空戦エネルギーについて
ドッグファイトにおける重要事項、空戦エネルギーについての説明です。
本来は作中で解説すべきなのでしょうが、説明で丸々一話潰れそうなのでこのような形にしました。
この話は本編とは無関係なため、読み飛ばしても問題ありません。興味がない方はスルーして下さい。
「というわけで、今日は空戦エネルギーの概要について話そうと思う」
教壇に立ったアウロは、先端の潰れたペンを手にしたまま講義室を見渡した。
広い室内には整然と長机が並べられ、窓からはさんさんと日光が差し込んでいる。
カムロートの王立機甲竜騎士養成所には、実践訓練のための飛行場だけでなく、座学のための講義室も存在していた。
アウロとカムリが忍び込んだのは、その使われていない教室の一つだ。
なお、休日の昼過ぎということもあって室内にいるのは彼らだけだった。
教官や訓練生たちも今頃は街で羽根を伸ばしている最中だろう。
一応、防犯用の衛士は残っているが校舎内に宿直はいない。
誰かに見咎められる可能性はゼロに近かった。
「えーと……でも主殿、どうしてわざわざここに?」
一方、中央最前列の長机に着席したカムリは不思議そうに首を傾げた。
別にただ説明をするだけなら宿舎の自室でも良かったはずである。
しかし、アウロは「ちゃんと理由はある」と大まじめに告げ、
「まず雰囲気だ。ここだと勉強をしている気分になるだろ?」
「ま、まぁ、確かに……」
「それとこの講義室には便利な魔導具があってな。今回は文章を交えて説明しようと思っているから、こういった道具が使えるとありがたいんだよ」
「ふーん、ならいっそのことその魔導具を部屋に持ってくれば良かったんじゃ?」
「いや、あいにくと動かせないんだ。なにせサイズが大き過ぎるんでな」
と言って、アウロは自らの背後にかけられていた板を振り返った。
全面を白く塗られたホワイトボードは横幅だけでアウロの身長の約二倍。
縦はその半分ほどに留まっているものの、流石に講義室から持ち出せるような代物ではない。
「主殿、じゃあその板が……?」
「『マジックボード』と呼ばれる魔導具だ。使い方は見てれば分かる」
そこでアウロは再び教室内へと向き直った。
「さて、今回は空戦エネルギーに関する解説だ。ちなみに空戦エネルギーというのは空中戦闘機動エネルギーの略称で、位置エネルギーと運動エネルギーの総和によって算出される。これは前の決闘の時にも軽く説明したな?」
「うん。で、空戦エネルギーの高い方が有利。低い方が不利なんだよね」
「その通り。今回はその理由について説明しようと思う。そのためにはまず、空戦エネルギーを構成する位置エネルギーと運動エネルギーについて解説しなくてはならない」
アウロは手に持ったペンの先端で、トンとホワイトボードを打った。
すると圧力を受けた部分が黒く変色する。これが魔導具『マジックボード』の効果だった。
「位置エネルギーというのはすなわち『高度』だ。つまり高いところを飛んでいる機体ほど保有しているエネルギーの量が大きい。一方、運動エネルギーは『速度』で、飛行速度の速い機体ほど大きなエネルギーを持っている。正確にはこれに質量やら重力加速度が関わってくるが、今はとりあえず省いておこう」
解説を続けながら、アウロはペンを走らせた。
白いボードの上に『位置エネルギー=高度、運動エネルギー=速度』と文字が刻まれる。
「この部分で重要なのは、飛行中の機体が高度を速度に変えることができるということだ。無論、逆に速度を高度に変換することもできる。……言っている意味は分かるか?」
「えーと……つまり高いところにいる機体が急降下して加速したり、低いところを飛んでる機体がスピードを犠牲にして急上昇できるってことだよね」
「簡単に言うとそうだ。そして、機甲竜騎士同士のドッグファイトでは機体の速度や高度が目まぐるしく入れ替わる。この時、機竜は空戦エネルギーを消費しながら戦っている」
「高さと速さが段々減ってるってこと? でも、どうして?」
首を傾げるカムリにアウロは言った。
「お前も身に覚えがあるだろう。空中で急に旋回したり、上昇したりすると空気の壁にぶち当たるような感覚がないか?」
「あー、言われてみれば確かに」
「あれは空気抵抗と言ってな。進行方向に対して機竜の翼が傾斜していると、翼面と大気との間で気流が発生するんだ。すると空気抵抗も増大し、急激に運動エネルギーが失われる。だからこそ、ドラグーンが速度を獲得するためには地面に対して水平の体勢を維持したまま飛行を行わなくてはならない」
「なるほど。じゃあ旋回したり上昇したりしなければ、高いエネルギーを維持したまま戦えるってことだね」
「まぁ、理論上はな」
アウロは肯定しつつも言葉を続け、
「といっても、実戦で直進してるだけの機体なんざただのカモだ。敵機を撃ち落とすためには相手の背後に回らないといけないし、そのためには常に旋回運動を続ける必要がある。だから基本的に、敵と交戦開始した後は空戦エネルギーを消費する一方になってしまう」
「ならこの前、逃げ回って空戦エネルギーを回復したのはあくまで例外ってこと?」
「そうだ。前回の決闘では模擬弾を使っていたから、被弾覚悟で空戦エネルギーを回復させることができた。本来エネルギーを消耗してしまったら、速やかに戦域から離脱すべきなんだ」
アウロはそこで一旦、説明を区切った。
同時にカムリもへたりと机の上に倒れ伏す。
「むー、めんどくさいなぁ。なんとなく感覚的には分かりかけてきたけど」
「あまり難しく考える必要はない。高いところにいる機体と速いスピードで飛んでる機体は強い、程度に思っておけばいいのさ」
「で、高さと速さはどっちも変換可能なんだよね」
「その通り。ただし、ドッグファイトでは高度を速度に変えるケースの方が多い。旋回運動を続けていると徐々にスピードが落ちていくから、高度を下げることでそれを補うんだ」
「そういえば、この前の決闘でも敵と追いかけっこを続けてる内に高度が下がってたっけ」
「あれは二機がかりで、こっちの空戦エネルギーを削りに来てたんだよ。なにせ向こうは四機編隊だ。半分が敵機にプレッシャーをかけている間、もう半分が高度を維持したまま急降下攻撃を仕掛ける。これだけで相手はほぼ手の打ちようがなくなってしまう」
「んー、でもあれってさ。こっちも上昇して、頭上にいる奴らを撃ち落とすことはできなかったの?」
「できない。高度を上げるということは、同時に速度を犠牲にするということでもある。足の遅い機体が敵と同じ舞台に立っても、ランスチャージで串刺しにされるのがオチだ」
アウロはそこで、ボードの下に取り付けられたボタンを押した。
たちまち盤上に書かれていた文字が消滅する。アウロはその上から更に文章を書き加えた。
「とりあえず、今まで説明したものを簡単にまとめるとこうだ。
・『空戦エネルギーはより高い方が有利』
・『空戦エネルギー=位置エネルギー+運動エネルギー』
・『位置エネルギーと運動エネルギーは変換可能』
・『交戦後は空戦エネルギーの回復が不可』
これらの要素が空戦エネルギーについての基本骨子となっている」
アウロは個条書きした事項をペンの頭でトンと叩いた。
「ただ、空戦の最大目的は敵機の撃墜だ。機竜乗りはこれを失念してはならない。場合によっては敵機に攻撃をかけるため、敢えてエネルギーを犠牲にする必要もある」
「えーと、例えば?」
「一番わかり易い例はランスチャージだ。あれは大量の空戦エネルギーを消費するが、直撃すれば確実に相手を撃墜へと追い込める。他には……そうだな。ルシウスとの決闘の際、空中で機体を急制動しただろう。覚えているか?」
「うん」とカムリは頷き、
「確か、フェイントに引っかかって相手の前に飛び出しちゃった時だよね。あの時は急にこっちの速度が落ちたおかげで助かったけど」
「落ちた……というか、あれはわざと速度を落としたんだ。垂直減速機動を使ってな」
「コブラ? へびさん?」
「いや、空戦機動の一種だよ。機竜がかま首をもたげるような姿勢を取ることからそう呼ばれている。機首を九十度近くピッチングさせ、空気抵抗を増大させることで意図的に失速を引き起こす機動法だ」
「あのー、マニューバっていったい……」
「そういえば説明してなかったな」
アウロは再びボードに向き直ると、『マニューバ』と文字を綴った。
「マニューバ――正確には、空中戦闘機動。簡単に言うと、空中で空戦型機竜が取るべき諸々の動きのことだ。中でも一対一のドッグファイトで用いられる、基本戦闘機動はパイロットが初歩の初歩として習う戦闘技術で、インメルマンターンやコブラといった機動法もこの中に含まれている」
「ふーん、単なる必殺技じゃないんだね」
「まぁな。敵機に対して有利な位置を確保するためには、効率良くエネルギーを扱うことが重要だ。マニューバはあくまでそのためのテクニックに過ぎない」
ペンの先端が『マニューバ』の単語を丸で囲い、先ほど個条書きした空戦エネルギーの要項へと線を伸ばしていく。
「優れた機竜乗りは空戦エネルギーを浪費することなく、巧みに相手の死角をつくことができる。ちなみに一対一のドッグファイトでは半分以上、パイロットの腕前で勝敗が決すると言われている」
「へぇ。なら、もう半分は?」
「機体の性能だ。つまり自身の戦闘技術と機体性能が相手より優れていれば、まず空中戦で遅れを取ることはない。場合によっては二対一の局面でも、敵機を撃滅することができるだろう」
「もっとも」とアウロは言葉を続け、
「実戦では複数対複数の形になるケースがほとんどだ。だからこの養成所でも個々人のスキルより、僚機との連携力を重視している」
「そういえば、主殿は味方と協力するのが苦手なんだっけ」
「………………一応、連携しようと思えばできるさ。ただその分、操縦がおろそかになってしまう。それだけ僚機と息を合わせるのは難しいんだ」
アウロはそこで教壇に手をつき、カムリへと視線をやった。
「少し話が脱線したが、空戦エネルギーに関する講義はこんなところだ。なにか質問はあるか?」
「ん……んー、今の主殿の説明でちょっと思ったんだけどさ」
「なんだ?」
「空戦エネルギーってのは戦う前から持ってる量が決まってるんだよね。だったら、高いところを速いスピードで飛べる機体が一番強いってこと?」
「その見方はある意味で正しい。なにせ相手の頭上を陣取ったまま、急降下攻撃を繰り返す一撃離脱戦法なんてのもあるしな」
「ただ」とアウロは付け加え、
「ドッグファイトでは機体の運動性――つまりは旋回力や上昇力も重要な要素だ。小回りの利く低速機が大出力の高速機を破るケースは少なくない」
「そっかー、結局は総合力が大切なんだね」
「まぁな。基本的には空戦エネルギーの貯蓄量が大きく、消費量が少ないほど優秀な機体とされている。つまり機動力と運動力、この両輪が機甲竜騎士の性能を決定付けているんだ」
最後のまとめとも言える事項を説明し終え、アウロは小さく息をついた。
「ひとまずこれで講義は終わりだ。まだ説明すべきことは幾つかあるが、それはまた今度の機会としよう」
「はーい」
カムリは元気よく返事をした後で、「あ、そうだ」と声を上げ、
「主殿、せっかくの休日なんだしさ。一緒にご飯食べに行かない?」
「別に構わないが――一人じゃ駄目なのか?」
「わらわは一人で食べるご飯より、二人で食べるご飯の方が好きだな」
「……そうか。なら適当に大通りの屋台を回るとしよう」
「それもいいけどさ。この前、おいしい羊肉を出してるお店を見つけたんだよ。ちょっと覗いてみない?」
カムリは机から身を乗り出した。赤い瞳がきらきらと輝いている。
もうこうなってしまってはなにを言っても無駄だ。
彼女の食に対する異様な執着を、アウロはここ一ヶ月の経験で骨の髄まで理解していた。
「……分かったよ。店のチョイスはお前に任せる」
アウロはため息をこぼすと、
「こっちはせいぜいエスコートさせて貰うさ」
そう言って、苦笑を浮かべるのだった。




