第41話 夜の終わり
さあ長い夜を始めようか。
お前の父が生き汚く続けたゲームだ。
何度でもコンティニューさせてやるよ。
終わりは来ない。
俺が終わらせるその時まで。
冷めた目で二人を見下ろしていたえいじは、つまらなそうに舌打ちした。
寿はその音に顔を上げてえいじを睨みつける。
「──お寒い家族ごっこは終わったか?」
「えいじ…っ」
ニヤニヤと嘲笑を浮かべながら、えいじは寿に向けて手を翳した。禍々しい黒い光が密度を増していく。
寿はそれに抗するように手を向ける。太陽のように白い光が強く輝く。
「しんたろうを、これ以上傷つけさせないから!」
「ははははは!! てめえじゃ力不足だ!」
口火を切った二人の力の波がぶつかり合い、しんたろうは目を細めた。白い光を弾き飛ばし、えいじの顔が愉悦に歪む。
「大人しく嬲られている方が、まだ幸せだったと教えてやるよ!」
「うあっ!!」
黒い雷のような力の激流が大地を抉る。寿は咄嗟に障壁を張るが、その衝撃にヒビが生じていく。
「んんーーっやあっ!!」
「!?」
砕けた障壁の欠片が黒い雷を包み込み、相殺するように消えていく。
超能力の繊細な操作と、圧倒的な質量がなければできない芸当だ。
「ハッ! 少しは遊べそうだなぁ!」
「はぁっはぁっ、遊びじゃないっ!!」
研ぎ澄まされた鋭い刃のような黒い力が、切り裂くように寿に降り注ぐ。
だが寿は白い花びらのような力を舞わせ、ふわりとそれを包みながらいなした。
「あァ…!? てめぇこれまで手を抜いてたのか!?」
何度か対峙したが、寿の力はえいじと比較にならないほど弱々しかった。だが今の寿の力は、自分に拮抗している。
「そんなこと出来ないよ!」
「……こんな短期間で、力の増減があるはずがない。こいつは《人型》じゃないのか?」
苛立ちながらしんたろうに視線を向けると、しんたろうは真っ直ぐえいじを見た。
「…寿は《人型》じゃない。《人型》なら力に波があるなんてありえない」
「……!」
ままならない力が、更に心の問題に左右されやすいのが人間の超能力。そして寿はそもそも、しんたろうと禊をベースに創られた。
えいじがしんたろうに投げ渡した母子手帳には、禊の血液が付着していた。そこから抽出したDNAとしんたろうのDNAを使い生まれたのが寿だ。
《人型》の技術をベースにしたため、見た目も白髪で赤目を持ち超能力が使える。
それでもDNAは人間のもののみで生み出されたため、寿は人間であるといえた。
「一から全て造られた《人型》とは違う。寿は俺と禊の子だ!」
「…なんだと」
しんたろうの返答に、えいじは忌々しげに歯を軋らせる。この島に廃人になったしんたろうを送り込んだのは、禊の遺品と自身を使い、復讐のために《人型》を造ると読んでいたからだ。
目論見通り、しんたろうは寿を造り出した。それを目の前で嬲り、更なる絶望に叩き落としてやるつもりだった。
だがしんたろうは寿を自分の子だと宣う。まるで実の親子のような愛情を向けながら。
「……どこまでも鬱陶しい野郎だなぁ!!」
「しんたろう危ないっ!」
えいじのディラックの海が、矛先をしんたろうに変えて襲いかかる。しんたろうから距離が離れていた寿は、咄嗟にそれを白い光で覆った。
反粒子はしんたろうに届く事なく、光の中に飲み込まれていく。
えいじは苛立ち、手のひらに力を集めつつ寿に向けた。
その時だった。
「ぐ、ぅっ…!?」
胃からせり上がり、吐き出されたのは赤黒い血の塊だった。全身が軋むように痛み始め、えいじはがくりと膝をつく。
「は……? なん、だ、これは…」
見開いた眼からも赤い血が伝う。思わず触れた手のひらが真っ赤に染まり、えいじは歯を軋らせた。
裂けた頬の出血は酷くなるばかりで、一向に止まる気配がない。その瞬間、えいじは気づく。先ほどの攻防で、しんたろうの返り血が、この傷に付着していたことに。
えいじは血走った目でしんたろうを睨みつけた。視線に気付いたしんたろうがにやりと笑う。
「……気づくのが遅い」
「てめぇまさか…!」
えいじの脳裏に、自身に完成した不老の薬《非時》を打った時の記憶が過ぎっていた。
──あの時、あの男は、關鍵は何と言っていた?
『非時はテロメアを円環に変えテ、細胞の老化を防ぐ技術なんだけド』
『それくらい理解してる』
關鍵は、医務室でぼそぼそとえいじに説明する。
『細胞死には”プログラム細胞死”ってのがあってネ。本来は有益なんだけド、《非時》は円環だから、もしそれが起こったラ全部死んじゃう』
『んな技術、《非時》の生成すらできない現代科学じゃ、実現できねぇだろうがな』
『………そうだネ』
振り向きもせず關鍵は答える。
手には既に、《非時》の入ったシリンジを持っていた。
『とっとと始めろ』
『分かったヨ』
關鍵は無表情なまま、えいじの腕にシリンジの針を刺した。
あの時はまだなかったはずのそれを、《非時》にプログラム細胞死を起こさせる何かを、今になって關鍵が完成させたというのか。
「《非時》を自壊させる、”プログラム細胞死《玉匣》”…お前も終わりだよ。俺の返り血を散々浴びてるんだから」
「クソが…最期まで、俺の邪魔しやがって…!!」
「な、なにこれ…!?」
混乱している寿の目の前で、えいじの手に微細なヒビが走り、体が震えはじめた。
不完全な《非時》を打たれたしんたろうは知っている。今のえいじが、気を失うことすらできない、耐え難い激痛に襲われていることを。
「くそ…が…!!」
えいじは引き攣る腕を伸ばし、驚いて動きを止めた寿に掴み掛かった。
「あっ…!」
「ガキが…甘いんだよ…!!」
「寿!!」
「こんな事で…ぐぅっ、くたばって、堪るか…!」
寿の肩を掴んだえいじの蒼い瞳が寿の瞳を捉え、薄っすらと色を変えていく。
頭の奥で何かが騒めく音が響きだし、寿は目を閉じようとしたが瞼はおろか指一つ動かせなかった。
「寿逃げろっ人格転移だ! そのままじゃ身体を奪われる…!」
「…俺の、代わりに……死ね…!」
「んんっ…あっ…!?」
血を吐くようなえいじの言葉とともに、赤黒い蔦が寿の腕を這い上がってくる。それがえいじの心と記憶への誘いだと気づき、寿は息を飲んだ。
絶望は蔦を枯らし、花は蕾のまま萎れていく。しんたろうとはあまりにも違う記憶のイメージだった。
──落ちていく。暗い夜の海に…




