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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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第31話 【過去編】"Just as well."

 しんたろう達を見送ったしんじは、その場に立ち尽くしていた。


 建物の揺れは収まる気配はない。

 あちこちから怒号が聞こえ、しんじは顔を顰めた。


 再度えいじの遺体の横に膝をつき、顔を覗き込んだ。薄っすらと開かれたままの瞳に、自分の顔が写る。

 同じ顔のえいじの死に、自身の死を見ているような感覚に囚われしんじは唇を噛んだ。


「……俺は、間違っていたんだろうか…」


 初めて自分の意志でイドラに、一族の意に背いた。しんたろうを手助けしたことも、研究結果を灰燼に帰すことも、これまでなら決して選ばなかった。

 しんじがしんたろうを救う事を選んだのは、久是が死んだ日がきっかけだった。



 久是が、母がえいじに殺された日、社内は尋常でないほど静まり返っていた。

 嫌な予感に状況を確認すべく社長室へ向かったしんじは、そこで集まる親族の男たちを見た。

 部屋の中央にある机の前で、血溜まりに仰向けのまま沈む母。その表情は今にも哄笑が聞こえてきそうなほど、狂気的な笑みを浮かべていた。


 誰も騒がず淡々と事後処理を始めている。しんじは母を失った哀しみよりも、その異常な光景に恐怖で込み上げる吐き気を何とか堪える。

 ふとしんじは、入り口の近くに銀の輪が落ちていることに気づいた。

 留め具が外れたそれは、えいじが装着させられていたはずだ。


「えいじ、まさか……」


 ほぼ確信に近い思いを抱え、しんじは急いでしんたろうの自室へ向かう。次にえいじが何かするとすれば、その矛先がしんたろうに向けられるであろうことは、火を見るより明らかだった。



「おい、寝てんじゃねえ。まだ出してもねえのに」

「ふ、っ…ぅ……っ」


 しんたろうの部屋の扉は、何かが引っかかっているのか僅かに開いていた。その隙間からえいじの暗い声としんたろうの嗚咽が聞こえ、しんじは扉の前で硬直した。

 いつもの掠声とは違う、押し殺すような泣き声に近いしんたろうの声。


 そっと覗くと、そこにはしんたろうを組み敷くえいじがいた。乱雑に捨てられた服と、しんたろうの体を辱めるその光景に、しんじの頭が真っ白に染まる。


「……っ!?」


 微かに見えるしんたろうの身体は、既に何度も殴られたのか痛々しい痣に覆われ、床にも夥しい血の跡があった。

 腰を乱暴に掴まれても指一つ動かせないのか、ただ痛みに喘ぐ掠れた悲鳴が上がる。その悲鳴が途切れると、すぐに頬を張る音が響く。


 しんじの体に抑えられない震えが走る。今すぐに止めなければと思うのに、体が動いてくれない。

 じりじりと下がると、しんじは気付かれないようにその場から逃げ出した。


「ゔ、ぇ…っ、ゴホッ…!!」


 ショックにぐらぐらと揺れる頭を抱え、トイレに駆け込んだしんじは、先ほどの光景に耐えきれず嘔吐した。

 えいじは恐らく久是を殺害し、その足でしんたろうの部屋に向かったのだろう。感情の整理もつかないまま、憤りをしんたろうにぶつけるために。


 涙が溢れて止まらなかった。

 何もできなかったことも、えいじの凶行に理由をつけて黙認し続けてきたことも。


「…一族の正しさとは何なんだ…っ! 誰かを苦しめてまでやることなのか…!?」


 しんたろうを救えなかった後悔が、強い痛みを伴って胸の内に広がっていく。

 しんたろうが自分の力だけでこの施設から逃げることは出来ないだろう。しんじは初めてイドラの、一族の思想に嫌悪した。


「…俺にしかできない。この狂った思想を、施設を正すのは……!」


 しんじは口を濯ぐと、鏡に映る顔を見る。赤い刺青はえいじと同じと思いたくないために入れたものだ。

 えいじを止める。そして全てを正す。


 しんじは拳を握り締めると、手段を講じるべくその場を後にした。



 ***



 建物の崩壊は徐々にこの場所にも迫ってくる。


 久是の一族の血を引く者はえいじとしんじ、そしてしんたろう。

 だがしんじはしんたろうをこれ以上、巻き込むつもりはなかった。


(このまま自分が死ねば直系の血は途絶える。それでいい)


「えいじ…俺はお前に…」

「...…わざわざ、来たのか…しん、じ」

「! まだ生きてたのか…!」


 唇をにやりと歪ませて、えいじはせせら笑った。

 ごくりと喉を鳴らすと、しんじはえいじに震える手で銃を向ける。


「お前を殺すのは…俺の役目…だからな。今まで済まなかった...兄さん」

「──"Just as we(どうでもいい)ll."」

「…っ!?」

「今さら、遅すぎんだよ…何も、かも」


 えいじが嗤いながら呟いた言葉を聞いた途端、しんじの頭が急に軋んだ。

 頭の中で母の声が聞こえる。それは甘やかな呪いのように、しんじの心を侵していく。


『あなたはえいじの器なのよ』


「あ…──っ!!」




「…さすがに今回はヤバかったなあ」

「ゲホッ…!!」


 頭上からえいじの声が聞こえ、しんじは目を瞬かせた。

 いつの間にか自分は床に倒れているらしい。慌てて体を起こそうとするが全身に痛みが走り、咳き込んだ喉は血に焼かれた。


「お前が来てくれて助かったよしんじ。俺の体は保ってあと一年だったからな、ついでに手間も省けた」

「えい…ゴホッ」

「はははははっ! 変な使命感なんざ持たねえで、とっとと逃げてりゃよかったのになぁ。まあそれは無理か。傀儡のお前じゃな」


 胸を刺された激痛がしんじを襲う。

 苦痛に喘ぐしんじを見ながらにやにやと嗤った赤い刺青の刺す自分の顔は、完全にえいじの顔になっている。

 しんじは状況が飲み込めず、混乱した表情でえいじを見上げた。


「一体、な、にが…」

「イドラは脳を知り尽くしている。人格を転移することなんざ朝飯前なんだよ。お前みたいに自我の弱い奴相手なら特にな」

「……!」


 しんじの瞳が絶望に見開かれる。

 しんじは知らなかった。自分の内側に、とっくの昔にえいじという名の悪魔が巣食っていたことを。そしてえいじの一言で、いとも容易く二人の精神は入れ替わってしまった。


 これまで自分の意志で体を鍛え、学んできたと思っていた事は久是の、ひいてはイドラの思惑でしかなかった。

 だからこそ、えいじはしんじには一切手を出さず、しんじもえいじには強く逆らえなかった。


 全てはえいじに、完全な身体を引き渡すため。自分の人格など、人生などイドラにとって、何の意味も持っていなかったのだと、しんじはようやく気づいた。


「そ、んな…!」

「思った通り、お前の体は随分楽だな…綺麗なもんだ」


 腕を伸ばし自身の状態を確認しながら、えいじはぼそりと呟いた。

 失血にしんじの意識は失われていく。


「え、い…」

「じゃあな。しんじ」


 しんじは目を見開いたまま絶命した。

 何の感慨もなく、えいじはしんじとなった自身の遺体を見下ろす。



「しかし、派手にやってくれたなあ。傀儡如きが」


 非常口をちらりと見やるが、瓦礫に塞がれて通行できる状態ではない。入り口も当然塞がれ、脱出出来る場所はなかった。

 えいじは面倒くさそうに溜息を吐く。


(あの窓を蹴破って脱出するか…)


『あたしがたすけてあげようか? えいじ』


 突然頭の中に子どもの声が響き、えいじは周囲を見渡した。

 人影などなく不審に思った瞬間、傍らの水槽にびしりと亀裂が入った。


「イツメ…?」

『あたしがたすけてあげる』


 生命活動はあれど意志などなかった筈の《人型》イツメが、幼子とは思えない艶然とした微笑みを浮かべ、水槽の中からえいじを真っ直ぐ見ていた。

 亀裂の入ったガラスに手を当てると、ガラスがどろりと溶解していく。培養液が溢れ、ずぶ濡れのままイツメはゆっくりとえいじの前に立った。


「これは超能力か…想定外だな」

『ふふ…あたしはあなたのこころがすき。あたしとおなじだから』

「…頭に喋りかけるな。口で話せ」

「おこらないでよう。ちゃんとやるから」


 イツメは子どもらしく頬を膨らませながら、頭上に迫っていた瓦礫の破片を粉々に砕いた。


「さあいきましょう。せかいをこわしに」

「…はははっ!! 最高だなお前」


 抱きつくイツメを、えいじは嗤いながら抱きしめ返した。

 イツメは嬉しそうに微笑むと、えいじを抱きしめたまま姿を消した。



 ──その日、世界に破滅という名の理不尽が二つ生まれた。

 ただ全てを喰らい尽くし、呑み込まんとする《Yidhra──イドラ》が。

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