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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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第33話 【過去編】"I do."

 イドラが所有するその島は、無人島とされていた。

 島の縁は荒波のため抉れ、鼠返しのような形をしており船での上陸を阻む。

 森に覆われ外部からは見えない場所に、巨大な白磁のビルが二棟そびえていた。真新しいその建物の屋上ヘリポートに、一人の男が煙草を吸いつつ立っている。


「…しんたろう、か。どんなやつなんだろうな」


 男は独りごちると、よれた白衣に手を突っ込み、遠くの空に見え始めたヘリの影を臨む。

 五分と経たず到着するであろうヘリを待ちながら、男は煙草を携帯灰皿にしまった。




「スル、こいつが話してた男、しんたろうだ」

「……使い物になるのか? こいつ」


 島のヘリポートにヘリをつけると、既に連絡を受けて待っていたスルが出迎えた。

 ベッドに縛りつけられた虚ろな目のしんたろうを一瞥すると、スルは訝しげに尋ねた。


「まあ死ななければいい。栄養点滴はここで作れるだろ?」

「それは問題ない。こいつはこれからずっと島に?」

「そのつもりはねえな。まだやらせる事が山ほどある」

「…分かった」


 ヘリの姿が水平線の向こうに消えたのを確認すると、スルはしんたろうの点滴を一つずつ外し始めた。

 長期間刺されたままだったいくつもの点滴の跡が、痩せた腕に赤く残り痛々しい。

 最後に鎖骨下の静脈に刺さっていた一際太い針を抜くと、事前に準備していた滅菌ガーゼを当てた。


「俺はスル。こんなもんに頼っていたら、弱るばかりだろしんたろう。少しずつでいい、飯を食え」

「……」


 しんたろうはスルに光のない瞳を向けたが、興味なさげに乾いた溜息を吐いただけだった。

 その態度に僅かに眉根を寄せつつも、スルはしんたろうの体をゆっくり起こした。


「この島の住民は七人だけだ。人型が二人と、お前と同じ家族を奪われた人間がな」

「…俺は殺されたことさえ知らず…生きていた」

「あん?」

「頼むから…俺を殺し」


 ようやく会話する気になったのかと思えば、しんたろうは絶望に沈んだ言葉しか吐かなかった。

 しんたろうが言い終わるより先に、スルは悲しげな顔をしながらしんたろうを抱きしめた。肋骨を手で感じるほど痩せた体に、スルは苦しそうに顔を顰める。


「…お前が長い時間ずっと、苦しみに耐えてきた事は知ってる。死にたくなるほど後悔してることも」

「……っ離して、くれ…」


 光を失っていた目に小さく動揺が走り、しんたろうは身じろいだが、スルは抱きすくめる腕を緩めなかった。

 体力が落ちているしんたろうに、その腕を振りほどく術はない。


「でも、生きなきゃ駄目だ。お前も俺も、幸せになるために生まれてきたんだから」

「…父さんも燈火もっ! 禊も慶もみんな俺のせいで殺された…! 俺が、いなければ…っ!!」


 一人でずっと堪えていた憎しみと悲しみが、堰を切ったように言葉となって溢れ、乾いた頬を涙が零れ落ちて行く。

 スルは子どもを諭すように、しんたろうの背中を軽く叩いた。びくりと体が震える。


「お前は父を愛さなかったのか? トウカやミソギ、ケイをお前は愛さなかったのか?」

「…っ、愛したに、決まってるだろ」

「お前は愛した者たちの幸せを祈った筈だ。愛した者たちも、お前の幸せを祈っている」

「……」


 引き剥がそうとつっぱねていた手が、皺だらけのワイシャツをきつく握りしめた。

 言われなくても分かっている。自分がどれほど愛し、愛されていたのか。その幸せを願っていたのか。


「叶えられるのはお前だけだ。しんたろう」

「……俺は…誰も助けられなかった…」

「そんな事ないさ。お前のお陰で、俺たちは殺されずに済んでるんだ。《オオナオビ機構》の改良って理由でな」


 思わぬ言葉にしんたろうは顔を上げた。スルは静かに微笑んだ。

 初めて正面から見たスルは、灰色の目を柔らかく細める。


「ありがとう。しんたろう」

「う…うぅ…っ」


 ワイシャツを握りしめたまま嗚咽を漏らすしんたろうを、スルは無言で抱きしめていた。



 ***



「そもそも《オオナオビ機構》の諸々を改良することが、この島を買い取った理由らしい」


 ふらつくしんたろうの歩調に合わせながら、スルはまだ新しい施設の説明を始めた。

 元いた研究所と比肩するほど、島にある設備は高度だった。


「絶海の孤島だから、攻められにくくて逃げにくいのか。日本にこんな場所があったなんて…」

「スル! その人がしんたろう?」


 駆け寄ってきた黒髪の女が興味津々という表情で、スルの手をとった。少し離れた所から、灰色の髪の男が軽く会釈する。


「ああ、こいつは止揚。あっちの男はヨルク。んで小さいのが」

「バラだよ! よろしくしんたろー!」

「あ、ああ、よろしく」


 視界の外から急に飛びついてきたバラに驚きつつ、しんたろうは僅かに微笑んだ。


「あとこの二人は《人型》。兄がイキガ、妹がウナイだ」

「こ、こんにちは、イキガです」

「はじめまして…ウナイです」


 バラと余り背丈の変わらない子どもが、止揚の後ろからおずおずと顔を覗かせた。

 量産されている最新の《人型》は、感情を削ぎ落とされた型が主流になっていたが、彼らは感情があるらしい。

 緊張している二人に、しんたろうは微笑みながら頭を撫でた。一瞬驚いた表情を浮かべたが、二人も嬉しそうに微笑む。


「しばらくはここにいられるはずだ。心身共にゆっくり癒やすといい」

「ありがとう…」



 島のゆっくり流れる時間や美しい環境が、少しずつしんたろうの心を癒やしていく。


 生物学者のしんたろうだったが、島の人間たちから様々な分野を教授され知見が深まる。久しく忘れていた「研究することの楽しさ」に、しんたろうは笑顔でいることが増えていった。



 ***



 寿が生まれ一年が経つ頃、遂に日本から連絡が入り、しんたろうは施設に戻ることになった。

 最後の夜、スヤスヤと眠る寿に布団をかけると、しんたろうは共有スペースのソファに腰掛ける。


「寿は寝たか? コーヒー飲むだろ」

「ああ、ありがとう。可愛い顔で寝てるよ」


 スルからコーヒーを受け取ると、しんたろうはほっと息を吐いた。


「お前が来てからもう三年か、時間の流れは早いな」

「本当にね。この数十年で一番幸せな時間だったよ」


 しんたろうの言葉にスルの表情が曇る。過去のイドラの事件は、海外の研究者にも被害者がいたため、スルも多少知っている。

 それが二十年以上前の事件で、最大の被害者Sとされていたしんたろうの事も。


「……しんたろう、《トキジク》を使われたのか? 全く歳とってないよな?」

「ああ、俺は五十超えたけど、身体は二十代から変わってない。怪我の治りも早いし」

「俺より大分歳上じゃないか…」


 しんたろうに使われた時は不完全だった《非時》は、今では完全な技術となり、えいじもその恩恵に預かっている。

 えいじの目的を察したスルは、苦々しく歯噛みした。


「本当に胸糞悪い男だなあいつは。寿の事は気づかれていないみたいだが」

「多分あいつは分かってるさ、俺がすることくらい。むしろそれを狙って、俺をこの島に送ったんじゃないかな」

「…何だと?」


 しんたろうはなんとも言えない表情でスルを見つめる。

 何十年もあの悪意に晒されてきたのだ。自分が苦しむ事を嬉々として行うえいじの考えは嫌でもわかる。


「不本意だが付き合いは長い。お互い何考えてるかぐらい大体分かるよ」

「……そうか。しんたろう本当に苦労してるんだな」


 スルの心底労う言葉に、しんたろうは苦い笑みを浮かべる。だがすぐ真顔になると、カップをテーブルに置いてスルを真っ直ぐ見つめた。


「寿には指一本触れさせない。えいじは俺が殺す」

「…無理はしないでくれ。寿が悲しむ」

「……それは嫌だな。寿には、いつまでも笑っててほしいよ」


 愛しい寿を思い、しんたろうは柔和に微笑む。

 この先もう会う事は無いかもしれない。

 寿はしんたろうを知らないまま、自分は命を落とすかもしれない。


 もし、そうなっても後悔はなかった。

 自分はただ自分のエゴの為に、えいじを殺そうとしている。これ以上誰も殺させないために、兄としての責任として。

 そして寿には憎しみの連鎖を背負わせたくなかった。



 満月が島を照らしている。

 しんたろうは誓いを胸に、最後のコーヒーを飲み干した。

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