第3話 《人型》
(……眩しい…)
ゆっくり瞼を開くと、寿の目に強烈な光が差し込んできた。思わず手で明かりを遮ろうとしたが、腕が動かなかった。
寿は腕どころか、手足全てをベルトで固定されていた。
「えっ、なにこ…」
「もう目が醒めたのか?!」
「早すぎる…なんだこの《人型》は!」
白衣にマスクをつけた男たちが、寿を取り囲みざわめいている。
状況は理解できないが、ただ恐怖が背筋を這い上がった。
「やだ! 放して!!」
「うわぁ!?」
寿の悲鳴とともに、炎が爆ぜてベルトが焼き切れ、寿は体を起こした。
研究員たちが騒ぎ立てるのを後目に、服も奪われていたため、布を自身に巻き付け扉へ駆ける。
金属の扉を溶解させて飛び出すと、そこはどこまでも続く真っ白な廊下だった。
「きゃあっ! なんで《人型》が!?」
突然飛び出した寿を見て、悲鳴が上がる。
寿は甲高い声に思わず耳を塞ぎながら、辺りをきょろきょろと見回した。
「ここはどこ…?!」
不意にえいじに暴行された事を思い出す。胸元を見るとそこにはいくつも傷跡が痛々しく残っていた。
あの時の痛みと恐怖を思い出し、寿は泣きそうな顔で唇を噛みしめた。
「早く捕まえろ!!」
「っ!」
《人型》──言葉の意味は分からないが、それが自分を指していると気づき、恐怖で胸が苦しい。
日本に来てから、寿には分からない事だらけだった。
けれど、ここにいる人間は全員、自分を捕まえようとしている。それだけは強く感じられた。
敵意に満ちた声に、寿は廊下を走り出した。
「はぁっはぁっ……だれか…助けて…!」
息を切らせながら走っていると、不意に横合いの扉が開き、目に見えない衝撃が寿の体を吹き飛ばした。
「うあっ!」
「逃げられると思ってんのか、クソガキが」
強かに壁に体をぶつけ痛みに呻いたところに、首を掴み上げられて息が詰まる。
不機嫌さを隠しもせず、低く呟いたのはえいじだった。
容赦なく壁に押し付けられ、寿は呼吸ができない。抵抗しようにも足が床につかず、息苦しさに涙が滲む。
「っ、…ぅ」
「お前もしんたろうと同じように、全部…」
えいじの冷笑に寿が恐怖に支配されたその時、爆音が響き反対側の壁が崩壊した。
爆風に煽られ、えいじは苛立たしげに舌打ちする。
『今のうちに早く逃げろ!!』
頭の奥で強い声が響いた。寿は必死で静電気を起こし、ばちんと音を立ててえいじの手を弾いた。
もつれそうになる足で、何とか爆発の起こった部屋に飛び込む。
「ガキが!!」
「っ!」
迫ってきたえいじの手をぎりぎりの所でかわし、寿は窓から身を躍らせる。
銃口を向けられた寿は、咄嗟に強い風を起こすと、煙に紛れて姿を隠した。
***
「はぁ、はぁっ…」
細い路地の奥に、寿は人目を避けるように身を潜めていた。爆発を眺めに来た野次馬の声が遠くに響く。
ボロボロになった布を握りしめ、寒さに震えながら寿は膝を抱える。
「なんで…えいじはあんなことを……《人型》って何…?」
事態があまりに突飛すぎて、寿の頭は混乱の極みだった。
「《人型》ってのは…創りだされた人間によく似た生命体のことだ…慶」
「だれ?!」
背後から声をかけられて、寿は思わず声を上げた。
そこに立っていたのは、見知らぬ大人の男女だった。
「俺は荘助、こいつは信乃。さっきお前の頭に呼びかけたのは俺だ」
「……助けてくれたの?」
「ああ。しんたろうさんに、お前の事を託されてる」
壮年の男は刈り上げた頭を掻きながら答える。左顎から頬にかけて走る深い傷跡と険しい表情。だが寿は不思議と怖さを感じなかった。
信乃と呼ばれた女はショートヘアで快活な雰囲気だったが、優しい笑みを向けてくる。
「あの、僕は寿って名前だよ。けいじゃなくて」
「……!? ああそうか。いや、間違えて悪かったな寿」
親切そうに見えたえいじに襲われた直後とあって、寿は警戒しながら二人を見上げる。
荘助は少し困った顔で言った。
「俺はお前の味方だ。信じられないなら、俺の記憶を見てみろ」
次の瞬間、寿の心に荘助の記憶が流れ込んでくる。
音声だけだったが、緊迫した状況が伝わってきた。
『俺にできることはないのか?! 弟の恩人のあんたを助けたい…!』
『もし俺の子どもに何かあったら……その時は助けてやってくれないか』
それは、夢で何度も聞いた父の声だった。寿は思わず目を見開く。
荘助は苦笑交じりに微笑んだ。
「……ほんとなんだね」
「ああ。俺はお前を必ず守る」
荘助の言葉は不器用ながら、その瞳はまっすぐ寿を見つめていた。
安心が胸に満ちて、涙が溢れてくる。
「お前はどうしたい?」
「……僕は…しんたろうに会いたい」
胎児の頃の記憶や、えいじの事。思うことは多々あれど、それが自分の偽りない願いだった。
荘助はじっと寿を見つめ、強く頷いた。
「お前がそれを願うなら、俺が守る。何があろうと、必ず会わせてやる」
「ありがとう……」
荘助の深い決意を感じる言葉に、嘘はないと思えた寿は、ようやくにこりと微笑んだ。
荘助は寿の頭を撫でながら、静かに誓いを噛みしめる。
(寿が何であろうと......しんたろうさん。俺は必ずあんたに報いてみせる)
「とりあえず服を着ろ。そんなカッコじゃ歩けないからな」
「はいどうぞ。見張ってるからちょっと急いで着替えてね」
「あ…ありがとう」
荘助の言葉に自分の姿を思い出し、寿は信乃に渡された服に慌てて袖を通した。
「しかしお前、どうしてえいじに捕まっていたんだ? そもそもどこで暮らしていた?」
「僕はずっと遠い島で、スルたちと暮らしてたの。えいじが、僕をしんたろうに会わせてくれるって、連れてきてくれて…」
「……なるほどな。恐らくあいつは、お前を人質にするつもりだったんだろう」
荘助は苦虫を噛んだような表情で低く唸る。
厳しい顔が益々迫力を増し、信乃は苦笑しながら荘助の肩を叩いた。
「落ち着いて。また眉間のシワ濃くなっちゃうよ?」
「…ああ、すまん。一旦、仲間の店へ行こう…ってその髪と目の色じゃまずいな」
「髪と目?」
「日本じゃ黒や茶色が多いんだ。白髪に赤目じゃ、かなり目立つ」
困ったように頭を掻く荘助を見て、寿は小さく笑った。
「白とか赤に見えなければいいの?」
「そうだが……何!?」
次の瞬間、ぼんやりとした光の粒子が寿を包み、髪と目の色が黒く変わっていく。
初めて荘助は驚愕に目を見開いた。
「お前、何をした?」
「髪と目が光を吸収するように変えたんだ。黒く見えるでしょ?」
当然のように答える寿に唖然としながら、荘助はふうと溜息を吐いた。
とんでもない事をやってのけた事を、寿はわかっていない。
「なるほどな。えいじが欲しがるわけだ。人質以上の価値がある」
「えいじ……あの人、僕のことを…」
まるでゴミでも見るような視線と、冷淡な嗤い声を思い出す。
『お前を殺したら、あいつはどんな顔をするかねぇ…ハハハハ!!!』
(あいつってきっと、しんたろうのことだ)
「…そうだろうな」
寿の心を読んでしまった荘助は、寿が受けた仕打ちに苦々しく答えた。
「しんたろうさんを苦しめる事が、あいつにとっては娯楽なんだろう」
「なんで…なんでそんな酷いことを…?」
「……人の心がないんだろうな」
人の悪意に触れた事がない寿には、えいじの考える事が理解できなかった。
荘助は言葉を切ると、寿に手を差し伸べた。
「さぁ、いつまでもこんな所にいるのは危険だ。行くぞ」
「……うん」
荘助の手は温かく、寿はほっと息をついた。




