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二振りの剣と星の航跡 〜次元を越え、時を超える少年の物語〜  作者: 真柴 零
青年編 星の残光、深淵からの刺客

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ep11.三年の残光、虚空を裂く二つの剣

 アストライアの市場は、夕餉の支度をする人々でごった返していた。15歳になった三人は、慣れた足取りで人混みを抜けていく。


「……はい、次! 乾燥肉の樽、三つね」


 ミラが店主にお金を払うと同時に、指先のリングを樽に向けた。瞬間、重たい樽がふっと空間に溶けるように消え、ミラのアイテムボックスへと格納される。


「……便利だよな、それ。何度見ても重力を無視してやがる」


 ベガが感心したように呟きながら、自分用に買った砥石をミラに差し出す。それも一瞬でリングの中へ。


「当然でしょ! これでも五年かけて改良を重ねたんだから。シリウス、そっちの小麦粉も貸して。一気にしまっちゃうから」


「ああ、助かるよ。……これなら、どれだけ買い込んでも移動が楽でいいな」


 買い込んだ小麦粉もミラのリングへ吸い込まれ、シリウスの手元が軽くなる。15歳になった彼らにとって、この効率的な連携はもはや呼吸をするのと同じだった。


「……ふぅ。これで予備の食料も、ミラの怪しい発明品の素材もバッチリだな」


 シリウスが軽く伸びをすると、隣で指先のリングを弄んでいたミラが、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「怪しいとは失礼ね。これでもしゲートの先が氷河期でも、温かいスープを五日は作り続けられるわよ。……で、ベガ。さっきからソワソワして、何なの?」


 二人の視線が、少し前から街外れの方を気にしていたベガに集まる。ベガはニヤリと笑い、二人を手招きした。


「おいシリウス、ミラ。……あれだよあれ! 準備万端なら、そろそろ行こうぜ『別世界』ってやつによ!」


 ベガが指差した先。街の喧騒から少し外れた、古い石造りのアーチの影に、不気味に、けれど美しく拍動する「黒いゲート」が口を開けていた。


「……あんなところに。いつの間に開いたんだ?」


 三人がゲートの直前まで歩み寄った、その時だった。 空気が震え、ゲートの表面に、浮かび上がるように文字が現れた。


 そこには二つの選択肢が表示されていた。

 * [3年前 ]

 * [3年後 ]


「そういえば、ベガの世界に行った時だけだったよな。選択肢が出なかったのは。……結局、この選択肢にどんな意味があるのかは分かんないけど。……なあ、3年前か、3年後かなら、やっぱり『新しい方』を見てみたいと思わないか? 俺は、未来の方がいい」


「そうね。過去を振り返るよりは、新しい未来の方がワクワクするじゃない!」


 ミラが弾むような声で同意し、迷うことなく『3年後』の文字を指差した。


「ああ、異議なしだ。三年前の古臭い揉め事なんて、俺の故郷だけでお腹いっぱいだからな。さあ、見たこともない新しい世界を見せてくれよ!」


 ベガが快活に笑い、三人は吸い込まれるように黒い渦の中へと足を踏み入れた。


「……ふぅ。やっぱり、ゲートをくぐった先はいつも『夜』なんだな」


 シリウスが独り言のように呟き、空を見上げる。そこには、アストライアで見るよりもずっと近く、暴力的なまでに眩い星々が瞬いていた。天の川が天裂を走るように横たわり、名もなき銀河の塵が、まるで宝石の粉を撒いたように夜の帳を飾っている。


「本当ね。この圧倒されるような星空だけは、どの世界に行っても変わらない贅沢だわ……」


 ミラが感嘆の息をつき、指先のリングを弄るのも忘れて天を仰ぐ。ベガも大剣の柄に手をかけたまま、無言でその輝きを瞳に映していた。一瞬だけ、戦いの準備を忘れさせるような、静謐で熱い星々の語らい。


 ――だが、その静寂は長くは続かなかった。


 星空の美しさに目を奪われていた三人の鼻腔を、不意に焼けるような熱気と、鉄の匂いが突き抜けた。


 ゲートを抜けた瞬間に三人を襲ったのは、瑞々しい新世界への期待を粉々に打ち砕く、焼けるような熱気と鉄の匂いだった。


「――っ! なによこれ、いきなり激戦区じゃないの!」


 ミラが叫びながら、頭上を通過した巨大な火球を避けて地面に伏せる。そこは、地平線まで続く広大な草原……のはずが、空からは色とりどりの魔法の雨が降り注ぎ、地には鉄の軍勢がひしめき、耳を刺すような怒号と剣戟の音が響き渡っている。


 その時、シリウスの数歩先で、一体の騎士が呻き声を上げて倒れた。胸元には、黒焦げになった魔力弾の痕が痛々しく残っている。


「……っ! おい、大丈夫か!?」


 シリウスは反射的に駆け寄ろうと身を乗り出し、叫んだ。 「ミラ、ベガ! 助けるぞ!」


 だが、その肩をベガの太い腕がガシッと掴んで引き止めた。


「待てシリウス。……いいか、これは『戦争』だ。行きずりの奴が一人二人首を突っ込んでどうにかなるもんじゃねえ」


「でも、目の前で死にかけてるんだぞ!」


 食い下がるシリウスに、ベガは戦場の両端――「魔法を打つ集団」と「剣を振るう集団」を冷めた目で見据えながら、静かに、けれど傲岸不遜に言い放った。


「落ち着け。……いや、シリウス。お前、どっちが悪者か判断がつくのか? どっちが正義でどっちがクズか、ハッキリわかるってんなら、俺のこの大剣でそっちを『壊滅』させてやってもいいがな」


 ベガが背中の大剣の柄に手をかける。その言葉は、単なる強がりではない。彼が本気で暴れれば、この戦場そのものを更地に変えかねないほどの威圧感がそこにはあった。


「……っ。それは……」


 シリウスが言葉に詰まる。確かに、どちらが侵略者で、どちらが守る側なのか。魔法を打つ側にも、剣を振るう側にも、同じような「怒り」と「正義」が渦巻いているように見えた。


「でしょ? 悪いけど、今は助ける相手を選ぶ余裕さえないわ。……よくわかんないけど、とりあえずここは逃げるわよ! 巻き込まれたらたまんないわ!」


 ミラが叫び、子供の頃から使っている「科学銃」の改良版を迷わず引き抜いた。銃口から放たれたのは攻撃ではなく、強固な光の壁。ミラはそれを自身の前方に固定し、盾として構える。  直後、頭上から降り注いだ巨大な火球がシールドに激突し、凄まじい衝撃と爆炎が三人を襲った。


「くっ……! ミラ、持たせろよ!」

「わかってる! でもこれ、出力が……!」


 シールドの表面で火球が弾け、火花が散る。ミラは歯を食いしばり、両手で銃を支えて防壁を維持した。  だが、敵の攻撃は止まらない。火の次は、空が不気味に白光し始める。


「――っ、次が来るわよ! 衝撃に備えて!」


 轟音と共に、巨大な雷撃がシールドのすぐ脇に突き刺さった。シールドが激しく振動し、余波の電撃が地面を伝って三人の足を痺れさせる。


「痛っ……! シャレになってねえぞ、こいつは!」


 ベガが顔を歪め、痺れる足を無理やり動かして地を蹴る。雷の猛攻をシールドの影でやり過ごしたのも束の間、今度は視界を遮るほどの巨大な濁流――「水魔法」の塊が、津波となって草原を飲み込もうと迫ってきた。


「火の次は雷、今度は水かよ! どんな無茶苦茶な魔法部隊だ!」


 ベガが吐き捨てるように叫ぶ。剣で斬れる範疇を超えた、圧倒的な質量の暴力。


「ミラ、シールドは持つの!?」

「あと一発が限界! 走って、二人とも! 少しチャージしないと……」


 雷魔法の余波で痺れる足を引きずり、ベガが呻く。だが、息をつく暇はなかった。  逃げ込む先、陣地の入り口を塞ぐように、数人の剣士たちが無機質な動きで立ちはだかった。


「そこをどけ! 俺たちは旅の――」


 シリウスの言葉が終わるより早く、先頭の剣士が音もなく跳んだ。  その速度は、先ほどまでの疲弊した兵士たちとは一線を画している。


「くっ!」


 シリウスとベガは反射的に剣を抜き、鋭い斬撃を正面でガードする。だが、シリウスの星の剣を押し返してきた一人の剣士……その力が、尋常ではない。


(……重い。なんだ、この腕力……!?)


 シリウスは歯を食いしばる。一本の星の剣で必死に防ごうとするが、相手はニヤリと、感情の欠片もない笑みを浮かべてさらに力を込めてきた。


「……ごめん、俺たちはこの戦争とは関係ないんだ……っ!」


 至近距離で相手を説得しようと、シリウスはその目を見た。  そして、全身に鳥肌が立った。


 兜の隙間から覗くその瞳には、瞳孔も、生きた人間の光もない。ただ濁った暗灰色が渦巻く、「人ならざるもの」の眼球だった。


「こいつ……人間じゃない!?」


 驚愕で一瞬、力が抜ける。そこを突かれ、重い大剣がシリウスの首筋に迫る。


「シリウスッ!」


 咄嗟に、シリウスの手が動いた。一本の鞘から、溢れ出す光が二つの軌跡を描く。  無意識の解放。一本で防ぎきれない圧力を、シリウスは「実体化した二刀流」で強引に受け止めた。


「が……ぁぁあ!」


 火花が散り、剣士の怪力とシリウスの光が激突する。二刀でようやく互角。だが、相手は痛みを感じないのか、折れた骨が軋む音をさせながらさらに踏み込んでくる。


「ハッ、見惚れてんじゃねえぞ! どけっ、化け物め!」


 そこへ、横からベガが割り込んだ。雷で痺れた体を感じさせない力技で、相手の剣を横から強引に叩き伏せる。


「怪力なら俺も負けねえ! シリウス、今だ!」


 ベガが咆哮し、剣士の動きを一瞬だけ完全に封じ込めた。


「やらせるかぁっ!」


 後方からミラの鋭い声。科学銃の銃口が真っ赤に熱を帯びている。  放たれたのは、通常の魔力弾ではない。徹甲性能を極限まで高めた「強化弾」だ。


 光の弾丸が、ベガが抑え込んだ剣士の胸元を正確に貫いた。  爆ぜるような音と共に、人ならざる剣士がようやく膝をつき、そのまま砂のように崩れ落ちていく。


「ハァ……ハァ……。……今のは、一体なんなのよ……」


 ミラが熱を帯びた銃を握り直し、震える声で呟いた。  死闘を終えた三人の前に、ようやく本物の「人間の」兵士たちが、槍を構えて慎重に近づいてくる。


 後方からミラの鋭い声。科学銃の銃口が真っ赤に熱を帯びている。放たれたのは、通常の魔力弾ではない。徹甲性能を極限まで高めた「強化弾」だ。  光の弾丸が、ベガが抑え込んだ剣士の胸元を正確に貫いた。衝撃で敵の体勢が大きくのけぞる。


「……トドメだ!」


 シリウスの瞳が鋭く細まり、実体化した二本の星の剣が唸りを上げた。


「――『双星・三十六連』!」


 まず右手の剣が、斜め上から肩口へ鋭く振り下ろされる。袈裟斬り。  相手がそれに反応する間もなく、いつの間にか現れていた左手の剣が、下から跳ね上がるような逆袈裟で腹部を裂く。


 一本の剣で斬ったかと思えば、次の瞬間には二本の剣が同時に別角度から襲いかかる。  右からの横一文字を放った刹那、引き戻す勢いを殺さず、左手の剣が心臓を狙う鋭い突きへと変化する。


「……なっ、剣が、増えて……!?」


 後方で見ていた兵士たちが息を呑む。  斬り下ろしの次は、即座に手首を返した斬り上げ。左右の剣が交差するように放たれる垂直斬り。  袈裟、逆袈裟、突き、横一文字――9つの基本角を、二本の剣が異なるタイミングと角度で埋めていく。一本に見えて二本、二本に見えて一本。目にも止まらぬ36の閃光が、人ならざる剣士の全身を刻んでいく。


「――これで、終わりだ!」


 最後の一撃。両手の剣を交差させ、X字に放たれた渾身の同時袈裟斬りが、異形の剣士を真っ二つに分かたれた。  爆ぜるような音と共に、剣士は膝をつき、そのまま砂のように崩れ落ちていく。


「ハァ……ハァ……。……今のは、一体なんなのよ……」


 ミラが熱を帯びた銃を握り直し、震える声で呟いた。  死闘を終えた三人の前に、ようやく本物の「人間の」兵士たちが、槍を構えて慎重に近づいてくる。  その先頭に立つ兵士長は、呆然と立ち尽くしたまま、崩れ去った砂の山と、剣を収めたシリウスを交互に見ていた。


 シリウスが剣を収めた瞬間、陣地を包んだのは歓喜ではなく、凍り付くような沈黙と、剥き出しの殺意だった。


 駆け寄ってきた兵士たちが、シリウスを包囲するように槍を構える。兵士長の顔からも先ほどの驚愕は消え、険しい警戒心が塗り潰していた。


「……おい、見たか。あのガキの二刀流……」

「……貴様ら! その対人用の忌まわしい剣技……さては魔法大国に魂を売った裏切り者か! 奴らに雇われ、内部から我らを暗殺しに来たんだな!?」


「待ってくれ、さっきのは人間じゃなかったんだ! 目を見ればわかる、あれは――」


「黙れ、裏切り者が! 我が同胞を無残に刻んだ事実が全てだ。魔法を使わずともこれほどの手練れ……生かしておけば災いとなる。捕らえろ! 抵抗するなら斬り捨てろ!」


 兵士長の怒号と共に、一斉に槍が突き出される。


「……っ、完全に『敵』だと思われてるわね! シリウス、ベガ、弁明してる時間はないわよ!」


 ミラが叫びながら、科学銃のシールドを展開して槍の穂先を弾き飛ばす。


「ハッ、恩を仇で返すとはこのことだな! おいシリウス、こいつらまとめて……」 「ダメだ、ベガ! 相手は人間なんだ。……走るぞ、あっちへ!」


 シリウスが指差したのは、あろうことか先ほどまで自分たちを魔法で焼き払おうとしていた魔法大国側の陣営だった。


「本気かよ!? 裏切り者呼ばわりされた挙句、魔法使いの懐に飛び込もうってのか!」

「ここにいても殺されるだけだ! 行くぞ!」


 三人は反転し、剣士たちの追撃を振り切るようにして戦場のど真ん中へと再び飛び出した。


「追え! 裏切り者の首を上げろ!」


 背後からは同族(と思われている人々)の呪詛が響き、前方からは容赦ない魔法の雨が降り注ぐ。


「前は火の海、後ろは槍の山! 15歳の冒険にしちゃあ、ちょっとハードすぎやしねえか!」


 ベガが豪快に笑いながら、飛来する矢を大剣の腹で叩き落とす。三人は一筋の閃光となって、虹色の障壁が揺らめく魔法大国側の陣地へと、決死の突入を開始した。


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