第1話:画面の向こうの処刑台
深夜二時。六畳一間のアパートで、蓮見湊は液晶画面の光に顔を青白く照らされていた。
画面に映っているのは、かつて親友だった男、拓海の顔写真。その上には赤黒い文字で『死亡確定』のスタンプが押されている。
一ヶ月前、拓海は死んだ。肉体は無傷だったが、社会的、精神的に完全に殺されたのだ。
きっかけは、招待制の裏動画配信プラットフォーム『X-Stream』。
世界中の富裕層が極上のスリルを求めて集まるその闇サイトでは、金ではなく、人間の『価値』が賭けの対象になっていた。
拓海はそこでハメられた。過去の些細な過ちを針小棒大に暴露され、勤務先、実家の住所、卒業アルバムまで全てをネット上に晒された。秒単位で膨れ上がる数万件の誹謗中傷、鳴り止まない脅迫電話。精神を病んだ拓海は、自ら線路に飛び降りた。
拓海をハメた張本人のアカウントが、今も画面の向こうで高笑いしている。
チャンネル名――『マキシマム・ジンチャンネル』。
登録者数五十万人を誇る、X-Stream内の人気迷惑系配信者だ。
「おいおいおい! 見ろよこの同接! ついに三万人突破だぜぇ!」
画面の中で、金のネックレスをジャラジャラと鳴らした男――ジンが、カメラに向かって中指を立てている。
ジンの配信画面の右側には、目まぐるしく流れるコメント欄。そして左側には、このサイト独自の残酷なメーターが表示されていた。
『ライフ・バリュー(生命価値ポイント)』
視聴者からのギフト(投げ銭)や、注目度(同接数)によってリアルタイムで変動する数値だ。これがゼロになったプレイヤーは、運営によって「全個人情報の強制開示」という社会的死を処刑される。
「今日の企画はさぁ、俺に生意気なDM送ってきた、どっかのバカ動画編集者を公開処刑してやろうと思いまーす! ツールはいつも通り『ミリオン・オア・ゼロ』! ルールは簡単、十五分間の同時配信で、どっちが同接を稼げるか! 負けた方のスマホのデータは全ハッキング、ネットに全放流だ!」
ジンの背後にあるモニターに、湊のアカウント名『ミナト』が表示される。登録者数はわずか一人。
コメント欄が爆発的に加速する。
『草。登録者一人は一瞬で死ぬわ』
『ジンさん、また一般人一人ぶっ壊すのかよ最高』
『お、処刑ショーの時間だ!』
富裕層たちの歪んだ欲望が、画面の向こうから熱を帯びて伝わってくる。
湊は、静かにキーボードの前に手を置いた。
彼の本業はデータアナリスト兼、動画編集者だ。普段は「気が弱くて愛想の良い、頼めば何でもタダで引き受けてくれる便利屋」として周囲に溶け込んでいる。しかし、その内側にある頭脳は、極限まで冷徹だった。
(ジン。お前は拓海を殺した時、視聴者の心理をコントロールして勝った。だが、お前が信じているそのリスナーの心理も、ただのデータに過ぎない)
湊は手元のマイクを引き寄せ、自身の配信開始ボタンをクリックした。
カチリ、と小さな音が響く。
その瞬間、湊の脳から「感情」というノイズが完全に消え去った。代わりに起動したのは、画面上の全てのピクセル、コメントの流れる速度、ラグの秒数を計算する冷酷な論理思考だ。
湊の配信がスタートする。カメラに映る彼の顔には、普段の気弱な面影は一切ない。冷徹な、獲物を狙う蜘蛛のような瞳。
「初めまして、マキシマム・ジンさん。そして、画面の向こうの悪趣味な観客の皆さん」
湊の声は、ジンの怒号とは対照的に、低く、驚くほど静かに響いた。
「僕のライフ・バリューは、あなたの言う通り底辺です。ですが、ギャンブルとは確率のゲーム。そしてネットの世界は、アルゴリズムの奴隷だ。あなたがこれまで積み上げてきた五十万人のフォロワーという砂の城、これから十五分で、すべて叩き潰してあげます」
その宣戦布告に、一瞬だけコメント欄の動きが止まった。
ゲーム開始のタイマーが、画面中央でゼロを示す。
『GAME START:15:00』
社会的死を賭けた、地獄の配信が幕を開けた。




