ep5.未来都市
漆黒の亀裂を抜けた先は、冷たくて、重たい夜だった。
見上げるような鉄の塔がいくつも並んで、星空を隠している。見たこともないくらいキラキラした光が時々チカチカして、気味が悪いほど静かだ。
「……やはり、か」
後ろで、師匠がポツリと言った。
さっきまで何もなかったはずの夜空に、僕たちが抜けてきた『黒い穴』がまだぐるぐると渦を巻いている。
「師匠、穴が見えるようになったの?」
「ああ……。移動する前は見えなかったが、こうして渡っちまえば嫌でも分かる。脳がこの場所を『ある』と認めたんだろうな」
師匠は見たこともない鉄の建物を見上げて、眉をひそめた。
「俺の知っている街とは、建物の作りも何もかも違いすぎる。……妙な場所だ」
一方で、ミラは隣で目をキラキラさせて廃墟を見上げていた。
「わあ……! シリウス、見て! あの建物の継ぎ目、あんなに細いのに全部エネルギーが通ってる。これ、すごすぎるわ! どんな技術を使えばこんな街が作れるの!?」
ミラは「ポカン」とするどころか、次から次へと見つかる最先端の技術に夢中だった。その時、僕の胸元にあるペンダントが、ドクンと心臓みたいに一度だけ熱く脈打った。
(なんだ……? 今、ペンダントが……)
僕が戸惑っている間にも、ミラは勝手に走り出しそうな勢いで周囲をキョロキョロしている。記憶がなくても、この高度な科学の匂いそのものが、彼女をワクワクさせているみたいだった。
僕たちは引き寄せられるように、大きな建物の中に入ってみた。
カチカチと青い光が点滅する廊下を歩くと、ガラスの箱がいくつも並んでいる広い部屋に出た。
「……あ、人だ」
僕が指をさした先、箱の中には人が入っていた。でも、みんな動かない。
ミラが箱をトントンと叩いて、顔を曇らせる。
「……みんな、寝てるの? でも、もう起きないみたい。ずっと、ずっと前から、ここで止まっちゃってるんだわ」
そこには、千年も前から眠り続けて、そのまま塵に還ってしまった人たちの抜け殻が並んでいた。10歳の僕たちには、その時間の長さが怖いくらいだった。
建物の中を調べながら、僕たちは反対側の出口から外の広場へと出た。その時だった。
ドォォォォン……ッ!!
地響きと共に、闇の中から四つの巨大な影が現れた。
それはロボットというより、鋼鉄でできた『怪物』だった。六本の鋭い脚に、重戦車のような胴体。紅いセンサーが暗闇で不気味に光る。
「うわっ……デカすぎだろ、これ……!」
「迎撃用の守護機兵ね。……あんなの、まともに食らったらひとたまりもないわ!」
巨大な怪物が、カチカチと音を立ててこちらを睨む。その威圧感に足がすくみそうになる。
僕は腰の『銅の剣』を抜き放った。星の剣の重さを体幹でねじ伏せ、必死に一歩前に出る。
「はあぁぁッ!」
特訓した『袈裟斬り』を、一体の脚に叩きつける。
でも――パチパチッ! と青い光の壁が剣を弾き飛ばした。
「効かない!? 嘘だろ、びくともしない!」
怪物の巨大な脚が、丸太のような勢いで僕を薙ぎ払おうとする。
「シリウス、下がれ!」
師匠が割って入り、漆黒の訓練剣でその攻撃を受け止めた。火花が夜の闇に散る。
「シリウス、お前はミラを頼む。こいつらは俺が引き受ける!」
師匠の鋭い声。僕はハッとして後ろに下がり、震えるミラを守るように立ちはだかった。
「ミラ、 あのバリアどうにかできないか?」
「すぐになにかつくるわ!」
ミラは腕のリングから即座に鉱石を取り出し、師匠に投げた。
「師匠! あいつらにこれ投げて! アンチバリア爆弾よ、バリアにふれると爆発するわ!」
師匠は、即座にロボット目掛けてそれを投げつけた。
――パリン!
「さて……シリウス。二本の剣を『使う』ってのは、こういうことだ。よく見ておけ!」
師匠が、夜の闇を裂いて踏み込んだ。
そこから始まったのは、僕の常識を打ち破る「組み合わせ」の嵐だった。
「連続剣――『旋風・三十六連』!」
まずは右手の剣で、鋭い『袈裟斬り』が怪物の肩を捉える。
その斬撃の終わり際、止まることなく師匠の体が沈み込み、今度は二本の剣を重ねて、下から斜め上へ――猛烈な重みの『逆袈裟』を叩き込んだ。
(……! 一本で斬ったあと、すぐにもう一本……いや、二本で別の方向から!? 基本の型の組み合わせだ!)
一刀、二刀。一刀、二刀。
右で『突き』を放った刹那、二本の剣で『横薙ぎ』。
左で『打ち上げ』、すぐさま二本で『唐竹割り』。
九つの型が、片手と両手の組み合わせで変幻自在に絡み合う。一太刀ごとに加速し、威力が増していくそのリズム。一刀では生じ得ない「隙のない連撃」が、怪物を逃がさない。
一刀の鋭さと、二刀の重圧。
それが四セット繰り返され、合計三十六の軌跡が夜の廃墟に白銀の網を描き出す。怪物の鋼鉄の体は、抵抗する間もなくズタズタに引き裂かれていった。
そして、連撃の終焉。二本の剣が十字に重なり、師匠の全身から青白い気迫が立ち昇る。
「――『双星破』!!」
僕の知らない未知の「スキル」が炸裂した。
十字の閃光が巨大な怪物を真っ向から貫き、光の粒子へと変えて消し飛ばす。
僕は息をするのも忘れて、その残像を網膜に焼き付けていた。
(……一本で道を切り開いて、二本で仕留める。組み合わせは自由なんだ……! いつかあれが出来るようにならないと)
三ヶ月間、不自由な重さに耐え続けた僕の体の中に、師匠が見せた「一と二のスイッチ」が鮮烈に刻み込まれる。
僕は無意識に、右手の『銅の剣』を振り抜き、左手で腰の『星の剣』の柄を握りしめた。
(もう少し、この星の剣をふれるまで鍛練がいるな)
「……すごいや、師匠。あんな動き、僕もいつか……!」
消えゆく光の粒子を見つめながら、僕は震える声で言った。
でも、感動と同時に、胸の奥から抑えきれない「願い」が湧き上がってくる。目の前に広がるこの廃墟。静まり返った鉄の街。それがどうしても、僕には「死んでいる」ように見えて寂しかったんだ。
「師匠。……僕、この都市の千年前に行ってみたい」
「……何だと?」
師匠が驚いたように振り返る。僕は、まだ青い光が微かに点滅している鉄の塔を見上げた。
「この建物が動いている時をみたいんだ! こんなにすごい街が、どんな風に動いて、どんな人が歩いていたのか。……滅びたあとの廃墟じゃなくて、生きてる姿を知りたいんだよ!」
僕の言葉に、隣にいたミラが弾かれたように顔を上げた。
「……! 私も、私も見たいわ、シリウス! 見れるなら、今すぐにでも! あのガラスの箱の中の人たちが笑って、この複雑な機械たちが完璧に歌いながら動いているところを!」
いつもは冷静なミラが、爆発させるような感情を露わにしている。彼女のルーツに関わるかもしれないこの場所への想いは、僕以上なのかもしれない。
「師匠、さっきここへ移動してくる時、変なウィンドウが現れて、1000年後を選んだらここに出たんだ。あれ、たぶん『行き先』を選べるんだと思うんだ。さっきの場所に戻るんじゃなくて、時間を指定すれば……!」
僕の必死の提案に、師匠は呆れたように肩をすくめた。だが、その瞳の奥には、教え子の好奇心を否定しきれない冒険者の熱が宿っている。
「……ミラも見たいっていうなら、行ってみるか、それに、この都市と、あの穴がどういうものなのか、聞けるかもしれないな、よし、決まりだ」
シリウスが、空中に浮かび続ける『黒い穴』の横に手をかざした。すると、ペンダントが熱くなり、幾何学的な紋様が浮かぶ透明なウィンドウが、命令を待つように静かに光りだした。
「1000年前!」
僕たちは顔を見合わせ、力強く頷いた。
師匠がウィンドウを操作し、光の数値を打ち込む。瞬間、黒い穴が黄金色の輝きを帯びて膨れ上がった。
「行くぞ!」
師匠の声と共に、僕たちは同時に黄金の渦へと飛び込んだ。
千年前の、まばゆい光の世界へ。
吸い込まれるような感覚の中、僕の胸元にあるペンダントが、かつてないほど熱く、激しく鼓動していた。




