2-8
翌朝、真っ先にアウロの元へとやってきたのは養成所の教官と王城の役人だった。
二人は三日前、ハンガーで起きた事件についてアウロを問い詰めにきたのだ。
アウロは脚色を交えた事実でそれに答えた。つまり、自分は獅子奮迅の戦いっぷりで《グレムリン》三機を撃破したものの、ダグラスの剣に刺され、意識を失ってしまった――と説明したのである。
元々、シドカムたちからも話を聞いていたためだろう。
教官たちの事情聴取はほとんど最低限で済んだ。
「ギネヴィウス、今回の襲撃では九人の警備兵が賊どもに殺された。お前が十人目にならなくて本当に良かったよ」
馴染みの教官はアウロの肩を叩くと、ひどく気落ちした様子で室内を後にした。
続いて昼前にはシドカムとロゼ、それに開発科の面々がアウロを見舞いに来た。
今日は平日だが、事件の後処理のため全ての訓練が中止になっているらしい。
そもそも肝心の機竜が盗まれてしまっているのだ。訓練をしたくてもできないのが現状だった。
「なんだか空っぽのハンガーを見ると侘しい気分になるね。《ホーネット》が盗られなかったのは不幸中の幸い、と言うべきかもしれないけど」
壁際に佇んだロゼはひどく残念そうに言った。
現在、部屋の中にいるのはアウロ、ロゼ、シドカム、カムリの四人だ。
他の訓練生たちは狭すぎる室内から早々に弾き出されてしまった。
「でも、悔しいな。結局、僕は目の前で自分の手入れした機竜が持ち出されるのを見てることしかできなかった。アウロが剣で刺された時も、隅っこで震えてることしかできなかったし……」
デスク前の椅子に腰掛けたシドカムが顔を俯かせ、
「仕方ないよ。シドっちは荒事慣れしてないしね。本当はわらわがもっと早くに辿りつけてれば良かったんだけど」
ベッドの端に座ったカムリが眉を寄せる。
アウロは沈痛な表情を見せる二人に言った。
「あまり気を病むな。相手は《グレムリン》四機と《センチュリオン》十二機を投入してきたんだ。正直なところ、ここにある兵力だけではどうしようもなかった」
「……まぁ、そうかもね。ところでアウロ、もう体は大丈夫なのかい? かなり重傷だったみたいだけど」
「別に後遺症はないな。少し体がだるいくらいだ」
「んー、傷自体はもう完全に塞がってるはずだよ。ちゃんとごはんを食べれば、すぐまた動けるようになると思う」
カムリの説明に、ロゼは「それは僥倖だ」と笑みを見せた。
「しかし、驚いたな。カムリちゃんが古代魔術師だったとは」
「ドルイド?」
「ずっと昔、アルトリウス王の時代にいた魔術師のことさ。極めて強大な魔力を持っていたらしいが、俺も詳しいことは知らない。君は一体、どこで古代魔術なんて習ったんだ?」
「それは秘密。でも、不正な手段を使った訳じゃないよ」
「つまり君にはきちんとした師匠がいて、その人物から教えを受けたという訳か」
ロゼは一度、思案するかのように沈黙し、
そして、ふいに真剣な表情で尋ねた。
「単刀直入に聞こう。君は先月、王城に乗り込んだという魔術師と同一人物なのか?」
「……? なにそれ?」
カムリは不思議そうに首を傾げた。
「ひょっとして、少し前に流れてた噂のこと? なんでも王城に魔女が押しかけたとかいう……」
「あれは事実だよ。ルシウス殿下からも少し話を聞いたんだが、犯人は真紅の髪と尖った耳を持った女の子だったらしい」
「ふーん、偶然だね」
「ああ、すごい偶然だ。赤い髪を持ったエルフで、なおかつ魔術師だなんて」
にっとロゼは口の端をつり上げる。
不気味な笑みだ。まるで全てを見透かしているような。
とはいえ、対するカムリもポーカーフェイスを崩していない。
胃の痛くなるような沈黙の中、ただシドカム一人だけがおろおろとしていた。
「え、えと、二人ともなんの話を……?」
「なに、ちょっとした間違い探しさ」
ロゼはそう言って、懐に手をやった。
取り出したのはいつぞやも用いた金色のコインだ。
窓から差し込む太陽の光に、彫り込まれたレリーフがきらりと輝いた。
「俺はこういう風に場が膠着した時、いつもこのコインで方針を決めることにしてるんだ」
「つまり運任せってこと?」
「そうさ。君がこのコインの表裏を当てたら先ほどの質問は忘れよう」
「……外れたら?」
「恐らく、君にとって好ましくない対応を取ることになる」
「分かった」とカムリは頷いた。
しばし眉間に皺を寄せた彼女は、やがて意を決したかのように口を開き、
「それじゃあ、裏――」
【カムリ、表だ】
「……と思ったけど、やっぱり表に賭けるよ」
直前で選択を変えたカムリに、ロゼは怪訝そうな表情を見せた。
が、アウロとカムリの間を繋ぐ念話の術は他人の耳には聞こえない。
――ピィン。
結局、ロゼはそのままコインを宙に舞わせた。
出た面は表だ。両面とも表の硬貨なのだから当然である。
ロゼは小さく息をついた後で、コインを懐にしまった。
「……いいだろう。これ以上、この話題を口にすることはやめよう。幾つか腑に落ちないこともあるがね」
「ロゼ。一応言っておくが、俺もカムリも王家に弓を引く気などないぞ」
「それは分かってるよ。そもそも、俺はアウロ自身が王家に喧嘩を売るつもりなら別に構わないんだ。むしろ応援したいくらいさ」
「ただ」とロゼは言葉を続け、
「魔女カムリ……君が自らの企みにアウロを利用しているというのなら、それは見過ごせない」
「無用な心配だね。わらわが主殿を裏切ることなんて絶対にありえないよ」
「何故そう言える? 親や兄弟を人質に取られても同じ台詞が吐けるのか?」
「うん。今のわらわには家族なんていないもの」
「そうか。それは悪いことを聞いた」
ロゼは特に悪びれた様子もなく言って、壁際から背を離した。
「それじゃあ、俺はそろそろ失礼するよ。午後からは兄さんに会いに行かなきゃならないんでね」
「ん? カラム殿が王都に来ているのか?」
「ああ、キャスパリーグ隊の一件について話が聞きたいらしい。なにしろ、今の連中は十二機の《ワイバーン》を保有している。カムロート周辺はいつ【モーンの怪猫】が暴れ始めるのかと、戦々恐々してるよ」
他人ごとのように肩を竦め、ロゼは室内を後にした。
ばたんと音を立てて扉が閉まると、部屋の中はしばし沈黙に包まれる。
残されたシドカムはちょっと眉を寄せ、
「アウロ、さっきの話は一体?」
「気にするな……と言いたいところだが、そうも行かないか」
「話せないことならいいよ。僕も無理に聞くつもりはない」
「いや、いずれ必ず話す。が、今はダメだ。少なくとも、キャスパリーグ隊の件が片付くまではな」
淡々と答えながらもアウロは額に手をやった。
ずきずきと頭が痛むのは厄介な問題を抱え込んでしまっているからだ。
今回の一件では、カムリが持つ魔術師としての力が幾人かにバレてしまった。
シドカムはまだいい。開発科の面々も、自分からカムリの素性を詮索するような真似はしないだろう。
……問題はロゼだ。
立場的にアウロ寄りとはいえ、あの男はシドカムほど穏便な性格をしていない。
先ほどはどうにか誤魔化せたものの、いずれボロが出てしまう可能性もある。
【カムリ、お前は一度養成所を離れた方がいいかもしれない】
アウロの心の声に、カムリはむっとした表情を見せ、
【それは駄目だよ! 主殿はまだ一人じゃろくに動けないんだし、そもそも治療師が急にいなくなったりしたら変でしょ!】
【いや、だがな】
【橙色の殿下のことを気にしてるなら大丈夫。あの男の匂いは覚えたからね。近付いて来たらすぐ逃げられるよ】
【……分かったよ】
アウロは渋々頷いた。
確かにカムリの意見も一理ある。
ここで急に彼女の存在を隠蔽してしまっては、逆にロゼや他の訓練生たちから怪しまれる危険性もあった。
(何事も起こらなければいいんだが……)
天井を見上げ、アウロは小さくため息をこぼす。
今の彼はベッドに横たわったまま、ろくに動けない状態だ。
できることといえば、ただ平穏を祈るくらいだった。
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
午後になると今度はルシウスとジェラードが揃って見舞いに来た。
あらかじめ自らが語っていた通り、カムリは二人の気配を察知するとたちまち室内から消えてしまった。
一拍遅れて、部屋の扉がノックされる。こんこん、と軽い音が室内に響いた。
「アウロ、僕だ。ジェラードもいる。入って大丈夫かい?」
「ああ、構わない」
アウロが答えると扉が開き、その向こうから赤い飛行科の制服を着たルシウスとジェラードが姿を見せた。
二人の表情は対照的だ。顔に緊張の色を滲ませているルシウスに対し、ジェラードはいつものうすら笑いを浮かべていた。
「よう、アウロ。三日三晩寝込んでたはずだが、案外元気そうじゃないか」
「そうでもないさ。まだ体に血が足りてなくてな。まともに動けないんだ」
「君も無茶をしたものだね。たった一人でキャスパリーグ隊に立ち向かうだなんて」
ルシウスは呆れたように言った後で、ようやく笑みを浮かべ、
「でも、すごいよ。一人で三機の《グレムリン》を撃破したのは誇っていい」
「しかし、代わりに十二機の《ワイバーン》を奪われてしまった」
「それは君が気にすることじゃない。今はしっかり体を休めるべきだよ」
ルシウスはそこでふと室内を見回した。
「ところで、今日は例の治療師の子はいないのか? 僕、まだ一度も顔を合わせたことがないんだけど」
「今は買い物に出ているんだ。興味があるのか?」
「多少は。なんでも君の従者なんだって?」
「ああ、単なる部下みたいなものだがな」
「それより」とアウロは素早く話題を変え、
「キャスパリーグ隊の足取りはまだつかめていないのか?」
「……うん。機甲竜騎士団から追撃部隊が出たんだけどね、途中で撃墜された」
「撃墜?」
「撃墜されたのか、それとも事故なのか。実のところはっきりしてないんだ。ただ奴らの行方を見失ったのは確かだけど――」
ルシウスはため息一つこぼし、デスクの椅子へと腰を降ろした。
扉に寄りかかったジェラードはそこで、ふっと口元から笑みを消し、
「なぁ、二人とも。今回の件についてはどう思っている?」
「どうもこうもない。キャスパリーグ隊が《センチュリオン》を保有しているとしたら、考えられる可能性は一つだけだ」
投げやりに答えるアウロの前で、ルシウスは目を伏せた。
「……ひょっとしたら、貴族たちの中に裏切り者がいるのかもしれない」
「それも単なる中小貴族じゃないぜ。奴らが持っていたアーマーは十二機。となると、間違いなく伯爵以上の貴族がキャスパリーグ隊の裏にいるはずだ。もしくは一部の貴族たちが連合を組んでるのかもしれん」
「でも、なんだってキャスパリーグ隊に味方する人間がいるんだろう。連中は貴族の敵を自称してるっていうのに」
「冷静に考えてみろよ、殿下。奴らの拠点はここカムロートにある。つまり、キャスパリーグ隊が襲っているのは王都にいる貴族と聖職者の屋敷だけなのさ。辺境の貴族たちは狙われていない」
ジェラードは両腕を組んだ姿勢のまま、トントンと人差し指で二の腕を打った。
「怪しいのは元々ダグラスと親交のあった諸侯だ。つまり、モーン島の付近に領地を持ってる連中――アクスフォード、ブラッドレイ、ボールドウィン。そして、フリントの猟犬伯にアルヴォンの氷竜伯」
「猟犬伯は中立派の人間だ。だが、他の諸侯は全て……」
「アクスフォード派の貴族だ」
ルシウスは固い声で告げた。その顔はやや青白くなっている。
かつてダグラスが支配したモーン島は王国の北端に位置している。
そして、王国の中部から北部にかけての領土を支配するのが、ドルゲラウに拠点を置く四侯爵のアクスフォード家だ。
ブラッドレイやボールドウィンはその親戚筋である。アウロはロゼとシルヴィアの顔を脳裏に思い浮かべた。
「王城の連中はもう、キャスパリーグ隊の裏にいる貴族に気付いているのか?」
アウロの質問にジェラードは「まぁな」と頷いた。
「これは一部の貴族しか知らないことなんだが、そもそも半月ほど前、アクスフォード侯爵は王城でちょっとした騒ぎを起こしてるんだ」
「というと?」
「あのじいさんは正式な手続きを経ず、陛下に直談判しに行ったのさ。亜人街の撤去を取り消して欲しいだの、民に対する課税を緩和すべきだの、色々なことを訴えたはずだ。しかし――」
ぞり、と手袋をはめた指先がおとがいを撫で、
「最終的には宰相殿の命令で近衛騎士団につまみ出された。相手が王国の功労者でなけりゃ、縛り首になっててもおかしくなかったところだ」
「……そうか。だが、信じられんな。穏健派で知られるアクスフォード侯爵がキャスパリーグ隊を影で操っていたなど」
「その辺りはまだ曖昧なんだよ。侯が怪しいのは確かだが、本当は他に黒幕がいるのかもしれない」
ジェラードはいらいらした様子で靴を鳴らす。
アウロは視線を横に向け、不安顔のルシウスに尋ねた。
「ルシウス、侯爵には召還命令は?」
「……《ワイバーン》が強奪された翌日に、裁判所からドルゲラウに使者が派遣された。もし侯爵が裁判所の出頭命令に従えば良し、でも万が一、あちら側が使者を無視すれば――」
朱色の瞳がためらいがちに伏せられる。
アウロは続く言葉を予測し、呟いた。
「……戦争になるな」




