1-10
それからの二週間は瞬く間に過ぎ去った。
最初の三日の内に、養成所の中で決闘の噂を耳にしていない者は消えた。
その後、一週間が経つと幾人かの訓練生が胴元となり、アウロとルシウスの内どちらが勝者になるか賭事を始めた。
そして決闘の当日までには整備科の手で特製の観客席、及び実況席が飛行場の片隅に(無断で)設置された。
こうして他の訓練生たちがお祭り気分を味わっている一方で、アウロは連日ハンガーに顔を出し、開発科の飛行テストに参加していた。
シドカムはその実験結果を纏めつつ《ホーネット》の完成を急ぎ、ロゼも第二のテストパイロットとして開発に協力した。
全ては順調――とまでは行かなくとも、どうにか期日までには間に合いそうな速度で進んでいたのだ。
問題が発生したのは決闘の当日。ハンガーが開かれた朝七時のこと。
決闘開始時刻である正午まで、あとわずか五時間というところだった。
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
「あばっ……あばばばっばばっばばっ……」
ケーブルに繋がれた《ホーネット》を前に、シドカムは壊れたスピーカーのような奇声を漏らした。
普段は鈍色のボディをハンガー内に鎮座させている《ホーネット》だが、この日は明らかに機体の調子がおかしかった。
なにせ周囲に鉄の焦げたような異臭を漂わせ、ボディの下からはだらだらと白い液体を垂らしていたのだ。
その後、シドカムが調査した結果、幾つかの事実が判明した。
《ホーネット》は何者かにより排熱口を塞がれ、人為的にオーバーヒートさせられてしまったらしい。
結果、水冷式のダイダロスエンジンがショート。また内蔵された人造筋肉繊維が異常加熱により溶解。
更にこの筋肉繊維が変じた液体の浸潤により、機体を制御する魔導回路の内部データが消滅してしまった。
人間で例えるならば、心臓が爆発した上、全身の筋肉が断裂し、脳が機能停止に陥ってしまったようなものだ。
なお、この再起不能の《ホーネット》を前にした開発科主任、シドカム技師の反応は以下の通り。
「ぜ、ぜぜぜぜ、全部ぱぁ……。二週間、徹夜続きで完成させた《ホーネット》の魔導回路が全部。おまけに、バックアップを保存してたデータバンクまでもがジャンピングフライハーイ……。はははっははっははー……」
ガクガクと不思議な挙動を繰り返すシドカムの隣では、茜色の制服を身に纏ったロゼが肩を竦めていた。
「いやー、参った。これ一体、幾らの損害になったんだろうかねぇ。新型の魔導回路に開発科のデータバンク。軽く見積もって、ソリダス金貨一万枚は下らないと思うけど」
「……なにしろ新型機が丸ごと鉄クズになったからな。開発費も含めたら、その十倍まで行く可能性もある」
アウロは半ば放心状態のまま、ロゼの言葉に相槌を打った。
彼自身もまさか、ルシウスの取り巻きがここまでのことを仕出かすとは思ってもいなかったのだ。
ハンガー内に保管された新型機を破壊することは開発科の人間はおろか、王立養成所――ひいては王家そのものに弓を引くテロ行為である。
まともな神経を持っている人間なら、まず取らない選択肢だ。
実際、アウロはこの展開をまるで予想していなかった。
恐らく、これはルシウスの意図したことではないはず。
彼の取り巻きである三人組の暴走だろう。
(……連中の馬鹿さ加減を甘く見ていた)
図らずとも、カムリの予言が的中してしまった形である。
「ちなみにアウロ、さっき見たら俺の騎士甲冑もマギオニクスを潰されてた。幸い、君のアーマーは無事なようだけど」
「……そうか」
ロゼの言葉も右から左へ抜けていってしまう。
もはや、ため息を返す気力すら沸かない。
一方、ようやく意識を再起動させたシドカムはぶるぶる拳を震わせると、
「こっ、殺す……。絶対に許さないぞ……。必ず犯人を見つけ出して、四つ裂き火あぶりの刑よりも残酷な殺し方を味あわせてやる……」
「落ち着け、シドカム。それと一応聞いておくが、《ホーネット》の修復は不可能だな?」
「……そりゃそうだよ。バックアップまで破壊されてるし、これじゃあ他の機体の調整にも取り組めやしない」
がっくり項垂れるシドカムの周りでは、彼と同じエンジニアたちが呆然とした表情を浮かべていた。
《ホーネット》の開発には開発科の訓練生全てが関わっている。
加えて、情報保存用の魔導回路には幾つも貴重な実験データが収められていた。
その二つがいっぺんに駄目になってしまったのだ。頭の中が真っ白になるのも無理はない。
(とはいえ、参ったな……)
《ホーネット》の破損に加え、ロゼの参加まで絶望的なったのは大きな痛手だ。
アウロにとっては左右の翼を両方とももがれてしまったようなものである。
「シドカム、せめてロゼのアーマーだけでも直せないか?」
「ううー……でも、壊されたのって魔導回路だろ? だとしたら、ただ単純に新品へ取り替えるだけじゃ駄目なんだよ。姿勢制御のシステムは個人個人で異なるから、新しくデータを取り直さないと」
「予備のデータがどこかに保存されてるんじゃないの?」
尋ねるロゼの前で、シドカムはちらりとハンガーの隅に視線をやった。
そこには人の身長より巨大な、箱型の魔導回路が鎮座していた。
「バックアップはあの中だよ。整備科と開発科のデータバンクは共用だから」
「……そうか。なら、一からシステムを組み直すことは?」
「身体計測と解析だけで半日。そこから姿勢制御システムを再構築するので更に半日。終わる頃にはもう明日になってるだろうね」
「なるほど。つまりはお手上げってわけだ」
ロゼはおどけた様子で両手を上げた。
「すまない、アウロ。力になれそうになくて」
「いや……ロゼ、お前が謝る必要はない」
「それもそうだ。もっと先に謝らせるべき連中がいたな」
ロゼはいつも通り口元をつり上げたままそう言った。
とはいえ、その声色は普段よりも半オクターブほど低い。
元々ロゼは開発科寄りの人間である。この惨状には激しい怒りを覚えているようだった。
もっとも、当の本人であるアウロはさほど苛立ちを感じていなかった。
むしろ相手の本性を見抜けず、しくじったという思いの方が強い。
(《ホーネット》が使えない以上、こちらも《ワイバーン》を出すしかない。だが相手も同型機。おまけに四対一でどこまで戦えるか……)
アウロはぐしゃり、と錆色の髪を押し潰した。
直後、頭の中で『カチッ』となにかの繋がるような音がする。
【おーい! 主殿ー!】
不意討ちで脳内に響き渡る声に、アウロは思わずびくりと背筋を震わせた。
「アウロ? どうかした?」
「……いや」
平静を装いつつ周囲に視線をやる。
するとハンガーの入り口近くで手を振っている、赤髪の少女が目に入った。
幸いシドカムたちは《ホーネット》に気を取られていて、彼女の存在に気付いていないらしい。
(だが、さっきの声は一体……)
内心で首を傾げていると、再び頭の中に少女の声がこだました。
【ああ、驚かせてごめん。これ、「念話」の術だよ。主殿の方にもチャンネル開いたから頭の中で念じてみて】
【……こうか?】
【そうそう、お上手! ひょっとしたら主殿、魔法の才能があるかもね!】
【茶化すな。それより唐突になんの用だ?】
【お困りのようだから手を貸しに来たんだよ。わらわに名案があるんだ】
【名案?】
【ええと。とりあえず、この建物の外に出れない?】
【少し待て】と言って、アウロはシドカムたちに向き直った。
「すまない、シドカム。ちょっと席を外す」
「えっ? で、でも機竜はどうすんだよ。もう約束の時間まであと四時間ちょっとしかないのに……」
「最悪の場合は《ワイバーン》で決闘に出ることになるだろう。が、念のため他の手がないか探してくる」
「探すって、どこへだい?」
ロゼの質問にアウロは真顔で答えた。
「俺にも分からん」
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
シドカムたちを無理やり丸め込んだアウロは、足早にハンガーの外へと出た。
流石に休日の朝とあって飛行場の周囲には全く人がいない。
ひんやりした空気の中、滑走路の上にはうっすらと霧がかかっていた。
「カムリ、どこだ?」
「あ、ここだよ。ごめんね、呼び出して」
響く声は背後からだ。
アウロは振り返った。いつの間に近づいてきたのか、黒いローブを着た少女が目の前に立っている。
カムリはほんのり露に濡れた腕でアウロの袖口を引くと、
「こっち来て、こっち。今は丁度、霧が出て視界も悪くなってるし」
「待て。名案があると言っていたが、一体なにをするつもりなんだ?」
「主殿、これから乗る予定だった機竜が壊れて困ってるんでしょ? だから新しいのを用意してあげようと思って」
「新しいの? それはまさか――」
なんとなく嫌な予感を覚えつつも、アウロは袖を引かれるまま滑走路に出た。
灰色がかったアスファルトの上には、機竜のエンジンに焼かれた跡が幾条もの線となって刻まれている。
カムリはその中央で足を止めると、慎重に周囲を見回した。
「誰もいないみたいだね。いないよね?」
「開発科の連中はハンガーの中だし、他の訓練生たちはまだ寝てるだろう。ここにいるのは俺とお前だけだ」
「よし。それじゃあ主殿、これ持っててくれる? 破くともったいないから」
言って、カムリは脱いだローブをアウロの手元へと押し付けた。
ここまで来ると、流石にアウロも彼女がなにをやろうとしているのか見当がつき始めてきた。
「……カムリ。念のため言っておくが、今回の決闘は機甲竜騎士同士の空中戦だ。本物の竜に乗って参戦するのはまずい」
「分かってるよ。だからわらわもここ二週間、色々と知恵を凝らしてみたのさ」
「というと?」
「まぁ、見てて。なにも考えなしにこんなとこまで連れ出したわけじゃないから」
言って、カムリはおもむろに片手を宙に掲げた。
直後、その体が身に纏ったワンピースごと真っ赤な光となって分解される。
次いで、拡散した粒子がアスファルトの上に新たな肉体を構築し始めた。
唖然とするアウロの前で形を結ぶのは、見上げるほどに巨大なシルエットだ。
蜥蜴の頭に蛇の胴、そして、蝙蝠の翼を広げたそれは紛れもなく――
「……カンブリアの赤き竜」
ばしん! と音を立てて、長大な尾が滑走路を打つ。
アウロの前に姿を表したのは人間の五倍近い体長を持つ『ドラゴン』だった。
真紅の鱗を持ち、ルビーの瞳を輝かせ、鋭い牙を口蓋から覗かせた赤い竜。
太い四本の足が力強くアスファルトを踏みしめ、その巨体を支えている。
最後に、薄い皮膜の張られた両翼がばさりと霧の中で広げられた。
「んー、久々にこの姿に戻ったな。なんとなく体が鈍ってるような気がするよ」
威圧感に満ちた外見とは裏腹に、竜の喉から漏れたのはひどくのんきな声だ。
呆気にとられていたアウロはそこでようやく我に返った。
「お前……本当に竜だったんだな」
「む、主殿。まさか今の今まで信じてなかったの?」
「違う。単に実感が沸かなかっただけだ」
「あー、確かに今までは口で言ってるだけだったからね。でも、これで確信が持てたでしょ?」
くるるるっ、とカムリは楽しげに喉を鳴らす。
とはいえ、竜の外見で愛嬌のある行動をしても不気味なだけだ。
アウロはごくりと息をのんだ。手の平には冷たい汗が滲んでいた。
(これがドラゴン……世界最強の生物か)
単なる機械の竜とは違う圧倒的なプレッシャー。
恐らく彼女が本気になったら、王都カムロートを灰燼に帰すことも容易いだろう。
アウロは自分がひどく緊張していることに気付いた。
「さて、お次はと」
そんな主人を尻目にカムリはすっと息を吸った。
直後、再び赤い光の粒子が彼女の周囲を漂い始める。
きらきらと輝くそれは魔力が発現していることの証だ。
拡散した光はやがて、真紅の鎧となって竜の肉体に定着した。
「その姿は……」
数秒後、アウロの眼前に鎮座していたのは全身を赤い甲冑に包まれた竜だ
頭頂から尻尾にかけて、厚みのある装甲が流線的なラインを描いている。
地面と水平に広げられた双翼は揚力を得やすい山なりの紡錘形に変化しており、また、その首元には騎士が搭乗するための鞍と、操縦用の手綱までもが備え付けられていた。
無論、全体的なシルエットはあくまで本物の竜に近い。
しかし、そのフォルムからは無駄な機能が省かれ、機械的に洗練されている。
それはまるで芸術品のように美しく、凛々しい機甲竜だった。
「どう? これならわらわも主殿に協力できるんじゃない?」
「待て。それはつまり、お前が機竜の代わりをこなすということか?」
「そうだよ。他になにがあるってのさ」
カムリの言葉にアウロはしばし考えこんでしまった。
どれだけ外見を似せようとも、機竜と本物の竜は根本から違う。
メカニックたちに調べられれば一発でばれてしまうだろう。
(とはいえ……)
他に有効な策がないのも確かだ。
アウロは悩みつつも尋ねた。
「カムリ、お前はここ二週間ずっと機竜に化ける方法を考えていたのか?」
「うん。図書館で情報を集めたり、他の機体を調べたりしてね。これでも結構大変だったんだよ。魔力で鎧を編むのも練習が必要だったし」
「そうか。だが、何故そこまで俺の力になろうとする?」
「一つはアウロがわらわの見込んだ王だから。もう一つは主殿がわらわの前で、偽物の竜に乗るのが気に入らなかったから」
ぷいっ、と竜の顔をそむけてカムリは言った。
どうも彼女は《ホーネット》に嫉妬していたらしい。
なんとも単純な理由にアウロはつい苦笑を浮かべてしまった。
「分かった。なら、今回はお前の力を借りる事にしよう。どちらにしろ《ホーネット》が大破した今、普通のやり方では決闘に勝てないからな」
「りょーかい。でも、他の人たちにはなんて説明するの?」
「適当に誤魔化すさ。ただカムリ、お前も機竜に化けるんだったら絶対に体を動かすなよ? かなり長い間、じっとしてなきゃならないが耐えられるか?」
「う……が、頑張るよ」
カムリはためらう様子を見せつつも、はっきりと頷いた。




