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通常、機竜によるドッグファイトでは互いに互いの背を狙うような巴戦となる場合が多い。
が、幾つか例外はある。その内の一つは一対一で対峙する機体が、ランスチャージによる決着を狙っているケースだ。
この場合、機甲竜騎士同士の戦いは陸上における騎馬試合の体を成す。
すなわち高速で飛翔する竜騎士が槍と盾とを構え、敵を地面に叩き落とすまで、幾度となく正面からぶつかり合うのである。
「カムリ、速力を上げろ! 敵の左側面から回り込むぞ!」
【らじゃー!】
真紅の機体が翼を傾け、右方向へと旋回を行う。
一騎討ちにおいて重要なのは常に相手の左方を陣取ることだ。
通常、騎士甲冑は右手に騎銃槍を、左手に盾を装備している。
そのため、敵の左側に回り込んだ方が右手の槍で攻撃しやすい。勿論これは相手方も同じだ。
にも関わらず、ルシウスはその動きに付き合わなかった。
逆に左方向へと舵を切り、自ら左半身を晒すような形をとる。
アウロは喉の奥でぐっとうめいた。
(やはり気付かれているか……)
現在アウロの機体はシールドを失ったことにより、左右の安定性を欠いてしまっている。
普通に飛行する分には問題ないが、右側に重心が傾いている分、左旋回を行うのは難しいだろう。
だからこそルシウスは左へ逃げたのだ。これを追尾するためには、アウロも左方向へ機首を向けなくてはならない。
『アウロ、シールドを捨てたのは失敗だったんじゃないか?』
笑みを交えた台詞と共に、5000フィートの距離まで近付いたルシウス機がガンランスを構えた。
すぐさま砲門が火を吹き、光り輝く魔導弾が真紅の機竜めがけて発射される。
とはいえ、狙いは甘い。放たれた光弾は機体の左右を通過しただけだ。
むしろ本命はこの後だった。
【主殿! 敵機がこっちに旋回してくる! 左から突っ込んでくるよ!】
「……ま、そうだろうな」
ルシウスから見れば、シールドのない敵の左側面は格好の狙いどころだ。
防御な手薄な上、敵機から反撃を受ける危険性も低い。
こうなってしまってはアウロが取れる手段も限られていた。
(左旋回は困難。右旋回を行ったところで敵に背後を取られるだけ。となれば、逃げられるのは上か下かだが……)
恐らく、ルシウスはそこまで読んでいるだろう。
上方に逃れれば、即座に魔導弾が飛んでくるだろうし。
下方に逃れれば、先読みした槍の一撃で貫かれかねない。
【主殿、どうする!?】
焦りを滲ませるカムリにアウロは言った。
「左に機首を向けろ」
【えぇ!? でも、今の状態じゃほとんど曲がれないよ!?】
「別にいいんだよ。敵機と進路を合わせることさえできればな」
【そ、それじゃあ相手と正面衝突しちゃうんじゃ……】
「そうだな」
平然と答え、アウロは左ペダルを踏み込んだ。
無理やり斜めに傾けられた機体が徐々に左方向へと旋回していく。
その先には、槍を構えたまま突っ込んでくる《ワイバーン》の姿があった。
『なっ、アウロ! 正気か!?』
ルシウスが慌てたのには理由がある。
単に相手が予想外の行動に出たから、というだけではない。
このままランスチャージを続ければ、間違いなく両機が空中で激突し、お互いに致命傷を負うことが明らかだったからだ。
「どうする、ルシウス。俺はこの勝負、引き分けで終えても一向に構わんが?」
『………………くそっ!』
ルシウスは彼らしくない悪態をつくと同時に、両腕でハーネスを引き上げた。
直後、上方へ逃れた《ワイバーン》と直進する真紅の機体とが交錯する。
至近距離でこすれ合った両機の翼が、バチチィッ! と鉄の裂けるような音を漏らした。
【ひ、ひぃっ!?】
悲鳴を上げるカムリを余所に、アウロは素早く体勢を立て直した。
更にハーネスを引いて機体を急上昇させると同時に、縦方向へと機首を反転させる。
そうしてインメルマンターンを敢行したアウロは、たちどころに上空へ逃れたルシウス機の背後を取った。
【し、死ぬかと思った。主殿、勘弁してよ……】
「すまない。だが、これで敵の死角に付くことができた」
泣き言を言うカムリに一声かけ、十字の照準を《ワイバーン》に合わせる。
敵機との距離は5500フィート。まだ有効射程圏にまでは到達していないが、それも時間の問題だ。
――が、アウロはそこでふと敵機の異常に気付いた。
『くっ……!』
通信機越しに届く苦悶の声。
見れば、左方向へ旋回しようとしている《ワイバーン》は空中でふらふらと奇妙な挙動を取っていた。
かろうじてきりもみ状態には至っていないものの、その動きは酔っ払った鳥のようにおぼつかない。
【どうしたんだろ。なんか調子悪いみたいだけど】
「……先ほど交錯した際、翼同士が接触しただろう。機竜は精密機械だ。あれでどこか不調に陥ったのかもしれん」
【そっか! なら、今の内に――!】
「ああ、一気にトドメを刺す」
アウロはガンランスを構え、突撃姿勢を取った。
(本来なら引き分けで終わらせたいところだったが……)
流石にもうそんなことを言っている余裕はない。
ここで勝負を決めておかなくては、地に叩き落とされるのはこちらかもしれないのだ。
ルシウスの乗る《ワイバーン》は相変わらず、今にも墜落しそうな危なっかしい機動を続けている。
アウロは牽制の射撃を行いながらも息を整え、慎重に狙いを澄ました。
鋭く尖ったランスの穂先が敵機の予測進路へと向けられる。
「よし……ランスチャージを敢行する!」
【らじゃー!】
加速し、敵機の尾翼めがけて突っ込んでいく真紅の機体。
やがて、相対距離が3000フィートに達したところでアウロは確信した。
自らの勝利を、ではない。
敵の罠にかかったことを、だ。
『勝負を急ぎ過ぎたな、アウロ』
ふいにルシウスは呟いた。
直後、ふらついていた《ワイバーン》は唐突にぴたりと姿勢を安定させた。
アウロはその上に騎乗するアーマーが左腕でハーネスを引き、ペダルを踏み込むのを見た。
すぐさま機体は横方向へとローリングし、背後からのランスチャージを紙一重で回避する。突き出されたランスは虚しく空を切った。
(フェイント……!?)
心臓の凍るような感覚がアウロを襲った。
ルシウスの機体は全くの正常だった。
ただ、こちらの攻撃を誘うために故障を装っていただけなのだ。
そして、アウロとカムリがその事実に気付いた時にはもう、彼らはルシウス機の眼前へと飛び出していた。
【主殿! いけない……!】
がちゃり、と背後から響く鈍い音。
振り返らずとも分かる。ルシウスのアーマーがガンランスを構えたのだ。
チャージなど行わずとも、彼はあと一発の弾丸をぶち込んでやるだけでいい。
それでもうこの決闘は――
『終わりだ』
ルシウスは宣告した。
確かにこの状況は99パーセント詰みだった。
乗騎であるカムリまでもが「ひっ」と小さく息を呑む。
それでも、アウロは諦めなかった。
元より彼に突出した能力と呼べるようなものはない。
体格は平凡で身体能力も並み。パイロットとしての技術も、恐らくルシウスやロゼとそう変わらないだろう。
しかし、敢えて武器と呼べるようなものがあるとしたら――
「く……おおおおぉぉぉっ!」
アウロはその瞬間、咄嗟の判断を下した。
ブーツのかかと部分でペダルを踏み込むと同時に、両腕でハーネスを思いっ切り引き上げたのだ。
アーマーの全出力を振り絞るかのような動作を受け、機体は縦方向へと機首を持ち上げた。
(間に合え!)
常人なら確実にパニックに陥っているであろう状況にも関わらず、アウロは冷静だった。
――彼にはただ一つだけ、どんな人間にも、他の誰にも負けない武器がある。
それはいかなる危機に面しても慌てず動じない、鋼の精神力だ。
「カムリ、空中停滞!」
【ら、らじゃー!】
ドゥッ! と音を立て、真紅の翼が大気を受け止める。
ほとんど空中で垂直となった機体は、たちまち推力を削がれて失速した。
が、それはアウロの狙い通りだ。自機が著しく速度を失ったことにより、後方から迫る《ワイバーン》は勢い余って、こちらの前方へと飛び出てしまった。
遅れて、ルシウスの構えたガンランスから魔導弾が放たれる。
だが、そこに標的の姿はない。白い光芒は無人の空を駆け抜けた。
恐らく――ルシウスの目には前方にいたはずの機体が、突然消えてしまったかのように見えただろう。
『まさか……垂直減速機動!? そんな、あの一瞬で!?』
流石のルシウスも動揺を露わにする。
当然、その隙を見逃すアウロではない。
「これで――!」
目標までの距離およそ1000フィート。
アウロは機体を水平に戻すより先に、すれ違った敵機へと砲口を向けた。
アーマーの右腕甲がトリガーを引き、野太い砲音と共に数発の弾丸が放たれる。
白い尾を引いた閃光は、大気を切り裂きながらルシウス機へと殺到した。
『う……ぐぁ!?』
ルシウスはすぐさま回避運動に移ったものの、ほんの数秒、アウロの動きに狼狽してしまった時間は埋めようがなかった。
発射された数発の光弾が旋回しかけた《ワイバーン》の横っ腹へと炸裂する。
至近距離で光が爆ぜ、バイザー越しの視界が真っ白に染め上げられた。
「カムリ、何発当たった!」
【二発だけ! まだ相手は生きてるよ!】
「よし、速力上げろ! 一気に畳み掛ける!」
アウロはハーネスを緩め、ペダルを踏むつま先に力を込めた。
途端、かま首をもたげるような姿勢を取っていた機竜が鼻先を《ワイバーン》の方角へと向ける。
カムリは上方から弧を描くようにして敵機へと襲いかかった。
『くっ……!?』
対するルシウスはすかさずハーネスを限界まで引き、アフターバーナーを吹かせた。
一気に加速した機体が突き出されたランスの先端から逃れようとする。
だが、アウロはそれを許さなかった。彼は敵機と交錯する寸前、槍を縦方向に振り抜いたのだ。
結果、叩きつけられた穂先は狙い違わず《ワイバーン》の尾を中程から断ち切った。
『しまっ――!?』
機甲竜のテールは機体を安定させる上で最も重要な部位である。
尾を失った《ワイバーン》はたちまちバランスを失い、風に煽られた木の葉の如く横滑りしていった。
それでも、墜落にまで至らなかったのは乗り手の腕前があったからだ。ルシウスはがくがくと振動を始めた機体を、手綱を繰り、両ペダルを踏み込むことで無理やり押さえつけていた。
(……とはいえ)
アウロは徐々に高度を下げていくルシウス機をその頭上から見下ろした。
《ワイバーン》は辛うじて航空姿勢を保っているものの、既にドッグファイトを続けられるような状態ではない。
あれでは水平飛行はおろか地面に不時着するでさえ精一杯だろう。つまりは完全な死に体ということだ。
【やった! 主殿、この隙に!】
「いや、少し待て」
急かすカムリを制し、アウロは通信機のチャンネルを敵機に合わせた。
「こちらアウロ。ルシウス、聞こえているか?」
『……ああ、どうやら勝負あったみたいだね』
返ってくる声には苦々しさが滲んでいる。
どうやら、ルシウスも自機の損傷具合を把握しているらしい。
事実上の戦闘不能。勝負はこの時点で決着したと見てもいいくらいだ。
『だが、あいにくと僕は降参するつもりはないよ。まだ勝利の可能性がゼロでない以上、最後まで戦い抜かせて貰おう』
「まぁ、落ち着け。俺はなにも降参を勧めに来たわけじゃない」
『なに? ならどうしてわざわざ通信を? 単なる戯れのつもりかい?』
「まさか。取引を持ちかけに来たのさ、ドラク・ルシウス」
アウロはうっすらと口元をつり上げた。
「実のところ、俺はこの決闘を引き分けで終わらせたいと思っている。なにせ私生児の俺が王子であるお前を叩きのめしたら、間違いなく王城の人間から顰蹙を買ってしまうからな」
『……なるほど。だが、それは君の都合だろう?』
「その通り。しかし、お前にとっても無様な敗北を喫するより、引き分けの方がまだいいんじゃないか? なにせ最初は四対一だったんだ。それがたった一機を相手に全滅したとなれば、お前の面子は丸つぶれだろう?」
淡々と紡がれるアウロの言葉にルシウスは沈黙した。
その間にも、彼の乗る《ワイバーン》は不安定な挙動を続けている。
あまり考えている時間がないことはルシウスも分かっているはずだった。
【さて、どうなるかな? 俺としては相手に借りを作った上で引き分けというのが理想の展開なんだが】
【うーん……性格悪いね、主殿】
念話を交わしつつ、アウロとカムリは悠々と空を舞う。
ルシウスからの返答が来たのはそれから十秒ほど後のことだった。
『――アウロ、君の申し出はありがたい』
ルシウスの声は硬かった。
しかし、その奥にはかすかに怒りの色が見え隠れしていた。
『だが……だがな、神聖な決闘に「ぺてん」を持ち込むような真似は断じて認められない! ましてや己の誇りを穢してまで守る面子など無用! そんなもの幾らでも泥に塗れさせてやる!』
彼は右腕で手綱を引くと、半壊した機体を無理やり反転させた。
ほとんど飛んでいるのが奇跡のような状態にも関わらず、《ワイバーン》は機首を引き上げる。
そこでようやくアウロはドラク・ルシウスという男のことを理解した。
(……そうか)
なるほど。どうやら自分は勘違いしていたらしい。
この男は狡猾で計算高い策士なのではなく――
己の正義に忠実な、誇りある騎士なのだ。
そうと分かった以上、ここで取るべき行動は一つしかない。
アウロは機竜を旋回させ、《ワイバーン》の正面へと向き直った。
そして騎銃槍を握り締め、雄々しく空を駆ける赤き竜の上から宣言する。
「いいだろう、ルシウス! ならばこの決闘、貴様を倒して終わらせる!」
『来い、アウロ! まだ勝負はついていないぞ!』
刹那、ルシウスの駆る《ワイバーン》はアフターバーナーを吹かせながら、上空めがけて突撃を敢行した。
アウロもその動きに合わせ、ペダルを踏み込み、敵機へと降下攻撃をかける。
両者のガンランスから閃光がほとばしったのはほぼ同時だった。
パッと空中で弾ける白い光。
至近距離ですれ違う機体。
地上から湧き上がる歓声――
その中で、アウロは自身の放った魔導弾が《ワイバーン》に直撃するのを見た。
『ドラク・ルシウス。三発の被弾を確認した。これにより、アウロ・ギネヴィウスを決闘の勝者とする』
遅れて、お互いのヘルム内に裁判官の声が響き渡る。
突きつけられた事実にルシウスは鞍上でがっくりと項垂れた。
『……負けた、か』
呟く声には万感の思いが滲んでいる。
元々、上昇する機体と降下する機体とでは速度が違う。
その上、今の《ワイバーン》は手負いだ。こちらに不利な要素はなに一つとしてない。
それでも、アウロは安堵の感情を抑えきれなかった。
ハーネスを握る手を緩め、ほっと息をついてしまう。
【勝った……んだよね?】
「ああ」
不安そうな声を漏らすカムリに、アウロは言った。
「――俺たちの勝利だ」
直後、凱旋するかのごとく天を駆け抜けた真紅のドラグーンを、地上から轟く大歓声が覆い包んだ。




