ep10.星空の約束、置き手紙の向こう側
――あれから、5年の月日が流れた。
15歳になったシリウスは、かつての幼さを脱ぎ捨て、引き締まった体躯に確かな剣士の風格を漂わせていた。隣に立つミラもまた、少女から瑞々しい知性を湛えた若き発明家へと成長を遂げている。
二人は今、活気あふれる冒険者の街「アストライア」のギルド広場で、掲示板に並ぶ依頼書を眺めていた。
「おい、シリウス、これなんかどうだ? 『廃坑のゴーレム討伐』。報酬もいいし、腕試しにはちょうどよさそうだぜ!」
快活な声でそう切り出したのは、二人の新しい旅の仲間、ベガだった。仕立ての良い軽装の鎧を纏ってい背中には大きな大剣を背負っているが、その端々には隠しきれない高貴な気品が漂っている。彼は、ある事件でシリウスたちが次元の狭間から救い出した、隣国の王子でもあった。
「ゴーレムか……悪くないな。ミラ! これにしないか?」
シリウスが振り返ると、ミラは腕のリングのアイテムボックスから最新式の小型センサーを取り出しながら、いたずらっぽく笑った。
「賛成! ちょうど新しい徹甲弾のテストをしたかったところなの。ベガ、その依頼、キープしておいて!」
三人の軽快なやり取りは、今やこの街の日常の一部となっていた。
だが、シリウスがふとした瞬間に目を向けるのは、いつも自分の腰に下げられた『星の剣』だった。
かつて、10歳のあの日。
未来都市を救い、星空の下で静かな眠りについた翌朝のことだ。
目が覚めると、そこに師匠の姿はなかった。
枕元に残されていたのは、一通の手紙。
『これからは自分の足で歩け。星の導きは、お前たちの心の中にある、俺がお前たちにしてやれることは終わった。俺はやるべきことをしてくる、それと、過去の俺には会いに行くなよ。俺があってないから大丈夫だろうがな』
あまりにも唐突で、突き放すような別れ。
師匠がなぜ姿を消したのか、どこへ向かったのか、当時の二人には知る由もなかった。
あれから五年間、俺とミラは大きな街を渡り歩き、日銭を稼ぎながら、必死に剣と技を磨き続けてきた。師匠にいつか追いつくために。
今のシリウスの腰には、《《星の剣が1本だけ》》装備されている。
一見すれば、ただの美しい長剣だ。
しかし、シリウスの手にはかつてない力が馴染んでいた。
星の剣の出力は、まだ三割程度。
それでも、かつて師匠に守られていた子供の姿は、もうどこにもない。あの頃の謎の青い光やミラの赤い光、それにあの時の異様な黒い敵にはあれからずっとあっていない……。
「……師匠。俺たち、少しは強くなったかな」
◇◇◇◇
「おい、シリウス! ぼさっとしてんなよ。もう現場に着くぜ!」
ベガの快活な声に、シリウスは意識を現在に引き戻した。
三人がやってきたのは、街の外れにある「廃坑」。かつて魔石の採掘場として栄えた場所だが、今では高濃度の魔力溜まりによって自然発生したゴーレムが巣食う危険地帯となっている。
「分かってるよ。……ミラ、配置は?」
「バッチリ! センサーに反応あり。前方、大空洞の中心に巨大な魔力反応。……来るよ!」
ミラの警告と同時に、洞窟の壁そのものが剥がれ落ちるようにして、巨大な岩石の巨躯が立ち上がった。体長は優に三メートルを超える。廃坑に打ち捨てられた鉄屑や硬質な岩を巻き込んだ、重装甲のゴーレムだ。
「はっ、デカいだけが取り柄かよ! シリウス、ミラ、後ろに下がってな。俺の雷光で、一欠片も残さず粉砕してやるぜ!」
ベガが背中の巨大な大剣を、まるで羽毛のように片手で引き抜いた。
問題児王子と噂される彼に、王族らしい慎ましさは微塵もない。彼が剣を構えると、刀身にバチバチと激しい電光が宿り、広範囲の空気が震えだした。
「吹っ飛べ! 『ボルト・ブレイカー』!」
ベガが放ったのは、剣筋というよりは、巨大な「衝撃の塊」だった。
大剣の質量と高出力の電撃が合わさり、ゴーレムの岩の腕を一撃で粉砕、蒸発させる。
「ちょ、ちょっとベガ! 壊しすぎだってば! 換金する核まで壊しちゃったらどうすんのよ!」
ミラが慌てて叫ぶが、ベガはニヤリと不敵に笑うだけだ。
「ハッ、そんなのまた別のを倒せばいいだろ? 派手に勝つ、それが俺の流儀だ!」
「……やれやれ。相変わらずだな、お前は」
シリウスが苦笑いしながら、ベガがこじ開けた爆風の中に飛び込む。
「派手に暴れてくれたな」
シリウスが苦笑いしながら、ベガがこじ開けた爆風の残り香を突っ切って前へ出る。
ベガの放った雷光の余波が岩壁を焦がしているが、シリウスの瞳はそれ以上に澄んだ、真っ直ぐな輝きを失っていない。
「仕上げはもらうぞ」
シリウスは低く身構えた。
腰にあるのは、確かに一本の[星の剣]。その柄を握り、鋭い踏み込みとともに一気に間合いを詰める。
ゴーレムの剥き出しになった核。そこへ向かって、シリウスは一本の閃光となって突き進んだ。
――だが、その瞬間だった。
振り抜かれるはずの一本の軌道が、空中で不自然に「歪んだ」ように見えた。
シリウスの手首が、流れるような滑らかさで一閃、そして二閃。
「――なっ!?」
背後で見ていたベガが目を見開く。
シリウスの手にあるのは、間違いなく一本の剣だ。
しかし、振り下ろされた白銀の残像が、まるで意思を持っているかのように空中で二つに分かたれた。
一筋の光が岩を断ち、重なるように現れたもう一筋の光が、その奥にある魔力の核を真っ二つに両断する。
「『双星・旋流斬』」
静かな呟きとともに、シリウスが駆け抜ける。
遅れて、巨大なゴーレムが断末魔の音さえ立てられず、左右に分かれて崩落した。
「……ははっ、相変わらずお前の剣は不思議だらけだな、シリウス」
ベガが呆れたように笑いながら、ようやく大剣を背中の鞘へと戻した。
シリウスの腰にあるのは、やはり一本の『星の剣』が収まっているだけだ。だが、今の斬撃は明らかに、二人の剣士が呼吸を合わせて同時に切り込んだかのような、重層的な一撃だった。
「そうか? これでも最近、ようやく手に馴染んできたところなんだけどな」
シリウスは軽く肩をすくめ、足元に転がった核を拾い上げた。
かつて強敵との死闘の最中、おじいちゃんから貰った銅の剣が今にも折れそうになったあの夜。絶望の中で星の剣が眩く昂ぶり、銅の剣を包み込むようにして一つに溶け合った。
あの時からだ。この一本の鞘には、二つの魂が宿っている。
「気合を入れれば二本に見える、なんて冗談はもう聞き飽きたぜ。……まあいい、おかげで仕事は早く終わった」
ベガは不敵に笑い、満足げに鼻を鳴らす。
シリウスの瞳は、5年前よりも深く、けれどあの頃と変わらない、汚れなき「光」の輝きを宿していた。
「……ふぅ。よし、完了だな」
シリウスが剣を納め、一息ついたその時だった。
「――待って、二人とも! センサーがまだ真っ赤だよ!」
ミラの叫びと同時に、粉々になったはずの岩塊が、磁石に吸い寄せられるように再集結を始めた。廃坑の魔力が、ゴーレムを無理やり再生させているのだ。
「ちっ、しぶといな。ベガ、もう一発いくぞ!」
「おう、今度こそ粉々に粉砕してやる!」
武器を構え直す二人だったが、その前をミラが「はいはい、二人とも。まだまだね! 徹甲弾の出番よ!」と遮った。
「え……?」
呆気にとられる二人の前で、ミラは腕のリングからピンポン玉ほどの小さな銀色の球体を取り出し、指先で弄んだ。
「威力か足りないわ。これ、使っちゃうから!」
ミラは迷いなく駆け出すと、再生しかけているゴーレムの岩の隙間に、その小さな粒をスッと押し込んだ。そして、振り返ることもなく走り出す。
「おいシリウス、逃げるぞ! あの女、この部屋ごとやる気だぞ!」
ベガが顔を真っ青にして叫び、大剣を抱えて猛ダッシュを開始する。シリウスもその異様な空気を感じ取り、慌てて地を蹴った。
「うわ、ヤバイヤバイ! マジでヤバイってそれ!!」
二人が必死の形相で出口へ向かって駆け抜ける。その直後――。
――ドォォォォォン!!
小さな外見からは想像もつかない、超高密度の衝撃波が廃坑内を吹き抜けた。
◇◇◇◇
土煙にまみれ、命からがら外へ脱出した三人は、夕空の下でへたり込んでいた。
「……はぁ、はぁ。……ミラ、お前なぁ。核まで消し飛んでたら今夜は野宿だったんだぞ」
「大丈夫だよ、シリウス。はいこれ、ピカピカのまま!」
ミラが差し出したゴーレムの核を見て、シリウスは力なく笑った。ベガはといえば、乱れた髪を掻き上げながら、忌々しそうに鼻を鳴らす。
「ハッ、相変わらずお前の剣は不思議だらけだし、ミラはとんでもねえ爆弾魔だ。……ったく、お前らみたいな奴を仲間にしたのは正解だったぜ」
「……それを言うならベガだって、会ったとき俺とミラがゲートをくぐってまもなく、目の前でいきなり、『俺を仲間にしろ』だったよな」
シリウスが笑いながら言うと、ベガはバツが悪そうに視線を逸らした。
「そ、それは……お前たちがどう見ても俺の国の人間じゃないって、見抜いた俺が冒険に出向く出発点として丁度よくお前たちが来たからな」
開き直ったように、ベガは背中の大剣を担ぎ直して不敵に笑う。
「おかげで今は、追いかけられることもない。あのまま城で王子の公務なんてやってたら、俺の方が爆発してるところだったぜ」
「あはは、そうだっけ? 国家反逆罪にするぞー! とか言って、すっごく怖かったんだから」
ミラがクスクスと笑いながら横から突っ込むと、ベガは顔を真っ赤にして「あれは、そのままの意味だ。俺が誘拐されたとなれば国家反逆罪の成立だ 」と声を上げた。
「冗談じゃなかったのかよ、お陰でベガの世界を冒険できなかったんだぞ」
一足先に歩き出すシリウス。その背中を見つめながら、ミラはあの日からずっと変わらないシリウスの優しさと、秘められた強さにそっと微笑み、二人の後を追った。




