4-29
同盟軍航空部隊は地上部隊の進撃に合わせ、グロスターの飛行場を出立した。
投入された機甲竜騎士の数は五十六機。内、四十八機が空戦型機竜であり、残る八機が爆撃能力を有する陸攻型機竜だ。
とはいえ同胞同士の内戦である以上、民間人に被害の出る絨毯爆撃はできない。特にモンマスはアルカーシャ、ひいてはガーランド家の騎士たちにとって故郷だ。できるだけ無傷のまま奪還したいという思いもあった。
そのため、都市に対する攻撃はもっぱら地上部隊に任された。空軍の任務はその支援と、モンマスに存在する航空基地の破壊――すなわち、機甲竜騎士団を撃滅することだ。
王国はその航空戦力の大半を竜騎士団に頼っている。
そのため、ナーシア率いる竜騎士団を叩けば同盟軍の航空優勢は確かなものとなる。防空能力のない都市など城壁のない砦と同じだ。後は煮るなり焼くなり好きに料理してしまえばいい。
『オリヴァンたちは今、デーナの森を通過してる辺りかな』
「そうらしい。アルカ、今回の作戦目的は理解しているな?」
アウロは手綱を捌きつつ、背後に続く僚機を振り返った。
今回もアウロのウィングマンはアルカーシャが務めていた。
航空大隊の構成自体、ブリストル海峡における空戦の時とほぼ同じだ。
十二機の中隊が四つ。それぞれの中隊長をルシウス、ジェラード、アウロ、ジュトーが務めている。アウロとジュトーの第三、第四中隊が先鋒。ルシウスとジェラードの第一、第二中隊が3マイルほど後方に位置している。
ルシウス率いる本隊の役割は陸攻型機竜の護衛だ。先を行くアウロたちはその露払いである。捲土重来を期すガーランド家の騎士たちが中核を占めていることもあって、部隊の士気は極めて高い。
『ええと、作戦目的か。私たちの狙いは敵の飛行場だろ? で、相手が混乱してる隙に地上部隊が一気にモンマスを制圧する』
「その通り。これはある種の陸空共同作戦だ。空軍が突破口を切り開き、その後に陸軍が突撃する。モンマスを落とした後はすぐにカムロートだ。一度こちらが主導権を握った以上、王国に体勢を整え直す暇は与えない」
『電光作戦、だっけ。作戦を考えたのはアウロなんだよな』
「まぁ、半分はそうだ」
アウロは曖昧に言葉を濁した。
実際のところ、この策はアウロとカーシェンの元で立案された代物だった。
ガーグラーの動向が不透明な以上、進軍速度は速いに越したことはない。今回の作戦は空軍の支援を受けつつ敵の拠点を制圧し、そのまま一気呵成にカムロートを陥落させることを目的としていた。
これは大陸の手法を真似たものだった。近接航空支援で敵の防衛線に穴を開け、機動力の高い部隊をなだれ込ませる。そして、戦力を敵地へと浸透させることでその指揮能力を奪い去るのだ。
「技術の発展に伴い、戦争の形も変わってきています。この機動力を武器とした戦法は『電撃戦』という名で呼ばれているそうです」
ランドルフ家の書庫に入り浸り、古今東西の兵法書を読破していたアウロに、カーシェンはそう告げた。
ランドルフ家は貴族の中では珍しく、武勇よりも智略を重視した家柄だ。
故に当主が機竜に乗ることもない。指揮官が前線に出て暴れ回るのは馬鹿らしい、という考え方である。
反面、その知識量は王国諸侯の中でも頭ひとつ抜けている。最近のアウロはカーシェンに加え、大陸の事情に詳しいルキを交えて戦術から組織論。内政と外交。互いの思想に至るまで幾度となく議論を重ねていた。
ただ、アウロはカーシェンとの関係についてルシウスやジェラード、アルカーシャには伝えていなかった。事情を知っているのはルキを筆頭とするギネヴィウス家の幹部だけだ。これは同盟内に余計な波風を立たせないためでもあった。
(ヴェンモーズやバルロックが消え、同盟はルシウスの元で一つに纏まりつつある。ここにわざわざ新しい火種を投げ込む必要はない……)
カーシェンは兵の中にアウロを信奉する者たちが増えつつあると言っていた。
そのこと自体は歓迎すべきだ。しかし、盟主であるルシウスが蔑ろにされてしまうのは問題である。
モンマスを落とせば、ルシウスが公王として即位する未来が現実のものとして見えてくる。その時、アウロは正式に彼の臣下となるのだろう。
【ね、主殿。前々から気になってたんだけど】
脳内に響く不意の質問。
アウロはバイザー越しの夜明け空を見つめたまま尋ね返した。
【どうした、カムリ?】
【その、変なこと聞くけどさ。主殿は誰かの上に立つことが嫌なの?】
【カーシェンからなにか聞いたのか?】
【えぁうっ。……そ、その、あっちから挨拶してきた時ちょっとだけね】
【そうか。どうも、あれは俺を王の座に就けたいらしいな】
そのために外堀を埋めようというのだろう。あの男らしいやり口だ。
【以前にも言ったと思うが、俺の目的はこの国の王になることじゃない。玉座にはルシウスのような万人に受けいられる人間が就くべきだ】
【でもさー、主殿が厄介者扱いされてたのはもう昔の話じゃない。わらわはカーシェンに賛成だな】
【そのためにルシウスを排除しろと?】
【うん。あー、でも暗殺とかはあんまり良くないね。ルッシーがカイみたく自分から忠誠を誓ってくれると簡単なんだけど】
さらっと恐ろしいことを言ってのけるカムリ。
カイというのは竜王アルトリウスの乳兄弟だ。元々は彼の義兄だったが、竜王が石より抜かれた剣を手に入れた後はその臣下に収まったという。
【無茶を言うな。仮にルシウスが納得しても周りの人間は納得しないだろう】
【そう? だって四侯爵の内、カーシェンは完全にこっちの味方でしょ? アルカは主殿に依存し切ってるし、シルヴィもわらわたちに借りがある。残るブランドル家だって当主がハンナたちに命を救われてるから、こっちとは敵対しづらいんじゃない?】
【それはただの希望的観測だ。なにより俺が納得できん】
【むぅ、相変わらず頑固だなぁ。一応聞いておくけど、主殿は王様になるのが嫌って訳じゃないんだよね?】
【………………】
アウロはしばし沈思黙考した。
だが、答えは出ない。私生児として生まれ育ってきたアウロには、玉座というものがはるか遠くの、異世界の代物のように思えるのだ。
【分からない。想像したことすらないからな】
アウロはそう素っ気なく告げて、少女との対話を打ち切った。
既に編隊はモンマスの東、デーナの森の上空を通過しかかっている。
その向こうには地上を走る水面が見えた。モンマスの東を流れるワイ川だ。同盟軍の進撃に備えてか、その河岸には防塁が築かれているのが分かる。
アウロは視界の端、ディスプレイの隅に表示された平面位置表示器を確認した。敵は既にこちらの動きに応じ、飛行場から邀撃部隊を繰り出してきている。数は三十弱。こちらの半数程度だ。
(栄光の機甲竜騎士団もここまで落ちぶれたか……)
アウロはロゼとの約定通り、竜騎士団に対して事前に降伏勧告を行っていた。
降伏、といっても制裁や刑罰のない措置では裏切りを勧めているようなものだ。これに乗って同盟軍へ寝返る者は少なくなかった。
ただ、肝心の団長であるナーシアはこちらが差し伸べた手を跳ね除けた。一部の騎士団員に関しても同様だ。彼らは最後までプライドを捨てず、敵と戦い抜く道を選択したのである。
「ヘマタイト1より通達。総員、戦闘態勢に入れ。今回、空に出てきた連中は竜騎士団の精鋭。その中でもナーシアに心酔している者たちだろう。奴らは自ら退路を断った死兵だ。数が少ないからといって油断はするな」
『了解!』
心強い応答。背後に続く機甲竜騎士が一斉にガンランスを構える。
高度15000フィート。速度200ノット。敵航空編隊との距離は4マイル。
アウロはそこでレーダーに表示された光群がふた手に別れるのを見た。といっても本隊を離れたのは四機一個小隊だ。別働隊にしては数が少な過ぎる。
『なんだ? 小隊が分離した……?』
「注意しろ。なにかの策かもしれん」
アウロはアルカーシャに釘を刺しつつ、シールド側面のコッキングレバーに手をかけた。
「よし、先制攻撃をかけて敵の出方を窺う。ナーシアのいる方が本命だ」
『え、でもこの距離で?』
流石に怪訝そうな声をこぼすアルカーシャ。
一般的な魔導砲の有効射程は3000フィート。骸装機の有する収束砲でも、せいぜいその倍の5000フィート強が限界だ。
だが、《ミネルヴァ》の〝プロミネンス〟3.6インチ重対機甲砲は、更にその倍の10000フィート以上まで効果を発揮することができた。神竜の息吹は伊達ではない。
「照準を空対空狙撃モードに変更。ダイレクトカレントシステム起動。〝プロミネンス〟の発射シークエンスを開始する。エネルギー伝導管接続。薬室開放。チャージスタート」
【了解!】
意気揚々と薬室内にブレスを送り込むカムリ。
アウロはシリンダーへの充填が完了したところでレバーを引き絞り、シールド内に格納されていた砲身を展開した。敵の編隊を照準に収め、レーダーを確認しながら狙いを調整する。
「捉えた。最終安全装置を解除」
【全工程クリア! 発射、いつでも行けるよ!】
「総員、砲撃による閃光に備えろ。カウントダウン開始。五、四、三、二、一――」
【ふぁいあ!】
ガチン。鉄の指先がトリガーを引き絞る。
瞬間、オレンジ色に輝く収束炎が蒼天を横切った。
空の王者である機甲竜騎士といえど、アウトレンジからの狙撃には打つ手が無い。アウロはレーダーに表示された光点が、ぱっぱっと綺羅星のように弾け散るのを見た。
「照射終了。三、四機ほど仕留めたようだ」
『……相変わらず、すごい威力だな』
アルカーシャは愕然と呟いた。
彼女の前で〝プロミネンス〟を使用するのはこれが二回目だ。
ただし、前回は機甲要塞を目標とした対地攻撃だった。空対空で長距離狙撃を行ったのは『蒼い旋風』戦以来である。
(さて、ナーシアの反応はどうだ……?)
こちらが不意討ち気味に殴りつけてやったのだ。
プライドの高いあの男が、このまま黙っているとは思えない。
――ジジッ!
果たして、空の彼方から燃える熱線が飛来したのは直後のことだった。
言うまでもなく収束砲による応射である。迫る光芒をかわしたアウロは、すぐさまレーダーを確認した。
先ほどの砲撃は敵本隊の方角から放たれたようだ。別働隊に《ラムレイ》はいない。敵は正面からアウロたちを突破するつもりらしい。
アウロはヘルムの側面に手を当て、編隊の後方に位置する《ブリガディア》と連絡を取った。
「ジェラード、気付いているか? 敵の一個小隊が迂回路をとり、本隊へ向かいつつある」
『ああ、こっちでも把握した。連中の狙いはルシウス殿下らしいな』
「片道覚悟の決死隊だろう。ナーシアは参加していないようだが……」
『なら俺たちだけで対処可能だ。そっちは予定通り、敵の本隊を叩いてくれ』
「了解」
通信終了。アウロは息をつき、ハーネスを握り直した。
敵編隊との相対距離は既に2マイルを切っていた。
背筋が痺れる。航空戦に突入する直前のひりつくような緊張感。何度経験しても慣れない感覚だ。
その内、空の向こうで再び閃光が瞬いた。大気を焼く炎熱。紛れもなく《ラムレイ》の収束砲、“ファイアブレス”だ。
『来たな、賊軍の犬どもめ』
追って、ヘルム内に聞き慣れた男の声が響く。
『今のがドルムナットの玩具を仕留めたという砲撃か。挨拶もなしに仕掛けてくるとは随分と無粋ではないか』
「ナーシア、お前の流儀に付き合うつもりはない。今すぐ降伏しろ。さもなくばここで死ね」
『ははは! 私生児風情が舐めた口を聞くようになったものだ! 降伏? 降伏だと? 今更、ルシウスに降ることなどできるものか!』
「そうか。なら答えは一つだ」
アウロはガンランスを構えた。
既に、正面には複数の敵影が見えつつあった。中央に位置する派手な紫色の機甲竜騎士は、ナーシアの駆る《ラムレイ》で間違いない。
『行くぞ、諸君! 我らは王の槍。我らは王の盾。我らは機甲竜騎士団! カンブリアの空を統べる最強の騎士団だ! 王国の平和を脅かす奸賊どもを皆殺しにしろ!』
『了解!』
もはや、空意気地としか思えない号令。
それを合図に散開した敵編隊は、螺旋軌道を描きながら突撃をかけてきた。
『来るぞ、アウロ!』
「こちらも対航空戦に突入する。――交戦開始!」
対するアウロも魔導砲のトリガーを引くことで敵機の動きに応じた。
刹那、両軍は波止場にぶつかる波の如く正面衝突した。
空戦の開幕を告げる砲声。幾条もの光が虚空を切り裂き、不運な竜騎士がぱっと炎に包まれる。
初撃をかわした機竜乗りたちはすぐさま急旋回し、手近な敵機の背後へ回り込もうとしていた。幾体もの機甲竜騎士が互いの死角を奪い合い、結果、渦潮のように混沌とした戦場が形成される。
「ナーシアを叩く! アルカ、援護を!」
『了解!』
その中で、アウロはいち早く敵将の首を狙っていた。
混戦の中にあっても、《ラムレイ》の派手な外観は篝火のように目立つ。
周囲を固めるのは三機の《ワイバーン》。重装甲仕様ではなく通常装備の機体だ。
接近する錆色の機竜に気付いた彼らは、すぐさまガンランスの掃射で応じた。
が、アウロはハーネスを胸元に引きこむと、機体を上昇させて敵の射線から逃れた。自機のテールをかすめる光弾。運動性の高い《ミネルヴァ》に量産機のスピードでは追いつけない。
「ナーシア、覚悟!」
敵の頭上を取ったアウロは、すぐさま右腕甲を振りかぶった。
〝スピキュール〟点火。ガンランスの穂先が音を立てて燃え上がる。
アウロは強化魔導兵装を起動させるなり、機体を全速で急降下させた。対し、迫る敵影に気付いた《ラムレイ》は収束砲を構え、そのトリガーを引き絞る。
――バァッ!
打ち上げられる閃光。瞬時にディスプレイが真白く染まる。
敵はアーマーの上体を仰け反らせたまま、直上の敵に対する砲撃を敢行した。
無茶な姿勢である。おかげで《ラムレイ》の運動エネルギーは失われ、その足は完全に止まってしまっている。
その上、放たれた熱線が相手を捉えることはなかった。
《ミネルヴァ》は可変翼を畳むことで降下軌道を変え、敵機に急迫していた。
バーティカル・ファルコンのような無茶なやり方ではない。しかし、頭上からの急襲に対応できる機甲竜騎士はごく僅かだ。アウロは幾度かの交戦で《ラムレイ》の弱点を見切っていた。
『く……!』
頼みの収束砲をかわされた敵機は、残るシールド内蔵式の機関砲を構える。
が、その反応はあまりにも遅い。《ミネルヴァ》の炎刃は既に敵の喉元へと迫っている。機動力を失った機甲竜騎士に対し、逃れ得ぬ死刑宣告が下された。
――ジジッ!
判決は火炙りの刑だ。
耳障りな音を立て、〝スピキュール〟の穂先が敵機を呑み込んだ。
紅蓮の一閃は《ラムレイ》のコックピットシートを、その搭乗者ごと焼き尽くした。豪華絢爛な装いのアーマーが蝋のように溶け、その背になびく黄金の外套が瞬時に炭へと変わる。
パイロットは悲鳴さえ上げることができなかった。その体は炎に巻かれ、肉片も残さず蒸発した。遅れて、乗機である《ラムレイ》もまた燃料の引火によって爆発四散する。
逆巻く火焔を背に、アウロはガンランスを振り抜いた。
〝スピキュール〟停止。鎮火した穂先にうっすらと蒸気が纏わり付く。
(……仕留めたのか?)
背後を振り返ったアウロは、そこで僅かに眉を寄せた。
呆気ない。あまりにも呆気なさすぎる。
ナーシアは言うまでもなく竜騎士団のエースだ。その卓越した腕前はアウロもよく知っている。
が、それにしては先程の対応がお粗末だった。上方から迫る敵を無理やり迎撃。そのために隙を晒し、ランスチャージの直撃を受けてしまった。
『なぁ、アウロ。今の――』
「アルカ、お前も妙だと思ったか?」
アウロは《ミネルヴァ》の鞍上でざっと首を巡らせた。
普通、隊長機が落とされれば部下の側にも大なり小なり動揺が広がるものだ。
が、竜騎士団の面々にその気配は見えなかった。つい先ほどまで《ラムレイ》の傍にいた直掩機でさえ、何事もなかったかのように悠然と空を飛んでいる。目の前で指揮官を失ったにも関わらず、だ。
【主殿、なんか変だよ。こいつら、主人が殺されたってのに妙に落ち着いてる】
【今の《ラムレイ》は囮か? いや、しかし……】
アウロは先ほど〝ファイアブレス〟による砲撃を受けている。
外見はともかく、骸装機特有の魔導兵装は簡単に真似ることなどできない。
となると、答えは一つ。先ほど撃墜したのは紛れも無く《ラムレイ》だった。しかし、そこにナーシアは搭乗していなかったのだ。恐らく、他の機体に乗り換えていたのだろう。
――だが、あの男の腕に応えられる機竜が他にあるのだろうか。
ログレス王国に残る王族専用機はルシウスの《グリンガレット》とガーグラーの《スプマドール》を除けば、公王専用機である《ドン・スタリオン》のみ。
他の骸装機は全て四侯爵の管理下にあるはずだ。唯一、可能性があるのはガーランド家の保有する《パーシモン》くらいか。だが、あれはガルバリオンの愛機と共に撃墜されたはずで――
『まさか』
そう呟いたのはアウロではなく、彼の後ろに続くアルカーシャだった。
『アウロ、まずいよ。王国は多分、父さんの機体を修復したんだ!』
「なるほど。となると、本命は先ほどの別働隊か」
こちらの先鋒を迂回した敵小隊は、ルシウス率いる同盟軍本隊に迫りつつあった。
数はたったの四機。吹けば飛ぶような兵力である。だが、そこに骸装機が含まれているとなれば話は別だ。
「ジェラード、聞こえるか? そちらへ向かった別働隊に骸装機が――」
後方との連絡を試みたアウロは、その途中で口をつぐんだ。
通信機越しに、ガラスの砕けるような怪音が聞こえたためだ。
「ジェラード? どうした」
『っ――すまんが喋ってる暇はない! 敵の魔導兵装だ! 氷の矢みたいなのを飛ばしてくる奴がいる! 心当たりはあるか!?』
「氷の矢だと?」
ジェラードの報告に、アウロは困惑を隠せなかった。
氷の矢。それには心当たりがあった。だからこそ戸惑ったのだ。
「まずいな。そいつはルウェリン・グウィネズだ」
『ルウェリン……って、【氷竜伯】かよ!? 間違いないのか!?』
「ああ。以前、キャスパリーグ隊の技師から聞いたことがある。氷竜伯はダグラスの盟友だったからな」
『だが、なんで奴がここにいる! あの爺さん、東方軍に加わったはずだろ!?』
「その東方軍から増援として派遣されたんだろう。ジェラード、そちらの被害は?」
『三機落とされた! くそっ! 野郎、近付いて来やがらねぇ! このままじゃ鴨撃ちにされちまう!』
「分かった。お前はルシウスの傍を離れるな。すぐ加勢に向かう」
『急いでくれよ。それと、さっきは何を言いかけてたんだ?』
「別働隊にナーシアがいる。十中八九、乗機は骸装機だ」
ジェラードは呻いた。『最悪だ』
そこで再び氷塊の砕ける音が響く。
アウロはぞわりと背筋を粟立たせた。今、また一機の機甲竜騎士が撃墜されたのだ。
これ以上、安穏と構えている暇はない。アウロはハーネスを捌き、《ミネルヴァ》の機首を本隊の方角へと向けた。
「アルカ、聞いていたな? 俺たちは本隊の援護に向かうぞ」
『ら、了解!』
すぐさまアウロの後に続き、東へ進路を修正するアルカーシャ。
本隊とは未だ3マイルほどの距離がある。それでも、アフターバーナーで加速すれば一分と経たず目的の空域に辿り着けるだろう。
ただし、それは途中で妨害を受けなければの話だ。
方向転換のため、旋回中だった《ミネルヴァ》。
そこに上方から灰色の敵影が襲いかかってきたのは直後の事だった。
『見つけたぞ、アウロ・ギネヴィウス!』
「な――くっ!?」
アウロは旋回の勢いを殺さぬまま、横方向へとロールした。
対する敵機は委細構わず槍を振り抜いた。その二股に別れた穂先から眩い閃光が迸り、《ミネルヴァ》の右ウィングを打ち付ける。
ばちっ! なにかの弾けるような音。アダマント鋼製の装甲を、青白い電流が駆け巡る。
【あいたぁ!?】
「ち……!?」
アウロはバランスを崩した乗機の上で、両足を踏ん張った。
《ミネルヴァ》は1000フィートほど高度を下げたものの、すぐに機体を立て直した。閃光の直撃を受けた割に損傷らしい損傷はない。稲妻に打たれた外装甲が黒ずんだ焦げ跡となっているだけだ。
【カムリ、大丈夫か?】
【う、うん。平気。ちょっと痺れただけ】
カムリは調子を確かめるようにウィングを羽ばたかせた。
飛行能力に問題はないらしい。アウロはほっと息をつくと、慎重に手綱を繰りながら敵機の姿を探した。
(今のは明らかに魔導兵装による攻撃だった……)
首を巡らせば、急旋回しながらこちらの隙を伺う一機の機甲竜騎士が目に入った。
敵機のシルエットは《ワイバーン》と同じく没個性的な代物だ。
メタルグレーの装甲。その上に刻まれた鮮やかな山吹色のライン。
特徴らしい特徴といえば、主翼の前縁に飛行姿勢を安定させるための切り込みが刻まれていることくらいか。
ただ、その右腕甲にはピッチフォークに似た形状の槍が握られていた。先ほど、《ミネルヴァ》を襲った魔導兵装だ。二股に分かれた穂先の間で、青白い雷光がスパークしている。
『アウロ、あれは《パーシモン》だ! 雷竜の骸装機! ガーランド家の当主専用機だよ!』
「なに? となると……」
呟くアウロに対し、《パーシモン》の騎手は雷電を纏った槍を差し向けた。
『見つけた……! 見つけた、見つけた、見つけた、見つけたぞ、アウロ・ギネヴィウス! この日を待っていた! ブリストル海峡に散った我が息子の無念、今こそ晴らさせてもらう!』
「やはり、モーディア・ガーランドか!」
歓喜と狂気をまぜ合わせた男の声。
アウロは再度降下してくるモーディア目掛けて、ガンランスを応射した。
が、放たれた炎弾は敵機に当たる寸前、まるで見えない壁にぶつかったかのように弾かれた。
砲撃を無効化したのではない。砲弾の軌道を逸らしたのだ。《エクリプス》の風力結界と同じ、防御用の魔導兵装である。
『アウロ! 《パーシモン》は魔導電磁結界を搭載してる! 並みの魔導砲じゃ奴に届かない!』
【なにそれ、ずるい!】
叫びカムリ。もっとも、骸装機がふざけた兵器を保有しているのはいつものことだ。
しかも、《パーシモン》の強みは全方位に展開する結界だけではなかった。
旋回して敵のダイブアタックをかわしたアウロに対し、モーディアは先ほどと同じく二叉の槍を振り抜いた。
未だ両機の間には十数フィートの距離が離れている。しかし、敵の魔導兵装から放たれた紫電はそのわずかな間隙を一瞬で詰めた。
――ばちちっ!
大気を伝播した雷が《ミネルヴァ》の装甲を直撃する。
青白い光に包まれたカムリは、【ひっぎぃ!】と情けない悲鳴を漏らした。
【や、やったなこいつ! 調子に乗って! ぶっ殺してやる!】
【落ち着け、カムリ。ダメージは?】
【痛いだけ。別に空を飛べなくなるほどじゃないよ。でも、このままだと《ラスティメイル》の方が持たないと思うな】
【……そうだな】
《パーシモン》の槍から放たれる電撃は、それ自体に大した威力がある訳ではなかった。
ただし、アウロは先ほどから機甲外骨格の一部が不調を訴えていることに気付いていた。二度に渡る雷の直撃によって人造筋肉繊維が麻痺し、機能不全に陥りかけているのだ。
『こいつ、よくもアウロを!』
攻撃後、Vの字を描いて上方へ逃れようとする敵機。
そこに《レギナ・ヴェスパ》のシールド内蔵砲が火を噴いた。対骸装機用の徹甲炸裂焼夷弾弾が、一直線に《パーシモン》へと牙を剥く。
すぐさま、モーディアは盾で胴体を庇った。
本来、電磁結界を持つ《パーシモン》には必要のない反応だ。しかし、彼が当主専用機に乗り始めてからまだ日が浅い。咄嗟に身に染み着いた動きが出てしまったのだろう。
が、結果的にこれがモーディアの命を救った。《レギナ・ヴェスパ》の放った特殊弾頭は不可視のバリアの上で弾け飛ぶと、敵機めがけて煮えたぎる焼夷弾をばらまいたのだ。
『な……ぐおっ!?』
熱風にあおられ、飛行姿勢を崩すモーディア。
アルカーシャはそこに更なる追撃を仕掛けた。〝スティンガー〟から砲弾が射出される度、《パーシモン》の周囲で炎が爆ぜる。
信管が着弾前に反応しているのだ。機体を覆う電磁結界が仇となった形である。モーディアは爆風に追い立てられるかの如く高度を下げ、アルカーシャはアフターバーナーを吹かせてそれを追った。
「待て、アルカ! 深追いは……!」
『アウロ、ここは私に任せてくれ! お前は早くルシウス兄さんを!』
「なに? そいつは無茶だ。骸装機相手に一人で挑む気か!」
『そうだよ! この《レギナ・ヴェスパ》はそのための機体なんだ!』
アルカーシャは悲痛な声で訴えた。
そこでアウロはようやく気付いた。
元々、《レギナ・ヴェスパ》は対骸装機用に作られた機竜だ。
開発者はシドカムだが、その内部機構にはパイロットであるアルカーシャの意向が反映されている。彼女は最初から、この〝パーシモン〟を仮想敵として想定していたのだろう。
「いや、しかし……」
『今は言い争いしてる場合じゃないだろ! アウロ、お前だって気付いてるはずだ! モーディアはただの時間稼ぎ。連中の本命はルシウス兄さんだよ!』
少女の叫びに、アウロはなにも言い返すことができなかった。
アルカーシャの指摘は正鵠を射ている。
確かに、今ルシウスを失えば同盟軍はおしまいだ。
それでもアウロは数秒の間逡巡した。全くの感情的な問題だった。
要するに、アウロはこの場にアルカーシャを一人で残すのが不安――いや、心配だったのだ。
『アウロ殿! 姫様の言う通りです! ここは我らにお任せを!』
それでも、ジュトー率いる第三中隊が駆けつけてくるに至って腹は決まった。
「分かった。モーディアの相手は貴殿らにお頼みする。……アルカ、死ぬんじゃないぞ」
『当たり前だろ! こんなところで倒れたら、あの世で父さんに叱り飛ばされちゃう!』
冗談めかした台詞を最後に、アルカーシャは通信を切った。
後は任せろ、という意思表示のつもりだろう。
アウロは承知した。未だ多くの機甲竜騎士が飛び交う戦場に背を向け、ぴしゃりとハーネスを打つ。
アフターバーナー点火。翼を折り畳んだ《ミネルヴァ》は本隊めがけて加速する。アウロは正面を見据えたまま、二度と背後を振り返ることはなかった。
(間に合ってくれよ……!)
今、願うのはそれだけでいい。
ルシウスが本当に玉座にふさわしい男なのかは分からない。
ただ、彼のような根っからの善人は今のこの国にこそ必要なはずだ。
アウロは息を詰め、脳裏にこびりつく雑音を振り払った。目を凝らせば、美しい朝焼けの空を背景に飛び交う光が見えた。戦場はもうすぐだ。
「行くぞ、カムリ。ルシウスを援護する!」
【らじゃ!】
錆色の機甲竜騎士は槍を振りかぶり、猛然と敵影めがけて突っ込んでいった。




