ep4.星の鼓動と時空の旅立ち
あの日から三ヶ月が過ぎた。
朝の静寂を切り裂くのは、僕が振るう剣の風切り音だ。おじいちゃんから託されたあの銅の『銅の剣』。最初は自在に振るうことが出来なかった。それが、今では僕の腕の延長のように、鋭く空を泳いでいる。
「……ふぅ。九百九十八、九百九十九……千!」
最後のひと振りを終えると同時に、全身から汗が噴き出した。だが、心地よい。
そこへ、いつの間にか出来ていた工房に籠もりきりだったミラが、目の下に少しクマを作りながらも、自慢げな顔で現れた。
「シリウス、できたよ! ほら、特製の『星の剣の鞘』と……これ!」
ミラが差し出したのは、銀色のシンプルなリングだった。
「それは、アイテムボックスの機能を埋め込んだリングだよ。これで重い荷物も全部しまえるし、私の部屋と、道具とか全部持ち歩けるんだ」
言われた通り、星の剣を鞘に納めて腰に差す。信じられないことに、あれほど重かった剣が、今ではおもちゃのように軽い。これなら、この剣を腰に付けたまま、師匠との激しい組手もできそうだ。
「ミラ、ありがとう。……それと、もう一つお願いがあるんだ。おじいちゃんから貰ったこの、『銅の剣』。星の剣と一緒に、一生持ち歩きたいんだ。そのうちこの剣も限界が来ると思うんだ、その時にもっと強く、僕に合わせて強化してくれないかな?」
「一生、か。……ふふ、任せて! シリウスの相棒、最高に仕上げてあげる、強化方法は考えておくわ」
そんな僕たちの会話を、後ろで腕を組んで聞いていた師匠が口を開いた。
「三ヶ月か。……よし、シリウス。星の剣を腰に下げて少し動いてみろ。馴染んできたようだな。そろそろ、本当の『剣』を教えてやる、これからは素振りもいいが、剣技を毎朝、軽く思い出すように何度も手に馴染むように何度も練習するんだ」
師匠はミラの背中に向かって、無造作に足元の石を拾い上げた。
「ミラ、研究の邪魔をして悪いが、訓練用の剣を作ってくれ。俺用とシリウス用に二本ずつ。この剣と同じ重さで、だが切れないやつだ。素材は……それでどうだ?」
師匠が後ろ向きのままの、ミラの頭越しに石を放り投げる。
ミラは作業の手を止めることすらなく、背後に飛んできた石をひょいと片手で掴んだ。
「……はい、磨がないでね、切れるようになるから」
ミラの指先から淡い光が溢れる。加工スキルによって瞬時に形を変えた石が、四振りの漆黒の訓練剣へと姿を変え、背後の師匠と僕に向かって投げ返された。
受け取った剣は、見た目に反してずっしりと重い。ミラはそのまま、憑りつかれたように再び図面に向き直った。
二刀の理
「まずは一本だ。こい、シリウス!」
師匠の鋭い声が飛ぶ。僕は一本の訓練剣を構え、師匠に打ちかかった。
師匠は僕の剣を、縦、横、斜めと、最小限の動きで受け流していく。
「一刀は攻防一体。だが、受け流しが基本だ。相手の力を殺し、その隙を突く」
次に、師匠は二本目の剣を手に取った。
「見ていろ。これが二刀の利点だ。相手が一本なら、片方で受け、もう片方で受け流しながら同時に斬る。防御と攻撃を同時に完結させるんだ」
師匠の動きはさらに加速する。僕が全力で振り下ろした一撃を、師匠は左手の剣で受け止め、右手の剣を僕の喉元に突きつけた。
「次は二本でこい! 相手が二本の場合、力だけでは押し切れん。もし相手が一本なら、こうだ!」
師匠が二本の剣を重ね、力強く振り下ろす。
僕の剣は強烈な衝撃で弾き飛ばされた。
「片手で相手の力を受ける必要がある。力が足りなければ、二本で受けつつ、受け流しながら片方を相手に向ける。あるいは、一旦下がって隙を作るんだ。……覚えておけ、二刀は力ではなく、意識の分岐だ」
星の剣を腰に下げたままの特訓は、これまでの何倍も過酷だった。けれど、僕の心は高揚していた。
師匠からは一本の時と二本での簡単な方を教えてくれた、二刀流の時は片手ずつのものと、二本同時方向からの斬撃のやり方を教わった。基本の型を組み合わせて連続剣や受け流しをすることを教わった。
後は俺が使いこなせるようになれば簡単に敵に連続攻撃を防御しながら打ち込めるらしい。
基本の型は九つ。
すべては斬る、あるいは守る「方向」に名がついているに過ぎない。
単純ゆえに、同じ方向から漫然と打ち込んでも意味はない。
だが、二刀には無限の組み合わせがある。
一本ずつ別方向から死角を刻むこともあれば、
相手のガードを崩し、その剣筋を滑らせながら、二本同時に袈裟を叩き込むこともある。
一本ずつの連撃も、二本同時の重撃も。
すべては、相手の隙に合わせて選び取る選択肢の一つに過ぎない。
師匠の二刀流は、驚くほどシンプルだ。
だが、その膨大な組み合わせが「型」という名の癖を消し去る。
この淀みのない流れを、読み切ることなど不可能に近いだろう。
【基本の型】
袈裟斬り(けさぎり): 右肩から左脇腹へ。袈裟懸けに斜めに振り下ろす。逃げようとする肩を捉える。
右胴 :真横からの水平斬りだ。右の脇腹を薙ぎ払う。避けるスペースを横から潰すための壁だな。
右逆袈裟: 右下から左上へ向かって斬り上げる。しゃがんで避けようとする奴の顎を下から跳ね飛ばす、いやらしい軌道さ。
逆風 :真下からの垂直上昇。唐竹の真逆、股間から鼻先までを一本の線で結ぶ。視界の外から突き上がってくる死神だ。
左逆袈裟: 今度は左下から右上だ。右逆袈裟と対になって、下方向からの脱出ルートを完全に封じ込める。
左胴 :左からの水平斬り。右胴と合わせることで、左右の逃げ場はこれでもうゼロだ。
逆袈裟 :左肩から右脇腹への振り下ろしだ。これで斜め・横・縦、すべての「斬撃の網」が完成する。
刺突 極めつけは中心への最短距離。全方位を斬撃で囲んだそのド真ん中に、鋭い「点」をぶち抜く。
新たな世界へ
夕暮れ時、師匠が不意に空を見上げた。
「……そろそろ、ここを立つか」
◇◇◇◇
――翌朝。
「そう言えば。前に、シリウスが言ってた『穴』だけど、ここの近くにもあるわよ」
ミラが指し示した場所へ向かうと、そこにはあの日見たような漆黒の亀裂があった。
ミラは旅立ちを察知し、ミラがいつの間にか作成した開発ラボを丸ごと腕のリングのアイテムボックスへと収納した。
師匠に許可を取り、僕とミラと師匠3人でシリウスが来た穴とは別の黒い空間へと飛び込んだ。
視界が歪み、重力が逆転する。
再び目を開けたとき、そこには見たこともない夜空が広がっていた。
昼に穴に入ったはずなのに、向こう側は深い夜。
目の前に、淡く光る操作パネルが浮かび上がる。
そこには二つの選択肢が表示されていた。
* [1000年前 ]
* [1000年後 ]
「なんだろこれ……前にはなかったのに、まあいいか、新しい方に行ってみよう。1000年後だ」
僕がパネルをタッチした瞬間、景色が一変した。
目の前に現れたのは、神秘的な巨大な建造物の廃墟。植物に飲み込まれながらも、かつての文明の輝きを宿した、美しくも寂しい場所。
「廃墟か……。ここが、ミラがいた次元かもしれない……」
師匠が周囲を警戒しながら歩き出す。




