第4話 初めての友達
裏路地を駆け抜け、辿り着いたのは地下にある店だった。
貸切の札がかけられている重々しい扉を開くと、中は薄暗く、僅かな明かりが人影を照らしていた。
店自体初めて入った寿は、きょろきょろと辺りを見回した。
カウンター席しかない狭い空間、飾り気のないレンガの壁。聴いたことのない、静かな音楽が微かに流れている。
複数の視線を向けられ、寿はどきりと竦む。
「今ここにいるのは仲間だけだ。俺達は同じ村の出身でな。イドラを潰すために動いている」
「イドラ?」
「しんたろうさんを監禁し、お前を狙っている企業だ。《人型》や遺伝子研究をしている…非公式にな」
「そんな一気に話したって、理解できないわよ。ほら、みんな紹介するね」
「は、はじめまして。寿です…」
信乃は呆れながら荘助の言葉を遮ると、一番近くにいた長い茶髪がふわりと揺れる女に話しかけた。
「この子は安曇。私の友達なの」
「やだっ怖いよもう!」
「…? なにが?」
「…この子人見知りなの。ごめんね」
バツが悪そうな表情で信乃は寿に謝る。安曇はささっと信乃の後ろに隠れ、そっと覗くように寿を見た。
森の中に住んでいたリスのようだなと、怯える態度と尻尾のように揺れる髪を見て寿は思った。
「僕は誠。荘助の幼馴染なんだ。寿くんよろしくね」
「よろ、しく…」
カウンターの向こうから、男が寿に話しかけてきた。
柔らかい表情で微笑むセンターで髪を分けた誠に、どこかしんたろうに似た雰囲気を感じ、寿は恥ずかしそうに俯いた。
「寿っていうの? オレとタメかな?」
「タメ?」
「同い歳ってこと」
最後に声をかけてきた少年は他のメンバーよりかなり若く、寿は親近感を覚え安心した。
カウンターの椅子から飛び降りると、寿の正面に立ってにこっと笑う。
「オレは仁。こんな暗いとこばっかじゃなくてさ、どっかにオレと遊びに行こうぜ」
「うん…!」
人懐こく笑う仁につられて、寿もにこりと笑う。
日本は怖い人間だけでなく、優しい人もいてよかったとようやく胸を撫で下ろした。
会話を弾ませる仁と寿を、荘助は険しい表情で見つめていた。水を入れたグラスを渡しながら、誠は苦笑を浮かべる。
「どう見てもただの子どもだね。何なら仁より幼く見えるよ」
「どうだかな。背負わされてるものは、恐らく相当重いだろう」
「……そう、だね」
寿がぱっと振り向いて、誠は慌てて穏やかな笑みを浮かべる。
その様子を見ながら、荘助は黙って水を飲んだ。
「この後別のセーフハウスに移動するけど、ずっとそこにいる事はないわ。明日街を案内してあげる」
「おい信乃、勝手に決めるな!」
「いいじゃない。少しくらい」
イタズラな笑みを浮かべる信乃に、仁がぱっと表情を輝かせる。
「信乃さん! オレも行っていい?」
「やったー! 楽しみ!!」
「……はぁ、好きにしろ」
子どものようにはしゃぐ寿に、荘助は諦めたように肩を落とした。
「じゃあ僕と仁は片付けてから帰るね。みんなお疲れ様、ゆっくり休んでね」
「ええ、お疲れ様」
「先に戻ってる。気を付けろよ」
「この子も一緒に暮らすの? やだぁ…」
誠は食器を片付けながら、信乃と荘助に声を掛ける。信乃は不満げな安曇の腕を引きながら、にこりと返答する。
荘助は寿を見ると手を差し伸べた。
「行くぞ。何もないとは思うがあまり離れるなよ?」
「分かった! 仁また後でね!」
「おー気を付けてな」
ひらひらと手を振る仁に無邪気に笑うと、寿は荘助の手を握り返しながら店を後にした。
***
翌朝、朝食を軽めに済ませると、荘助と信乃は寿と仁を連れて街へと繰り出した。
多くの人間が出勤のために慌ただしく歩いている。
昨夜より多くの人と車の往来に、寿は目を輝かせながら辺りを見回しながら進んでいた。
「ちょっと待って! これ何?」
「……何、て」
「チョコレートパフェよ」
「寿の住んでた場所には、こういうのなかったんだ?」
「うん、初めて見たよ!」
寿が手をついて眺めているショーケースの中央には、巨大なチョコレートパフェが置いてあった。
寿の様子から、島に娯楽は無かったのだろうと容易に想像がつく。
そんな場合ではないのだが、街に出ている時点でそれは今さらだった。
「ちょこれーとぱふぇ…」
「……食べたいのか?」
ときめきを隠しもせず、寿は荘助に瞳を向けた。
荘助はこの目に弱い事を初めて自覚して、がくりと肩を落とす。その様子を見ながら仁はニヤニヤと笑った。
「分かった…わかったから、そんな目で俺を見るな…」
「荘助さんの弱点見っけー」
「うるさいぞ仁…」
仁に揶揄われる荘助は、頭を掻きながら喫茶店のドアを開いた。
「いらっしゃいませ~ご注文がお決まりになりましたら…」
「ちょこれーとぱふぇ!」
「オレはミルクティーアイスで」
「…コーヒー二つ」
待ちきれない様子ではしゃぐ寿に、仁は楽しそうにメニューを開いて「これ美味そうじゃない? 今度食べよーぜ」などと言いながら商品の説明を始める。
生クリームの乗ったココアや、フルーツが盛られたパフェなどを追い、寿の目は忙しなく動く。
今度来た時はこれを食べたい、と既に次のメニューまで選んでいた。
「お待たせしました~チョコレートパフェの方~」
「はい!!」
見本よりはるかに巨大なパフェが出てきて、荘助はげんなりとした。
寿をちらりと見遣ると、渡された長いスプーンを握りしめ、子どものように目を輝かせている。
「美味しい~! なにこれすっごい甘い!!」
「寿って子どもみたいだなあ」
「見てるだけで胸焼けしそうだ…」
「コーン付きのアイスクリームが刺さってるね」
口の周りをチョコまみれにしながら、寿はとても嬉しそうにパフェを食べている。
荘助はもう何も言わず、熱いコーヒーを啜った。
***
「遊び疲れちゃったのね。子どもみたい」
「…こんな調子で大丈夫か…」
「同い年とは思えないぐらい、純粋だねえ寿って」
暫く街を散策し、戻って早々に風呂に入ると、寿はあっという間に寝てしまった。
呆れたように呟きながら、荘助は寿に布団をかける。
ぷっくり膨らんだ頬を柔らかくつつくと、寿はごにょごにょと小さな寝言を言った。
「……まあいいか」
荘助は少し微笑みながら、寿を起こさぬよう扉を閉めた。
無邪気に笑い、父を求める寿。
しんたろうが寿をどう思っているのかを考え、荘助の胸の奥になんとも言い難い痛みが広がった。




