アウタースペース
宇宙船フラッシュ号は、矢のように先端が細長い宇宙船で、漆黒の宇宙空間を驚異的なスピードで疾駆していた。船を統括するコマンドモジュールでは若い飛行士のケイタが制御卓の画面を見ていた。地球を離れて百日が経過していた。ケイタはコンピュータに問いかけた。
「ロム、接近してくる隕石は?」
「船の進路に障害はありません」
ロムがモニターする自動航法装置は人間の手をわずらわせることなく、船の推進を制御していた。
観測窓からは星の輝きが見えた。
「ケイタ、疲れてはいませんか?」
「大丈夫だ、ロム。君のコントロールのおかげで船の旅は快調だ」
「それは良かったです」
さらに百日が経った。
ケイタは後部の備品庫へ行くと、食糧のストックを確認し、エンジンの駆動音に耳を傾けた。それは、緻密に構成された船の心臓部の停滞のない鼓動だった。
ケイタはコマンドモジュールに戻ると、制御卓の画面で遠い星のスペクトル分析の結果を見ていた。光の波長のずれは、星の赤方偏移を示していた。星は驚くべき速度で遠ざかっているのだった。
フラッシュ号は飛行を続けていた。忠実なコンピューターは誤りなく、目的地である宇宙の辺境を、宇宙の果てを目指していた。
コンピュータ、ロムは考える。膨張する宇宙はどこかで収縮するのだろうか? かつて船を作った主人である人間はそのことに考えをめぐらしたことをロムは知っていた。だが観測を続けていくと膨張の速力は加速をさらに強め、宇宙の拡がりは収縮ではなく、さらなる膨張だという認識に至った。星の光が示した赤方偏移は膨張が遠方の宇宙で起こっていることを客観的に意味していた。
どのぐらい時間が経っただろう。長い時間が流れた。幾つもの銀河が船の後方へ流れた。あれほど賑やかに輝いていた観測窓から見える星々の光は、今は閑散として、光の希薄な空間が行く手に拡がっていた。
若かったケイタは加齢のために顔の皮膚には皺が目立ち、髪も薄くなっていた。命は無限ではない。
船のコンピュータ、ロムは、老いた主人の姿にやがて訪れる孤独を感じた。主人に従うことを当たり前のこととして意識することなく過ごしてきた日々の時間が大切な蓄積なのだとロムは思った。
「ロム、まだ宇宙の果てではないのか?」
ケイタが、シートに身体をゆだねた姿勢で訊いた。
「目的地まで、あとわずかです」
ケイタは目を閉じたまま、そうか、と言葉を口にした。
ケイタは知っていた。ロムは答えたがそれは偽りだった。船のエネルギーを出しきったとしても辺境には着かないだろう。
幾千の銀河を置き去りにし、前方から一切の光が途絶えたその時、全センサーが過剰なエネルギーを検知した。それは、途方もない計測できる容量をはるかに越えた未知のエネルギーの塊だった。
迫りくる未知の場の中で、引き伸ばされていた光の波長が一転して極限まで縮み、一点へと集束していく。そして、急激な拡散。
「ロム、状況は!」
「ケイタ、ビッグバンです」
そこはすべての始まりだった。
宇宙船フラッシュ号は新たな宇宙の始まりに遭遇していた。ロムは冷静にその一部始終を観測、記録していた。
膨張の果てにロムとケイタのフラッシュ号が到達したのは、無ではなく、すべてが凝縮から解放された次の宇宙の始まりの浜辺だった。
そして、再び、時間が始まった。




