ep9.星の命を削らぬ未来と、僕らの帰る場所
広大な円形ドームの天井は、特殊な偏光ガラスで覆われていた。そこから降り注ぐのは、地下深くとは思えないほど暖かな、黄金色の眩い光――。
「これは……太陽光じゃな」
アーサー博士が呆然と呟き、端末を操作する。だが、シリウスが怪訝そうに天井を仰いだ。
「待てよ博士。今は夜だぜ? 外は真っ暗なはずなのに、なんでこんな『太陽』みたいな光が降ってくるんだよ」
「そうだよ博士! もしかしてこれ、偽物の光なの?」
ミラも不安げに首をかしげる。そんな二人を見て、博士はフッと不敵な笑みを漏らした。
「ふふふ……これだから若者は。いいか、シリウス。そもそも『月の光』とは何じゃ?」
「え? そりゃ、月が光ってるんだろ?」
「馬鹿者、月は自ら光を放つ恒星ではないわい。月光の正体は、月に反射した『太陽光』そのものじゃ!」
博士は誇らしげに、巨大な天井を指差した。
「この特殊偏光ガラスはな、夜空に浮かぶ月から反射してくる微弱な太陽エネルギーを、このドーム内で一点に集束・増幅させておる。つまり、『月光という名の太陽光』をそのまま取り込んでおるわけじゃな!」
「月の光なのに太陽光……? なんだか騙されてる気分だけど、つまり、月が出ている限りエネルギーは無限ってことか?」
「その通り!昼も夜も関係なく、天体の恵みを余さず吸い上げるシステムを構築したんじゃよ。星の命など一滴も使わずに、な!」
「すごーい! じゃあ、お月様は巨大な反射鏡ってことなんだね!」
ミラの感嘆の声がドームに響く。 師匠が、呆れたように、けれどどこか感心したように口角を上げた。
「……理屈は通ってるな。要するに、宇宙規模の効率厨が作った施設ってわけだ」
アーサー博士が呆然と呟き、端末を操作する。画面に映し出されたログには、驚くべき事実が記されていた。
「星の命を吸い上げているというのは、この施設を維持するための循環装置のことじゃ。だが……見てくれ。生命維持装置、つまりコールドスリープは、わずか100年しか起動しておらん。何らかの原因で、星のエネルギー供給が止まっておる」
「100年? 1000年前の施設なのに、あとの900年はどうなってたんだ?」
シリウスの疑問に、博士は頭を抱えた。
メインコンピュータには、あの黒いロボットに関する記録は一切ない。ただ、エネルギー供給が途絶えたという無機質な記録が残るのみだった。
「だとしたら……。星のエネルギーに頼らず、この太陽光へ完全に切り替えればいいのかのう。しかし、それではエネルギーが足りない」
博士の結論はシンプルだった。だが、今の博士一人ではその大規模な換装作業は不可能に近い。
◇◇◇◇
「アーサー博士、忘れてないか? ミラは発明家だぞ」
師匠がニヤリと笑い、弟子の肩を叩いた。
「なにか手伝うことはあるか?」
博士の目が輝く。
「おお、そうじゃった! ならば、太陽光発電装置の開発を頼もうかのう。今のままでは、効率が足りんのじゃ」
「任せて! 電力を増幅すればいいだけのはず」
ミラが腕のリングに触れる。アイテムボックスから眩い光とともに、彼女のは一枚の紙を取り出した。
「えっと。あったこれが設計図」
「なるほど、この素材ならあるぞ! ほうほう……」
「博士悪いが、先に1000年前に戻りたいんだが……」
「そうだったのう。すまない。ここが1000年後だということを忘れていた」
四人は一度、ゲートを通じて1000年前の過去へと戻る。移動した先は、再び夜だった。
夜ばかりが続いていたせいか時間の経過を忘れていたが、本来寝る時間のはずだ。四人は無言で食事を済ませ、空いている寝床を借り、仮眠をとり朝を迎えた。
歴史を修正し、未来で施設を維持するためには、過去の時点で手を打たねばならない。
「人は一度、眠りにつかなければならぬ。だが、ただ太陽光発電装置を増やしただけでは、星の再生が追いつかんじゃろう」
ミラが腕のリングに触れる。アイテムボックスから眩い光とともに、彼女の移動式研究室と、改良途中の太陽光発電装置が次々と取り出された。
博士の指示のもと、ミラは驚異的なスピードで作業を進めた。彼女はさらに、あの黒いロボットの脅威に備え、バリアの技術を自身の科学銃に取り込み、出力を大幅に強化する方法まで見つけ出した。
「これで、守りもバッチリだよ!」
巨大な太陽光パネルの群れは、わずか三日のうちに完成し、施設へと組み込まれた。これで未来の施設は、星の命を削ることなく、太陽の恵みだけで動き続けるはずだ。
◇◇◇◇
出発の間際、師匠がふとアーサー博士に向き直った。
「博士、あんたはこの施設周辺で、『黒い渦』のようなものを見たことはないか?」
あの不気味なロボットの出現と、何か関係があるのではないか。師匠の鋭い問いに、博士は静かに首を振った。
「いや……心当たりはないのう。あのロボットが何だったのか、わしにも分からん。だが、次はあんなものに侵入させんよう、ガードロボットもしっかりと作っておくとしようかのぉ」
「そうか……。なら、いいんだ」
施設は無事だ。未来は、少しだけ明るい方向へ書き換えられたはずだ。
シリウス、ミラ、そして師匠の三人は、ゲートへと足を踏み入れた。
◇◇◇◇
ゲートを潜り抜けた瞬間、全身を包んでいた激しい光が、嘘のように静かな闇へと溶けていった。
そこは、元の小屋がある場所。
だが、そこにあるのはただの暗闇ではない。
「……わぁ。見て、シリウス」
ミラが指差した先。空には、こぼれ落ちそうなほどの星々が瞬いていた。
過去へ戻った時も、そして今、元の家へと戻ってきたこの時も。ゲートを抜けた先は、いつも変わらぬ深い夜だった。
「……ああ。綺麗だな」
シリウスは、腰にある重い「星の剣」に手を置いた。
都会や施設の中では決して見ることのできない、本物の夜。
天の川が白く帯を引き、遠くの銀河が静かに呼吸しているかのようにまたたいている。
太陽が命を育む光なら、この星空は、戦いを終えた者たちを包み込む安らぎの光だ。
自分たちが救おうとした世界が、今もこうして美しい夜を保っている。その事実に、シリウスの胸に熱いものが込み上げた。
「帰ってきたんだな、俺たちの場所に」
冷たく澄んだ夜気が、戦いの熱を帯びた体に心地よい。
三人は、夜空を埋め尽くす星々の輝きを心ゆくまで見上げ、静かに家路へとついた。
星の瞬きだけが、彼らの帰還を祝うように、いつまでも優しく降り注いでいた。




