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『こちら通信室。アウロ、こっちの声はちゃんと届いてるかな?』
ヘルムの内側から響く音声に、アウロは手綱を握ったまま答えた。
「こちらアウロ、感度は良好。魔導回路にも問題はない」
『分かった。ところで新型機の動きはどうだい? 悪くないだろ?』
「そうだな。特に加速が素晴らしいよ。ついさっき高度10000を越えたところだ」
『できればもう少し上へ行ってみてくれ。高度20000フィートに耐えられるかどうかテストをしたい』
「了解」
アウロはハーネスをぐっと手元に引いた。
たちまち急上昇した機体が、ものの数秒で白雲を突き抜ける。
青空の中。眩い太陽に照らされ、アウロはかすかに目をすがめた。
今、彼がいるのは高度10000フィートを超える上空だった。
当然、生身で空を飛んでいる訳ではない。アウロの体はアダマント鋼の装甲に守られている。
日の光を浴び、鈍色に輝くのは四本腕のプレートアーマーだ。
その下には翼を広げた竜のシルエットがあった。
「こちらアウロ、目標高度を突破した」
アウロはバイザーに映る数字が20000フィートを越えたところで、通信室に声をかけた。
『こちら通信室、機体の方は大丈夫か? あまりは無茶しないでくれよ』
「問題ない。で、次はどうする? 25000を目指すか?」
『いや、とりあえずは20000フィートで機体の動きを見てくれ』
「了解」
応答したアウロはハーネスを片腕で引き、鐙を軽く左足で踏み込んだ。
すぐさま機体が旋回を始め、全身に横向きの重力が襲い掛かってくる。
アダマントに覆われた騎士甲冑も、空中動作によるGを全て減殺することはできない。
それでもアウロは顔色一つ変えぬまま、ヘルム越しに眼下の光景を見た。
翼を広げた機体の下では白い雲が猛スピードで流れている。
時折、雲の間にできた隙間からは地上の風景を望むことができた。
――ログレス王国はアルビオン島の西部、カンブリア地方に広がる国である。
国土の大半は山で構成され、その間を縫う形で人間の居住区が広がっている。
ところどころ金色に輝いて見えるのは、秋の収穫期を迎えた麦畑だろう。
そこから少し離れた位置には三重の城郭に囲まれた山城と、赤いレンガの家が立ち並ぶ王都カムロートを望むことができた。
「……絶景だな」
『ん? アウロ、なにか言ったか?』
「いや、なんでもない。とりあえず旋回性能は問題ないようだ。現行の《ワイバーン》と同等か、もしくは少し上回るくらいだな」
『そうか。反応速度はどうだい?』
「少なくとも、《ワイバーン》よりかは機敏だ。今度は降下を試してみよう」
言いつつ、アウロは手綱を引く手をわずかに緩めた。
即座に揚力を失った機体は急降下を始める。
ぐっと内臓が押しつぶされる感覚の中で、アウロは器用にハーネスを操り、そのまま雲を突き抜けて機体の上下を逆転させた。
ひっくり返った機体は空中でアフターバーナーを吹かせると、今度は再び上方に向けて雲の間を突き抜ける。
結果、機体は見事な円を描いて水平飛行に戻った。
と同時に、全身に押し付けられていたGが消滅する。
アウロはハーネスを握り直し、胸の奥から深々と息を吐き出した。
「……悪くない」
『って、こらアウロ。いきなり逆宙返りなんてすんなよ。テストフライトってこと分かってますかー?』
「ああ。それにしても、こいつは随分と運動性が優れているな。エンジンを変えたのか?」
『まぁね。そいつには新型のV型液冷エンジンが搭載されてるのさ。あと機体内の魔導回路にも手を加えたから、《ワイバーン》とはほとんど別物になってるはずだよ』
「なるほど。ただペダルの反応は少し悪いな。それと機体内に熱が溜まっている。冷却が上手く行ってないんじゃないか?」
『んー、その辺は要調整ってことで。まぁ、とりあえず色々と試してみてくれよ』
「分かった」と言って、アウロは再び機体の操作へと意識を傾けた。
それからアウロは水平飛行、左旋回、右旋回、上昇、降下を幾度か繰り返した。
更に機体を緩やかに横方向へローリングさせ、螺旋を描きつつ青空を駆け抜ける。
開発科の作成した機体はアウロの手綱さばきによく従った。
彼は上機嫌のまま宙返りして、乗機ごと雲の下へと突き抜けた。
「ところでシドカム、こいつの名はなんて言うんだ?」
『《ホーネット》だよ。まだ開発段階での仮名だけどね』
「なるほど。機動力の高いこの機にはふさわしい名前かもしれない」
『ありがとう。で、そろそろ時間もやばいし基地に戻ってきて欲しいんだけど』
「了解。アウロ・ギネヴィウス、《ホーネット》帰投する」
『うわ……。ノリノリだよ、この人』
シドカムの呆れ声を余所に、アウロはハーネスを緩めた。
今度は機首を下げた機体がゆるやかに降下し、地上へと近づいていく。
アウロが目指すのは王都の郊外にある、長方形の形に拓けた飛行場だ。
その飛行場に並んで建つ一際大きな砦が、今の彼の住処。
カムロートの王立機甲竜騎士養成所だった。
掲載したイラストは天酒之瓢さんから頂きました『機甲竜騎士』の全身像です!
天酒さんが執筆中のKnight's & Magic(http://ncode.syosetu.com/n3556o/)は、私が最も尊敬する作品の一つなので感無量です!
ありがとうございました!