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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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第43話 Adria Blue

 その場にはえいじの服だけが遺された。

 それは死してなお、屍を冒涜されるような目にだけは遭わせたくなかった、しんたろうの最後のエゴ。

 どこかの国の独裁者のように、屍を晒されるのは見たくない。

 彼のこれまでの所業を考えれば、有り得る話だ。


「えいじ…ううっ、もっと早く会えてたら…」

「……本当にそう思うよ」


 しんたろうは、全てを奪われたことに対しての怒りはあれど、えいじ自体に然程憎しみを抱かなくなっていた。


 血縁関係があるから、だけではない。

 境遇に同情していないと言えば、嘘になる。

 何より彼の心を思うとただ哀しかった。


 自分にはどんな仕打ちを受けようとも、奪われることは無い心がある。

 それは親を、人を愛し愛された記憶や、得てきたたくさんの思いがあるから。


 彼はそれを切望し続けながら得ることは叶わず、失う前に絶望することが自分を守る術だと、諦観の中生きていた。

 望んでは奪われ、自分に向けられた思いすら信じられないほど、心を壊されてしまった。

 攻撃することでしか自分を語れない哀れな男。それがえいじに対しての想いだった。



 もし、出会いが違ったら?

 もし、後に生まれたのが自分だったら?

 それでも自分は今と同じ自分だっただろうか。えいじとは違うと言いきれるだろうか?

 そう考えるほど、えいじへの憎しみは消えていく。


 自分はただ己の為だけにえいじを殺した。

 遺す者たちが奪われないように、奪われた者たちへの手向けに。

 全てが終わった今、えいじへの恨みはない。



「結局……哀しませただけだな…」


 泣き続ける寿を見ながら、しんたろうは小さく溜息を吐いた。

 心を開く事が出来ないほど、無惨に壊されてしまった彼の為に祈る。

 この世界で十分過ぎるほど艱苦を受けた彼の心に、平静が訪れんことを。





 元のヘリポートに戻ると、西側の空から斎の声が聞こえて、二人は顔を上げた。

 土埃に汚れた顔が、今に泣きそうに歪んでいる。


「寿! 無事か!?」

「斎こそ! なにその怪我!?」

「この程度かすり傷だ。しんたろうさん、無事でよかった…」


 ぽたぽたと落ちる涙が、二人の間に小さな染みを作っていく。

 斎はしんたろうの気配を頼りに島に辿り着いたあと、名前を知っていたスルたちと合流し彼らを助けていた。

 残っていた《人型》は全て生命活動を止め、あらゆる場所に倒れている。

 その合間から、十数年ぶりに会う友人たちが姿を表した。


「……しんたろう。お前、会う時はいつもボロボロだなあ」

「あんたも人のこと言えないだろスル…酷いザマだ」


 二人は一瞬無言になり、微笑みあった。

 軽口も久しぶりで、共に過ごしたのは三年という短い時間だったが、懐かしさに目を細める。


「元気そうとは言い難いが無事でよかったよ。大分無茶したようだがな」

「服が風通しよくなってるよ」


 血に染まる服の穴に指を入れつつ、しんたろうは苦笑を浮かべる。

 スルは思わず顔を顰めたが、小さく溜息すると周囲を見つつしんたろうに向き直った。


「話したいことは山ほどあるが、一旦ここから脱出するか」

「ああ。日本に行こうか」

「あ……ちょっと待って」


 血と埃にまみれた場を後にしようとする二人に、寿は慌てて声を掛けた。

 床に落ちたままのえいじの服を、両手で大事そうに抱える。


「それはえいじの服か。本当に終わらせたんだな」

「…うん」


 寿は風にはためくえいじの服を強く抱きしめると、ゆっくり分解させていく。

 血に塗れた服が陽光を浴びて煌めく分子となり、風に消えていく。


「えいじ……僕はずっと忘れない」

「……寿はすごいな。誰にもできない事をやってくれた」

「斎だってできるよ」

「服を分解したことじゃないよ。えいじや俺が気付くきっかけになったのは寿だから」

「…!」


 しんたろうの言葉に、寿は驚き振り返った。

 目を細め、少し寂しそうにしんたろうは微笑む。


「ありがとう。憎み合ったまま終わらなくてよかったよ」

「僕もえいじを助けられたの? ホントに?」

「勿論だよ。ちゃんと笑ってただろ?」

「…うん……」


 えいじの最期の表情を想い、寿は泣きそうな顔で笑った。

 しんたろうが言う通り、えいじの最期は初めて見た笑顔だった。

 寿は瞑目すると一度だけ祈る。いつか会えたら今度は幸せであるようにと。




「…やはりあなたが求めていたものは、破滅などではなかったのですね」


 ソフィアは空中に投影された映像を観ながら呟いた。そこには孤島の様子が映っている。

 この空中ディスプレイは、ソフィアの遠視の超能力で見たものを映すことができる《千里眼》という道具だ。

 一人目を覚ましたソフィアは、既にいなくなっていたえいじを遠視で追い、その最期まで見続けていた。

 えいじだった欠片が朝日を浴びて煌めいていた。すべてを祝福するように。



「お役に立てなかった私に出来る唯一は、あなたの大切なものを守り続けること。ここからは私の最後の仕事」


 スマホを取り出すと、ソフィアは電話を掛けた。

 全ての《人型》への命令を取り下げるために。




 ***


「目立つのは良くないとはいえ、海の上を歩くのは落ち着かないな」

「光の屈折で姿を隠してるんだっけ? もう超能力とか以前に凄いね寿」


 寿をメインとする四人の超能力に支えられながら、しんたろうとスルたちは海の上を滑るように歩く。

 後ろで島が音を立て始めた。振り返ると巨大な木がせり上がり、その枝に一気に花を咲かせていくのが見える。


「島におっきな木が…あれが見せたかったって言ってた”ニッポン人のココロ”?」

「うん。予定より少し遅いけど、見せられてよかった」

「あれは桜か。久しぶりに見たな」


 あの島に桜はなかったから、とスルは目を細めながら島を眺めた。


「サクラ…」

「約束したでしょ? あれが俺の好きな日本」


 淡いピンクの花弁が、先ほどまでいた施設を覆い尽くさんばかりに咲き乱れていた。

 風に吹かれて儚げに揺れる無数の花に、寿は言葉を失う。


「すごくきれいだね…」

「でしょ? あれだけでこの世界は生きる意味がある」

「あ、あの施設にもあった…」


 にこりと微笑みながら、しんたろうは寿の頭を撫でた。

 急速に成長した桜は、あっという間にその花弁を散らしていく。


「今回はズルしたけど、本来は年に一度短い期間しか咲かないんだ。俺は桜を見るのが、いつも楽しみなんだよ」

「すぐ散っちゃうのに?」

「長く咲けばいいってもんじゃない。ぱっと咲いて潔く散るのがいいんだ」

「…なんか勿体無いなあ」


 しんたろうは何か違うことを考えているようだったが、寿は気づいていなかった。斎は服の袖をきつく握りしめる。



 私は桜が嫌いだ。

 生き急ぐあなたみたいで怖い。


 斎の不安は言葉にすることはなく、その胸中に消えた。

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