3
翌朝。昨日と同じように綺麗に晴れた空
に気持ちはとても軽やかだった。魔女に言
われた言葉も今なら忘れることができそう
と思えるくらいに爽やかで心地よかった。
今日も私とガラルさん、ポロと一緒に街
をお散歩。途中、コーヒーショップでコー
ヒーと軽食、ポロでも食べられるお菓子を
買って、今日は灯台へ行こうと提案してく
れた。
ガラルさんの家から灯台までは小一時間
もかからないところにあった。そんなに大
きくはないと思っていても、いざ到着する
と見上げてしまうほど。慣れた手つきで扉
についている鍵を外し、中へと入る。普段
は入れないのだが、鍵を渡されている人で
あればいつでも中に入ることは可能だそう。
中はからりとした外に比べて少しひんや
りとした空気で満たされていた。同じ環境
下であるのに不思議だと思っていると、目
の前にある階段をひょいひょいと上がって
いくガラルさんとポロ。
おおい。リティス。この上だよ。早くお
いで。
わうわう!
はい。今、行きます。
私も階段を上ろうとしたときだった。
突然、全身に悪寒が走った。体が凍り付き、
動くことが一時的にできなかった。だけど、 (よしよし。大体の場所はわかったよ)
長時間でなかったことは幸いだった。
……また。誰なの……。
私は不安に思いながらも、ガラルさんた
ちを追いかけた。
頂上まではあっという間で、ぐるりと一
周の階段を上がればすぐに空とご対面がで
きた。灯台のてっぺんには白い羽の鳥がそ
れぞれ寛いでいた。自分を呼ぶ声が聞こえ、
その方向に目をやると大きく手を振るガラ
ルさんと尻尾を振って待っているポロがい
た。
見晴らしがいいだろ。ここで食事をしよ
うと思っていてね。
ラデルさんは紙袋の中から野菜たっぷり
のサンドイッチを取り出し、私に手渡した。
大地の恵みがこれでもかと詰まったサンド
イッチはとてもボリュームがあった。ガラ
ルさんは私のとは反対にお肉がたっぷりと
詰まったサンドイッチを取り出した。私が
大地の恵みならガラルさんのは野生の恵み
かな?
ポロ、お待たせ。召し上がれ。
ポロはガラルさんの手の上で広げられた
顆粒状のものを美味しそうに食べていた。
物凄い勢いでなくなると、ポロは自分の口
回りを何度もペロペロ。ご馳走様を中々言
いたくないような仕草に見えて、くすりと
笑う。
さ、俺たちも食べようか。
はい。いただきます。
私は大地の恵みに感謝し、一口。
シャキシャキ パリパリ シャリシャリ
新鮮な野菜とクリーミーなドレッシング
が私の口の中で楽しそうに歌いだす。そして、
噛めば噛むほど味わい深くなり一つの
楽章が終わるころに飲み込む。まだ口の中
でアンコールがあるかのような余韻に浸っ
ていると、屋根で休んでいた鳥たちが私の
目の前で羽ばたく。
……欲しいの?
私はふわふわのパンを小さくちぎり、手
のひらにのせる。すると一斉に群がり、私
の手のひらは白い羽で覆われていて見るこ
とが困難になっていた。
わわわっ。すごい数!
鳥たちがいなくなったとき、手のひらに
あったパンのかけらは綺麗になくなってい
た。お腹空いていたのかな。
もう少し食べる?
今度はさっきよりも少し多めにちぎり、 (さぁ、あんたたち。こっちにきな)
手のひらにのせた。すると、さっきよりも
たくさんの鳥たちが群がり、パンを食べて
いく。いなくなったときはさっきと同じで、
綺麗に食べていった。
リティスの食べる分が少なくなっちゃう (あたしはもう我慢できないよ)
よ。
はい。でも、こんな美味しいものを一人で
食べるのはと思って。鳥さんにも味わっても
らいたくて。
綺麗に食べてくれるのが、なんだか嬉し
いと思った私はもう少しだけパンをちぎり、 (邪魔する奴は容赦しないよ)
手のひらにのせた。すると、さっきとは別
の鳥がやってきて私の手のひらにあるご馳
走をついばんだ。
更にパンをちぎってみたものの、もう鳥
たちはお腹いっぱいなのか全て飛び失せて
いた。
あれ……。いなくなっちゃった……。
少し寂しい気もしたけど、みんなお腹が
いっぱいなら仕方がないかな。私は残った
サンドイッチをゆっくりと味わった。
サンドイッチを食べ終えたとき、ガラル
さんとポロは灯台の中でキャッチボールを
して遊んでいた。私もその輪に入ろうと階
段を下りたとき、灯台の扉が静かに開いた。
……おっさん。どうしたんだい。その傷。
おっさんと呼ばれた男性は首から胸にか
けての切り傷が広がっていた。傷口からは
じわりと血が滲んで衣服を赤く染めていた。
知らないが……変な連中にいきなり切ら
れてよ……。びっくりして逃げてきたぜ。
たしかこの人、私が街に着いた時、ガラ
ルさんとお話してた人かな。ううん。今は
そうじゃなくて……。情報を集めないと。
おじさん。どんな服装か覚えてますか?
え? ああ。こんな天気がいいのに長袖
……なんか全身を布で覆ってるようだった
かな。
私は嫌な予感がした。もしかしたら……
でも、そんなはずはないと思いながらもう
一つ質問をした。
その人たちってなにか言っていました
か?
なんて言ってたっけな……ぶつぶつ小さ
い声だったからよく聞こえなかったが……
確かリティスって言ってたかな……
私は膝の力が抜けてその場に屈んでしま
った。まさか本当にその予感が的中するな
んて……でも、これは私が逃げてしまった
から起きてしまった。だから、私は……。
おじさん。どこで襲われましたか?
おい、リティス。まさか……。
え、この街の入り口付近だったかな。
わかりました。ありがとうございます。
私はおじさんにお礼を述べ、一人街の入 (さぁ、リティス。そろそろ諦めな)
口へと駆けた。
入口には見覚えのあるローブの人物が立
っていた。それも数人、どこで私を見かけ
たのかはわからないけど……。でも、これ以
上迷惑をかけたくない。
わうっ! わうっ!
背後からポロの鳴き声が聞こえた。ポロ
は見慣れない人物に向かって大きく吠え、
牙をむき出しにする。普段は甘えん坊のポ
ロがここまで敵意を露わにしているなんて
……。私は震える足を一歩そしてまた一歩
とローブの人物たちに近付いていく。
こ……ここの人たちは関係ないでしょ。
傷つけるの……やめなさい。
リティス リティス
私はもう少しだけ近付く。背後ではポロ
がずっと低く唸っている。私に何かあった
らいつでも飛び出すという思いが込められ
ているような気がした。
リティス リティス
私との距離がもう目と鼻の先まで来たと
き、一人がナイフを高々と上げ、私に振り
下ろした。私は咄嗟に両手でそれを防ごう
と構えるよりも先に、衝撃が走った。何か
がぶつかったという認識はあったが、それ
が何かと気付いたとき、私の頭の中は真っ
白になっていた。
……ポロ……ねぇ、ポロ……なんで
衝撃の正体はポロだった。ポロが私に (対象を違えたのか)
体当たりをして、身代わりになったのだ。
横たわるポロのお腹から溢れている赤い液 (まぁいい。次はしっかり狙いな)
体が、少し湿った土を染めていく。
そんな……ポロ……ポロ……
私は悲しかった。とても悲しかった。大
好きな人を傷つけられることが……苦しん
でいることが……。私のせいでポロは……。
ポロにしがみ付き大声で泣いた。その背後
でまたナイフを振りかざしていようとも、
私はとても悲しかった。
それと同時にとても憎かった。私の大事
な子を傷付けたから。苦しんでいるから。
私は涙を拭い、傷付けた人を睨みつけた。
あなたは、絶対に許さないっ! (ん……こ……これは……まずいっ)
私が睨みつけると、その人は喉をかきむ リティス! 止めるんだ!
しり、奇声をあげながら絶命した。その後
ろにいる人たちはその様子に臆することな これ以上は……あたしが……消えちまう
く、私に近付きナイフを振りかざす。 あぁ……や……止め……苦しい……っ
リティス リティス
大事な人達を傷付ける人は……許さない リ……リティス……っ!
私の背後から黒い渦が現れ、残りを覆い な……なんてことだい……この……私が
隠す。渦が消えるとさっきまでそこにいた 消える……だ……なんて……あぁあああっ
人影は跡形もなく消えていた。辺りに気配
がないことを確認した私は、すぐにポロの
手当を行った。
ポロ……ごめんね……ごめんね……
くぅん……
私はどうしたらいいかわからず、傷口に
手を置き、意識を集中してみた。やがて
手の中から仄かな温もりとともに傷口がみ
るみるうちに塞がっていく。温もりが消え
ると、さっきまで赤い液体が滴っていた個
所は綺麗に塞がっていた。
え……塞がってる……痛くない?
わうわうっ!
すっかり元気になったポロは私の顔をペ
ロペロと舐める。嬉しいと同時にポロが元
気になってくれた安堵からまた私は泣いた。
ひとしきり泣いたところで、ガラルさんが
到着し何があったと尋ねた。私は覚えてい
る範囲で経緯を説明をすると、ガラルさん
はあっと大きな声を出した。
リティス……首飾りが……
え……あ……ない? なんで?
私は首元を触ってみた。すると、さっき
まであった首飾りがなくなっていた。いや、
首飾りだったものなら、私の足元に散らか
っていた。もしかして、壊れた……の?
ガラルさん……これ……
俺もさっぱりだ……。ただ、あくまで仮
定だけど、その魔女は純粋な負の感情を魔
力に変換して生きながらえていたとするな
らば、さっきリティスが使った魔法という
のは同じ負の感情ではあるけれども、正し
いことに使用したことなのかもしれない。
魔女の力が闇ならば、さっきの魔法は闇で
ありながらも正しい力、光。魔女にとって
苦手な属性を宿したリティスに魔女は消滅
してしまった……ということなのかもしれ
ない。
正しい……力?
確かに私は力を使った。とても憎くて悔
しくて……。私の中にある魔女の力を開放
した。でもそれは、真っ黒い力ではなかっ
たのは覚えている。いつもなら、魔女に体
を乗っ取られながら使っていた力だけど、
今回は自分の意志で使った。魔女はそんな
私の中にある小さな光で消滅してしまった
のだろうか……。もし、そうだとしても、
違っていても魔女から解放されたことは、
とても嬉しかった。もう二度と、こんな思
いを誰かに引き継ぐのなんて嫌だから。
わう! わうわう!
ポロは早く撫でてくれと言わんばかりに、
私に飛びついてくる。慌てた私はポロの頭
を撫でると、ポロは嬉しそうに目を細めた。
私はひとつ、疑問に思った。なぜ、あの
人物たちがこの場所を探し当てたのか。そ
の疑問にはガラルさんは少し唸ってから答
えてくれた。
また仮定で申し訳ないけど、今までのこ
とをひっくるめると、魔女は自分の空腹を
満たすために残った贄の連中を呼び寄せた。
自ら望んで贄となった奴らはその音に招か
れてきた……。ただ、それには相当な力を
使うから。魔女であれ疲労はするのかもし
れないね。もしかしたら、魔女はここ最近、
リティスにちょっかい出してないんじゃな
いかな。
言われてみれば、最近魔女から話かけて
こなかった気がする。静かだなとは思って
いたけど、まさかその間に贄を呼び寄せて
いたなんて……。もしかして、何回か視線
を感じたのは贄だったのかも……。
まぁ、何はともあれリティスが無事で
よかったよ。そして、ポロの傷を癒してく
れてありがとう。
わう! わう!
そ……そんな……。私は、必死で……
必死に守ってくれたんだよね。
は……はい。
私は顔が火照っているのに、気付き慌て
て手で冷やすもすぐに手に熱が伝わり中々
冷えてくれなかった。
よしっ。今日はお祝いだ。
え。何のお祝いですか?
決まってるだろ。リティスが魔女から
開放された記念日だ。すぐに支度しないと。
と言って、ガラルさんとポロは駆け足で
街へと向かっていった。なんとなく今の状況
を整理するにはちょうど時間も必要。私は少し
だけ一人の時間を利用して自分なりに解釈して、
飲み込むことにした。
気持ちにひと段落ついたところで、私は
街に戻った。辺りはとっくに日が暮れて間
もなく闇が支配する時間になっていた。な
のにもかかわらず、街に灯りはなかった。
それに人の気配も感じないなんて……。
ガラルさん……どうしたのかな……
私は速足でガラルさんの家へと戻る。ド
アノブに手をかけて、捻ったその瞬間。
パァン パァン
何かが弾ける音と共にガラルさんの家の
灯りがぱっと点いた。そこにはカラフルな
三角帽子を被ったガラルさんとポロ、それ
に街の人みんなが私の帰りを待っていてく
れた。
きゃっ び……びっくりしました。
おかえり! リティス。待ってたよ。
わうわう!
お嬢ちゃん。待ってたよ。
首から見える白い布が少し痛々しく見え
たけど……無事でよかった。胸を撫で下ろ
しているとガラルさんが飲み物を渡してく
れた。
さぁ、乾杯しよう。リティス。持って。
は……はい。
えー。では、これよりリティスが再誕
したことを祝しまして……乾杯っ!
乾杯っ!
グラスが重なる音が心地よかった。その
音は私の中にあった黒い何かが弾けた音の
ようにも聞こえた。
私は飲み物を口にした。とても甘酸っぱ
いジュースだった。甘さのあとにすっきり
とした風味が追いかけてきて、とても美味
しかった。
お待たせ!
そういってガラルさんは大きなお皿を運
んできた。上には大きな魚が丸々一匹、そ
の魚を色とりどりの野菜が囲んでいた。
魚は骨もないから気にしないで食べてな
私は魚にフォークを刺した。かりっとし
た音に続き、そのままフォークは奥まで難
なく入ってしまった。引き抜くとそこには
ふわりとした白身が湯気を出していた。
……。ふわふわしていて美味しいです。
一噛みする度に魚の旨味、程よい塩味が
口全体に広がってずっと噛みしめていたい
程。周りを彩る野菜もパリパリ、さくさく
と耳、食感と両方で楽しませてくれるもの
ばかりだった。
落ち着いたところに、ガラルさんが私の
隣に座り、さらにポロも私の膝に顎をのせ
る。
楽しんでるかい?
はい。お料理も飲み物もとても美味しく
て、今はとても幸せです。
それはよかった。ところで、リティスは
この後どうするの?
……そうだった。計画もなにも状態だっ
たから……。私はどうしようか考えている
と、ガラルさんの大きくて優しい手が私の
頭を撫でる。
よかったらここにいればいいじゃないか。
あまり広い家はないけど……さ。
え……め、迷惑ではないですか?
俺がいつ迷惑だなんて言った?
……その……いいんですか?
ああ。それに……俺は君が好きだ。でき
ればいて欲しいなと思うんだけど……
え……すっ好きって……私……?
うん。君ともっとたくさんの時間を共有
したいなって。もちろん、君がよければ。
わうっ!
……そんな。ポロまで。なんだかずるい。
私はポロの頭を撫でながら小さく頷いた。
それをみたガラルさんはとても嬉しそう
に声を上げた。ちょっとびっくりしたけど、
なんだか私もちょっと嬉しい。
最初はただただ嫌でしょうがなかったあ
の首飾り。それがまさかこんな形になってく
るなんて……。なんだか皮肉。私は小さ
く笑い、ポロの頭をさらに撫でた。
お母さん。私は今、とても幸せです。お
母さんの期待に沿えなくてごめんなさい。
だけど、お母さんが魔女じゃなかったら
……喜んでくれているのかな……。
私は今でも魔女。そのことには何ら変わ
りはない。だけど、それをも受け入れてく
れる人がいるのなら、私はその人を守るた
めにあの力を使う。もう、悲しい思いをし
たくないし、させたくない。あの魔女がく
れたこの力は、私が正しいと思ったことに
使わせてもらう。
リティス。デザートは食べるかい?
ガラルさんが私を呼ぶ。その問いかけに私は
満面の笑顔をのせてこう答えた。
はいっ! いただきます!
完




