ep12.静謐の森、星々の瞬きと魔法剣士
解放軍の剣士に導かれ、草原の下を通る隠し通路を疾走した三人は、生い茂る木々が空を覆う深い森へと辿り着いた。背後で剣鳴や怒号が遠ざかり、ようやく一息つける静寂が訪れる。
森の入り口を少し進んだ、薄暗い木漏れ日の下。
そこには、これまでの戦場にいた魔法使いのローブ姿でも、正規軍の鎧姿でもない、不思議な格好をした数人の人影が立っていた。腰には使い込まれた剣を下げているが、その佇まいはどこか世俗を離れたような鋭さがある。
「……止まれ」
中央に立つ一人が、低く、威圧感のある声で制した。
「お前たちは……どこから来た。あの狂った魔法兵でも、理性を失った剣士たちでもなさそうだが」
彼らの視線は、ミラの怪しげなデバイスや、シリウスの持つ星の輝きを宿した二刀に注がれている。
「……敵じゃないことだけは確かだ。俺たちは、気づいたらこの戦場のど真ん中にいたんだよ、別な世界から来たと言えばわかってもらえるか?」
シリウスは、情報収集をかねて、《《別世界から来たと言う話》》を初対面であったが、その剣士たちにまともな情報を開示した。
「おい。シリウスコイツら信用できんのかよ!」
ベガが、大剣をその剣士たちに向ける。
「シリウス、ベガ、相手は剣を抜いてない、だから一度剣を納めて」
ミラが冷静に二人に先ほどの激戦区ではないことを再認識させる。
ベガは背中に大剣を戻し、その剣士たちを睨んだ。シリウスも、いつの間にか当たり前に二本となった剣を1本に戻し、無意識に鞘に納める。
その剣士たちの中で一番リーダーっぽい男が片手を胸の前に出した。
「別世界? 戦闘を見ていたが、お前らは剣士の国の人間じゃないようだな、その女の武器を見れば異世界って話は、嘘ではないようだ。おまえたちは魔法が使えないのか?」
その男は、腕に炎の魔法を見せてきた。
「俺たちは魔法を見たこともないし、使ったこともないよ」
ベガが割ってはいる。
「炎か、俺は雷なら使えるけどな」
ベガの言葉に、リーダー格の男は薄く笑った。
「ほう、雷か。なら見せてみろ」
挑発に応じるように、ベガは不敵な笑みを浮かべた。問題児王子と噂される彼に、王族らしい慎ましさは微塵もない。彼が再び剣を構えると、刀身にバチバチと激しい電光が宿り、広範囲の空気が震えだした。
「吹っ飛べ! 『ボルト・ブレイカー』!」
放たれたのは、洗練された術式などではない。
それは荒れ狂う雷光を強引に剣筋へと叩きつけた、暴力的なまでの「衝撃の奔流」だった。凄まじい放電が周囲の地面を黒く焦がし、大気が悲鳴を上げるような轟音が静かな森の空気を引き裂く。
だが、それを見守っていた男は、驚くどころか呆れたように鼻を鳴らした。
「……なるほどな。だが、それは魔法というよりはお前の周りに勝手に雷が発生してるようだな、それは、おまえ固有の能力だろうな」
男は視界を焼く残光を振り払うように首を振る。
「派手だが、魔法っていうよりも、お前の剣技といった方が良さそうだ。魔法ってのは、もっとこう……理を編むもんだ」
そう言うと、男は腰の剣をすらりと抜いた。
男が静かに剣を振る。
一撃目、刃が空をなぞると、そこには鮮烈な紅蓮の尾が引かれた。空気が焼ける熱気が遅れてやってくる。間髪入れず二撃目。逆方向から振り抜かれた刃は、一転して絶対零度の白銀を纏っていた。散った火花が瞬時に凍りつき、美しい結晶となって地面に降り注ぐ。
『火炎斬り』と『氷結斬り』――。
そんな素朴な名前が付きそうな、だが洗練された、純然たる『魔法剣』だった。
「見ての通り、俺たちのは、さっきの戦いをやっている剣と魔法の大国のどちらでもない、その両方を使える魔法剣士という《《解放軍》》のリーダーとでも名乗っておこうか。ついてこい、おまえたちにこの国の事情を説明してやろう。どちらにせよ、この国で冒険したきゃ、この問題を解決しない限り、どっちの国へも入り込めはしないだろう」
男は涼しい顔で剣を鞘に収め、呆然と立ち尽くすベガを見据えた。
「リーダーいいんですか?」
「ああ、コイツらは解放軍としても役に立つだろう。いや、少しは役に立ってもらう」
リーダーに導かれ、森のさらに奥深くへと進むと、そこには岩壁をくり抜いたような堅牢な拠点が姿を現した。かつて、二つの国が手を取り合っていた時代の名残だろうか。そこには魔法の道具と、手入れの行き届いた剣が等しく並べられていた。
拠点の中、焚き火を囲みながらリーダーが重い口を開いた。
「この戦いが始まったのは、ちょうど三年前だ。……皮肉な話さ。かつてこの二つの国は、互いを磨き上げるために『魔法剣士』という新たな道を共に歩もうとしていた」
リーダーは、かつて両国の象徴だった折れた紋章を見つめる。
「だが、交流の場で悲劇が起きた。真っ先に魔法の国の王女を、剣士の国の兵士が斬りつけたんだ。その数日後、今度は剣士の国の王子が、魔法の弓で心臓を貫かれた」
「……互いに結ばれようとしていた二人が、か」
シリウスが沈痛な面持ちで呟く。
「そうだ。そこから全てが狂った。両国はまっぷたつに分かれ、互いを呪い、あの草原で終わりのない戦争を続けている。……今の現状は、その成れの果てだ」
話を聞き終える頃には、洞窟の外は深い夜に包まれていた。ミラは黙ったまま、デバイスの画面を見つめていたが、その瞳には解放軍の技術に対する知的好奇心が微かに宿っているようだった。
「……夜も深い。今日はここに泊まれよ。部屋はある、自由に使ってくれ」
リーダーが立ち上がり、出口を指し示す。
「安心してくれ。初対面で信用しろと言っても難しいだろうが、見張りは俺たちがいる。今は体を休めろ」
「……ああ。恩に着るぜ」
ベガが大剣を枕元に置き、ぶっきらぼうに応じる。
三人は案内された部屋へ入り、窓から夜空を仰いだ。そこには、争い合う地上とは無関係に、暴力的なまでに美しく光り輝く星々が瞬いている。
「……三年前、か」
シリウスが独り言のように呟く。ゲートで選んだ「3年後」という数字。それがこの世界の運命を変えた年月と同じであることに、三人は奇妙な因縁を感じずにはいられなかった。
静かな森の吐息を感じながら、三人は深い眠りへとついた。




