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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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第35話 別れの時

「それで寝ぼけてた關鍵が椅子から落っこちてさ、笑っちゃダメな時って、笑いが止まらなくなるよね」

「ちょっと怖そうなのに、抜けてるとこあるんだね關鍵って!」


 しんたろうの日常の話を聞きながら、寿は目を丸くしたり笑ったり。他愛のない話が聞ける事が、何だか嬉しかった。


「あ、もう零時か。寿、一緒に寝る?」

「え、あ、い、一緒に…!?」


 ようやく会話ができた二人は、気づけばかなり遅くまで話し込んでしまった。

 自分の言葉に、頬を紅潮させて慌てる寿を見ながら、しんたろうは嬉しそうに微笑む。


 その時、施設の入口から爆発音が響き、建物全体が揺れた。


「何!?」

「ああやっぱ来たか。もう少し話したかったのに。行こう、關鍵と斎もいると思うから」


 突然の轟音に焦る寿を横目に、しんたろうは残念そうな様子でベッドから立ち上がった。

 二人は部屋を飛び出すと、施設の入口までひた走る。


「しんたろうさん!」


 土煙の上がる入口で、斎は關鍵を庇いながらしんたろうに向かい叫んだ。

 その先に《人型》を数体従えたイツメが、不機嫌そうな顔でしんたろうを睨む。


「ちっ、もっと絶望する顔が見たかったのに、つまらない男ね、あんた」

「……俺はお前の望む通りになんかならない。しかし真っ先に、えいじが出てくると思ってたんだけどな。ここでケリをつける気はないか」


 えいじ以上に人間を弄ぶことを愉しむイツメは、落ち着き払ったしんたろうの態度に苛立つ。

 更にしんたろうの言葉で、自分の存在を無視されているように感じて、イツメは激昂しながら叫んだ。


「私を無視してんじゃないわよっ!!」

「うっ!」


 白骨のような巨大な手が瓦礫から構成され、体ごと壁に打ち付けられたしんたろうの呼吸が一瞬止まる。

 身を捩ろうにも、全身を押さえつけられているせいで、指一つ動かない。


「ぐ、ぅ…あっ」

「あはは!! えいじには殺すなって言われたけど、あんたが脆いんだもの。死んでもしょうがないわよねえ!」


 イツメは壮絶な笑みを浮かべ、しんたろうの身体を締め上げる。活性化された《非時》の効果も、ダメージを受け続ける状態では機能しきれない。

 みしりと骨が軋む音と激痛が走り、しんたろうは小さく呻いた。


「アハハハハ!! なんの力もないくせに、私やえいじに敵うと思ってるの?」

「しんたろうさん!!」

「やめてよっイツメ!!」


 斎の悲鳴に近い言葉に、寿はイツメに向けて白い光を放った。光は鳥のような形となり、群をなして巨大な手を啄みながら分解していく。

 巨大な手に解放されて、床に倒れかけたしんたろうを、斎が慌てて抱き抱える。


「鬱陶しいガキね! あんたから先に殺してやろうかしらぁ!?」

「もう! やめてって言ってるのに!!」


 頭に血が昇り切ったイツメは、えいじの指示を完全に忘れ、寿に向けて赤黒い杭のような塊を叩きつけた。

 その塊を植物の蔓のように細く長く顕現させた白い光で、ぐるりと縛りあげながら威力を殺した。

 寿は会話もできないイツメに苛立つ。


「こ、のガキ…!!」


 目を血走らせたイツメは、一旦深く息を吸うとがくりと下を向いた。

 俯いたまま両手を持ち上げると、周囲の瓦礫を集めて巨大な骸骨を造り出していく。あまりに強い超能力の余波が、周囲を押し潰さんばかりに広がっていく。


「何あの骨…危ないからみんな僕の後ろに!」

「寿っ教えてくれ!! 私は治癒しかできない…どうすればお前のように空を飛び、障壁を形成できる!?」

「想像するんだよ! 鳥みたいに飛ぶことや、守るための壁を作ることを!」


 骸骨の両腕が振り下ろされる。寿は障壁を張り迎撃した。

 圧倒的な質量に、障壁を維持するだけで精神が削られていく。斎は、手も出せず歯噛みした。


「………抽象的すぎる!」

「斎ならできるよ! 守りたいって願うんだ!!」

「潰れろ! クソガキ共がぁ!!」


 寿の言葉に、自分の後ろに立つしんたろうに目を向けた。どんな絶望にも、決して折れないしんたろうを。


「…私は、しんたろうさんを守る!!」


 斎は寿の横に立つと、両手を突き出した。

 寿の白い障壁に重なるように、淡い桃色の障壁が形成されていく。


「何よこれ…ぎゃぁっ!?」

「くっ…」


 斎の障壁はイツメの骨の腕ごと、イツメを弾き飛ばした。イツメは骨の形を維持できなくなったのか、瓦礫に戻っていくそれに他の《人型》と共に埋もれた。

 初めての高度な超能力の出力に、斎は痛む頭を押さえる。


「斎! 大丈夫か!?」

「へ、平気です。しんたろうさん、今の内に…!」


 よろけながらしんたろうの腕を掴み、斎は破壊された施設の壁から外に出た。寿も慌てて後を追う。


「關鍵、無事か!?」

「けほっ、大丈夫だヨー」


 立ち昇る煙を掻き分けながら、關鍵はいつも通り飄々と現れた。

 ほっと息を吐くと、しんたろうは辺りを見回した。増援の《人型》はまだいないようだったが、恐らく時間の問題だろう。


「とりあえず俺はあの島に行こうと思う」

「ほんとえいじは性格悪いよネ。完全に誘導されてるじゃなイ」

「犠牲が少なくなるなら、思惑に乗った方がいいよ」

「しんたろうが……まあいいヤ」


 關鍵は小さく溜息しつつ、顔を上げるとしんたろうに目を向ける。

 普段とは違う少し寂しそうに見える瞳で。


「いってラっしゃいー後はボクがやっとくカら」

「……一人で残る気なのか?」

「ボクが適任でしょ。爆破には順番あるシ、斎には難しいヨ」

「いやそうだけどさ…」

「大丈夫ネ。壊したらすぐ逃げるかラ」


 最初に爆破された建物がゆっくり倒壊していく。建物の破壊は順番通りにやらなければ、思わぬ倒壊を起こしたり倒壊自体がうまく行かないことがある。

 スイッチをひらひらとかざしながら、ふと何かを思い出したように關鍵は呟いた。


「そうだ、”心”だネ」

「え?」

「ボクに心をくれたんだネ。しんたろうは」


 やっと何が欲しかったのか、そしていつの間にか自分はそれを手にしていたのだと気づき、關鍵は微笑んだ。


 子どもの頃、唯一母が読み聞かせてくれた「綠野仙蹤(オズの魔法使い)」。自分は心の無いブリキの樵のようだと思っていた。


 でも魔法使いなんていなくても、しんたろうはボクに心をくれた。


「關鍵…」

「んふふ、早く行ってヨ。大丈夫だかラ」

「……ありがとう」


 しんたろうは一言告げると、寿と斎と共に崩落していく研究所を後にした。

 振り返らない背中を見送りながら、關鍵の脳裏にはしんたろうの涙を見た時のことが過る。

 たった一度だけ見てしまったしんたろうの涙に、それでも生きようとする彼に、気づけば興味を持ってしまっていた。


「ふふ、気持ちいいネ」


 キミを助けたいと思ったのも、そのためなら全てを投げ出せると感じるのも。

 それが全て嬉しいことだと思えるのも。


「キミはずるイ。ボクもずるいけド」


 自分の状況を見て、寿や斎は關鍵が死ぬと思ってるだろう。

 關鍵はふと、頬が濡れていることに気づいた。それが人生で二回目の涙だと知り、關鍵は天を仰ぐ。


「泣くってきついナ……さようなら。しんたろう」


 帰ってこないのはボクじゃない。キミの方だってボクだけが知ってる。

 それが、最期のキミの我儘だから。




 ***




「…来たネ」


 《人型》の群れに囲まれ、關鍵は小さく呟いた。

 しんたろうが不要になりつつある今、イドラを知り尽くした關鍵の存在は最早邪魔者でしかない。

 ゆらりと、關鍵は静かに《人型》に対峙する。


「超能力も運動神経もないけどネ。ボクは医者である以上に化学者だかラ」


 白衣の裏から大量の試験管を引っ張り出すと、ぴたりと《人型》は動きを止めた。

 怪しい色の液体が試験管の中で不気味に揺れる。試験管をゆらゆらと振りながら、關鍵は珍しくにやりと笑った。


「コレ危ないって分かル? しんたろう達の邪魔はさせないネ」


 言うなり《人型》に向けて一気に叩きつけると、割れた試験管から得体の知れない黒いモヤが立ち上がった。

 この黒いモヤの正体は、關鍵が開発したナノメディシンだ。ナノ粒子《剪刀ジェンダオ》は、《人型》にのみ作用し生命活動を強制停止させる。


 《非時》とは正反対の効果をもたらすこの兵器は、《人型》の斎がいる状態では使用できなかったため、今の今まで隠していた秘密兵器だった。

 舞い上がる土煙に激しく噎せていると、その奥から伸びてきた腕に掴まれ体が上昇するのを感じた。


「げっほ…な、ニ?」


 体格の良い腕にがっしりと抱かれ、体は中空に浮いている。自分を助けてくれるような超能力者は、いないはずなのに。

 のろのろ顔を上げると、顔に大きな傷のある厳しい男が、獣のように細長い瞳孔の瞳で自分を見ていた。


「…もしかしテ、荘助って人?」

「……ああ。あんたはしんたろうさんの関係者か」

「そうネ、ボクはしんたろうの、医者…あの、ネ、下ろしてほしいネ」


 ゆっくりと地に足をつけると、關鍵は再度咳き込んだ。あたりを見回すと、撃ち漏らした《人型》も含め、全て生命活動を止めていた。


「強いネ。ありがとネ」

「俺じゃない。礼ならあの子達に言ってくれ」


 荘助の視線の先を見ると、気の強そうな女とその影に隠れるようにびくびくしている女が、訝しそうに關鍵を見ていた。


「ありがとウ、数は減らしたけド、さすがに助かるとは思ってなかったネ」

「しんたろうさんは? 寿も…来なかったか?」

「二人はイドラの島に向かったネ。全部終わらせるためニ」

「…また出遅れたのか俺は…」


 悔しそうに歯噛みする荘助を見ながら、關鍵は小さく溜息をついた。


「しんたろうは一人でやるって決めてるかラ、間に合ったとしても連れてかないネ」

「……何?」

「ボク達にできる事は、ただ待つだけネ」


 關鍵は彼が決死の覚悟で向かったという事は、あえて言わない。

 それは追うこともできない者たちへの、ささやかな気遣いだった。


「戻ってくるのか…?」

「…誰カ?」


 二人の女の横から老人が姿を現した。杖に頼ってはいるが、目の奥に鋭い光を宿している。


「俺は直樹っつーもんだ。しんたろうの親父の古い友人でな」

「ああ、直樹さんネ。しんたろうからよく話聞いてるヨ」


 ひらひらと手を振る關鍵に構わず、直樹はそのまま話を進める。

 ようやく追いついたと思ったのに、顔さえ見ることもできなかった。


「なら話は早え。しんたろうは何を考えている?」

「…さあネ。知ったところで何もできないネ」

「んだと?」

「小さい頃から知ってるカ? なら信じて待ってあげテ」



 直樹の威圧もさらりと躱し、關鍵は夜の海を見つめた。

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