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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
二章:斧の反乱
23/107

2-5

 その日、アウロは飛行科の訓練が終わった後で開発科の試験飛行に付き合っていた。


 かつては開発科の実験に参加するという名目で訓練をサボっていたアウロも、最近はルシウスの忠告に従い、きちんとカリキュラムを消化していた。

 おかげで欠点だった僚機との連携力も克服されつつある。まだルシウスやジェラードには敵わないが、他の訓練生相手なら五分五分といったところだ。


「悪いね、アウロ。こんな遅くまで引き止めちゃって」


 シドカムはツナギの袖で額を拭いつつ、機竜の傍から立ち上がった。


 時刻は午後八時。外はもう真っ暗になっている。

 ハンガー内に残っているのはアウロとシドカム、それに数名のエンジニアだけだ。

 彼らはここで、先日破壊されてしまった《ホーネット》の再調整を行なっているのだった。


「どうだ、シドカム。《ホーネット》の調子は?」


 ベンチに座ったアウロは紅茶を啜りながら尋ねた。

 こちらはまだ地上に帰還したばかりのため、インナースーツの上から革のジャケットを着ただけの格好である。

 その隣では四本腕の騎士甲冑が直立不動の姿勢を取っていた。足元には騎銃槍ガンランスとシールドも置かれている。


「んー、どうにか形にはなってきたかな。魔導回路マギオニクスのデータはかっ飛んだけど、ある程度の情報は紙にも保存してあったからね」


 シドカムはスパナの先で肩を叩きつつ、アウロの隣へと腰を降ろした。


「でも、フレームを変えたせいで別の機体みたいになっちゃったんだよ。特に主翼周りをこう、こう、直線に近い形にして空気抵抗を減らしたんだ。それとちょっとだけ翼面積を少なくして構造強度を強く――」


 手振りを交えて説明するシドカムだが、あいにくメカニックの知識がないアウロには話の半分も理解できない。

 ただジョンズたちの妨害で一度は水泡に帰した《ホーネット》の開発も、徐々に完成へ近付いているのは確かなようだ。

 アウロはシドカムの解説が一段落したところで口を開いた。


「ところでシドカム、お前はこの養成所を出たらどこへ行くつもりなんだ?」

「ん? そうだな……とりあえず、他のみんなと一緒に完成した《ホーネット》を『王立航空兵器工廠(アーセナル)』に持ち込もうかと思ってる」

機甲竜騎士団ロイヤルエアナイツ直属の研究開発機関か。エンジニアにとっては最高の職場だな」

「うん。やっぱり養成所に比べると設備と人員、なにより与えられる資金が桁違いだからね! まぁ、僕が入れるかどうかはまた別の話なんだけど」

「だが、今まで養成所の訓練生で一から機竜を造った奴なんていなかった。それも現行の《ワイバーン》を上回る機体を、だ」

「確かにそーなんだけどさ。《ホーネット》がこうして形になったのは、アウロやロゼのおかげでもあるんだよ。どうも先輩たちはテストパイロットに恵まれなかったらしいから」


 シドカムはちらりと灰褐色の機体へと視線を向けた。


 《ホーネット》は今もワイヤーで拘留されたまま、ハンガーの中央に鎮座していた。

 その周囲では数名のエンジニアたちが機材の片付けを行なっている。

 夜遅くまで調整を続けていたためか、彼らの顔には疲れの色が滲んでいた。


「自分で言うのもなんだけど、《ホーネット》はいい機体だよ。もっとフォルムを洗練して、エンジン出力を上げれば《ワイバーン》の次世代機にもなれると思う。そのためにはまだまだ時間が必要だけ――……ど?」


 ふいに、シドカムはハンガーの入り口へと視線を向けた。

 産毛に包まれた耳がピンと伸ばされている。シドカムは幾度か瞬きを繰り返した後で言った。


「……ねぇ、アウロ。今、なんか銃声みたいなのが聞こえなかった?」

「銃声?」


 アウロは首を傾げた。そんなものは全く聞こえていない。

 が、そこでふと思い出す。確かケットシー族の聴力は人間と比べてかなり良かったはずだ。

 アウロは紅茶のカップを置き、ベンチから立ち上がった。


「シドカム、少し外の様子を見てくる」

「……分かった。多分、単なる聞き間違えだと思うんだけど」


 不安そうなシドカムを置いて、アウロはハンガーを抜け出た。

 同時にカムリと連絡を取っておく。頭の奥で『カチッ』と音が響いた。


【はいはーい。あなたの可愛いドラゴン、カムリちゃんだよ!】

【カムリか、今どこにいる?】

【主殿、反応が冷たい……】

【緊急事態の可能性があるんだ。さっさと答えろ】


 外のひんやりした空気が、容赦なくスーツ越しの体に突き刺さる。

 飛行場はもう霧に包まれかけていた。月の光を浴びてほのかに輝いている。

 アウロは口元から白い息をこぼしながら、闇の中へと進み出た。


【今、わらわがいるのはカムロートの街の中だよ。ちょっとソフィと話し込んじゃってたんだ】

【ソフィ?】

【図書館で会った友達だよ。でも、そっちでなにかあったの?】


 念話によって聞き返してくるカムリ。

 直後、ざりっと砂利を踏み潰す音が横合いから聞こえた。

 アウロは振り返った。霧の中から細く尖った銃剣が突き出され、次いでライフルを構えた男が警告を発した。


「動くな。両手を上げろ」

【……いや、言い直そう。正真正銘の緊急事態だ。養成所が賊の襲撃を受けた】


 首元にバヨネットの先端を押し付けられ、アウロは両手を頭上に上げた。


 横目で相手の姿を確認する。手に持った魔導銃は旧式のベイカーライフル。

 夜露に濡れた羊革のジャケットを羽織り、麻布で編まれた灰色のズボンを履いている。

 顔には細かな傷があり、右目を塞ぐ形で眼帯を付けていた。まだ若い男のように見えるがその耳は細く尖っている。


「エルフ族か」

「口を開くな。できればこっちも穏便に事を済ませたいんだ」


 男は銃剣付きのライフルをアウロに突きつけたまま、にやりと笑みを浮かべた。


【あ、主殿、賊の襲撃って――!】

【恐らく相手はキャスパリーグ隊だ。連中の狙いは分からんが、とにかくハンガーまで来てくれ】

【分かった! でも転移の術式には距離制限があるから、そっちに行くのには時間がかかるよ!】

【どれくらいだ?】

【十分……いや、五分ちょっとくらい!】


 養成所から王都カムロートの中枢までは徒歩で一時間ほどかかる。

 その十倍以上――と考えればかなりの速さだが、問題はそれまでにアウロの首と胴体が繋がっているかどうかだ。


【急げ。相手は魔導銃で武装している。俺一人ではどうしようもない】

【ら、らじゃー! 死なないでね、主殿!】


 慌ただしい返答を最後にネットワークが途切れる。

 この間、エルフ族の男はちらちらと周囲に視線をやっていた。

 どうやらアウロの他に外へ出た訓練生がいないか探しているらしい。


『サンバイル』


 と、そこで男の背後から巨大な影が二つ、ぬっと姿を現した。

 闇夜に溶け込む黒い装甲。アダマントの鎧を身に纏った鋼鉄の人型。

 だらりと垂らされた両腕には、大口径の対機甲ライフルが握られている。


 その姿は正しく――


騎士甲冑ナイトアーマー……だと!?)


 アウロは愕然とした。


 確か機体名は《グレムリン》。

 かつてログレス王国で用いられていた、夜間攻撃用の陸戦型アーマーだ。

 漆黒のバイザーをはめ込んだ頭部が、硬直するアウロをぎょろりと見下ろした。


『サンバイル、そいつは?』

「多分、養成所の訓練生だな。ハンガーに残ってたらしい」

『ふん、こんな時間までご苦労なことだ』


 装甲越しのくぐもった声が飛行場に響く。

 我知らず、アウロはごくりと唾を飲み込んだ。


(……キャスパリーグ隊はアーマーを保有していたのか)


 恐らく、この二機の《グレムリン》はモーンの反乱当時に使われていたものだろう。

 つまりこの五年間、キャスパリーグ隊はずっとアーマーを隠し持っていたのだ。

 何故、今まで使わなかったのかは分からない。しかし、今日になって彼らは封印を解いた。そこにはなにか理由があるはずだ。


『小僧、ハンガー内にはまだ人がいるのか?』


 《グレムリン》の悪魔じみた面貌に迫られ、アウロは小さく頷いた。


「いる」

『何人だ?』

「五人」


 『ふむ』とアーマーは首を傾げる。ぎぎっ、とミスリルの関節が軋むような音を漏らした。


『面倒だな。殺すか?』

「まぁ、待て。隊長が無闇に死人を出すなと言っていただろう」


 止めたのは先ほどサンバイルと呼ばれていたエルフ族の男だ。


「モノさえ頂ければ用はないんだ。とりあえず、逃げ出される前に制圧だけしておこう」

了解ラジャー


 サンバイルの方が立場的に上なのか、二機のアーマーはあっさり従った。

 次いで、突きつけられていた銃剣の先端がアウロの首筋を軽く刺す。


「お前も付いて来い。喉笛から呼吸をしたくはないだろう?」

「………………」


 当然アウロも従うしかない。

 どんな剣術の達人であろうとも、生身でアーマー二機を叩き潰すのは不可能だ。


(しかし、何故キャスパリーグ隊がこの養成所に……?)


 元々、彼らは義賊を名乗っている。標的は貴族の邸宅や別荘が主だ。

 それが軍事施設である養成所に――それもアーマーを動員してまで攻撃を仕掛けるというのはどうも腑に落ちなかった。


 そうこうしている内に、アウロはサンバイルたちと共にハンガー前へと辿り着いた。

 途端、屋内は奇妙な沈黙に包まれる。なにしろアウロの左右には漆黒のアーマーが控えているのだ。

 やがて《ホーネット》の側に立っていたエンジニアの一人が、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「えと……アウロくん、お知り合い?」

「そんな訳がないだろう」


 直後、二機の《グレムリン》は訓練生たちに向けてライフルを構えた。


『全員、そのまま動くな。まずは両手を上げて貰おうか』

『下手に逃げようとすればミンチ肉になると思えよ?』


 ひっ、と息をのむ開発科の訓練生たち。

 技術者である彼らはアーマー用大型魔導ライフルの威力をよく知っている。

 これは本来、同じ騎士甲冑(ナイトアーマー)との戦いを想定して作られた兵器だ。人間が撃たれればひとたまりもない。全身が木っ端微塵に爆裂してしまう。


 そうして、たちどころにハンガー内には四体のかかしが出来上がった。

 だが、サンバイルはざっと周囲を見渡した後で眉を寄せ、


「……四人しかいないな」

「俺を含めて五人だ」


 アウロはすかさず答えた。

 サンバイルは一瞬不審そうな顔をしたものの、それ以上の追求はしてこなかった。

 実際ここから見える範囲には四人しかいないのだ。アウロは棒立ちになった面々の顔を確認した。


(いないのは……シドカムか?)


 恐らく、耳のいいシドカムはいち早く事態を察知してどこかへ隠れたのだろう。

 ここには多くの機材が転がっている。その上、ケットシー族は体躯が小さい。

 本格的な捜索をされない限りは見つからないはずだ。


『さて……この小僧どもはここにいると邪魔だな』

「ひとまず隅に集めておけ。ほら、お前もだ」


 再び首筋をちくちくと突かれ、アウロはハンガーの隅へと移動した。

 同じように、開発科の面々も一ヶ所へと集められる。

 彼らの顔は恐怖と緊張で青白く染まっていた。


「あ、アウロ……」

「喋るな。今は大人しくしていろ」


 泣き出しそうな訓練生たちを制しつつ、アウロはサンバイルたちの動向を伺った。

 二機の《グレムリン》の内、片方はライフルを構えたままこちらを牽制している。

 残る一機はハンガーの奥へと移動しつつあった。どうやら置かれている機竜の数を数えているらしい。


『うん? おかしいな、全部で十三機あるぞ。《ワイバーン》十二機と……これはもしや新型か?』

「まさか。ここは軍の工廠じゃなくて単なる養成所だぞ。多分、訓練生どもがお遊びで造った機体だろ」


 サンバイルの隻眼がこちらに向けられる。アウロは無言のまま頷いた。


「ウィンギル、飛ぶかどうかも分からない機体は放っておいていい。ドロブルと一緒にそこの連中を見張っててくれ。ひとまず外の連中に合図を出す」

了解ラジャー


 仲間に指示を出した後で、サンバイルはハンガーの入り口に立った。

 手に持っていたライフルを背中にかけ、代わりに懐から細い棒を出す。

 よくよく見ると棒の先端には、サファイアにも似た魔光石が埋め込まれていた。あれは魔力の媒体であるワンドだ。


「『我は火の精霊、サラマンダーの支配者なり! 炎よ、我が道を照らせ! 闇を打ち払い、ほのかな光をもたらし給え!』」


 つい十日ほど前、カムリの口から聞いた呪文がそのまま紡がれる。

 すると杖の先端にぽっと炎が灯った。カムリが作ったものよりかは大分小さいが、間違いなく魔術が起動している。


(そういえば、エルフ族は魔術適正が高かったはず……)


 サンバイルは魔術師なのだ。一人、アーマーを着ていないのはどうやら魔術を使うためだったらしい。

 しばらくするとその朧気な光に誘われたのか、霧の中から複数の影が姿を見せた。

 だが、それは蛾や蝶ではない。人間でもない。もっと恐ろしいものだ。


 隊列を組み、整然とハンガーの中へ入ってきたのは六組十二機の鉄人形。


 最新型の空戦型騎士甲冑(ナイトアーマー)――《センチュリオン》だった。


「な……!?」


 アウロは今度こそ言葉を失った。


 《センチュリオン》はつい二年ほど前に開発されたばかりのアーマーだ。

 現在は機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)、竜騎士養成所、そしてごく一部の貴族に対してのみ配備されており、国内にはほとんど流通していない。

 おまけに、空戦型の騎士甲冑は機竜とセットで運用されるのが基本である。キャスパリーグ隊とは無縁の代物のはずだった。


(馬鹿な。まさか、機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の内部に裏切り者がいるのか……?)


 どっと背中に嫌な汗が流れる。


 もし、そうだとしたらこれは単なる襲撃ではない。

 連中は養成所の《ワイバーン》を強奪するつもりなのだ。搭乗者とアーマーの間には魔導回路マギオニクスを用いた認証システムがあるが、アーマーと機竜の間にはそれがなかった。


 ――つまり彼らは苦もなく機竜を運び出せる。


 やがて動けないアウロの前で、《センチュリオン》は素早く機体の点検を終えると、機竜のヘッド越しにハーネスを引いた。

 すぐに飛行装置ライトフライヤーが起動し、《ワイバーン》の巨体がふわりと地面から離れる。

 機竜の動かし方は丁度、厩舎から馬を連れ出すのと似ている。首元に手を当てて側面から手綱を操るのだ。

 それは明らかに普段から機竜を扱い慣れている人間の動きだった。少なくとも、単なる賊ではない。


【カムリ、まだか……!】


 既に最初の念話から五分以上が経過している。

 アウロは耐え切れず、もう一度連絡を試みた。

 カムリの返答は少し遅れてきた。その声にはひどく焦りが滲んでいた。


【ご、ごめん! なんか養成所の近くで変な黒いのに絡まれて!】

【黒いの? なんだそれは】

【アーマーだよ! 黒くて、二本腕のやつ! あとかなり動きが素早い!】

【……《グレムリン》か】


 アウロはぎりっと奥歯を噛み締めた。

 養成所側の見張りを排除するためだろう。キャスパリーグ隊はハンガーの外にも兵を置いていたらしい。


【連中は《ワイバーン》を強奪するつもりだ。どうにか離脱してこちらに来られないか?】

【い、行こうとしてるんだけど、こいつ妙に勘がよくって……!】


 アウロにカムリ側の情報は把握できない。

 が、彼女が追い込まれていることだけは察することができた。

 アーマーの操縦には専門の技術を要する。キャスパリーグ隊の用意した《グレムリン》が五年前の生き残りだとしたら、その繰り手もモーンの反乱を生き残った歴戦の勇者のはずだ。


(……まずいぞ、こいつは)


 カムリは足止めを食らい、アウロは動けない。

 そして、眼前ではとうとう最後の《ワイバーン》がハンガーの外へと出てしまった。

 このまま機竜が飛行場から離陸してしまえば、もう追いつく手立てはなくなってしまう。


『よしよし、思ったより簡単に行ったな』

『警備員だけでアーマーすらいないんだ。楽なもんだぜ』


 二機の《グレムリン》は一仕事終えたとばかりに軽口を叩き合っている。

 そこにリーダー格らしいサンバイルが「油断するな」と口を挟んだ。


「これからまだ、十二機の《ワイバーン》を滑走路から順々に離陸させなきゃならないんだ。その間、王城に連絡されたら面倒なことになる」

『ふん……そんな心配をするくらいなら、このガキどもをさっさと殺しちまえばいいだろ?』

『とりあえず、気絶だけでもさせておこうぜ。お前ら、加減を間違えて息の根まで止めちまったらすまんな』


 漆黒の機体はぶっきらぼうに言って、こちらへとにじり寄ってくる。


 瞬間、とうとう一人の訓練生が限界を迎えた。「ひ、ひぃっ!」と悲鳴を上げ、その場から駆け出してしまったのだ。

 アウロはぎらりとバイザーを光らせた《グレムリン》が、逃げた訓練生に向けてライフルを構えるのを見た。

 だが、その撃鉄が引き絞られる前にハンガーの奥からこぶし大の白い物体が投げ込まれる。


 追って、シドカムの声が響いた。


「アウロ、模擬弾!」


 アウロは即座にその意味を理解した。

 と同時に、袖で顔を隠しながら地面へと身を伏せる。


 ――バァッ!


 一拍遅れて、弾けた魔光砂の塊が周囲に凄まじい閃光を撒き散らした。


『うがっ……!?』

『なんだこれは!?』


 バイザー越しに目を潰され、混乱に陥る二機の《グレムリン》。

 養成所で用いられる魔導弾は殺傷力こそないものの、着弾と同時に光を発する性質を持っている。

 アウロは素早く地面から跳ね起きると、たたらを踏む《グレムリン》の間を駆け抜けた。


『ぐ、目が……よ、よくも!』

『サンバイル! 入り口を塞げ! 一人逃げるぞ!』

「くそっ! なにをやってる!」


 飛び交う怒号。だが、アウロが目指したのは入り口ではなかった。

 アウロは途中で羽織っていた革のフライトジャケットを脱ぎ捨てると、ハンガーの一角に残されていたアーマーの元へと辿り着いた。

 四本腕の空戦型騎士甲冑――《センチュリオン》。アウロにとってはここ数年で最も慣れ親しんだ相棒である。


「なっ……おい、小僧がアーマーに! ウィンギル、ドロブル、後ろだ!」


 泡を食ったような声が放たれるも、その時にはもうアウロは開かれたコックピットの中へと飛び込んでいた。

 ハッチを閉じるとすぐさま魔導回路マギオニクスが起動し、ヘッドアップディスプレイに外部の光景が映し出される。

 眼前では丁度、背後に振り返った《グレムリン》が大型のライフルを構えたところだった。


『野郎……!』


 ダァン! と大気を震わせる轟音と共に、発射される紅蓮の魔導弾。

 が、その前にアウロは床から拾ったシールドを左ガントレットに構えていた。

 結果、炎の弾丸は盾の表面を舐めるだけに終わる。4.5インチの口径を持つ対機甲アーマーピアッシングライフルとはいえ、幾層にも重なったアダマント鋼を貫くには火力不足だった。


「陸戦型だろうが一世代前の機体に――!」


 すかさず、アウロは右ガントレットで掴んだ騎銃槍ガンランスを正面に構えた。

 パッと銃口が瞬き、光り輝く弾丸が空を裂く。しかし、当然これも非殺傷性の模擬弾だ。

 直撃を受けた《グレムリン》はわずかに怯んだものの、その黒ずんだ装甲は全くの無傷だった。


『ウィンギル! 相手が持ってるのは訓練用のガンランスだぞ!』

『ハハッ、そんなオモチャでなにしようってんだ!』


 浴びせられる嘲笑。その位置は先ほどから全く変わっていない。

 閃光によって白く染まった視界の中、ハンガーを駆け抜けたアウロは、音の発信源めがけて《センチュリオン》のランスを突き出した。


 ――メギャッ!


 金属のひしゃげる嫌な音とともに、ランスの先端が《グレムリン》の胸部装甲ごとコックピットを貫通する。

 内部の人間は即死だった。断末魔の声すら漏らすことができず、ただアーマーの四肢をびくりと震わせただけで全ての動きを停止した。


『な……ウィンギル、やられたのか!? こっ、こいつ、よくも!』


 刺し貫かれた僚機の隣で、《グレムリン》はライフルの銃口を《センチュリオン》へと向ける。

 対し、アウロはトリガーを引かれる前に左腕甲を思いっ切り横へ振り抜いた。

 円筒型のシールドが《グレムリン》の横っ面を直撃する。陸戦型の腕と比べて倍近い太さを持つガントレットは、その出力も桁違いだ。

 頭部のバイザーを陥没させた相手は、『げうっ』と潰れた蛙のような声と共に崩れ落ちた。


(あと一人……!)


 アウロは一度《センチュリオン》を後退させ、敵機からランスを引き抜いた。

 鉄の穂先は真っ赤に濡れている。あまり見ていて気持ちのいい光景ではない。

 竜騎士養成所で実戦訓練を積んできたアウロだが、こうして人を殺すのは初めての経験だった。


「馬鹿な……あの二人がこうもあっさりと」


 倒れた二機のアーマーを見て、後ずさるサンバイル。

 それを追いかけかけたアウロは、対敵と30フィートほどの距離を置いて停止した。

 サンバイルを警戒した訳ではない。アウロの注意を引いたのは、その背後から現れた三機目の《グレムリン》と賊の一味らしき大男だった。


「妙な騒ぎがすると思って来てみれば……警備兵が《センチュリオン》を動かしたのか?」


 ぼそりと呟いたのは、黒髪の間から猫の耳を生やしたオッドアイの男である。

 背丈は恐ろしく巨大だ。アーマーである《グレムリン》とほぼ同等。アウロと比べても頭二つ分ほど身長が高い。

 加えて、その肉体は一分の隙もなく鍛え上げられている。矮躯が特徴のケットシー族とは思えない体つきだった。


『ウィンギル、ドロブル……!? し、死んだのか!?』


 落ち着き払った男の隣で、《グレムリン》が驚愕の声を漏らす。

 サンバイルは苦虫を噛み潰したような表情で告げた。


「隊長、あれは養成所の訓練生です。ウィンギルがやられました。ドロブルも恐らく……」

「分かった。あの二人を倒すとはカムロートの騎士も侮れんな」


 慌ただしい報告に男は金の瞳をすがめる。

 直後、ヘルム内に通信が届いた。


『アウロ、気を付けろ! そいつは多分、ダグラス・キャスパリーグだ!』

「……なるほど。あれが【モーンの怪猫かいびょう】か」


 見れば、ハンガーの奥に避難したシドカムたちが小型の通信機を手にしている。

 アウロはガンランスで敵を牽制しながら尋ねた。


「それよりシドカム、その通信機で外に連絡を取れるか?」

『いや……これじゃあ出力不足だ。宿舎には非常用の通信装置があるはずだけど』

「そうか。ならば、どちらにしろこの三人を始末しなければならない訳だ」


 言って、アウロは槍の穂先を三機目の《グレムリン》に向ける。

 ライフルを手にしたアーマーは応えるように一歩前へと進み出た。


『隊長、ここは俺が……!』

「待て、ウィルン」


 が、ダグラスはそれを片腕で制し、


「あのアーマーは空戦型だ。――俺が行こう」

「なに?」


 黒塗りの刃を構えるダグラスを見て、アウロは己の目を疑った。

 普通、人間とアーマーではまともな勝負にならない。武装・装甲・機動力。あらゆる面で騎士甲冑ナイトアーマーはヒトを凌駕している。

 おまけに相手の手持ちは暗殺用と思しき剣が一本。これでは獰猛な獅子に棒切れで挑むようなものだ。


(なにか他に武器を隠し持っているのか?)


 警戒心を強めるアウロに対し、ダグラスはほとんど無防備のまま歩み寄った。


「前途有望な若者を殺すのは忍びないが……まぁ、運が悪かったと思え」


 そして、《センチュリオン》の手前20フィートの位置に達したところで、男はぐっと身を沈めた。

 同時にアウロはガントレットを操り、ランスを前方へと突き出す。

 ダグラスはその、血に濡れた穂先を紙一重で避けた。両手を地面に投げ出し、平蜘蛛のように身を伏せたのだ。


「ジャァッ!」


 それは獲物を狙う野獣の姿勢だった。

 ダグラスは四肢をバネに大地を蹴ると、一瞬で《センチュリオン》へと肉薄した。

 すかさずアウロはシールドを持った左腕甲で迎撃する。だが、敵はいち早く懐に飛び込んできた。


「ち……!」


 思わず、舌打ちが漏れる。


 空戦型アーマーのガントレットは肩から生えているため、至近距離にいる敵を直接攻撃できない。

 だが、ハーネスを操るメインアームは別だ。アウロは握った拳をダグラスの顔面めがけて振り抜いた。

 唸りを上げる鉄腕。ガントレットほどの出力はないものの、直撃すれば人間の頭など容易く木っ端微塵になってしまう。


 しかし、ダグラスは寸前で地面を蹴った。アーマーの肩に手をかけると、軽業師じみた動きでその背後へと回り込んだのだ。

 その結果、《センチュリオン》の拳は空を切り、わずかに重心を前へと傾かせてしまった。


(しまっ……)


 まずいと思う間もなく、背後から衝撃が走る。どうやら背中を思いっ切り蹴り飛ばされたらしい。

 たちまち姿勢制御機能が限界を越え、《センチュリオン》は前のめりに倒れ伏した。

 同時に、アウロ自身もディスプレイに額を打ちつけてしまう。目の前で火花が散り、頭蓋骨の内側がくらくらと痺れた。


「ぐ……う!」

『いけない、アウロ! その姿勢は――!』


 じんと痛む脳内にシドカムの声が響く。

 アウロはすぐさま地面に両腕をつき、起き上がろうとした。

 だが、その前にダグラスは《センチュリオン》の背中を足で押さえ込んだ。


「……空戦型の騎士甲冑(ナイトアーマー)は、機竜と共に用いることを前提に作られた兵器だ。そのため、陸戦型のアーマーと比べて幾つか欠点がある」


 頭上から降り注ぐ低い声。


「一つ、至近距離ではガントレットを使えない。二つ、背面に対する攻撃方法がない。三つ、重心が上体に偏っているため容易く転倒する。そして、一度倒れれば簡単には起き上がることができない……」


 その言葉通り、アウロはうつ伏せになったまま動けなくなってしまった。


 人間が倒れた状態から立ち上がるには、腕の力だけでなく下半身や背筋の力も必要になる。

 無論それは人型のアーマーも同じだ。しかし、空戦型騎士甲冑の大半は武器を操るガントレットの出力を重視しており、他の部位は人造筋肉繊維ファイバーサルコメアの密度が低い。

 要するに、アウロの二十倍近い重量を持つ《センチュリオン》を起き上がらせるにはパワー不足なのだ。


『アウロ! ガントレットで体を支えたまま膝立ちになるんだ! そうすれば立ち上がれ――』

「遅い」


 ――ギィン!


 直後、アウロは自らの肩口から甲高い金属音が響くのを耳にした。


 次いで凄まじい灼熱感が右半身を襲う。

 ぎょっとして首をひねると、《センチュリオン》の肩部関節に深々と突き立つブロードソードが見えた。

 その闇色の刀身の下からじわじわと赤い液体が溢れ始める。恐るべきことに、ダグラスの振り下ろした刃はミスリル製の関節を貫き、アウロ自身の肉体にまで到達していた。


(……血だ)


 そう理解した途端、神経を引き裂くような激痛がアウロを襲った。

 喉の奥から悲鳴が漏れる。あまりの痛みに脳が割れてしまいそうだ。

 黒い刃の切っ先はアウロの右肩を抉り、肩甲骨を割り砕いていた。言うまでもなく致命傷である。


「さて……このまま放っておいても死ぬだろうが、あまり悶え苦しませるのも酷だ。ウィルン、早くとどめを刺してやれ」

了解ラジャー!』


 剣を抜いて引き下がったダグラスに代わり、ライフルを手にした《グレムリン》が前へと進み出てくる。

 もはやアウロに抵抗する力はない。痛みと失血で朦朧とした頭の中、《センチュリオン》のヘルムに銃口が突きつけられたことだけ理解する。

 やがて、ガチンとトリガーの引かれる鈍い音を最後に、アウロの意識は闇へと吸い込まれていった。


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