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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
一章:アウロと竜の少女
12/107

1-11

 決闘が始まる一時間前、ドラク・ルシウスは宿舎を出てガレージへと向かった。


 この養成所には機竜が置かれているハンガー以外にも、騎士甲冑ナイトアーマーの保管されたガレージと呼ばれる施設がある。

 基本的に飛行科の訓練生はここでアーマーを着装し、飛行場で機竜に騎乗する。

 わざわざハンガーまで足を運ぶことはほとんどない。あの作業場は平民たちの領域だからだ。


「よ……っと」


 ルシウスはガレージ内の更衣室で制服を脱ぎ、黒地のインナースーツに着替えた。


 このスーツは薄手ながら通気性と保温性に優れており、アーマーの操縦には欠かせない代物だ。

 加えて高速戦闘時にかかるGを軽減し、全身を締め付けることでブラックアウトを防ぐ効果もある。

 その一方で、ぴっちり皮膚に貼り付くようなデザインを嫌うものも多い。体のラインが一目瞭然になってしまうからだ。


(太った人間が機甲竜騎士ドラグーンになれないってのは、多分このせいだな)


 スーツに着替えたルシウスは制服をロッカーに仕舞った後で、防寒用のジャケットを羽織り、更衣室の外に出た。


 四本腕の空戦型アーマーを並べたガレージ内では、機体の整備・点検に駆り出された訓練生たちがうろちょろと動き回っている。

 彼らの格好は基本的に青いツナギだ。が、ルシウスはその中でただ一人、真っ赤な制服を着ている男の姿に気付いた。


「あれ、ジェラードじゃないか」

「よう、殿下。今日もイケメンだな」


 そう言って爽やかな笑みを返すのは、ルシウス以上に背の高い大男である。

 やや赤みがかった金髪に、いたずらっぽく輝く鳶色の瞳。

 その体躯はローマの彫刻のように筋骨たくましい。


 ジェラード・ブランドルはルシウスと並んで、飛行科のエースとされている男だった。

 おまけに腕だけでなく家柄もいい。なにせブランドル侯爵家の跡取り息子である。

 王族であるルシウスとっては、数少ない気兼ねなく話せる友人の一人だ。


「でも、訓練もないのにこんなところでどうしたんだ? ひょっとして僕になにか用かい?」

「んー、用っつーか。念のため報告しとこうと思ってな」

「報告?」

「あちらさん、なんか《ホーネット》とは違う機竜を用意してるみたいだぜ。朝からシドカムの奴が騒いでた」

「え、そうなのか?」


 ルシウスは怪訝そうに眉を寄せた。


 今日行われる決闘の対戦相手、アウロ・ギネヴィウスはここ二週間ハンガーに通い詰めて新型機の調整を進めていた。

 だからこそ、ルシウスも今回の決闘でアウロが《ホーネット》を持ち出してくるものだと思っていたのだが――


「ひょっとして、なにかトラブルがあったのかい?」

「まぁな。なんでも聞いた話によりゃあ、例の新型機がバックアップの保存してあるデータバンクごと、誰かの手でぶっ壊されちまったらしい」

「……なんだって?」

「おまけに、弁護人として参加する予定だったロゼのアーマーまで破損したとか。いやぁ、アウロくんもつくづく運が悪いな」


 くつくつとジェラードは楽しげに喉を鳴らす。

 一方、ルシウスは一連の報告に顔色を青ざめさせた。

 彼は決して愚鈍な馬鹿ではない。むしろ頭の回転は速い方だ。


「……まさか、ジョンズたちが?」

「さぁね。だが殿下よ、付き合う友人は選んだ方がいいぜ。ありゃあ殿下の足を引っ張るだけだ」


 ジェラードの言葉にルシウスは押し黙った。


 敷地内で新型機とデータバンクが破壊された以上、養成所も本気で犯人捜査に乗り出すだろう。

 となれば、一番に怪しいのはアウロの決闘相手であるルシウスだ。

 例え彼自身は潔白でも、その周辺に疑いの目が向けられるのは間違いないはず……


「ああ、そうそう」


 ジェラードはふと思い出したかのように言った。


「アウロの奴、《ホーネット》の代わりに訓練で使ってる《ワイバーン》とは違う機体を用意したみたいだぜ?」

「え? なんていう機体なんだ?」

「名前までは分からんよ。ただちょっとおかしなデザインの機竜だったな。こう、フォルムが本物の竜に近い形で、しかも全身が真っ赤な装甲に覆われてるんだ」

「……赤?」


 このログレス王国において、赤は最も高貴な色とされている。

 飛行科の制服が赤いのも、そういった事情があるからだ。


 ただし、機竜に赤のカラーリングを施している人間は王族の中にもいない。

 理由としては単に空中で派手な彩色が目立つから、というのが一つ。

 もう一つはこのカンブリア地方に赤き竜の伝承が残っているためだ。


 アルトリウスの伝説と共に語られる赤き竜は、ブルト人にとっての象徴であり、王国のエンブレムにも用いられている。

 そのため、機竜を赤色に塗ることは国家に対して不敬に当たるとされていた。


「あの機体は多分アウロの切り札だ。ひょっとしたら、あいつなりの挑戦状のつもりかもな」


 そう言って、ジェラードが笑みをこぼす一方。

 ルシウスはただ唇を噛み締めることしかできなかった。






XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX






 同じく決闘の一時間前、ハンガー内のベンチに座ったアウロはサンドイッチと紅茶で軽い昼食を取っていた。


 すぐ側では開発科の訓練生たちが、空戦型アーマーの最終チェックを行なっている。

 一方で、ハンガーの一角を占めている真紅の機竜には誰も手を触れていなかった。

 ただ時折、ちらちらと好奇心に満ちた視線を送っているだけだ。


 シドカムたちに頼み、真紅の機竜をハンガーへと運んで貰ったアウロだが、それ以降は彼らが機体に接触することを許さなかった。

 そもそも、内部のメンテナンスでもされた日には一発でカムリの正体がバレてしまう。

 この機竜には魔導回路マギオニクスを始め、エンジンや航空装置ライトフライヤーなど、飛行に必要な装置が何一つとして搭載されていないのだ


【うー、サンドイッチおいしそうだなぁ】


 そしてそのカムリといえば、先ほどからアウロに向かってひっきりなしに念話を飛ばしていた。


【主殿ー……わらわもお腹すいたよー……】

【もう少し我慢しろ。決闘が終わったらいくらでも食わせてやるから】

【うう、でもドラゴンの姿だと肉体を維持するだけでかなりの魔力を消費しちゃんだよ。おまけに今は装甲まで展開してるし……】

【その話は三時間前にも聞いた。あと三十分ちょっとの辛抱だ】

【……はーい】


 アウロに諌められ、カムリは渋々といった様子で念話を打ち切る。

 丁度そこでアーマーの点検を終えたらしいシドカムが、アウロの元へとやって来た。

 白い頬は機械油で汚れ、手にはスパナを持っている。更に、連日の徹夜のせいで目の下には隈が浮かんでいた。


「よし、ひとまず騎士甲冑ナイトアーマーの方は問題なし。なにか細工を仕掛けられた形跡もないみたい」

「そうか。すまないな、余計な手間をかけさせて」

「いいって。むしろロゼのアーマーは壊されてるわけだし、自分の方にも罠があるか疑うのは当然だよ」


 言って、シドカムはアウロの隣へと腰を降ろした。

 その緑色に輝く瞳の先には、ランプの光を浴びた真紅の機竜が地に伏した格好のまま鎮座している。


「ねぇ、アウロ。ところであんな機体、どこに隠し持ってたんだい?」

「それは秘密だ。ただ、できることならば使いたくなかった」

「ふーん、でもあれって骸装機カーケスだろ? 竜の亡骸をそのまんま機竜に用いてるっていう……」

「ひょっとして触ってみたいのか?」

「勿論だよ! 骸装機なんて滅多に見れるもんじゃないし!」

「そうか。だが、駄目だ。あれは借り物なんでな」


 ぴしゃりと言い切るアウロの隣で、シドカムは「……はい」と肩を落とした。

 同時に三角形の耳までもがへたっている。本気でがっかりしているらしい。


「でもさ、整備はともかく補給はしなくていいの? どっかから飛んできて魔力を消費したままなんでしょ?」

「ああ。だが、別に必要ない――」

【いいえ! 必要だと思います!】

「……と思うが念のため、補給しておくか」


 つい言ってしまった後でアウロは軽く後悔した。

 一方、カムリは【やった! やった!】と歓喜している。

 そんな彼女にアウロはふと尋ねた。


【おい。ところでお前、魔光石は食えるのか?】

【魔光石……って、あの魔獣の死骸が変異したやつ? 一応食べれるけどさ、あれっておいしくないから嫌いなんだよね】

【なるほど。ちなみに機竜の燃料として用いられているのは、魔光石を砕いた魔光砂と呼ばれるものだ】

【うぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ。わらわ普通のご飯が食べた――】

【機竜が普通の食事なんてするわけないだろ】


 正論過ぎる台詞にカムリは押し黙る。

 頭の中が静かになったところで、アウロはベンチから立ち上がり、シドカムに告げた。


「補給は俺がやろう。ボディにパイプを接続するタイプとは違うんでな」

「へぇ、ひょっとしてヘッドから供給するの? まるでフォアグラ用のガチョウだね」

【そうだよ! ドラゴン虐待だよ!】

「まぁ、それが一番手っ取り早いからな。別段、文句を言う者もいないし」

【ここにいるぞ!】


 勿論、アウロはカムリの言葉を無視した。


 それからアウロは開発科の人間に声をかけ、燃料の供給管を借りると、赤い機竜の口をこじ開けてその中にパイプを突っ込んだ。

 魔光砂はその名の通り砂のような見た目をしている。パイプを伝ったそれはざらざらと音を立てて、竜の喉奥へと注がれていった。


【うえぇぇ、まずいよー】

【だが、腹は膨れただろう?】

【そうだけどさ。主殿は残飯でお腹いっぱいになって嬉しい?】

【嬉しいんじゃないか? 少なくとも空腹ではなくなったわけだし】


 脳内で答えつつ、アウロはパイプを引っこ抜く。

 直後、背後からキンキンと甲高い声が響き渡った。


「おい、ギネヴィウス! その機体はどういうことだよ!」


 振り返ったアウロの前に立っていたのは、ルシウスの取り巻きである三人組だ。

 この二週間で、アウロも彼らの名前を覚えた。ジョンズ、ハンスにケインである。

 ただしリーダー格であるジョンズ以外の二人は、今一つ区別がついていない。


「どう……といっても、新しく用意した機体だが?」

「ふざけるな! なんだその色は!」

「何故この国に赤の機体がないのか! お前も知らないわけではないだろう!」

「ログレスに赤の竜はただ一体! カンブリアの赤き竜だけだ! 貴様はブルト人の守護神を侮辱しているのか!」


 立て続けにがなりたてる三人組だが、その糾弾は全くの的はずれだ。

 なにせ彼らの前にいるのは『本物の』赤き竜なのである。


【……ねー、主殿。こいつらなんかむかつくよ。ぶっ殺していい?】

【駄目だ。決闘が始まるまでは我慢しろ】


 アウロはカムリに釘を刺した後で、再び三人組に向き直った。


「あいにくと事前に用意していた機体が壊されてしまったんでな。こんなカラーリングの機竜しか用意できなかったんだ」

「ふん、なにを言ってる! 《ワイバーン》があるだろう!」

「貴様……わざわざ殿下の前で赤き竜に騎乗するつもりとは」

「王家に弓を引く行為だぞ。この痴れ者め!」


 留まることなく矢継ぎ早に飛び出す罵倒。

 とはいえ、彼らはまず先に周囲の状況を把握しておくべきだった。

 ここは開発科のテリトリーであるハンガーの中だ。そんなところで我が物顔に騒ぎ立てれば、白い目で見られるのは当然である。


 おまけに、彼らには貴重な新型機とデータバンクを破壊した疑いがかけられていた。

 いくら相手が貴族とはいえ、ここまで虚仮にされては他の者たちも黙っていない。

 殺気立つ空気の中、シドカムは慌ててアウロと三人組の間に割り込んだ。


「ま、待った! とりあえずここは穏便に――」

「口を挟むな、亜人風情が!」


 その瞬間、ジョンズはシドカムの頭部に思いっ切り裏拳を叩き込んだ。

 がっと鈍い音が響き、少年の小さな体が横向きに崩れ落ちる。

 遅れて、地面に落ちたスパナがカツーンと乾いた音を立てた。


【あーあ……やっちゃったよ】


 胃の痛くなるような沈黙の中、少女の声がアウロの脳内に響く。

 直後、ハンガーの内部は一瞬にして怒声に包まれた。


「しっ、シドカム主任!?」

「てめぇら、よくも! 俺たちの庭で!」

「ふざけるな! 表に出やがれ、この馬鹿貴族!」


 たちまちスパナを振り上げ、ジョンズの元に詰め寄ろうとするメカニックたち。

 対する三人組は腰からブロードソードを抜き放つことで、それに応えた。


「やるか、平民どもめ! 貴様らは前々から気に入らなかったんだよ!」

「死にたい奴から前に出るがいい。たたっ斬ってくれる!」


 一触即発の状況の最中、アウロは慌てて倒れたシドカムを抱き起こした。


「おい、シドカム。大丈夫か?」

「……う、ああ。で、でもまずいよ。早くみんなを止めないと」


 シドカムは側頭部を押さえながらも身を起こした。

 かなり強い力で殴られたようだが、幸い出血はない。頭の横に小さなこぶができているだけだ。

 しかし、うめく友人の姿を見てはアウロ自身も平然としていられなかった。


【こいつら……】

【お、主殿やる気かい? わらわの牙なら一発でこの馬鹿どもを始末できるよ!】


 が、カムリの調子に乗った声で、多少は冷静な思考が戻ってくる。

 アウロは一度怒気を体外へ逃すかのように深々と息をついた。


「――待ってくれ、みんな」


 その声はごく普通の声量だったにも関わらず、自然と人々の間に浸透した。


「こいつらの決闘相手は俺だ。シドカムの仇は俺がきっちり討つ。だからここは矛を収めてくれないか」


 メカニックたちの怒りはもっともだ。

 しかし、ここで乱闘を繰り広げれば間違いなく怪我人が出る。

 アウロとしては自分が持ち込んだ争いの種で、友人たちを傷つけたくなかった。


 とはいえ、一度燃え上がった火がそう簡単に消えるはずもない。

 たちまち不満の声がそこかしこから上がった。


「そんな! こっちは主任がやられてんだぞ!」

「このまま黙ってろってのか! 一度こういう連中には思い知らせないと!」


 ごうごうとハンガー内に反響する怒号。

 アウロは血気にはやる彼らを重ねて諌めた。


「駄目だ。軍規を忘れたのか。ここで騒ぎを起こせば全員が懲罰を食らうぞ」


 この養成所では訓練生同士の私闘を禁じている。

 特に平民が貴族に対して暴力を振るうことは、絶対の禁忌とされていた。


 ただ一方で、貴族が平民を傷つけても弁償だけで終わることが多い。

 それを知ってか知らずか。男たちは黙りこむ開発科の面々を前に嘲笑を浮かべ、


「ハッ、腰抜けどもが。戦う勇気もないとはな!」

「所詮は商売にしか脳のない、守銭奴どもの息子というわけか!」


 ここぞとばかりに勝ち誇るジョンズとハンスとケイン。

 それは消えかけた炎に薪をくべるかの如き行為だった。

 すぐさま開発科の訓練生たちも「なんだと!?」と眉をつり上げる。


 だが、結局は両者が激突することはなかった。

 喧騒に満ちたハンガーの中に、第三者が姿を現したためだ。


『……一体、これはなんの騒ぎだ?』


 アダマントの装甲越しにくぐもった声が響く。

 アウロはそこで、ハンガーの入り口に立つ灰色のアーマーに気付いた。

 やがて、一堂が見守る前で胸部のコックピットが上下に開く。

 内部から身を乗り出したのは黒いインナースーツを身に纏ったルシウスだ。


「ルシウス殿下! これは――!」

「殿下からもなにか言ってやって下さい! ギネヴィウスの奴めが、真紅の機体を!」

「誠に不届きな行いです! これは正しく、王家への反逆ですぞ!」


 途端に親鳥を見つけた雛のごとく、アーマーに駆け寄る男たち。

 対するルシウスは一度だけぴくりと眉を動かした。


「……アウロ、本気なんだな」


 投げかけられる台詞はどこか意味深だ。

 ルシウスの赤銅色の瞳は、アウロの背後に鎮座する機竜へと向けられていた。


「ジェラードの言葉は正しかったか。まさか、本当に赤の機竜を用意してるなんて……」

「本気にならざるを得なかっただけさ。機竜だけではなく、弁護人まで潰されてはな」

「そうか。なら、その機体は僕に対する決意の証ってことかい?」

「そこまで考えちゃいない。大体、先に手袋を投げつけてきたのはお前の方だろう」

「ああ、確かにその通りだ」


 かすかに笑って、ルシウスは自らの取り巻きへと視線を落とした。


「行くぞ、ジョンズ、ハンス、ケイン。もう決闘の時間までは三十分しかない。お前たちもさっさとアーマーに着替えるんだ」

「ですが、奴の機竜は――!」

「放っておけ。機体を赤く塗り変えたからといって、性能まで上がるわけじゃない」

「……分かりました」


 渋々といった様子ながらも、三人組はルシウスの言葉に頷いた。

 傲慢な性格の彼らも、歯向かってはならない相手くらいは弁えているらしい。

 平民と貴族の間に越えられぬ壁があるように、貴族と王族の間にも決して飛び越えられない断崖が横たわっているのだ。


 そうしてルシウスたちの姿が消えると、今度は入れ替わりでロゼがハンガーへとやって来た。


「やれやれ、ああいう温室育ちの坊ちゃんには困るね。限度ってものを知らないんだから」

「ロゼか。まさか、お前がルシウスを?」

「別に殿下を呼びつけたわけじゃないよ。ただ、『ジョンズたちがハンガーで暴れてるらしい』って話を近くでしただけさ」


 言って、ロゼは倒れたシドカムに手を伸ばした。


「こっぴどくやられたな。大丈夫か?」

「あ、ああ、問題ない。ありがとう。助かったよ、ロゼ」

「礼には及ばないさ。もっと早くに止められれば良かったんだが」

「いや、大きな騒ぎにならなかっただけでも十分だよ」


 シドカムはロゼの手を借りつつ地面から立ち上がった。

 たちまち、その周りに他のエンジニアたちが駆け寄ってくる


「だ、大丈夫ですか、主任」

「あいつら、思いっ切り殴りやがって……」

「そう心配しなくても平気だって。これでも石頭には自信があるんだ」


 苦笑を浮かべながらも、シドカムは落ちていたスパナを拾い上げた。


「ただ、僕らを守銭奴の息子って馬鹿にしたことは許せないな。アウロ、絶対あんなのには負けんなよ」

「分かっているさ。お前を殴った分くらいは、連中にお返ししてやらないとな」


 その言葉に、他の面々からも「そうだそうだ!」と同意の声が上がる。

 一連のやり取りで開発科のフラストレーションは限界まで溜まっていた。

 勿論、アウロ自身もかなりの苛立ちを覚えている。ただ同時に彼は奇妙な違和感を抱いていた。


(……ルシウスの奴、どうもジョンズたちを制御し切れていないらしいな)


 アウロは今までルシウスがきちんと彼らを飼い慣らしているのだと思っていた。

 だが、先ほどのやり取りを見る限り、その認識は間違いだったらしい。

 少なくとも、ハンガーに乗り込んで機竜を破壊したのは彼らの独断だろう。

 ルシウスはそこまで軽慮浅謀な男ではないはずだ。


【ねー、主殿はあのルシウスって王子のこと、どう思ってるの?】


 と、そこでふいに頭の中に少女の声が響く。

 アウロは怪訝に思いつつも尋ね返した。


【どう、というのは?】

【ええと、どんなタイプの人間かってこと。強いとか賢いとか】

【……そうだな】


 一拍置き、


【俺の知るドラク・ルシウスは隙のない男だ。表向きはにこやかに振る舞っているが、裏では自分の子飼いを利用してこちらを追い詰めようとしている。まぁ、今回は自らの手で直々に俺を潰すつもりらしいがな】

【ふーん、わらわの見立てとだいぶ違うね】

【お前は奴のことをどう見てるんだ?】

【脳みそお花畑の平和主義者】

【……なに?】


 思わずアウロは聞き返してしまった。

 が、ふと思い出す。確か彼女は以前、ルシウスのことを『平和な時代ならいい王になる』と評していたはずだ。


【カムリ、お前はルシウスの本性を知らないのか?】

【ふふん、それはどうかな? わらわはこれでも、千年間転生を繰り返してきた神竜だ。人を見る目には自信がある】

【なら、俺の見立てが間違っていると?】

【それはまだなんとも言えないよ。ただ――】


 カムリは笑みをたたえた声で告げた。


【ドラク・ルシウスの正体については、今から矛を交えれば分かるはずさ】


 正午まではあと三十分。

 決闘の時が近づきつつあった。

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