第20話 ”Suffer more.”
誰かを貶すことは簡単だ。俺がかつて受けたことをしてやればいい。
理不尽な暴力、怨嗟の言葉、その全てを。
全てが無駄だと気付いた時、絶望が心を殺す。
誰かを騙すことは簡単だ。俺がかつて望んだことをしてやればいい。
柔らかな抱擁、温かい言葉、その全てを。
全てが嘘だと気付いた時、絶望が心を壊す。
「寿っ起きろ!」
「……えっ、なに!?」
仁に声をかけられ、間髪をいれずに建物が揺れる衝撃で、バーのソファの上に寝かされていた寿は眼を覚ました。追撃の手がやってきたのだと気付き、慌てて身を起こす。
バーを出ると建物が壊されたのか周囲は土煙が上がり、地上と屋上から戦う音がする。
「あれから二時間も経ってないのにこれだよ。イドラってホントしつこいな!」
「みんなはどこっ!?」
寿は周辺の気配を探る。《人型》が数体と、その中で一際目立つ、禍々しい気配に寿は戦慄した。
間違えようのないえいじの気配に。
地上では誠と信乃そして安曇が戦っている気配。そしてえいじの気配がする屋上では、荘助が一人きりで戦っている。
自身の防壁を紙のように消し飛ばされたことを思い出し、荘助の置かれている状況に寿は歯を噛み締めた。
「僕も行く! 仁、手を貸して!」
「おう! 寿も起きたし、もう何も気にしないでやってやる!」
仁は寿の手を引き起き上がらせると、二人で地上へ続く階段を駆け登った。
「信乃!」
「親父っ! 大丈夫かよ!」
「二人とも!? ここは危ないから逃げてっ」
慌てて周囲を見渡すと、怪我を負った誠を庇いながら、信乃と安曇が必死に《人型》の猛攻を防いでいた。
仁は咄嗟に誠のそばに駆け寄る。幸い怪我の程度は軽く、仁はほっと息を吐いた。
寿の声に気づき信乃は視線だけ向けると、大きな声で叫んだ。
「ここは私達に任せて、寿くんあなたはしんたろうさんのところへ行きなさい!! ようやく場所が分かったのよ!」
「やだよ! みんなを置いて行くなんて…」
信乃の言葉に大声で拒否すると、信乃はきつい目で寿を睨んだ。
「あなたがここで捕まったら、誰が哀しむと思っているの!?」
「でもっ…! あっ!?」
『逃がすと思ってんのかよ?』
その場にいる全員の頭の中に、えいじの嘲笑う声が響く。
次の瞬間、寿だけが屋上に強制的に移動させられてしまった。
「こ、寿!? なんでお前ここに」
「えいじにやられた…距離があったのに、抵抗できなくて…っ」
寿は抵抗しようとした自分の力が軽々と弾かれ、この場に連れてこられたことに悔しくて歯噛みした。
最初と違い今は怪我もしていないのに、まだ心の中にある痛みが──自分が《復讐のために作られた人型》かもしれない事実が、寿の心の安定を奪い続けている。
「やっぱり大したことねえな。初期型だからか、お前が甘っちょろいガキだからか…」
「え、えいじ…っ」
何度も蹴られ撃たれたことが脳裏を過ぎり、寿は恐怖に体を震わせる。
ニヤニヤと嗤いながら距離を詰めてくるえいじに、荘助は咄嗟に障壁を張った。鬱陶しそうにえいじの顔が歪む。
「薄っぺらい壁だな。鬱陶しい!!」
「っ!!!」
苛ついたように放たれた衝撃波は、荘助の障壁にヒビを生じさせていく。
次の瞬間障壁は砕け散り、荘助は咄嗟に寿を抱きしめて横へ飛んだ。抉られた床のコンクリートを見ながら、荘助の背にじわりと冷や汗が滲む。
抱きしめられていた腕からそっと抜け出すと、寿はえいじをまっすぐ見つめた。
「えいじ、何で戦うの…なんで人を傷つけるの!?」
「……ハッ。それにいちいち理由が必要か?」
えいじは鼻で笑い、震える寿の言葉を一蹴する。
寿は大きく深呼吸すると、両手をえいじに向けた。
「…僕は、えいじに誰も殺させない!」
「はははっ!! やれるもんなら…ああ、ソフィアか」
「タイミングが悪かったでしょうか。制御装置《御鏡》を持ってきましたが」
寿に向かって手を翳したえいじは、自分の真横にソフィアが移動してきたため一旦手を下げた。
手のひらに乗るほど小さな鏡のような道具を持ち、ソフィアはえいじに恭しく頭を下げる。
「いや、ちょうどいい。早速成果を見せろ」
「分かりました。では」
ソフィアが《御鏡》を起動した途端、荘助の目の焦点がぶれてガクリと膝をついた。
【一卵性で全く同じ顔の俺と義任は、性格は真反対で。俺と違って優しい義任は、何人嫁にする気かと言いたくなるぐらい、女に人気があった。あの日義任は】
「な、ん……記憶が勝手に…っ」
「ど、どうしたの荘助!?」
荘助の脳裏に弟の姿が鮮明に現れる。懐かしいその姿は、幸せだったあの頃を思い出させるには十分すぎた。
そして幸せだった分、優しい思い出が深く心を引き裂く。
「義任…! クソ…クソぉ!!」
「制御とは意味が違うが、超能力を使えなくする点では及第点か」
「ありがとうございます。記憶野に強制アクセスして、その者の多幸感を引き出しています」
幻を振り払おうと頭を振る荘助を眺めながら、えいじは嘲笑う。ソフィアは淡々と説明しながら、寿をちらりと見やる。
「……我々《人型》には効果がないようですね」
「っ!」
ソフィアは言いながら寿を捕獲すべく、網状の光を飛ばした。慌てて避けるも荘助から距離が離れてしまう。
えいじはうずくまって頭を振る荘助の首を掴み上げた。
「こんな状態で俺に敵うとでも?」
「ぐっ…」
「えいじ! 荘助を放して!!」
「うるせえな…俺に命令するんじゃねえ」
心を掻き乱された荘助は、えいじに全く抵抗ができず呻いた。首を掴まれたまま、荘助は寿に目線だけ向け叫ぶ。
今使える全ての力を、寿に記憶を伝えることだけに注ぎ込む。
「俺のことはいい…! 行け!寿!!」
「んぁ…!」
寿の頭に荒れた大地と、そこに立つ古くて寂れた建物のイメージが伝わってくる。
荘助はイメージが伝わったことを確信すると、えいじの腕をがしりとつかみ屋上から飛び降りた。
「荘助!!」
もう誰かが死ぬのは見たくない…!
「馬鹿な野郎だ。この程度で俺を殺せるとでも?」
「そんなこと思っちゃいないさ…あいつが逃げる時間を稼げれば十分だ…!」
「時間稼ぎにだってなんねえよ!」
風を切り落下しながらえいじは右手に闇を集める。あまりに巨大なエネルギーに、荘助はさすがに背筋が凍るのを感じた。
(しんたろうさん、どうか、寿に…!)
「くたばんな」
「!」
荘助にあたる前にえいじの黒いエネルギーは力を拡散され、粒子となり消えた。
驚く二人を引き剥がし、寿は荘助を強く睨む。
「僕はこんな事されても、嬉しくない!!」
「こと…」
泣きそうな目で怒る寿に呆気にとられ、荘助は言葉を失う。
その目はもう、守られるだけの子どもの目ではなかった。
「僕が全部何とかするから、みんなは逃げて!」
「寿っ絶対帰ってこいよ! まだ行きたいとことかいっぱいあるんだからさ!!」
「うんっ分かった!!」
荘助を抱え地上に降り立った寿は、強力な障壁を全員に張った。
手を振りながら叫ぶ仁に、寿はにこりと微笑みながら応える。間髪をいれず、寿はこれ以上巻き込まないためにその場を飛び出した。
「ちっ…こいつらはもういい! 寿を追え!!」
苛立つえいじの怒声に《人型》たちは矛先を寿に変え、一気に姿を眩ませた。
残された荘助たちは、呆然と立ち竦む。
「……寿…」
「もうあの子に頼るしか無いわ…」
自分たちの誰もが、それこそ安曇の力さえも、寿の能力を超えることは出来ないだろう。
それでもえいじには届いていない。
余りの無力感に荘助は歯を食いしばった。




