲良くなって、今日は仕事場まで遊びに来たんだ」
「いや、しかし、戦時中に部外者をハンガー内まで呼び込むなど――」
「部外者? カムリちゃんはアウロさんに雇われた治療師じゃないんですか?」
「それは正しいが、カムリが嘘をついている可能性もあっただろう」
「そういえばそうですね」とソフィアは難しい顔で眉を寄せ、
「でも、カムロートの図書館は身元の不確かな人間が入れません。それに私はカムリちゃんがアウロさんの治療師として、養成所に出入りしていることも知ってましたし……」
「――分かった。そこまで考えていたのなら構わない」
アウロは手早く会話を切り上げた。
これ以上、話しているとボロが出てしまいそうだ。
この間、一人除け者にされていたルシウスはカムリを見て首を傾げ、
「アウロ、ひょっとして彼女が例の?」
「そうだ。以前、身の回りの世話をさせていた部下だ」
アウロはちらりとルシウスの様子を伺った。
ルシウスとカムリが直接顔を合わせたのは、もう二ヶ月近くも前のことだ。
しかも今のカムリは服装だけでなく、髪の色まで変わっている。
ルシウスの態度は明らかに初対面の人間に対するものだった。
「はじめまして、殿下。私はギネヴィウス家の従僕、カムリと申します」
「ドラク・ルシウスです。よろしく、お嬢さん」
丁寧に頭を下げるカムリの前で、ルシウスは胸に手を当てて一礼した。
恐らく、既にナーシアから話が伝わっていたのだろう。先ほどの整備員と違い、ソフィアは特に驚いたような反応を見せなかった。
「そういえば、今日いらっしゃる予定でしたね。ルシウス殿下はナーシア様からどこまでお話を伺っていますか?」
「ええと……兄さんから魔導回路の調整をしてこい、って言われただけで他はなにも」
「そうですか! でしたら、せっかくですからまずこの機体のことを説明しておきましょう! せっかくですからね!」
「う、うん、頼んだよ」
謎のアピールを繰り返しつつ、ソフィアは自らの背後にあるオレンジ色の機体を振り仰いだ。
鋭い先細り翼を持った、優美な印象を感じさせる機甲竜だ。
上部の装甲の形は鋭角的。反面、丸みを帯びたコンパクトな胴体からは、細長いテールが生えている。
突き出たヘッドは先端が嘴のような形状をしており、竜というよりはどこか巨大な海鳥のようにも見えた。
「この機竜の名は《グリンガレット》! アルトリウス王の時代、ガウェイン卿と共に戦ったとされる火竜の亡骸を用いた骸装機です! 全長は29フィート6インチ! 重量は3800ポンド! 現在は王族専用機として用いられていますが、重装甲の《ドン・スタリオン》や大火力の《ラムレイ》に比べると、全ての能力が高く、扱いやすい機体とされています!」
ハイテンションな説明に、ルシウスは「へぇ」と相槌を打った。
「でも、逆に言えば尖った部分がないってことじゃ?」
「うーん、そうですね。多くの骸装機はなんらかの性能に特化しているんですけど、この子は優等生過ぎて自己主張が少ない感じです。ただ、決して他の王族専用機に劣ってるということはないですよ?」
「スピードはどれくらい出るんだい? あと、武器は……」
「最高速度は390ノット。《ワイバーン》の二倍以上ですね。それから専用の武装としては、〝ブラスターキャノン〟3.5インチ白炎収束式対機甲砲があります。これは竜の炎嚢――つまり、ブレスを吐くための内臓と直結していて、強力な高速魔導弾を発射することができます。威力は〝オードナンス〟4.5インチ対機甲砲のざっと四倍ってとこですね」
「……すごいな。骸装機ってのはそこまで飛び抜けた性能を持ってるのか」
ルシウスは唖然とした様子で、橙色に輝く《グリンガレット》を見上げた。
『骸装機』は竜の遺骸をそのまま、機竜の部品として用いた兵器だ。
製造には莫大なコストがかかるものの、その性能は量産機とは比べ物にならず、またベースにした竜の種類によって固有の能力を持つ機体も多い。
もっとも、乱獲により竜の個体数が減少している昨今は希少品で、幾つかの王族専用機以外は、四侯爵を始めとした大貴族が僅かに保有しているだけだった。
【うーん、でもあの可愛いガレットちゃんがこんな風に改造されちゃってるなんて……。わらわとしては複雑な気分だなぁ】
生前のグリンガレットを知っているらしいカムリがそんな呟きをこぼす。
一方、説明を終えたソフィアは再びルシウスに向き直ると、
「さて、殿下。他になにかご質問はありますか?」
「ええと、じゃあ一つだけ」
「なんでしょう」
「女性に年齢を聞くのは不躾と承知してるけど……ソフィアさん、君いま何歳なんだい?」
「二十一です。殿下と同い年ですよ」
その台詞にアウロとルシウスは顔を見合わせた。
ソフィアはどう見ても、十五かそこらの小娘にしか見えない。
本人もそれは理解しているのか。ソフィアは幼い顔立ちに苦笑を浮かべ、
「皆さん、私の年齢を聞くといつも驚くんですよね。まぁ、背は低いし顔も子供っぽいので仕方ないんですけど」
「いや……でも、すごいじゃないか。僕たちと同い年でアーセナルの技師長になるなんて」
「あ、技師長という立場は単なるお飾りですよ? 殿下もご存知でしょうが、機竜の整備というのは下々の者がやる仕事とされています。ただ、その監督役に平民を据えるのはまずいので、最近は貴族の女性が技師長の座に就いているんです」
「……なるほど」
あっけらかんと言うソフィアの前で、ルシウスは呻くような声を漏らした。
「まぁ、私としては今の生活で大満足なので、お飾りだろうがなんだろうが構わないんですけどね! 時々、ナーシア様の小姑じみた嫌味にゲロ吐きたくなることもありますけど! あ、これはナーシア様には内緒ですよ!」
「わ、分かった。兄上には黙っておこう」
「ありがとうございます! それじゃあ早速、魔導回路の調整をしましょう! 着替えを用意してるのでこっちに付いてきて下さい!」
「うん……。って、ちょっと袖を引っ張らないで!」
ルシウスはソフィアに捕まると、そのまま工房の奥へと消えてしまった。
アウロはその後ろ姿を見送った後で、ぼそりと呟く。
「テンションの高い女だな」
「ソフィはいい子だよ。機竜のことになると頭がおかしくなるけど」
「そうらしい。シドカムにもああいう部分があるが、あの娘はそれ以上だ……」
アウロはため息一つこぼした後でカムリに向き直った。
「で、お前はどうしてここに?」
「なんとなく、話の流れで工房まで行くことになっちゃったんだよ。本当はソフィから魔法薬を貰うだけのはずだったんだけど」
「魔法薬?」
「髪の色を変える薬だよ。ほら、わらわの外見は目立つでしょ? ちょっと前までは赤い髪のエルフが王城に乗り込んだって噂も流れてたし」
「……事情は分かった。だが何故、単なる技師がそんなものを?」
言った後でアウロはふと思い出した。
確か、サミュエル家は西部に領地を持つ貴族だったはずだ。
当主の名はデュバン。【魔導伯】デュバンの名で知られている男である。
そして、この【魔導伯】は現在、ログレス王国の宮廷魔術師の座に就いていた。つまり、この国における最高の魔術師というわけだ。
「もしやあの娘、デュバン・サミュエルの親類か?」
「妹だよ。本人も昔は魔術師として育てられたらしいけど、途中で技師にジョブチェンジしたって言ってた」
「なるほど、道理で……」
アウロは呟きつつ、じっとカムリの姿を見下ろした。
鮮烈な赤髪は明るいブロンドヘアーに変わり、ルビー色に輝く瞳と絶妙にマッチしている。
全体的な雰囲気はそう変わらない。ただ、顔立ちが同じだけにひどく違和感があった。
面識の少ない人間なら、ほとんど別人のように見えることだろう。
「しかし、無茶をしたものだな。その格好で近衛騎士団の連中にバレなかったのか?」
「バレてたらとっくの昔に逃げ出してるよ。ここの騎士たちはどうも危機管理が足りないみたいだね。ソフィと一緒にいたら簡単に城門を通してくれたし」
「……一応、戦時下の厳戒体制が敷かれているはずなんだが」
「うーん、確かに人は増えてる。警備も厳重だ。けど、それだけだね」
辛辣な評価を下した後で、カムリは「そういえば」とアウロを見上げた。
「主殿はこれからしばらく、ここに留まるんでしょ?」
「そうだな。少なくとも、斧の反乱が終わるまでは城郭内から動けんだろう」
「そっか! じゃあ、わらわもソフィのとこにいるよ。近くにいた方がなにかと便利だろうしね!」
にこにことご機嫌そうなカムリに、アウロは尋ねた。
「お前、まさかそのためにここまで来たのか?」
「えっ? い、いやだなぁ。別にそんなこと――」
「正直に言え」
「………………だって、一人でお留守番なんて寂しかったんだもん」
カムリはぷいっとそっぽを向くと、叱られた子供のようにむくれてしまった。
アウロはしばし反応に困った。
確かに、カムリを養成所に置き去りにしてしまったのは自分だ。
が、それは王城付近までカムリを連れ込むと面倒事が起きる可能性が高いからだとか、そもそも現状ではカムリの力を必要としていないからだとか、様々な事情があったためである。
(とはいえ――)
カムリがそれを分かっていないはずもない。
要するにこれは理論ではなく感情での行動なのだ。
アウロは小さく息をつくと、カムリの頭にぽんと手をやった。
「分かったよ。お前は俺の側にいろ。どうせ一人で残しておいても付いてくるつもりなんだろ?」
「う、主殿。ひょっとして怒ってる?」
「少しな。だが、俺もついこの前、死にかけたばかりだ。お前が心配する気持ちも分かる」
「……別に心配だからってだけじゃないんだけどな」
小声で呟くカムリに、アウロは「どういう意味だ?」と尋ねた。
が、カムリは答えることなくふるふると首を横に振ると、
「なんでもない。それより一つ聞きたいんだけど、主殿はもし敵が来たら機竜に乗って参戦するつもりなの?」
「ああ、なんでも竜騎士団に欠員が出たらしい。その穴埋めとしてルシウス共々ナーシアの隊に回された」
「なら、わらわの出番も――」
「ないぞ。養成所から《ホーネット》が運ばれてきたからな。第一、外張りだけのドラゴンなんて、ここのメカニックに一発でバレてしまう」
アウロの台詞にカムリは絶望の表情を浮かべた。
「ひょっとして、わらわ、いらない子なんじゃ……」
「まぁ、待て。折角ここまで来たのなら調べて欲しいことがある」
「っていうと?」
「王城内の情報だ。俺は長い間あそこから遠ざかっていたんでな。色々と不鮮明なことが多いんだ」
アウロはカムリの頭から手を離し、
「ログレスには今、幾つかの派閥がある。公王ウォルテリスを中心とした公王派、【白老侯】モグホースを中心とした宰相派、モンマス公ガルバリオンを中心とした王弟派、そのどれにも属さない中立派――。そういった連中の人間関係や、噂話など集めて欲しいんだ」
「分かった。なら、こっそりお城の中に忍び込んでくればいいの?」
「いや、ひとまずソフィアや工房周辺の人間から話を聞くだけで構わない。いずれ城内を探ることになるかもしれんが、今はまだいい」
「らじゃー。順を追ってやってくってことだね」
「そういうことだ」とアウロは頷いた。
丁度、そこで工房の奥からルシウスとソフィアが戻ってくる。
ソフィアは先ほどと同じ楕円形のゴーグルに制服という格好だったが、ルシウスの方は黒地のインナースーツを身に纏い、その上から幾本ものケーブルを接続された滑稽ななりをしていた。
「どうした、ルシウス。随分と愉快な格好をしているな」
「笑うなよ……。僕だって好きでこんな服を着てる訳じゃないんだ」
ルシウスはげんなりと答え、自らの背後へと振り返った。
「でも、本当にこんな作業が必要なのかい?」
「あったりまえですよ! この《グリンガレット》はルシウス殿下の専用機になる訳ですからね! きちんと殿下専用にちょうきょ――もとい、チューニングをしておかないと!」
「分かった。よく分かった。で、これからどうすればいい?」
「とりあえず、ガレットちゃんには専用のアーマーがあるので、それと殿下の身体データを同期させます。その後は飛行テストですね。多分、明後日までには終わると思います」
「明後日まで……って、要するに三日間もかかるの!?」
「はい。適当にやれば一日で終わりますけど、時間がある内は丁寧にやった方がいいです。その方が機竜も喜びますしね!」
ソフィアはぐっと拳を握りしめ、力強い口調で言った。
ルシウスは救いを求めるかのような視線をアウロに向けたものの、アウロはそれを無視した。
ソフィアはこのアーセナルのトップであり、機竜の専門家だ。どう考えても彼女の方に分がある。
「悪いな、ルシウス。俺たちは先に宿舎へ戻っている」
「え、ちょっ……」
「さぁ、それじゃあ早速始めましょうか殿下!」
なにか言いかけたルシウスも、結局はまたソフィアに引きずられていってしまう。
アウロとカムリはそんな二人を尻目に、そそくさと工房を後にした。




