第15話 I can’t be cool
「…はぁっはぁっ…うう…」
暗闇の中、寿は激しく息をつきながら眼を覚ました。
しんたろうが刺された腹と同じ場所を押さえ、ぎり、と歯を軋らせる。
少ない情報から勘違いした荘助たちは、しんたろうを殺害するために襲っていた。
殴られ腹を刺され、記憶まで暴かれたしんたろうの苦痛を経験してしまった寿は、心臓が痛むほど鼓動が早くなっていく。
「…なんで…っ」
今の荘助は違うと、憎んでいるわけではないと分かっていても、芽生えてしまった不信感が拭えない。
寿は布団を蹴り上げるように剥ぐと、部屋の扉を乱暴に開いた。そこには驚く信乃がソファに座っていて、荘助はいなかった。
「ど、どうしたの? 顔真っ青よ?」
「荘助はっ荘助はどこ!? ……見つけたっ!」
寿の剣幕に驚いた信乃は、慌てて立ち上がる。
信乃の心を読んで、別のセーフハウスにいることを知り、寿はその場から消えた。
「一体何が…まさか…!」
信乃は嫌な予感が止まらない。急いで上着を羽織ると部屋を出た。
荘助と誠、仁は三人で今後の相談をするために、廃工場にいた。
寿をしんたろうに会わせてやりたいが、まだ彼の居場所を特定できずにいる。イドラの超能力研究はかなり進み、荘助たちが居場所を探そうにも、妨害されているためだ。
「超能力だけじゃなく、仁の技術でも芳しくないな」
「硬すぎるんだよイドラの防壁。これも直樹さんに頼むのは?」
「今三ヶ所も調べてもらってるからね…どうしたものかな」
荘助と誠は深い溜息をつく。
もう何年もこの調子だ。掴んだ情報はことごとく空振り、時には罠であったことすらある。
「──ていうかさ、今関係ないっちゃないんだけど、寿が《人型》ってマジ?」
「…恐らくだが。おい、そんな顔するな」
思い切り顔を顰めた仁に、険しい顔で荘助はその態度を嗜める。
仁は感情がなく平然と残酷な戦闘をする《人型》に、心底嫌悪感を抱いている。荘助の頬に走る大きな傷跡が、《人型》から仁を庇ったときにできたものだということもある。
一歩間違えば失明するかもしれなかった。その事実も荘助を慕う仁にとって、拭う気にすらならない嫌悪の原因だった。
荘助も嫌悪感の一因に、自分の怪我があると分かっている。だが表面的な感情だけで、判断して欲しくなかった。自分と同じ過ちは踏ませたくなかったからだ。
その時、何もない空間から寿が現れた。
「寿!? どうした!」
「……荘助は…本当にしんたろうの味方なの…?」
「…そうだと最初に言ったはずだが」
俯いて服を強く握りしめたまま、小さな声で尋ねる寿に荘助は眉根を寄せる。何があったのか聞こうとした瞬間、寿は勢いよく顔を上げると、大声で叫んだ。
「じゃあなんでしんたろうに、あんな酷いことしたの!?」
「──!」
荘助は驚いて目を見開いた。しんたろうの記憶が見られると知った時から、いつか聞かれるのではないかと予想はしていた。それでも救出の兆しが微かに見えたこのタイミングで、寿に疑念の種を植え付けたくはなかった。
「…しんたろうさんが、俺の弟を助けようとしていたと知らなかったんだ。俺はあの人を…殺そうと思ってた」
「…!」
「何も言い訳はしない。俺が悪い」
記憶は夢であって欲しいと願っていた小さな希望が打ち砕かれ、寿は荘助から悲しげに目を背けた。
「…だから最初、俺の名前間違えたんだ…」
「もう知ってるだろうが、俺がしんたろうさんから聞いた息子の名は慶だった」
「じゃあ…俺はなんなの…!? しんたろうは俺のお父さんじゃないの!?」
「……直樹さんに確認する必要があるが、恐らく彼の妻子は殺害されている」
思わぬ荘助の言葉に、寿は驚いて目を見開いた。
自分がしんたろうに作られた事は分かりきっていても、兄か姉がいて母と共に殺されている可能性など考えもしなかった。
「《人型》の事覚えてるか。多分お前は…しんたろうさんが作り出した《人型》なんだろう」
「…!!」
驚き目を見張る寿の後ろで、仁も怪訝な表情を浮かべる。
黒髪で焦茶色の瞳の寿が、まさか本当に《人型》とは思いたくなかった。何故さっき聞いた時に教えてくれなかったのかと、仁は歯を噛みしめる。
「……えいじに太刀打ちできるのは《人型》ぐらいなもんだからな」
「…そんな…」
鈍器で頭を殴られたような衝撃に、寿はよろめいた。
それだけはあって欲しくなかった。《人型》と呼ばれようと白髪で赤目の特徴が《人型》と同じであろうと、それだけは。
自分が《人型》だなんて、思いたくなかった。
「でも寿、きっとしんたろうさんは…」
「聞きたくないっ!! 荘助だって僕に嘘ついてたくせにっ!!!」
「ぐっ…!!」
頭を抱えながら泣き叫んだ寿を包む白い光が、荘助を襲い肩を引き裂いた。
迸る血を押さえながら、荘助は思わず膝をつく。
「あっ、やだ、荘助!!」
返り血に我に返った寿は、慌てて荘助の肩を押さえる。
白い光の粒子が、今度は荘助の肩を癒やすようにふわりと包みこんだ。
寿の心に強い動揺が走っているせいで、力を十全に発揮できない。光の粒子は頼りなく荘助を癒やし、何とか止血はできたものの荘助は痛みに呻いた。
「ごめんなさい…ぼ、僕こんなつもりじゃ、ごめんなさい…!!」
「…いい、んだ…お前がやったのは…当然の、こと」
泣きじゃくりながら謝る寿の頭を、荘助は震える手で優しく撫でた。傷つけるつもりなどなかったことは、これまでの寿を見ていれば分かる。
しんたろうへの暴力に心底怒りを覚えてはいたが、それを荘助にぶつけて怪我を負わせたいとは考えてなかった。
自分の意志でコントロールできなかった自身の超能力の強さに、寿は初めて恐怖を抱いた。
強いショックからか寿の髪と目の色は、元の白髪と赤色に戻ってしまっていた。
「怖がらなくて、大丈夫だ…お前の力は、こんなに素晴らしいじゃないか」
「う、ん…っ、ごめんなさい…」
今も自分の行いに震える寿に、荘助は宥めるように言った。
「……もう行かないから。腕、放してよ、親父」
「本当に大丈夫かい?」
仁は寿が暴走した瞬間、飛び出そうとして誠に引き止められていた。
今も何とも言えない表情で、寿と荘助のやりとりを見ていた。誠はそれを見て小声で囁く。
「仁、これは事故だから。あの子はそんなんじゃない」
「……分かってるよ」
憮然としたまま答える仁に、誠は苦々しい表情を浮かべる。
これが今後、軋轢を生まないことを祈りながら。
***
その後、慌てて駆けつけた信乃に連れられ、五人は元のマンションに戻った。
会話のないまま夕食を終え就寝したが、翌朝になって寿は唖然とした。
「どうした? まだ髪の色が変わってないままだが」
「…髪の色が変えられない…」
「…なんだって?」
寿自身が一番困惑していた。
人を生まれて初めて傷つけてしまった事や、自身の出生の真実は本人が自覚するよりずっと、心に深い傷跡を残していた。




