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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
一章:アウロと竜の少女
13/107

1-12

「では、これよりドラク・ルシウス対アウロ・ギネヴィウスの決闘を開始する。双方とも準備はよろしいかな?」


 決闘裁判所から派遣された裁判官が、確認を取るかのように両陣営へと視線を送る。


 飛行場では五機の騎士甲冑ナイトアーマーが四対一の形で睨み合っていた。

 当然、四機の方がルシウスとその取り巻きたちで一機の方がアウロだ。

 巨躯のアーマーに挟まれた裁判官は、やや緊張の面持ちを浮かべていた。


『こちらは、いつでも』


 左腕に赤い竜の紋章を刻んだルシウスのアーマーが答える。

 対するアウロは無言のまま軽く顎を引いて首肯した。


「結構。では、双方とも機竜に騎乗せよ。所定の高度まで上昇した段階で、こちらから合図を送る」


 裁判官の指示に従い、ルシウスたちはその場から身を翻した。

 同じようにアウロも駐機場エプロンに配置された赤い機竜の元へと向かう。

 直後、飛行場の脇に設置された観客席から見物人たちの歓声が飛び交った。


「どっちとも頑張れよー!」

「ルシウス様! ファイトー!」

「アウロ! そんな馬鹿貴族どもに負けんなよー!」


 正午とあって観客たちの多くはサンドイッチと水筒を持参している。

 双眼鏡型の魔導具まで用意している辺り、完全に物見遊山気分だ。

 鳴り響く歓声の中、アーマーに身を包んだアウロは赤い機竜の元へと辿り着いた。


「カムリ、準備はいいな?」

【勿論! 魔力も補給したし、今ならあんな機械仕掛けの竜なんて一捻りだよ!】

「油断するな。そもそも、お前は機甲竜騎士ドラグーン同士の戦いを見たことがないんだろ?」

【え? そりゃそうだけど……】

「ならば、まずは相手の様子を観察するぞ。ルシウスたちがどういう戦法で攻めてくるか気になるしな」


 言って、アウロは機竜の横に置かれていた騎銃槍ガンランスと盾を手に取った。


 空戦型のアーマーはその四本の腕で、敵への攻撃と操縦を同時に行う。

 本来の腕があるべき場所に生えているのは手綱ハーネスを操るためのメインアーム。

 そして肩部に設置されたずんぐりしたアームが、武器を使用するためのマニピュレーターだ。


 馬力を必要とされる外付けの腕はメインアームと比べて二回りほど大きい。

 その腕甲のような見た目から、サブアームはもっぱらガントレットの通称で呼ばれていた。


【ねー、ところで主殿。こっちはなにか作戦とかあるの?】

「ああ……一応は取り巻き連中を落としてから、ルシウスを追い込む予定だ。とはいえ、当初の計画からは大分ずれてしまったからな。臨機応変にやっていくしかないだろう」


 言いつつ、アウロは機竜の側面に足をかけ、首元の騎乗席パイロットシートへと飛び乗った。

 途端、アーマーの重量を受け止めた機体がみしりと音を立て、わずかに地面へと沈み込む。


【って、重ッ……!?】

「言い忘れてたが、騎士甲冑ナイトアーマーの重さは約3000ポンド。装備を含めれば5000ポンド近くなる」

【なにそれ! 人間四十人分くらいあるじゃん!】

「これでも随分と軽量化してあるんだ。陸戦型アーマーの中には10000ポンドを越えるような奴まであるんだぞ」

【うー、まるで拷問だよ。こんなのを担いで空を飛ばなきゃならないなんて】

「我慢しろ。決闘に勝ったらなにかいいものを食べさせてやるから」

【え、ホント? その言葉、覚えてるからね!】

「……現金な奴め」


 アウロは歓喜の声を漏らすカムリの背へと跨り、ワイヤーで鎧をシートへと固定した。

 次いで計器類がきちんと動作しているのを確認してから、首元から飛び出た赤いハーネスを握りしめる。

 ヘルムのバイザーにはメカニックの誘導を受け、エプロンから滑走路に入ろうとしている四機の《ワイバーン》が映っていた。


一番機ディヴィジョンリーダーがルシウスなのは当然として、三番機セクションリーダーは……ハンスか? 意外だな)


 機竜は最初に航空装置ライトフライヤーを起動させ、地面から浮上する。

 その後、エンジンを点火して滑走路上で高速走行を行った後、十分な速度が出たところで機首を上げ、一気に離陸するのだ。

 アウロは四機の《ワイバーン》が空へと飛び立ったところでカムリに声をかけた。


「カムリ、今のお前は機竜だ。連中の動きを真似て離陸しろ」

【分かった。でも、どれくらいの高さまで行けばいいの?】

「まずは高度10000フィートまで上昇する。アーマーの計器で高度を確認するから、こちらの指示に従ってくれ」

【らじゃー!】


 カムリはふわりと胴体を地面から浮かせた。

 真紅の機竜は整備員の誘導を受けつつ、滑るように滑走路へと入る。

 が、バランスが悪いのか。時折ふらふらと左右に翼を傾斜(バンク)させていた。


「おい、大丈夫か?」

【う、うん。ただ、こういうやり方に慣れてないから……】


 カムリは動揺の色を滲ませつつも徐々に機体を加速させた。

 ヘルムの視界部分を覆うバイザーには、高度や速度、目標との距離などの数値が表示されている。

 アウロはヘッドアップディスプレイに刻まれた速度が、60ノットを突破したところでハーネスを手元に引いた。


「よし、離陸を開始する。機首を上げろ」

【きしゅ?】

「ヘッドのことだ。このまま一気に上昇するぞ」

【わ、分かった。じゃあ、行くよ!】


 がくん、と急速に体を襲い始めるG。

 真紅の機竜が鳴り響く声援を背に、快晴の空へと駆け昇る。

 こうしてカンブリアの赤き竜は、二百五十年の時を経て再び天空へと飛び立った。


【りっ、離陸したよ、アウロ! こ、これからどうする!】


 もっとも、当の赤き竜は久々の飛行ですっかりパニックに陥っていた。


「落ち着け。お前、前世では散々空を飛んだんだろう?」

【いや、その、わらわは記憶を受け継いだだけの転生体だし。空を飛んだ覚えはあるけど、実際に経験として味わってないっていうか……】

「――分かった。ならば、適宜こちらから指示を出す。とりあえず、今は高度を上げろ」

【ら、らじゃー!】


 機体はガクガクと振動を繰り返しながら太陽へと近付いていく。

 まだ挙動には不安が残るものの、ただ空を飛ぶ分には問題ないようだ。

 とはいえ、アウロはこの時点で一抹の不安を感じていた。


(これは判断をしくじったか……?)


 どうもカムリは『アーマーを乗せて飛ぶ』ことだけでなく、単純な飛行自体にも不慣れらしい。

 空中戦ドッグファイトにおいて――いや、機竜を操縦する中で最も危険なのは慌てふためき、冷静さを失うことだ。

 アウロは一度深呼吸をした後で、ディスプレイを見た。高度は既に5000フィートを越えつつあった。


「ところで、カムリ。お前、速度はどれくらい出る? 今の速さが限界か?」

【え? いや、今はあの《ワイバーン》とかいうのに合わせた速度で飛んでるよ】

「なら、全力で飛行した場合は?」

【んーと……多分、あれの三倍くらいのスピードは出るんじゃないかな。魔力で編んだ鎧を脱げば、もっと機動力も上がるんだけど】


 「分かった」とアウロは短く答えた。

 と、同時に幾つか脳内で計算を行う。


 《ワイバーン》の最大速度は約160ノット。

 恐らく、今はその三分の二程度の速度で飛行しているはず。

 となると、カムリの出せる最大速度は約320ノットということになる。


(異常な速さだな……)


 シドカムの開発した新型の《ホーネット》でさえ、最大速度は170ノットだ。

 カムリの飛行速度はその倍。おまけにまだスピードを出せる余地を残している。


 アウロは少し考えた後で言った。


「カムリ、しばらくは全力を出すな。《ワイバーン》よりやや速い程度のスピードで飛行を続けろ」

【了解。相手の油断を誘うんだね?】

「そうだ。それにお前自身も慣らし運転をしておく必要がありそうだからな」

【う、うん。でも、もうかなり飛び方を思い出してきたよ】


 確かにカムリの言う通り、真紅の機体は徐々に安定性を増してきている。

 とはいえ、まだおっかなびっくりな様子が抜け切れていないし、ハーネスに対する反応も遅れ気味だ。

 幾度となくテストパイロットを繰り返してきたアウロも、これほどピーキーな機体には乗ったことはなかった。


「――と、そうだ」


 アウロはふと思い立って言った。


「今の内だ。カムリ、お前に決闘のルールを説明しておこう」

【決闘のルール? 相手を撃ち落とせば終わりじゃないの?】

「まさか。そもそも決闘で用いられているのは模擬弾だ。直撃したところで閃光が炸裂するだけに過ぎん。養成所としても、高価な機竜を訓練生同士の喧嘩で失うわけには行かないからな」

【あ、そうなんだ。なら、相手より先に模擬弾を当てれば勝ちってこと?】

「その通り。敵の機竜に三回模擬弾を直撃させれば、そのドラグーンを撃墜したと見なされる」


 勿論、この条件はこちら側も同じだ。

 カムリが模擬弾を三発食らってしまえば、その時点で敗北が確定してしまう。


「ただ一撃で敵を撃破する方法もある」

【っていうと?】

「ガンランスで突撃を仕掛けるのさ。翼をへし折られた機竜はもう落ちるしかないからな」

【……なるほどー】


 機竜の主兵装であるガンランスは、上下二連の散弾式魔導銃ショットガンのような形状をしている。

 ただし、ライフルの下方から突き出ているのは先端の鋭く尖ったパイクだ。

 機甲竜騎士はこのランスを100ノット以上もの高速から繰り出すのである。

 その槍突撃ランスチャージは敵機を一撃で航行不能にするほどの威力を秘めていた。


【ん? でも、それだと相手の機竜を壊すことになるんじゃないの?】

「構わん。決闘でやむを得ず機竜を破壊する行為は認められてるし、どうせ俺が弁償するわけでもないしな」

【い、いいの? なんか色んな人から睨まれそうだけど……】

「勿論、騎銃で仕留められるならそれに越したことはない。そうでなくとも機体同士を接近させるのは危険だしな」


 答えつつ、アウロは再びバイザーの計器表示に視線をやった。

 高度10000フィート。相対距離は3.2マイル――

 遥か空の彼方に、点のような敵編隊を目視することができた。


『随分と遅かったなぁ、ギネヴィウス』

『ふらふら飛んでいたようだが大丈夫か?』

『フン! 折角の赤い機竜も案外大したことないみたいだな!』


 途端に嘲笑混じりの声がヘルム内に響く。

 元々、相手は同じ養成所内の機体だ。当然、通信を行うこともできる。

 追って、ルシウスの余裕に満ちた声がアウロの元へと届いた。


『さて準備はいいかな、アウロ』

「ああ、いつでも構わん」


 アウロは答えた。いつも通りの無愛想な態度で。

 直後、両者のヘルム内に決闘の始まりを告げる裁判官の声が響き渡った。


『両陣営が所定の高度に到達するのを確認した! 双方とも、正々堂々たる戦いを行い給え! 三回模擬弾が直撃した場合、乗機が航行不能になった場合は速やかに着陸すること! ――それでは決闘開始!』


 ワァァァァ! と通信機越しに轟く歓声。

 その大音響を背に、ルシウスは僚機めがけて告げた。


『よし、行くぞ! ジョンズ、ハンス、ケイン! 敵、機甲竜騎士(ドラグーン)に攻撃を仕掛ける!』

『『『了解ラジャー!』』』


 ばっと散開した四機の《ワイバーン》が、Vの字型の編隊を組みながら一直線に迫ってくる。

 対するアウロはぐっとペダルを踏みしめたまま、獲物を前にした狩猟犬のような笑みを浮かべた。


「行くぞ、カムリ。俺とお前の初陣だ」

【ら、らじゃー!】


 返答したカムリはすぐさま水平飛行へと移った。

 バイザーに表示された相対距離が、みるみる内に減り始める。

 そうして、アウロとルシウスはほぼ同時に叫んだ。


『『――交戦開始エンゲージっ!』』

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