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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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34/49

第34話 父と子の対話

「……っ」


 隣に眠る關鍵を起こさぬよう、何とか声を飲み込んで寿は目を開いた。


「…行かなきゃ」


 眠ってから一時間ほどで、寿はしんたろうの記憶の夢から目覚めた。

 あの首の傷の事を、死ぬ気なのではないかと、早く確認したくて気が急く。


 サイドボードに置かれた時計は二十二時を指していた。

 まだ起きているだろうと、寿はそっとベッドを抜け出ししんたろうの部屋へと向かった。



 しんたろうは自室で落ち込んでいた。

 寿の泣きそうな顔が、瞼の裏に焼き付いて消えない。


「はぁ……やっぱ最初に、すぐ返事できなかったのが良くなかったなあ…」


『僕のこと復讐の為に造ったんでしょ!』


 寿に泣きそうな顔でそう言い募られた時、考えもしなかった言葉に動揺して、曖昧な返事をしてしまった。

 今さらどう言葉を重ねても、言い訳にしか聞こえないだろう。


「……そもそも話ができてない……うう……」


 反抗期に悩む父親のように、しんたろうは頭を抱える。一体誰がそんな戯言を吹き込んだのか、逆に問い詰めてやりたい気分だった。

 關鍵にも協力してもらいたかったが、寿にあまり関心がないせいか反応はイマイチだった。


 ベッドに横になりながら、悶々としていたしんたろうは、いつの間にかうたた寝していた。



 いつものように帰る見慣れた街並み。

 禊と燈火と話をしながら、公園のベンチに座り込む。


 空はどこまでも青く、高かった。


「直樹さんとこのテキ屋のバイト代、結構貯まったよ」

「おーじゃあ、今度は海とか行くか!」

「じゃあ鋸南行こうよ! 青い海で泳ぎたい~」


 明日から夏休みが始まる。

 前から話していた小旅行の行き先を話し、三人で笑っていた。

 電車で何時間かかるのか、泊まるならどこに?

 そんな取り止めのない話をしていたが、しんたろうは不意に違和感に気づいた。


「…俺、何か忘れてない?」

「何を?」


(……俺は何か忘れてる…)


 二人の顔はいつもと変わらないのに、この日常はいつもと変わらないのに、胸の内にどんどん不安が広がっていく。


 急に小さな金属音が鼓膜に響いた。

 目をやると禊が着けていた筈の指輪が、アスファルトの上でくるくると回っていた。

 指輪を中心に、地面がじわじわと血に染まっていく。


「……そうか。これは夢か…」


 学生だった三人は、いつの間にか大人になっていた。

 禊と燈火は立ち上がると、しんたろうを心配そうに見つめる。


「しんたろう…まだ頑張るの…?」

「分かってんだろ? このまま行けばどうなるかくらい」

「……わかってる。けど寿の力になりたいんだ」


 禊と燈火は目を合わせて笑うと、差し伸べかけた手を引いた。


「…ホントにお前、言い出したら聞かないよなあ」

「分かった! あの子をよろしくね」


 にこりと微笑みながら、二人の姿が少しずつ消えていく。




「……」


 電気をつけたままの明るい部屋で、しんたろうは眼を覚ました。頬に冷たさを感じ、触ると涙で濡れていた。

 夢の中でも、二人は決してしんたろうを責めない。それが哀しく辛かったが、今日は違った。


「…もう少し待っててくれ」


 何十年ぶりかに言葉を交わした夢。

 それはとても幸せで、哀しい夢だった。



 ***



 しんたろうは起き上がると、サイドボードの引き出しを開けて、そこに入れていたシリンジを手に取る。

 それは關鍵から受け取った、最後にして唯一の切り札。


「はー…いよいよか」


 寿がこの施設に来て、明日で丁度六日目になる。えいじの性格を考えれば、そろそろ動きがあるとしんたろうは踏んでいた。


 しんたろうはシリンジを宛てがうと、ゆっくりと中身を注入していく。全て入れ終わり手を軽く捻ってみるが、特に変化は見えない。


(……今回は痛みとかないって言ってたな。助かった)


 過去に《非時》を打たれた時は、直後から五日間激痛に苛まれたが、この薬はそうはならないらしい。

 多少の痛みは覚悟していたため、しんたろうはほっと息を吐いた。



『それ体内にある《非時》を、活性化させるトリガーでもあるかラ、使ったらもう命の保証ないからネ』

『物騒なもん寄越すなぁ』

『でも必要ネ? しんたろうが、したいことをするためニ』


 關鍵は首を傾げながら告げる。しんたろうは困ったように笑った。


『そうだな。ありがとう關鍵』

『…保証ないのニ、礼言うとか変なしんたろう』



 《非時》が活性化しても過度に使わなければ、少なくとも一ヶ月は問題ない計算だ。もし読みが外れて動きがなくとも、十分余裕がある。

 戦いが始まり《非時》が過剰に働き出せばその限りではないが、それは承知の上だった。



 全てを精算する時がきた。

 失った者のために。自身のために。


 遺される息子のために。




 小さなノックの音とほぼ同時にドアが開き、しんたろうはぎくりと竦む。

 そこからそっと顔をのぞかせたのは寿だった。


「…しんたろう」

「な、なに?」


 空になったシリンジを引き出しに戻しながら、動揺した声でしんたろうは答えた。

 今まで一度も声をかけてこなかったのに、何があったんだろうと頭の中がぐるぐる回る。


「………突き飛ばして、ごめんなさい」

「…いいよ、気にしてないよ」


 思い切り眉間に皺を寄せる寿を見ながら、しんたろうは優しく微笑んだ。

 寿はゆっくり部屋に入ると、しんたろうから少し距離を取りつつベッドに腰掛けた。

 沈黙が部屋に落ちる。


「……しんたろう。死んじゃうの?」

「え?! な、何で」


 何をどう話したものかと、考えあぐねていたしんたろうは、唐突な寿の言葉に驚いて顔を上げた。


「斎に言われた。僕が来たら、しんたろうが危険だって」

「…心配してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと過敏になってるだけだよ」


 困ったように頭を掻きながら、しんたろうは小さく笑った。だが寿は無言でしんたろうの腕にしがみついた。


「誰かが死ぬのは…いやだ。しんたろう死なないで」

「…寿」


 しがみつく大きな息子は、泣きそうな声を出して懇願する。


 なんだ…大きく見えてもまだまだ子どもじゃないか。

 俺がついてないと…まだ駄目じゃないか…


「こんな小さい子どもを残して、死なないよ」

「子どもじゃないもん…」


 頭をぽんぽんと撫でると、寿は不満そうに頬をふくらませた。

 その仕草が余計に子どもに見えると、自覚はないらしい。


「気にし過ぎだよ。俺はそう簡単に死なないって」


 ごめん寿。

 ダメな父親でゴメン。



「でもこの首の怪我…自分でやったんでしょ?」

「何でそれを…斎にも話してないのに」

「僕しんたろうの記憶が見れるんだ。全部じゃないけど……さっき燈火って人が…その後に首を切ったの見た」


 しんたろうは今度こそ心底驚愕した。

 寿の超能力は凄まじい事を知ってはいたが、まさか遺伝子から自分の記憶まで見ることができるとは、夢にも思わなかった。


「……怖いものを見せてごめんね。俺は弱かったから。あの時はもう、本当に無理だったんだ」


 しんたろうは目を伏せて、ぽつりぽつりと話し始めた。

 目の前で燈火を、父を失ったあの日の事は、一度たりとも忘れた事はない。

 結局全てを人質に取られ、死ぬ事すら出来なくなったが、死なずに済んでよかったと、今なら心から言える。


「ずっと、泥の沼を這うような気分だったよ。でもね知ってるかい? 泥の中からだって咲く花もある」


 とびきり綺麗な花がね、としんたろうは笑う。


「生きる事がそれだけでも戦いだったけど、美しい世界があるから俺は生きていたい。それに寿にも会えたしね」


 自分も生きる理由に含まれていると知って、寿の頬が朱に染まる。

 嬉しさが隠しきれず、寿は思わず両手で頬を覆った。


「それに見せたいものもあるんだ。でも季節がなあ」

「季節? 何のこと??」


 きょとんとした顔で自分を見る寿ににこりと微笑むと、しんたろうは寿の頭を撫でながら言った。


「俺の好きなモノ。ニッポン人のココロだよ」

「サッパリわかんない…」

「はは、何とかして見れるようにするよ」


 しんたろうは目を細めて笑う。今は生憎冬に近い季節で、まだ蕾すらつけていないそれ。

 確かサンプルがあったなと思い出しながら、しんたろうは引き出しの中を探る。


「あったあった、俺この樹が好きだから、部屋に置いておいたんだ」


 試料の入ったチューブを取り出すと、しんたろうは嬉しそうにポケットに仕舞い込んだ。

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