表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/49

第17話 父の記憶──親友

 気を失った寿は、真っ暗な闇の中で恐る恐る目を開いた。

 暗闇の中にはやはり、虹色に輝くシャボン玉が浮かんでいる。


『……また、しんたろうの記憶?』


 これ以上、何を見せようというのか。

 何度も見るしんたろうの記憶は、寿に知らない感情を伝え続けてきた。

 その度に自分が自分でなくなっていくようで、寿は見ることすら怖くなっていた。


『…ううん、怖いけどちゃんと知らないと駄目だ』


 寿はぎゅっと唇を引き結ぶ。

 たとえどんなに恐ろしく悲しい記憶だとしても、それは実際に起ったことであり、しんたろうを知りたい気持ちに変わりはない。

 その記憶ごと抱きしめて、いつかしんたろうに会うんだと、寿は決意を新たにシャボン玉に触れた。





 しんたろうは、殺風景な部屋のベッドに腰掛けていた。コルセットで固定された胸を押さえ、息をする度に奔る痛みと戦っている。

 ベッドで仰向けになることもままならないのか、忌々しげに歯を軋らせた。


 その時、突然無造作に扉が開かれ誰かが投げ込まれた。

 倒れ込む男を無視して扉は再び閉まる。一瞬の静寂の後、男は後ろ手に縛られたまま小さく呻いた。


「ゲホッ、なんだってんだ…」

「……燈火(とうか)?」

「…しんたろう? しんたろうか…?」


『しっかし、俺らも付き合い長いよな~』

『まあ小さい頃から近所だし。このまま縁は続きそうだよ』


 しんたろうの脳裏に、若い頃の記憶が浮かぶ。

 彼はしんたろうの幼馴染で、親友の燈火という男だった。



「なんで……怪我してんだよ」

「え、いや、その……いや待て、燈火の方がひどいじゃないか! なんだよこれ…!!」


 現状を知らない燈火に余計な心配をかけたくないのか、しんたろうは目を逸らし口ごもった。

 だが、燈火のあまりの状態に思わず掴みかかった。


「……ちくしょう…あいつ…約束…」

「約束…?」


 悔しそうに歯噛みする燈火を見て、しんたろうは首を傾げる。


「俺の事はいい。しんたろうは大丈夫か…?」

「大丈夫だよ! 自分を心配しろよ!!」


 しんたろうは燈火を抱き起こすと、後ろ手に縛っていたガムテープを外しにかかった。

 何度も殴られたような傷跡には、嫌というほど見覚えがあった。

 まるで自分の体を見ているような気分がして、しんたろうは顔を顰める。


「何でここに? その怪我はなんで…?」

「…気にするなよ、大丈夫だから」


 しんたろうには、燈火が拉致される理由が見当たらなかった。

 燈火はイドラが欲しがるような才覚は、無かった筈だったからだ。


「……なんでお前を攫う必要が…?」

「…?」

「父さんを殺したのは、俺への見せしめ…燈火が拉致されたのは……」


 不意に燈火がここにいる原因に思い至り、しんたろうの背筋が粟立った。



「燈火、動けるか? 早くここから逃げろ!」

「何だよ急に…慌てて」

「いいから! 早く逃げてくれ!!」


 ドアが静かに開き、ニヤニヤと笑いながらえいじが現れた。しんたろうは咄嗟に燈火を庇うように立ち上がる。

 えいじは無言でしんたろうの目の前に立つと、囁くように言った。


「もう二度と逃げようなんて考えねえように、お前の立場を分からせてやるよ」

「なん…うっ!」

「しんたろう!」


 掴み掛ろうとするしんたろうの手をスルリとかわし、えいじはその腹にスタンガンを叩き込んだ。

 声一つ上げられないまま蹲るしんたろうを後目に、えいじは燈火の顔を嘲笑うように見下ろした。


「一ヶ月もご苦労だったなァ燈火。もう限界だろ?」

「てめえ…!」

「……何の、話を…」


 えいじは、震える腕で立ち上がろうとするしんたろうの髪を掴み上げる。

 痛みに顔をしかめるしんたろうに、口の端を吊り上げながら愉しそうに話し始めた。


「一ヶ月前にも同じような豪雨の日があっただろ? あの日こいつを拉致した」

「…は……!?」

「やめろ…黙れ…!!」


「妙だと思わなかったか? 一ヶ月近く俺はお前に手を出してない」

「…ま、さか…」

「”お前が代わりに殴られるなら、その間は手を出さないでいてやる” こいつはそれを飲んだ」

「……そんな...!」

「一ヶ月も保つとは思わなかったがなあ。体はぼろぼろだろうに」


 驚愕したしんたろうは改めて燈火を見た。

 自身が受けるはずだった暴行を身代わりに受け続けていた燈火。

 血に塗れ千切れかけたスーツ。まともに食事もしていないのか、頬は痩け目の下には深いクマが刻まれた顔は青褪めている。

 ほとんど治療もされずに放置されたであろう生々しい傷跡。そこから想像される暴行の苛烈さに、しんたろうの心は絶望に塗りつぶされていく。


「お前のせいだろしんたろう? お前が逃げなければ、俺はこいつを拉致なんざしなかった」

「…ぁ、あ……!!!」


 絶望に怯えきった顔で、しんたろうはえいじの足に縋りついた。

 その顔を見ながら、えいじは愉悦に笑みを深める。


「もう逃げないから、やめてくれ! 燈火を、助けてくれ…!!」

「ははははは! 見たかったんだよなぁ、絶望に歪むてめえのツラをなぁ」

「止めろ、止めてくれ…! 殺さないでくれ……!!」


 自分の無力さに、しんたろうは心が引き裂かれそうだった。

 燈火が自分を庇っていたなんて。

 自分が逃げようとするたびに、殴られていたのだという事実に目の前が暗くなっていく。



 この一ヶ月、自分は何度逃げようとした?

 その度に殴られていたのだとしたら、治療もロクにされていないのだとしたら。



 と、燈火は荒々しく息を吐きながら立ち上がり、その眼がえいじを見据えた。


「…俺が選んだんだ、お前のせいじゃない。それよりなんでしんたろうに手を出した…!?」

「ははははは! どうせもうお前はくたばるだろ? 契約は、もう終わりだ」


 燈火は床に蹲るしんたろうに視線を移した。

 血や汚れでボロボロの服。顔や服の端から覗く四肢には、痛々しいほどの痣や傷。

 胸を覆うコルセットを見て、肋骨を骨折しているのだと気付いた。燈火の怒りが烈しく燃え上がる。


「ふざけやがって…!!」


 殴りかかろうとした燈火に、えいじは笑いながら銃を向けた。

 しんたろうが叫ぶ間も無く銃弾は空を裂き、燈火の肩を穿った。

 憎悪と苦痛の混じったような悲鳴が部屋に響く。


「はははは!! てめェに俺が殺れるとでも思ったのか? クズが!!」

「うう… ち、くしょう…!」


 床に膝をついた燈火の体に、再度銃口が向けられた。

 しんたろうが手を伸ばしかけた瞬間、えいじはにやりと嗤って撃鉄を起こした。


「こいつを殺したら、お前はどんな顔で啼くのか…見ものだな」

「やっ、─────!!!」

「止めたいなら、自分の力でやってみろよ」


 これ以上無い厭味な笑いを湛え、えいじは燈火の腹を撃ち抜いた。


「ぐっ…う…!」

「燈火ぁあ!!!」


 倒れこんだ燈火は撃たれた腹を押さえ、掠れた声を漏らした。

 押さえた腕の間から、どろりと血液が溢れ床を濡らしていく。


「お前の力では誰も救えない。無力な癖に反抗するからこうなるんだよ」

「やめ、ろ…っ足をどけろ……っ!」


 痺れの残る体は意に沿わず倒れ込む。それでも必死で這いながら、燈火の元へ近づこうとするしんたろうを踏みつけ、えいじはせせら笑った。

 伸ばした手は燈火に届かず、しんたろうは無力感に涙が止まらなかった。


「こんなのいやだ…燈火…死ぬな燈火…っ!」

「泣くなよ……お前のせいじゃない…」

「はははっ! 泣かせるなぁ。本音は違うだろ?」


 えいじの嘲りを無視して、額に脂汗を浮かべながらも燈火はしんたろうに笑ってみせた。

 傷口から溢れる血に服がどんどん染まっていく。


「謝んなって…しんたろう」

「燈火…ごめん……燈火…ッ」

「お前は生きて、ここを出ろ、よ…」

「燈火…!」

「会えて、よかっ…た」


 優しく微笑むと、燈火は瞳を閉じた。

 浅く早かった呼吸が、小さな溜息に似た吐息を最期に止まる。


「燈火っ!! 駄目だ…死ぬな…! 燈火…!!」


 どう足掻いても助けられないと分かっていても、しんたろうは何度もその名を叫び続けた。

 目を閉じた燈火は何も答えない。


「あああ……ごめん…燈火ッ…!!」


 しんたろうは唯謝り続けた。

 その様を愉しそうに見下ろすえいじのことなど、目に入らない様子で。


「可哀想になぁ。お前なんかと関わらなければ、早死することもなかったろうに」

「あ、ああああ…!!」


 しんたろうはその言葉に目を見開いた。

 自分がいなければ、友人でなければ、燈火はこんな所で殺されることはなかった。

 他愛のない話をした高校時代や、初めて遊んだ幼い日々が脳裏にまざまざと蘇り、しんたろうは慟哭を上げ続けた。


『あぁ…! しんたろうの目の前でまた人が死んでいく…殺されて…!!』


 しんたろうの強い後悔と悲しみが、再び寿を襲う。

 寿は初めてえいじに強い憎しみを覚えた。


「あーーーいい加減うるせぇ、なっ!」


 苛立ったように舌打ちしたえいじは、無慈悲にしんたろうの腹を蹴りあげた。怪我も相まって、しんたろうの意識は途絶えていく。

 暴行を受けるしんたろうを見ながら、寿は無意識に自分が撃たれた時の事を重ねていた。



『どうしてえいじはこんな酷いことを…自分の欲望の…為だけに…』


 返ってこない言葉。もう俺に話しかけてくることは二度とない。

 生きて此処を出ろと言った燈火の言葉が、しんたろうを深く貫いていた。

 徐々に記憶が擦れていく。それと共に暗闇が再び寿の視界を塞いだ。


『えいじ…! なんでこんな事ばっかりするの…!?』


 現実に引き戻される自分の意識を感じながら、寿は叫んだ。

 だがその言葉も虚しく暗闇に消えていった。



 ただ、暗闇の奥で──えいじの声が微かに響いた。



 ***



 最期まで。

 最期まで思い通りにならなかった。


 殺されるような目に遭ったら、原因であるしんたろうを恨むのが道理だろう?

 殺そうとしている相手に、憎しみをぶつけるのが道理だろう?


 なのに燈火という男は俺には目もくれず、

 最期までしんたろうの体を気遣い、あろうことか笑って見せやがった。


 ──気に食わない。

 燈火も、しんたろうも…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ