第14話 父の記憶──誓言
直樹と荘助たちはその後、今後の方針について話し合った。
双方の情報網を駆使して得られたのは、しんたろうが監禁されている場所の候補地だった。
転々と移動させられているらしく、中々情報が得られなかったが、寿が日本に来たことで新たな動きがあった。
これまでと違い、今しんたろうは西日本側にいるらしい。
「候補地は三ヶ所だ。俺の部下に探らせている。近々いい知らせができるはずだ」
「ようやく、しんたろうさんを助けられますね…!」
直樹の言葉に、荘助は拳を握りしめた。
超能力で長距離を移動できるのは荘助だけで、それもせいぜい三人が限界だった。
ある程度確定した状態でない場合、行動するにはリスクが高すぎるため、二の足を踏んでいたが、場所さえ分かればすぐにでも移動できる。
「…あれ、寿? もう寝ちゃった?」
「あら、疲れちゃったのかしら。荘助運んであげて」
精神的に疲れたのか、寿は帰宅後にソファに座ったまま寝てしまった。
初日と違い、寿は眉根を寄せて少し苦しそうな寝顔を浮かべている。自身の出生のこと、しんたろうの記憶のこと。誘拐された日から、心が休まる時間がほとんどなかったからだろう。
「…まだ子どもなのにな」
荘助は寿を抱き上げると、軽く背中を撫でた。僅かに表情が緩み、小さく溜息を吐く。
そのままベッドに寝かせると、そっと布団をかけた。
***
これまで知らなかった感情の奔流に晒され、寿の心は少しずつ疲労が溜まっていた。
それでもしんたろうの記憶は、悪夢として容赦なく過去を見せてくる。
『…また、怪我してる』
しんたろうは膝を突き、鼻血を拭いながらえいじを睨みつけていた。
既に何度か殴られたのだろう。体の至る所に真新しい赤い痣があり、寿は泣きそうな顔で体を抱える。
その時、しんたろうの真横にあった大きなガラス窓が破壊され、土煙に紛れて顔を隠した男が飛び込んできた。
男はえいじとしんたろうの間に、割りこむように着地した。
目元以外全て布に覆われて見えなかったが、自分をきつく睨みつける眼にしんたろうは一瞬怯んだ。
「な…」
「…お前がしんたろう、だな」
答えを待たず、男はしんたろうの後ろに移動すると、首を羽交締めにした。
銃を構えるえいじの目の前から、しんたろうを抱えあっという間に姿が掻き消える。
「チッ…超能力か。先にあれを制御する手段を作るべきだな」
「追いかける?」
「当然だ」
「起きろ」
「っ!」
頭から水をかけられて、気を失い床に転がされていたしんたろうは一気に覚醒した。
周りを見て、工場か何かの廃墟のような場所に連れ去られたのだと、しんたろうは瞬時に理解する。
首がズキズキと痛み顔を顰めたが、強引に顎を掴まれて顔を上げさせられた。
「…人殺しの顔にしちゃ、随分普通なんだな」
「……」
何も答えないしんたろうに、男は眉間に皺を寄せながら、顔を覆っていた布をとった。
あらわになったその顔に、しんたろうは目を見開く。
「覚えがあるだろこの顔。弟は双子だったからな」
「……っ」
『え……?』
ぐ、と唇を噛み締めて、しんたろうは黙りこむ。今よりかなり若く見えるが、男は荘助だった。
荘助は怒りに瞳孔を開き、しんたろうを睨んでいた。
『荘助…? 何これ…何でこんな…』
荘助が寿に見せた「しんたろうを助けたいと思っている気持ち」は、確かに本心からくるものだった。
だが目の前で起こる展開は、寿の予想を裏切っていた。荘助の瞳には怒りしか映っていない。
『荘助は、しんたろうを逃がすために…?』
なんとか良い方に考えようとする寿だったが、膝をついたままのしんたろうの腹を荘助は思い切り蹴りあげた。
呻き声とともに、しんたろうの体が沈み込む。
『!?』
「ぐっ…」
「弟の亡骸は、それは酷いものだった」
しんたろうの顔が歪む。しんたろうが手を下したわけではないと、その記憶から分かる。
だが荘助の弟がどんな恐ろしい運命を辿ったか、しんたろうは知っていた。
荘助が強く握りしめた拳から、血の雫が溢れた。
かつてえいじは超能力を研究するため、村一つを襲い壊滅させたことがある。
村の住人たちの目の色は黄味がかった焦げ茶色だったが、瞳孔が獣のように細長く、超能力を使うことができた。
彼らはその力と瞳から、獣が宿っていると称された伏一族だった。
《人型》が使う超能力とは異なる、人間の超能力。それを後天的に使えるようになるために白羽の矢を立てられた、今はもうない悲劇の村の一族たちだ。
「…俺は弟の残留思念から、お前らの情報を得た」
荘助は拳を固く握り締め続ける。怒りと悲しみを堪えるその顔に、寿は言葉を失う。
こんな過去があったなんて、荘助は一言も言わなかった。
「イドラと言う狂った企業が、村を襲った理由も知ってる。でも弟が最期に浮かべた、お前の表情の理由だけが分からない」
「……理由?」
「お前は何を思いながら弟を…俺たちの仲間を手に掛けた?」
しんたろうはまた黙り込んだ。
苛立った荘助は襟元を掴み上げると、無理やり顔を掴んで自分の方に向かせた。
しんたろうはそれでも、目を背けて何も言わない。
「弟を殺したのは、お前だろ…!」
「……」
「黙っていれば済むと思っているのか!!」
目を伏せたしんたろうの様子に、荘助の怒りは遂に限界を超えた。しんたろうを床に叩きつけ、そのまま何度も蹴りつけた。
誠と信乃もその場にいたが、冷ややかな目をむけるだけで、黙って二人を見ていた。
「うっ、ぐっ! げほっ…!」
目の前で起こる光景が信じられない。
しんたろうを庇おうとするが、拳は寿をすり抜けていく。
『荘助やめて! しんたろうが死んじゃうよ!!』
必死で叫ぶも過去の記録でしかない現状に、その声は届かない。
地面がしんたろうの血で染まるまで、荘助はひたすら憎しみをぶつけ続けた。
「ハァ…ハァ…! この、人殺しがっ」
『やめて…もうやめてよぅ…!』
「げほっ…」
抵抗一つしないまま蹴られ続け、しんたろうはか細く咳き込んだ。
息を切らしながら、荘助はしんたろうの体を仰向けに転がしその上に跨った。血まみれの額に触れ、青白い光を手のひらに集めていく。
「黙ってるつもりなら無駄だ。お前の記憶を読めば全部分かるからな!」
「…や、めろ…」
「うるさい!」
「っア…!」
『やぁ…っ!!』
初めて抵抗したしんたろうの腹に、荘助は深々とナイフを突き立てた。
激しい痛みが寿にも伝わってきて、寿は小さく悲鳴を上げて腹を押さえる。
「お前も弟と同じように殺してやる…!」
「う、ぅ…」
痛みに震えるしんたろうを無視して、荘助はその心に侵入した。
荘助の力で強引に読み取られる記憶は、しんたろう自身の心にも影響するらしく寿の視界がブレる。
そこには村の知り合いたちが縛られ、倒れていた。
超能力を使用されれば簡単に逃げられてしまう。そう考えたえいじは、薬で彼らの意識を奪い続けていた。
「そういやガキの実験はまだだったな」
『えいじ…!』
(こいつは、さっきしんたろうの前にいた金髪…こいつも科学者なのか?)
荘助の思考が聞こえてくる。
荘助はえいじの存在を知らなかったらしい。
「…あいつでいい。連れてこい」
(──義任!!)
そう言われて指されたのは、荘助に瓜二つの少年だった。薬で動けない体を震わせて、かすかに泣いていた。荘助の思考が少年の、弟の名を叫ぶ。
黒服の男は何ら感情を湛えず、義任の腕を掴みあげた。
その時だった。
「やめろ! こんな子どもまで…」
「ああ? ガキの実験だって言ってんだろうが」
えいじに食ってかかったのは、他でもないしんたろうだった。
その後ろで義任は拘束をとくと、天井近くまで一気に浮上した。
「…てめえ、解毒剤使いやがったな」
「超能力を使われたら、お前だってひとたまりもないだろ。あの子ぐらい逃してやれ…!」
「…甘い野郎だ」
言うなり義任に銃を向けるえいじの前に、しんたろうは咄嗟に身を晒した。義任を狙った弾がしんたろうの肩を穿ち、しんたろうの体が床に倒れ伏す。
呻くしんたろうに舌打ちしながら、えいじは不快そうに吐き捨てた。
「これで邪魔できねえだろ。馬鹿が」
「お兄さん…っ」
「俺に構う、な、逃げろ…っ」
義任は涙を眼にためて首を振る。
荘助と違い、義任は空を飛べても空間を飛び越える力はなかった。
「お前を庇った男が死ぬぞ? それでもいいのか?」
「…っ」
えいじはせせら嗤いながら、しんたろうに銃を向ける。
義任は堪らず床に降りると、震えながらしんたろうの前に立ちふさがった。
「いいから、逃げろ…俺は殺されない、から…!」
「逃げられないよ。みんなもいるのに…」
義任は哀しそうに微笑んだ。しんたろうの肩に手をかざすと、傷が癒えていく。
(ああ、義任はそういう奴だ。自分だけ逃げるなんて、庇った男を放って置くなんてできない)
荘助の深い悲しみが寿の心を苛む。
どうして自分が変わってやることができなかったのかと、荘助はずっと苦しんでいた。
「へえ。治癒能力もあるのか」
「お兄さん、ぼく行くね」
「駄目だ、行くな…!」
尚も追いすがるしんたろうを、えいじは苛立ったまま蹴り倒した。
恐ろしい光景に、義任の悲鳴が上がる。
「しつけえなクズが! 気安く触んじゃねえよ!!」
「やめて! もう、いいんだお兄さん…!!」
何度も蹴りつけられて、遂にしんたろうの手がずるりと床に落ちた。
無力感に襲われるしんたろうの心に、寿は胸が締め付けられるように痛む。
「かばってくれてありがとう」
えいじに片腕を掴まれながら、義任は微笑んだ。
無情に扉が閉まり、しんたろうの記憶はそこで途切れる。
「──ハッ!」
汗だくになりながら、荘助は深く息を吐いた。
自身の能力の前に、記憶は嘘を付けないとわかっている。
「…そんな……お前…」
「…荘助?」
信乃の声も、荘助には聞こえていなかった。
弟を実験台にしたのは、しんたろうだとばかり思っていた。しんたろうはむしろ自分の弟を最後まで庇ってくれていたのだと分かり、荘助はぎり、と歯を軋らせた。
「何で…何で言わなかったんだ! お前は俺の弟を、義任を…」
「俺は…助け、られなかった…殺したも、同然…」
その時荘助はやっと気づいた。抵抗しなかったのはその罪悪感からだったということに。
記憶を強引に暴かれ、当時の感情をも引きずり出されたしんたろうは、あの時助けられなかった無力感を思い出し、涙を零していた。
「お前も、あの男の犠牲者なのか…」
「……」
しんたろうの記憶が途切れる一瞬、義任のように、見知らぬ男がしんたろうに微笑みながら息絶える映像が見えた。
年嵩の男と、しんたろうと変わらぬ年代の男が。
「すまない……すまない…!」
「…だ、いじょうぶ…俺はこんなもんじゃ…死ねな、い、から…」
命を奪うつもりで刺したことは、荘助自身が一番分かっていた。だがしんたろうの腹を見ると、既に傷口は塞がり始めている。
「……!?」
「死ねない…体に…」
痛みに震えながらしんたろうは呟いた。荘助は固く唇を引き結ぶ。
「俺達と逃げよう…今なら!」
「それは、できない…俺の命は、今もあいつの、手の中に」
手を少し持ち上げ、しんたろうは答えた。その手首には銀の腕輪が嵌まっていた。
何か仕掛けがあるのだろう。荘助は無力さに俯いた。
「俺にできることはないのか?! 義任の恩人のあんたを助けたい…!」
「…ひとつだけ、頼みが、ある…」
か細い声を聞き漏らすまいと、荘助は床に膝をつきしんたろうの言葉を待った。
「もし俺の子どもに、何かあったら……その時は、助けてやってくれないか…」
「子どもの名前は?」
「け、慶……」
回復しきっていないしんたろうは、苦しげに息を吐きながら祈るように告げた。
荘助はその手を強く握りながら頷く。
『…けい? 最初に荘助が言ってた名前…慶って誰のこと?』
「分かった…その約束を絶対に果たす…!」
「あり、がとう…」
しんたろうは荘助の手に片手を重ね、かすかに微笑んだ。
「荘助! もう追手が来てる!」
複数の車が近づいてくる音に、信乃が叫んだ。
「行ってくれ…あんたたちは、誰も…死なないでくれ…」
「…絶対あんたの子どもを守ってみせる…! あんたも死ぬなよしんたろう…!」
小さく頷くと、痛みに限界がきたしんたろうは意識を失った。
「…全員信乃のそばに来い! ここから脱出する…!」
荘助は歯を軋らせながら、仲間を連れて廃墟から姿を消した。




