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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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20/49

第20話 ”Suffer more.”

 誰かを貶すことは簡単だ。俺がかつて受けたことをしてやればいい。

 理不尽な暴力、怨嗟の言葉、その全てを。

 全てが無駄だと気付いた時、絶望が心を殺す。


 誰かを騙すことは簡単だ。俺がかつて望んだことをしてやればいい。

 柔らかな抱擁、温かい言葉、その全てを。

 全てが嘘だと気付いた時、絶望が心を壊す。





「寿っ起きろ!」

「……えっ、なに!?」


 仁に声をかけられ、間髪をいれずに建物が揺れる衝撃で、バーのソファの上に寝かされていた寿は眼を覚ました。追撃の手がやってきたのだと気付き、慌てて身を起こす。

 バーを出ると建物が壊されたのか周囲は土煙が上がり、地上と屋上から戦う音がする。


「あれから二時間も経ってないのにこれだよ。イドラってホントしつこいな!」

「みんなはどこっ!?」


 寿は周辺の気配を探る。《人型》が数体と、その中で一際目立つ、禍々しい気配に寿は戦慄した。

 間違えようのないえいじの気配に。

 地上では誠と信乃そして安曇が戦っている気配。そしてえいじの気配がする屋上では、荘助が一人きりで戦っている。

 自身の防壁を紙のように消し飛ばされたことを思い出し、荘助の置かれている状況に寿は歯を噛み締めた。


「僕も行く! 仁、手を貸して!」

「おう! 寿も起きたし、もう何も気にしないでやってやる!」


 仁は寿の手を引き起き上がらせると、二人で地上へ続く階段を駆け登った。



「信乃!」

「親父っ! 大丈夫かよ!」

「二人とも!? ここは危ないから逃げてっ」


 慌てて周囲を見渡すと、怪我を負った誠を庇いながら、信乃と安曇が必死に《人型》の猛攻を防いでいた。

 仁は咄嗟に誠のそばに駆け寄る。幸い怪我の程度は軽く、仁はほっと息を吐いた。

 寿の声に気づき信乃は視線だけ向けると、大きな声で叫んだ。


「ここは私達に任せて、寿くんあなたはしんたろうさんのところへ行きなさい!! ようやく場所が分かったのよ!」

「やだよ! みんなを置いて行くなんて…」


 信乃の言葉に大声で拒否すると、信乃はきつい目で寿を睨んだ。


「あなたがここで捕まったら、誰が哀しむと思っているの!?」

「でもっ…! あっ!?」


『逃がすと思ってんのかよ?』


 その場にいる全員の頭の中に、えいじの嘲笑う声が響く。

 次の瞬間、寿だけが屋上に強制的に移動させられてしまった。


「こ、寿!? なんでお前ここに」

「えいじにやられた…距離があったのに、抵抗できなくて…っ」


 寿は抵抗しようとした自分の力が軽々と弾かれ、この場に連れてこられたことに悔しくて歯噛みした。

 最初と違い今は怪我もしていないのに、まだ心の中にある痛みが──自分が《復讐のために作られた人型》かもしれない事実が、寿の心の安定を奪い続けている。


「やっぱり大したことねえな。初期型だからか、お前が甘っちょろいガキだからか…」

「え、えいじ…っ」


 何度も蹴られ撃たれたことが脳裏を過ぎり、寿は恐怖に体を震わせる。

 ニヤニヤと嗤いながら距離を詰めてくるえいじに、荘助は咄嗟に障壁を張った。鬱陶しそうにえいじの顔が歪む。


「薄っぺらい壁だな。鬱陶しい!!」

「っ!!!」


 苛ついたように放たれた衝撃波は、荘助の障壁にヒビを生じさせていく。

 次の瞬間障壁は砕け散り、荘助は咄嗟に寿を抱きしめて横へ飛んだ。抉られた床のコンクリートを見ながら、荘助の背にじわりと冷や汗が滲む。

 抱きしめられていた腕からそっと抜け出すと、寿はえいじをまっすぐ見つめた。


「えいじ、何で戦うの…なんで人を傷つけるの!?」

「……ハッ。それにいちいち理由が必要か?」


 えいじは鼻で笑い、震える寿の言葉を一蹴する。

 寿は大きく深呼吸すると、両手をえいじに向けた。


「…僕は、えいじに誰も殺させない!」

「はははっ!! やれるもんなら…ああ、ソフィアか」

「タイミングが悪かったでしょうか。制御装置《御鏡》を持ってきましたが」


 寿に向かって手を翳したえいじは、自分の真横にソフィアが移動してきたため一旦手を下げた。

 手のひらに乗るほど小さな鏡のような道具を持ち、ソフィアはえいじに恭しく頭を下げる。


「いや、ちょうどいい。早速成果を見せろ」

「分かりました。では」


 ソフィアが《御鏡》を起動した途端、荘助の目の焦点がぶれてガクリと膝をついた。


【一卵性で全く同じ顔の俺と義任は、性格は真反対で。俺と違って優しい義任は、何人嫁にする気かと言いたくなるぐらい、女に人気があった。あの日義任は】


「な、ん……記憶が勝手に…っ」

「ど、どうしたの荘助!?」


 荘助の脳裏に弟の姿が鮮明に現れる。懐かしいその姿は、幸せだったあの頃を思い出させるには十分すぎた。

 そして幸せだった分、優しい思い出が深く心を引き裂く。


「義任…! クソ…クソぉ!!」

「制御とは意味が違うが、超能力を使えなくする点では及第点か」

「ありがとうございます。記憶野に強制アクセスして、その者の多幸感を引き出しています」


 幻を振り払おうと頭を振る荘助を眺めながら、えいじは嘲笑う。ソフィアは淡々と説明しながら、寿をちらりと見やる。


「……我々《人型》には効果がないようですね」

「っ!」


 ソフィアは言いながら寿を捕獲すべく、網状の光を飛ばした。慌てて避けるも荘助から距離が離れてしまう。

 えいじはうずくまって頭を振る荘助の首を掴み上げた。


「こんな状態で俺に敵うとでも?」

「ぐっ…」

「えいじ! 荘助を放して!!」

「うるせえな…俺に命令するんじゃねえ」


 心を掻き乱された荘助は、えいじに全く抵抗ができず呻いた。首を掴まれたまま、荘助は寿に目線だけ向け叫ぶ。

 今使える全ての力を、寿に記憶を伝えることだけに注ぎ込む。


「俺のことはいい…! 行け!寿!!」

「んぁ…!」


 寿の頭に荒れた大地と、そこに立つ古くて寂れた建物のイメージが伝わってくる。

 荘助はイメージが伝わったことを確信すると、えいじの腕をがしりとつかみ屋上から飛び降りた。


「荘助!!」


 もう誰かが死ぬのは見たくない…!



「馬鹿な野郎だ。この程度で俺を殺せるとでも?」

「そんなこと思っちゃいないさ…あいつが逃げる時間を稼げれば十分だ…!」

「時間稼ぎにだってなんねえよ!」


 風を切り落下しながらえいじは右手に闇を集める。あまりに巨大なエネルギーに、荘助はさすがに背筋が凍るのを感じた。


(しんたろうさん、どうか、寿に…!)


「くたばんな」

「!」


 荘助にあたる前にえいじの黒いエネルギーは力を拡散され、粒子となり消えた。

 驚く二人を引き剥がし、寿は荘助を強く睨む。


「僕はこんな事されても、嬉しくない!!」

「こと…」


 泣きそうな目で怒る寿に呆気にとられ、荘助は言葉を失う。

 その目はもう、守られるだけの子どもの目ではなかった。


「僕が全部何とかするから、みんなは逃げて!」

「寿っ絶対帰ってこいよ! まだ行きたいとことかいっぱいあるんだからさ!!」

「うんっ分かった!!」


 荘助を抱え地上に降り立った寿は、強力な障壁を全員に張った。

 手を振りながら叫ぶ仁に、寿はにこりと微笑みながら応える。間髪をいれず、寿はこれ以上巻き込まないためにその場を飛び出した。


「ちっ…こいつらはもういい! 寿を追え!!」


 苛立つえいじの怒声に《人型》たちは矛先を寿に変え、一気に姿を眩ませた。

 残された荘助たちは、呆然と立ち竦む。


「……寿…」

「もうあの子に頼るしか無いわ…」


 自分たちの誰もが、それこそ安曇の力さえも、寿の能力を超えることは出来ないだろう。

 それでもえいじには届いていない。


 余りの無力感に荘助は歯を食いしばった。

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