ep3.赤き拳
あの日、漆黒の亀裂――『時空の穴』に吸い込まれた夜のことを、僕は一生忘れない。
見たこともない巨大な星々。群れをなす不気味な魔物。10歳の僕にはあまりに絶望的な夜の森で、僕を救ってくれたのが師匠とミラだった。
僕を選んだ白銀の『星の剣』は、今も小屋の奥で静かにその時を待っている。
――翌朝。
僕はパチパチと爆ぜる火の粉の音で目を覚ました。
「……師匠?」
朝靄の中、師匠が二振りの二本の剣を手に舞っていた。一振りごとに空気が震え、鋭い風切り音が森の静寂を切り裂く。
テラスでは、ミラが狂ったように図面を引いていた。彼女の周りには淡い光が漂い、感情に合わせて明滅している。
「ミラ、おはよう。朝から研究?」
「……今、魔力回路の接続が……ああっ、また光が消えた! もうっ!」
あの日、僕の傷を治した「回復薬の科学銃」も、彼女が加工スキルで作ったものだ。
「次は、これ!」
「起きたか、シリウス! 修行の時間だぞ」
師匠が演武を止め、不敵に笑いながら歩いてきた。
「師匠、おはよう! 僕、早くあの『星の剣』を自在に扱えるようになりたい。師匠みたいに、二本の剣で戦えるように!」
「……お前に二刀流はまだ早い。まずはその『剣』をまともに振れるようになれ。二刀は一本を完璧にした先にある『意識の分岐』なんだよ」
師匠は厳しく言い放ち、僕に千回の素振りを命じた。
数時間の猛特訓。腕は鉛のように重い。休憩中、僕は師匠からミラの秘密を聞かされた。
師匠は、小屋の奥に刺さったままの白銀の剣を見やった。
「あいつを自由に振るいたきゃ、その細い腕を鋼に変えることだ」
それから数時間、僕は地獄を見た。
腕は鉛のように重く、足はガクガクと震える。休憩中、僕は汗を拭いながら聞いた。
「師匠……ミラとは、どうやって出会ったの?」
師匠は遠くで爆発音を響かせているミラを一瞥し、少しだけ声を潜めた。
「……あいつの『本当の才能』を、お前には話しておこうと思う」
◇◇◇◇
師匠の語る真実は、衝撃的だった。
この地へ来た直後の師匠は、山ほど巨大なヌシ『大蠍』を追っていたという。
「夜の森に、突然――燃え盛るような『赤き閃光』が走った。駆けつけた俺が見たのは、大蠍の甲羅の上で、紅蓮の光を放つ十歳の少女……ミラだ」
「……ミラが、そんな化け物と?」
「ああ。俺が助けに入る隙もなかった。ミラは、その細い腕をただ一回、振り抜いた。――直後、爆発的な衝撃があたりを包み、大蠍の巨体が内側から粉砕されたんだ。あいつの星にちなんだ、赤き破壊の能力……。だが、あいつ自身はその時の記憶がないと言い張って、発明に没頭してるがな」
◇◇◇◇
師匠が語ったのは、信じられない話だった。
かつてこの山を支配していた巨大なヌシ『大蠍』。師匠が助けに入る間もなく、10歳のミラが放った一撃――赤き星の輝きを纏ったその拳が、大蠍の堅牢な甲羅を、内側から粉々に爆発させたのだという。その後、ミラは気を失って、その時のことを覚えていないらしい。
「あいつの放つ一撃は、俺の剣より重い。あの力は、10歳の子供の力じゃないし、体から出ていた赤い光がなんなのか、俺には想像もつかない、ミラは蠍との戦闘のことを一切覚えていなかった、あの力を使いこなす天才なのかと思って稽古をしてみたが、力は全然だった、シリウス、お前が側にいてやれ」
「ミラが……そんなに……」
向こうで「また失敗したぁー!」と頭を抱えているミラを見る。
師匠は、猛然と素振りを再開した僕の背中を見つめ、静かに独りごとを呟いた。
「すぐにでも発ちたいところだが、このヒヨコ共を放り出すわけにもいかねえな。……もう少しだけ、見てやるか……その時まで」




