第2話 純粋な願いと
「ここすごいね! 大きな建物ばっかり!!」
連れてこられた先は、見たこともない建物がたくさん並ぶ街だった。
日が暮れた街は灯りに溢れ、昼間より明るかった。
ヘリは高いビルの一つに着陸し、寿はそのまま車に乗せられて更に違う場所へと向かう。
どんどん移り変わっていく街並みを、寿は車窓越しに目を輝かせながら眺めていた。
「はは、日本は初めてだったな」
「ここがそうなんだ。僕がいた島も日本だって聞いてたけど、人がいっぱいいるし、すごいね!」
スルは、島国である日本が、お父さんのいる故郷だと話していた。
大勢の人間と大きな建物があるとは聞いていたが、寿は予想以上の光景に圧倒される。
「お父さんはどこにいるの?」
「もう見えてくるよ。ほらあのビルだ」
一際大きな建物が目の前に現れ、寿は思わず息を飲んだ。ビルの壁面には《Yidhra──イドラ》のロゴが掲げられている。
促されるまま車を降りて、そわそわしながら建物の中に入ると空間が広がっていた。
突然、眩い光が降り注ぎ、寿は目を細める。
「七階に君のお父さんがいる。さあ、行こうか」
「うん!」
ガラス張りのエレベーターに乗り外を見ると、先程まで見ていた風景がどんどん小さくなっていく。それを見ながら、寿は楽しさの中に不安が膨らみ始めた。
七階につくと、長い廊下が続く。少しずつ歩みが遅くなり、案内された扉の前で寿は立ち竦んでしまった。
「どうしたんだい?」
「なんか、緊張しちゃって……」
「大丈夫。お父さんも君を待ってるよ」
えいじは笑みを浮かべ、扉のロックを解除した。軽い音とともに扉が開くと、その部屋は真っ暗だった。
寿はゆっくりと一歩ずつ、部屋の奥へ歩を向ける。暗すぎて何があるのかすら見えなかった。
「お父さん……どこ…?」
「すぐ会わせてやるよ」
急に背後から、ゾッとするほど冷淡な声が響く。
振り返るより早く、肩に鋭い衝撃が走り、寿は床に叩きつけられた。
「!? あ、ああああっ!!!」
何が起こったのか理解できない。
全身を激痛が駆け巡り、寿は悲痛な声を上げる。肩を押さえるとぬるりと血が溢れ出していた。
痛みと恐怖に身を縮こまらせながら、寿はえいじを見上げた。
「痛い、よ……なんで…っ」
「茶番は終わりだ」
えいじは冷酷な瞳で寿を見下ろし、蹲る寿に銃を向ける。
先ほどまでの温かみなど、微塵もなかった。
「やだ……お父さ、ん……助けて…!」
「あいつはお前が日本にいることすら知らねえよ」
「うそ……だって、何度も夢で…」
「ああ。あれは俺がお前に見せた夢だ。ただの人間に、意識の介入なんてできるわけ無いだろ」
嘲笑を浮かべたえいじは、寿の言葉に吐き捨てるように応えた。
何故そんなことをしたのか、意味が分からず寿の頭は痛みに混乱していく。
ゆっくり近づいてくるえいじから逃れようと作り出した防壁は、えいじの一薙ぎで消し飛んでしまった。痛みのせいで集中できず、満足な防壁を張ることさえできない。
「あ、あ……っ」
「この程度か。期待外れもいいとこだなぁ」
撃ち抜かれた肩を蹴り飛ばされ、寿は仰向けに倒れた。
更に傷口を踏み躙られて痛みに悲鳴を上げる寿に、えいじは冷笑を深めた。
「《人型》のクセに、人間並みに痛覚があるのか。難儀な奴だ」
「い……うっ……!」
腹を思い切り踏みつけられて息が詰まる。身を守ろうにも痛みに意識は混濁し、指一つ動かせない。
涙で滲む視界の向こうに、夢で見た父親の姿を必死で思い描き、震えることしかできなかった。
「お父さん……っ」
「誰かが助けてくれるとでも? 甘いんだよ」
寿の心を読んだえいじは、不快そうな表情を浮かべた。
いまだに硝煙が燻る銃口を寿に向け、引き金に指を掛ける。
「お前を殺したら、あいつはどんな顔をするかねぇ…ハハハハ!!!」
「あ……やだぁ…!!!」
寿の哀願する言葉を無視して、何発も響く銃声と悲鳴が部屋を埋め尽くした。
「希望なんざ壊されるものなんだよ。半世紀以上経っても学習しないなんて馬鹿な野郎だ」
血の海に沈む寿を見下ろし、えいじは愉しげに口角を歪めた。
その時、入り口にイツメが姿を現した。
「……殺しちゃったの?」
「急所は外してある。こんなもんで死ぬほど、《人型》はヤワじゃないだろ」
血に塗れた寿を爪先で小突きながら、えいじは肩を竦めた。
夥しい出血は止まり、傷跡だけが残されていた。
「思った以上に回復が早いな。面白い」
「調べる?」
「ああ。ラボへ運んどけ」
どこからか現れた複数の人間によって、寿は拘束され運び去られた。
えいじはもう、興味を失ったかのように部屋を後にした。
***
…お父さん……どこにいるの?
えいじは何で僕を……
真っ暗な闇の中、寿は揺蕩うように浮かんでいた。
『……ここは僕の記憶……?』
景色は泡のように揺れ、これまでの思い出が次々と浮かぶ。移ろう風景にスルや兄姉の姿を見つけ、寿の目に涙が滲む。
初めて空を飛んだ時のこと、初めてにーにに怒られたこと、たくさんの思い出が流れていった。
『スル…にーに、ねーね、みんなに会いたいよ』
遡っていく映像の深みから、巨大な泡が湧き上がり、寿は瞠目する。
映像は胎児の頃の記憶に変わっていた。水槽の中に浮かぶ自分を、スルと知らない男が見つめている。
胎児だった頃のためか、先程まで見ていた思い出より不鮮明な映像になっていた。
「しんたろう──明日だな…」
「ああ…──を頼む…」
言葉も途切れ途切れで、うまく聞き取れない。
スルはしんたろうと固く握手すると、ゆっくり抱きしめた。
「ありが…う。あんたらがいな…ったら俺は」
「それは俺も…じだ」
夢より少しだけ高く聞こえるが、その声は夢で聞いた父の声と同じだった。
『しんたろう…お父さん』
寿の胸は高鳴る。
少し窶れてはいるものの、その焦茶色の瞳は、どこまでも深く優しい光を宿していた。
だが、次の言葉に息を呑んだ。
「……この子は──復讐のため…生まれてくる────」
『……え?』
思いもよらなかった言葉に、思考が凍りつく。
今、なんて言ったの?
復讐のため? それが僕を生み出した理由なの?
問いを発する間もなく、映像は泡が弾けるように掻き消えた。再び暗闇に投げ出され、寿の心は混乱する。
『今のどう言う意味? お父さんは僕をどう思ってるの……?』
疑念が生まれ、寿はぎゅっと唇を引き結んだ。
夢で聞いた優しい言葉さえ、えいじの作り物だとしたら。
──それでも。
自分は会うと決めてここまで来たのだから、確かめたかった。




