第13話 【過去編】劫奪
「最近しんたろうに対して度が過ぎると、しんじから報告があったわよ。壊されたら困るのよ、大事な道具なんだから」
「……」
久是に呼び出されたえいじは、久しぶりにイドラの社長室に足を踏み入れていた。
早々に始まる小言に、普段なら舌打ちや文句を返す彼は、久是を無言で見つめている。その目は重く暗い光を帯びていた。
「……聞いてるの? またお仕置きが必要かしら」
久是は傍らのスイッチを手にした。それはえいじの首に装着された銀の輪に強い電流を流す装置だった。
しんたろう同様、えいじもイドラ──久是の支配下にあった。
返答しないえいじに苛立ち、久是はスイッチを入れる。だが久是の意に反し、装置は微動だにしない。
ニヤリと嗤い、えいじは首の輪を外し床に放り投げた。久是は目を見開きえいじを見た。
「いつまでもこんな玩具で、俺をどうにかできると思ったか?」
えいじは冷笑を浮かべながら久是を見やる。久是の手からスイッチが滑り落ち小さく音を立てた。
「……」
「茶番は終わりだ。バケモノが」
えいじは銃口を久是に向けた。
久是は狼狽えるでもなく、この上ない極上の笑みを浮かべる。
「…ふふ、ようやくね。さあ私を殺し、世界を正す永遠の神になるのよ。愛しい我が一族の末裔えいじ」
「うるせえ…喋るな」
なおも笑い続ける久是に向けて、えいじは引き金を引いた。乾いた音が響き、遅れてどさりと倒れる音がした。
目を見開き嗤ったまま、額に穴を開けた女は息絶えていた。
「…あーーー下らねえ…」
ひとりごちるとえいじは部屋を出た。扉の両脇に控えるように立っていた男たちに目配せすると、二人は無言のまま執務室へと消える。
そのまま振り返りもせずえいじはその場を後にした。
***
「げほっ」
大きく噎せた瞬間、鮮血が飛び散りしんたろうは体を震わせた。
もう何時間経つのかさえ分からない。スタンガンで痺れた体は、それでも苦痛を感じ続けていた。
中途半端に手加減しているのか、執拗に嬲られているのに意識を失うことができない。
自室にいたしんたろうは、突然部屋に入ってきたえいじに引きずり倒され、暴行を受けていた。
早々に喉を潰され、悲鳴を上げることさえ許されなかった。
「…ァ、っ」
無言のまま振り下ろされた脚に腹を踏みつけられ、しんたろうは再び吐血した。
理由などない理不尽な暴力を振るわれるのは初めてではなかったが、しんたろうは今、死を覚悟していた。
原因は知る由もないが、えいじは常にないほど苛立っている。終始無言なのが不気味だった。
(…八つ当たりで殺されるなんて…どんだけ理不尽なんだよ)
殴られ強引に意識を引き戻されながら、しんたろうは心の中で毒づく。
覚醒させられた意識が、暴行を受けるまでもなく闇に飲まれそうだった。散々痛めつけられた体は、限界を訴えていた。
頭を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられたしんたろうは、霞む視界でえいじを見やる。俯いたままのえいじの表情は見えなかった。
「……久是はこうやってお前を作ったらしいな」
「──な、…っ!?」
今日えいじが初めて発した言葉は抑揚なく放たれる。地の底を這いずるような暗い声だった。
えいじはしんたろうを仰向けに床へ押し付けると、半ば破るように服を脱がした。えいじの意図に気づき、しんたろうは逃げようとしたが、長い時間嬲られた体は指一つ動かない。殴られる以上の恐怖に体中が震える。
拒絶の言葉を吐くことすら叶わず、乱暴に腰を掴まれた。何度も殴られた場所を強く掴まれ痛みが増していく。
「…っい…ぁ…!」
「っ、はは…ざまぁねえ」
体を引き裂かれるような激痛が走り、しんたろうは声も出せずに背を仰け反らせる。涙が溢れて視界が歪んだ。こんな痛みは知らない。
更に腰を強く掴まれ、体中に耐え難い痛みが広がっていく。いっそ気を失いたかったが、その度に頬を張られて意識を戻された。
「おい、寝てんじゃねえ。まだ出してもねえのに」
「ふ、っ…ぅ……っ」
苦痛に喘ぐ自分の呼吸と、えいじの妙に冷たい声音が耳に響き、内側から自分を壊していくように感じた。
堪えきれない痛みに嗚咽が漏れる。殴られている方がマシだった。
何故ここまで、憎しみをぶつけられなければならないのか。
憎んでいるのは父を殺され、自由を奪われた自分のほうだというのに。
何度も走る痛みに、苦痛に掠れた悲鳴を上げる。どれほど時間が過ぎたのか、頬を張られる痛みも感じなくなってきた。
限界を超えた体と心が、とうとう意識を深淵に落とそうとしていた。
(あぁ…やっと……)
「……胸糞悪い……やっと殺したのによ」
えいじの小さな独白に、しんたろうは目を瞬かせる。
それは聞いたこともない苦悶に満ちた声だった。
(殺した…誰を…?)
口を開こうとした刹那、側頭部を強打されしんたろうは遂に意識を失った。
えいじは一瞬、しんたろうの顔に手を伸ばしかけたが、歯を軋らせ動きを止める。
「……畜生…」
強張る手を引くと、自身の頭を両腕で抱えるように覆いながら、忌々しげに吐き捨てた。
えいじがしんたろうの体を貶め壊したのは、この一度きり。
その一度きりの劫奪は、しんたろうだけでなく、えいじにも深い絶望をもたらしていた。
──この日を境にイドラは、完全にえいじの支配下に置かれる。
そしてしんたろうへの暴行は、とどまるところを知らないまま、さらに三年の月日が流れる。




