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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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第39話 泥より出でて、泥に染まらぬもの

 襲い来る《人型》を前に、寿の兄姉は協力して防壁を展開していた。寿の力に拮抗する防壁は、全ての害意を遮断する。

 急襲されて建物の一部が崩壊した際、スルが負傷してしまったが、被害はそれ以降出ていない。


 自分たちとほぼ同じ外見のソレが、初めて見る自分たち以外の《人型》だった。

 ソレ、と表現したくなるほど、《人型》は人間離れしていた。外見や超能力を使えるからではない。


「…気持ち悪いな、何の感情もない顔ってさ」

「まったくだ。何かが違ってたら、俺らもああだったのか」


 二人は嫌悪感も露わに顔を顰める。スルたちの世話をするために作られた二人は、感情を削られた最新の《人型》と違い、人間に限りなく近いソフィアと同じ初期型だった。


 感情を持ち、人間以上に精神的負荷に弱く、早々に廃棄された二十年代式の《人型》。

 そんな二人をスルたちは、急成長させることもなく、人間と同等に扱い慈しみ育てた。

 感情があるために苦しい事や悲しい事もあったが、眼の前の《人型》を見て、今の自分で良かったと心底思った。


「俺はスルさんたちが好きだから護りたいんだ。命令なんかじゃない。それが嬉しいよ」

「そうだね。私も同じ! そろそろ反撃したいところだけど、なんか案ある?」


 他者を攻撃する、という発想自体がなかったため、どう攻撃するものかと二人は悩む。

 その時、東の空から真っ白なヴェールのような光が、《人型》と二人の間に広がり進攻を完全に食い止める。

 光をまとって来たのは寿だった。


「にーに、ねーね! 大丈夫!?」

「寿! 助かったよ、無事で良かった!!」


 寿の力で防壁に力を回す必要がなくなり、二人は一旦超能力の使用を止めた。

 慣れない出力で削られた精神力を回復すべく、地面にしゃがみ込む。


「この防壁はしばらく保つから、二人とも休んでて」

「はぁ、ちょっとだけ休むね…こんなに疲れるものだなんて思わなかった…寿すごいね」


 怪我をしたスルを手当しながら、それでも誰も失っていないことに寿はほっと胸をなでおろした。

 まだ力を使う余裕があるのかと、イキガとウナイは舌を巻く。


「すまない…寿…」

「ううん。俺こそ勝手に出て行っちゃってごめんね」

「……お前なんか変わったな」


 治療されていたスルは、寿の成長ぶりに驚いた。これまでの寿だったら、スルの怪我や《人型》の襲来に動揺して、子どものように震えて何もできなかっただろう。

 スルの言葉に、寿は少し哀しそうな顔をして微笑む。


「…しんたろうを、知る事ができたから」


 その時、遠くから何度も銃声が響いた。その場にいる全員に聴こえるほどはっきりと。

 島中の鳥たちが一斉に飛び立つ。


「今の…銃声か……!?」

「今のは……しんたろうがいるとこから…!?」


 自分が撃たれた時のことがフラッシュバックし、寿は心臓を鷲掴みにされるような戦慄を覚えた。

 体を包むように構造式を纏い、寿はぶわりと飛び上がった。


「寿!」

「ごめんにーに! しんたろうのところに戻るよ!!」

「大丈夫! 早く行って!」


 大きく頷くと、一気に空を駆ける。

 しんたろうと別れた場所は、今も土煙を上げ続けていた。



「ハァッ、ハァッ…しんたろう、どこ…?!」


 そこには瓦礫と、微かな血の跡しか残っていない。

 エレベータも破壊され、寿は建物の外壁を滑るように飛び上がった。

 登って行く間に感じるのは、消えてしまいそうなほど弱まったしんたろうの気配。

 寿は背筋に冷たいものを感じた。


(まだ何も話してない…まだ何も知らない…!

 酷い事ばっかり言ったまま終わるなんて嫌だ…!!)


「しんたろう…死なないで…!!」



 ***




「しんたろ…?」


 鉄柵を乗り越え屋上に着地したが、そこにあったのは凄惨なまでに飛び散った血の跡だった。

 寿は濃密に漂う死の匂いに戦慄する。


「遅かったなクソガキ。こいつはもう助からねえ」

「……!!」


 その声に答えたのはえいじだった。しんたろうはその足元で血の海に沈んでいた。

 肩でしている息は幽かで、体中埃と血に塗れてボロボロだった。まだ生きている事が残酷なほどに。


「しんたろう!!」

「おっと、動くなよ」


 駆け寄ろうとする寿を踏み止まらせるように、えいじはしんたろうの首を掴み上げた。

 意識がないしんたろうは、その手のままに項垂れる。


 えいじは鉄柵をディラックの海で消すと、しんたろうの体を突き出した。落ちれば確実に命は無い最上階。寿の顔が焦りに歪む。


「やめてよっ……しんたろうを放して…!!」

「…いいぜ。放してやるよ」


 えいじが手を離し、しんたろうの体は宙に浮いた。次の瞬間、頭から真っ逆さまに落ちて行く。


「し…っ!!!」

「馬鹿が」


 寿は全力で駆け出した。銃を構えるえいじの事など、視界に入っていないように。

 襲いかかる銃弾を關鍵から得た化学の知識で瞬時に分子まで分解し、寿は床を蹴って躍りだした。


「しんたろーーー!!!」


 寿は隼のような速さで落下していく。

 まだ余裕のある高さでしんたろうに追いつき、寿はしんたろうにしがみつくように抱きしめた。

 言葉を掛けようとした瞬間、しんたろうが受けた苦痛が寿の脳裏に断片となって流れ込む。


「あっ、ぅうっ…!」


 何度も繰り返された暴行、骨を折られた衝撃、心臓に走った激痛、腹を貫いた銃弾の熱さと痛み。

 寿は顔を強張らせ、歯を食いしばった。そうでもしないと、怒りでどうにかなってしまいそうだったから。


「…う…なんで…ッ! なんでぇ…!!」


 しんたろうを抱え、寿は重力の衝撃を殺しながら着地した。上からえいじの反粒子が襲い掛かってくる。


「うあああああ!!!」


 寿は白い光でそれを包み込み、対消滅させた。能力の限界を超える怒りが、寿の力と感覚を研ぎ澄ませている。

 攻防から一歩下がり、寿はしんたろうを抱き寄せた。



「しんたろう…しんたろう!! 目を…目を開けて!」


 顔を覗き込み必死で声を掛け続けるが、しんたろうはぴくりとも反応しない。腹部の出血は、弱い脈動に合わせて少しずつしんたろうの服を染めてゆく。

 屋上から降り立ったえいじが、寿の様子を見て嘲笑う。


「はははは!!! 今更遅いんだよ!」

「うるさい!! こんな傷……直ぐに!!」


 《非時》の作用で僅かに塞がり始めた傷を覆うように、寿は自身の手を重ねる。

 まだ温かい血液が、じわじわと寿の手をも染め始める。

 寿は恐怖で震える手に力を入れて、必死で治療し続けた。


「…うぇっ、げほ!」

「しんたろう! まだ動かないで!!」

「…ことぶ、き…?」

「よかった…間に合って、よかった…っ」


 大きく咳き込み意識を取り戻したしんたろうに、少しだけ安心感を滲ませながら寿は呟いた。

 失血のためか、しんたろうの顔は真っ青だった。


「…お前《非時》に細工したな? 苦しむ時間が伸びるだけだってのに、馬鹿な野郎だ」

「細工…?!」

「…親の、意地…だって、言っただろ…」


 しんたろうは心配そうに自分を見つめる寿に大丈夫だと微笑んだが、体は流石に動かず歯を軋らせた。


「とことん生き汚ない男だな」


 嗤いながら再度銃口を向けるえいじに、寿は堪らず叫んだ。


「もうやめてよ!! しんたろうが何をしたっていうの?!」

「はははは! 殺すのにいちいち理由が必要か?」

「……寿…」


 重体のしんたろうを前にして、怒りが寿の心を支配していく。

 しんたろうから何もかも奪い、自殺にまで追い込んでおきながら、まだ足りないというのか。


「なんでしんたろうが、こんな目に遭わなきゃいけないの!?」

「…寿…また、怒ってる…?」

「当たり前でしょ?!」


 日常が無惨に壊され、心も体も暴虐の限りを尽くされていたしんたろうの記憶。

 元々挑発されることに慣れておらず、それと同じ光景を目の当たりにした寿は、怒りで冷静さを失っていた。


「俺は大丈夫、だから…笑って、欲しい…」

「なんで…! しんたろうが痛いのに笑えないよ…!」


 失血でぼんやりした意識の中、寿が施設に来た時の記憶と目の前の現実が混ざる。


(俺は寿にずっと笑ってほしいのに。寿は会った時からずっと、悲しんでるか怒ってる…)


「利用価値の高い才能を悔やむんだなァ」

「そんな勝手な理由で…!」


 脳裏を過るのは悲しそうな顔で怒る寿で。

 記憶の中に笑顔の寿がほとんどいないことに、しんたろうは瞑目した。


(そんな顔しないで…寿。やっと会えたのに…)


「なんで幸せに生きる事を許されないの!?」

「はははは! そいつは俺の道具だ! 道具をどう扱おうが勝手だろ」

「寿…いいから…」

「何もよくないよ!! しんたろうは道具じゃない!!」


 完全に頭に血が上った寿は、しんたろうの言葉を遮り叫んだ。しんたろうは悲しそうに眉根を寄せる。

 何とか落ち着かせるため手を伸ばそうとしたが、力が入らず腕が持ち上がらない。


(……笑ってよ…寿…)


「大体なんで俺を呼ばないの!? 俺の事復讐の為に造ったんでしょ!?」

「前も…言ってた、けど…誰が、そんな事を…?」

「お前が俺に勝てる見込みがないからだろ」

「…えいじ…許さないからっ!!」


 えいじに飛びかかりそうになった寿の腕を、何とか動いたしんたろうの手が掴んだ。


「しんたろう…?! 離し…」

「寿、いいから…早く…」


 掴まれた腕を這うように、しんたろうから鮮やかな蔓が伸びてくる。寿にしか見えていないほのかに輝く半透明のそれは、時間が一気に加速するように葉をつけ、淡い桃色の蕾をつけて花となり、しんたろうの心と記憶を咲かせていく。

 寿は知らない。この花の名はしんたろうが話した《蓮華》であることを。


 咲き乱れる蓮華の奔流に引き込まれるように、寿の意識はしんたろうの記憶へと入っていく。


「にげ、ろ…」


(何で今…!? 今はそんな場合じゃないのに…!)

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