Prologue
「すまぬな、カンブリアの赤き竜よ」
王は、そう言って竜に語りかけた。
王は多くの騎士たちが死屍累々と積み重なった丘の上にいた。
身に纏った鎧は血で真っ赤に染まり、手に握った槍は中程から真っ二つに折れている。
吐く息は荒く、呼吸はおぼつかない。王が瀕死の状態であるのは誰の目にも明らかだった。
「まさかこのような結末になるとはな。これも運命のいたずらか、それとも私自身が王の器でなかったということか……。まぁ、今となってはどちらでも良い」
忌々しげに呟いて、王は倒れた屍の上にどすんと腰を下ろす。
王の隣には地に伏した一頭の巨竜がいた。
ルビーのように赤い鱗を、それ以上に真っ赤な血で汚している。
竜は盟友である王以上に傷ついていた。その命の灯火は消え失せる寸前だった。
王と竜は共にくつわを並べて戦い、そして、共に息絶えようとしていた。
「王よ、そなたは己の務めを立派に果たした」
竜は太い喉からしわがれ声を漏らした。
「そなたの治世がこのような結果に終わったのは、ただ運に恵まれなかったためだ。このカンブリアの地はしばしの間、安らぎに包まれるだろう。それは紛れもなくそなたの功績だ」
「竜よ、それはお前の予言か?」
「そうだ。竜の予言だ」
「……なるほど」
額からどす黒い血を流しながら、それでも王は竜に笑顔を向けた。
「では、私の戦いも無意味ではなかったということか」
「無論だ。そなたの力がなければ、この地は白き竜の一族に侵されていた」
「かもしれん。しかし、結局はこうして多くの騎士たちを死なせ、国土を荒廃させてしまった」
「それはいまさら嘆いても仕方のないことだ」
「確かにな」と笑って、王は大地に膝をつく。
ごほっ、と咳をこぼした口元から血が溢れ、脚甲の上に落ちた。
王は既に立っていることさえ困難だった。無論、それは竜も同じだ。
「王よ、最後にもう一つだけ予言をしよう」
竜は告げた。
「余の肉体は滅びても、その魂はそなたの王国を守るだろう。そして、いずれ来る災厄からそなたの国を守るために、再び肉を得て転生を果たすだろう。何故なら、余はこのカンブリアの守護者なのだから」
「……そうか」
王は肩の力を抜くと、どこか安堵したような表情を浮かべた。
折れた槍を支えにしたまま、深々と息をついて言った。
「では、友よ。後は頼んだ」
そう言い遺して、王は呼吸を止めた。
丘に吹き付ける風が、純白のマントを翻す。
竜は一度、真紅の瞳を瞬かせた。
そして、己の盟友が息絶えるのを確認する前に、彼は長い眠りについた。