第21話 Sacred Terrorist
装置を引き上げ、先にイドラへ戻っていたソフィアは、社長室のソファに深く腰掛けた。
寿を見たのは今回が初めてだった。
すぐに逃亡されたため、寿自体の研究は進んでいないが、得ていたサンプルからは自分と同じ、初期型に近いものであることが判明した。
「アレも感情が…私と同じく心がある」
えいじの前では「《人型》には効果がない」と断じたが、感情や心があるのなら効果がなかった原因は、装置の機能を上回る力を有していた可能性が高い。
えいじに敵わなかったのに、逃げおおせた点も、それを示している。
《人型》は感情がないため、超能力の出力が安定しているという長所がある。
その分、力が増減する事はまずない。使える力は主に知識に依るのも特徴だ。
逆に人間の超能力者は出力が安定せず、力の増減幅が極端に多い。
それは精神状態、つまり心が超能力に多大に影響力を持つからだ。使える力も心に依存し、大概がその者の深層にある願望を映す。
寿はそう言う意味でも特殊だった。自分と同じ《人型》の特徴を持ちながら、超能力の顕現はまるで人間のようだ。
「……まあ捕獲すれば分かること」
一旦そう結論づけるとソフィアは資料を読み始めた。だが急に扉が開きえいじがやってきて資料を閉じる。
えいじはうんざりした表情を浮かべ、苦々しげに息を吐く。
「…何かご用でしょうか、えいじ」
「イツメがしつこいんだよ。一度抱いたらクセになったらしくてなぁ」
《人型》の始祖故か単に個人の問題か、イツメは強い性欲があった。
子を成す機能は備わっていないが、えいじが戯れに抱いたことでしつこく強請られる事がある。寿を追いかける前に、成功したら今度こそ抱くよう言い寄られた。
えいじと体の相性が悪いわけではないが、あまり声が大きい女は好みではない。
「まあ俺も溜まってはいるんだがな。ああ、丁度いい」
「私は男性ですが」
体だけではないのだな、と思いながらえいじを見つめていると、はたと気づいたようにえいじもソフィアを見た。
当然の如く命じられてソフィアは淡々と返答する。
「男も女も大差ねえよ。いいからとっとと脱げ」
「分かりました」
面倒くさそうに吐き捨てると、えいじはさっさとソファに腰掛ける。
《人型》であるソフィアに、主人であるえいじの言葉は絶対だった。
そうでなくとも、ソフィアは名を与えられた時から並々ならぬ忠誠心があり、即座に服を脱いだ。
名は存在を定義するものだ。
えいじ、と呼ぶことを許されていることも、ソフィアにとって身に余る光栄だった。
えいじと肌を重ねると、知らない感情が胸の奥から湧き上がってくる。えいじの熱い吐息が耳をくすぐり、ソフィアは恍惚とした表情を浮かべていた。
イツメが癖になったというのも理解できなくもない。
ソフィアの手を掴んでいたえいじは、その手を離すと無言のままソフィアの目元を隠すように手のひらで覆い深く口付けた。
息つく間もないほど激しく、ソフィアの口内が蹂躙される。
縋りつかれているような、僅かに必死さを感じる口付けに、ソフィアは思わず両手をえいじの背中に回してしまった。
一瞬ぴくりとえいじの肩が跳ねた。引き剥がされるかと思ったが、えいじはそのまま口付けを続けた。
最終的に性行為に不慣れなソフィアは、その口付けで気を失った。
数時間後、しょぼんと肩を落としたイツメは、えいじの前にふわりと現れた。
興味なさそうに視線を向けると、びくっとイツメが竦み上がる。
「遅かったなイツメ」
「えいじ…ごめんなさい。寿を見失っちゃった」
「そうか、まあいい。行き先はわかってる。しんたろうのいる研究所だろ」
えいじは別段気にしていないようで、イツメは少しだけ安心した。
「六日後の零時に奇襲をかける。《人型》を配備しとけ。あのガキもしんたろうも殺すなよ?」
「分かったわ! 今度は上手くやるから!」
嬉しそうに抱きつきながら、イツメは満面の笑みで答える。
寿としんたろうは対面し、”親子の対話”を楽しむだろう。
「時間をかけた方が失うダメージは大きい。これであいつの心は完全に終わる」
再びしんたろうから全てを奪うその時を思い描き、えいじはにやりと残忍な笑みを浮かべた。
***
茂みからこそりと顔を出しながら、寿は周囲を見渡したが追手は居ないようだった。
そこはともすれば廃墟にしか見えない建物だった。
荘助から送られた記憶通り、外に繋がる出入口ではなく、中庭の出入口を使用するため寿は一気に空を舞い、中庭に降り立った。
「ここが…」
ここにしんたろうがいる。胸が期待に高鳴るが、同時に言いようのない不安も過ぎる。
扉らしき壁まで近づいていくと、そこに誰かが佇んでいることに気づき寿は身を強張らせた。
「寿…か?」
「……だ、だれ?」
「私は斎。しんたろうさんを守る者だ」
荒れ果てた場所に似つかわしくない可愛らしい女が、扉を守るように立っていた。
絹糸のような細い白髪に、赤い瞳。自分と同じ《人型》だと一目で分かった。ただ会話ができるため、少なくともイドラ側の《人型》ではないだろうと寿は考えた。
「何をするために、ここへ来た?」
「えっ、し、しんたろうに会いに…」
寿はこれまで、えいじたちイドラ以外の人間からは好意的に迎えられていた。
そのため、味方のはずの斎から向けられる敵意に戸惑い僅かに後ずさった。
(なんでこの子怒ってるんだろう…?)
「…何も知らないくせに」
「…え?」
ぎり、と歯を軋らせながら斎は低く呟いた。
両手が真っ白な毛に覆われ肉食獣のように変貌していく。鋭い爪を押し出しながら斎は寿に対して構える。
「お前を、しんたろうさんには絶対会わせない!!」
言うなり飛びかかると、寿に向けて真っ直ぐ腕を振り下ろした。
危ういところで避けた寿は、その勢いのまま地面に転がる。
「うわ、ちょ! いきなり何!?」
「しんたろうさんは私が守る! お前は島に帰れ!」
避けた手が地面を抉った様子を見て、寿は冷や汗をかいた。
あんな攻撃をまともに食らったら、体がバラバラになってしまう。
「当たったら怪我するよ! やめようよ!」
「…お前が帰ると言えば何もしない」
「帰んないよ!!」
再度襲いかかる爪を防壁で防ぎながら、それでも寿は即座に大声で反論した。
斎は苛立ち更に強く歯を軋らせる。
「お前が来たら、しんたろうさんが危険だと分からないのか!!」
「…えっ…!?」
斎の言葉の意味が分からず、寿は動きを止めた。
その隙をついた斎の爪が寿を捉え、寿は地面に叩きつけられた。
「…痛ぁ…」
「私にも勝てないで、えいじに勝てるわけがない」
悔しそうに斎は吐き捨てた。
寿はぐらぐらする頭を抱えながら、ゆっくり起き上がった。額が切れ、目に入ってくる血を拭う。
「きみの言うとおり僕は何も知らない…記憶を見ただけだ」
「…だったら」
「だから会いに来たんだ! しんたろうと話すために!!」
「そんなことしか言えないから、お前はガキなんだ!!!」
斎が再び寿に飛びかかろうとした瞬間、扉が開き男が一人姿を現した。
見覚えのあるその姿に、寿の胸はどきりと高鳴る。
「何やってんの、斎」
「し、しんたろうさん!?」
「!」
振りかぶった腕を慌てて下げると、斎は唇を噛んだ。
男は優しく嗜めるように、斎ににこりと微笑みかける。
「大丈夫、この子は《人型》じゃないよ。俺の息子だ」
「……知ってます…でも…」
「心配しないでよ」
頭を軽く撫でると、しんたろうは置いてきぼりのまま、呆然としている寿に向き直った。
しんたろうの優しい目が合って、寿の胸はどきりと高鳴る。
「よく来たね、寿」
「……あなたが、しんたろう…?」
「うん。そこは”お父さん”って呼んで欲しかったけど、いきなりは無理かぁ」
男は穏やかに微笑み、頷いた。首にある大きな傷跡が真っ先に寿の目に映る。
少しだけこけた頬、伸びたままの髭と乱雑に切られた髪。焦茶色の瞳は優しく寿を見ていた。
自分が想像していたより穏やかな男に、これまで見てきた記憶が重なり寿の胸は重くなる。
どれほどのものを奪われて、しんたろうはここにいるのか。
その優しい瞳は、一体どれほど無惨なものを見続けてきたのか。
「別れたのはまだ寿が赤ん坊の頃だから、多分覚えてないだろうけど、俺は寿のお父さんだよ」
「あ! ぇ、う…」
ゆっくりと腕を伸ばすと、しんたろうは固まったままの寿を抱きしめた。少し骨ばった手が、優しく背中を撫でる。
真っ赤になった寿は言葉が出ず、唇を戦慄かせた。
「あんな小さかったのに、もうこんなに大きくなったんだね」
「ぅ、あ、あの」
「ずっと会いたかった…」
切なげに囁かれる言葉は、どこまでも優しく温かかった。言いたい事も聞きたい事もたくさんありすぎて、どうやっても言葉が出てこない。
ただその温もりがどこか懐かしく、心がじわりと温かくなっていく。
『……この子は──復讐のため…生まれてくる────』
その瞬間、脳裏を過ったのはしんたろうの記憶の中で、自身に向けられた言葉だった。
胸を突き刺すその言葉に、苦い思いが蘇り寿は唇を強く噛んだ。
「……ホントは僕のこと…」
「ん?」
きょとんとした顔で、しんたろうは寿を見る。
その顔を見てカッとなった寿は、思わずしんたろうを突き飛ばした。
「どうせ僕の事なんか、道具としか思ってないくせに!」
「…えっ?」
「僕のこと復讐の為に造ったんでしょ!」
唐突に突き飛ばされて怒鳴られたしんたろうは、言葉を失い立ち竦む。
斎の殺気がぶわりと膨れ上がるが、寿は構わずしんたろうを睨みつける。
「だ、誰がそんな事を…?」
「! しんたろうの…バカァ!!」
否定も肯定もなく狼狽えるしんたろうの様子に、あの言葉が本当だったと感じた寿は、泣きそうな顔で怒鳴る。
空気が一気に張り詰め、弾けてしまいそうなその時、扉が再度開き中から眠そうな表情の男が顔を覗かせた。
しんたろうは眉を下げて、情けない表情で縋るようにその男を見た。
「關鍵…」
「…なんかよく分かんないけド、騒いでないで中入ったらどうネ?」
「ぐすっ…分かった……」
場の空気を読まず、關鍵は寿の手を引いた。




