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僕の願いが世界を変える──泥より出でて、泥に染まらぬもの  作者: 露隠とかず
メインストーリー

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第12話 【過去編】Sleepin’ Bird<安寧>

 医務室には医師が一人だけいる。日本でも有数の救急救命医・寛之だ。

 彼は学会の帰りに、イドラの言葉巧みな勧誘に騙されてしまい、拉致されてしまった。


「…今日も酷いな」


 どれだけの暴行を受ければ、ここまで重傷を負うのだろう。レントゲンの画像を見た寛之は握り締めた手に汗がじっとりと滲むのを感じた。


 押し込まれた医務室で、寛之は何故自分が拉致されたのか分からなかった。

 だが数日経たずにその理由を知ることになる。

 それは拉致直後のしんたろうが、瀕死の重傷を負わされ医務室に運び込まれたときだった。

 自分はこの若く優秀な生物学者のしんたろうを、死なせないための救急救命医としてここに連れてこられたのだと。


 病院に勤務していた時さえ、こんな高頻度で同じ患者を手術することはなかったというのに、拉致されてからは毎月のように重体となるしんたろうに治療を施している。


 腹腔内出血はなんとか治療できた。酷く傷付いた臓器の一部は摘出することになってしまったが、命を救えたことが奇跡に近い。

 手術を手伝う看護師たちは当然、イドラの人間であり、寛之やしんたろうに何ら関心を抱くことはない。ただ己の信じる狂った思想に殉じているため、腕だけは確かだった。


 一体この奇跡は何度起こり続けるのだろうか。しんたろうが命を落とす時は、寛之も死ぬ時だ。彼がこの場所に拉致された理由はしんたろうの治療のためでしかなく、イドラの実態を知ってしまったが故に生かされる理由はない。



「君は…こんなところで死んではいけない」


 バイタルサインに掻き消されるほど小さな独白。今日まで何度も、瀕死状態まで追い込まれたしんたろうを治療してきた。何度も逃げようと、それでも生きようと足掻くしんたろうを見てきた。

 こんな絶望でしかない状況にあっても、彼の目から光が失われた事は一度もない。その事がどれだけ他人を救ってきたか、彼は自覚していないだろう。

 しんたろうを死なせたくない。それは保身の為ではなく、純粋に彼の人柄を知ってのことだった。


 固く目を閉じ、眠るしんたろうを見る。まだ麻酔の効果のもとにあるため、苦痛に襲われている様子はなく、寛之はほっと胸を撫で下ろした。

 この場所にあってしんたろうが安らげる時間は、重傷を負って眠るこの僅かな間だけ。治療中だけは、流石のえいじも一切手を出さない。


 せめて短くとも平穏なこの時を守りたい。

 優しい夢が彼を包み、少しでも癒してくれる事を願いながら寛之は病室を出た。





「……死の淵って何もないんだな」


 上下もわからない真っ暗な闇の中、しんたろうは一人立っていた。明かりはないのに、自身の身体だけがはっきりと見える。寒さも痛みも感じなかった。


「俺はまだ死なない。絶対に…」


 小さくしかし強く呟く。同時にどこからか光が差し込んできた。暖かく美しい光に目を細め、しんたろうは光を目指し歩き始めた。

 意識を取り戻しても、暫くは痛みと戦う必要があるだろう。それでも。




 薄っすらと開いた目に、部屋の明かりが痛い。ちょうど点滴を直している寛之が見えて、しんたろうはその背中に話しかけた。


「…ひろゆ、き…さ、ん…げほっ」

「しんたろう君! 気分は?大丈夫かい?」

「はい…あれ、か、ら… な、んにち…」

「一週間だよ。無理に喋らない方がいい」


 久々に発した声は掠れ果てていた。

 首を動かそうとするだけで、全身が軋みながら痛む。骨折した左腕に、ギブスが装着されていた。


「最低でも全治二カ月はかかると思う。見逃してくれるとは思えんが」

「…いつも、すみま、せ、ん」

「君が謝ることなどないよ。むしろ治療しかできない事が申し訳ない」

「ありがと、う…たすかって、ます、から…」


 話すだけでも辛いだろうに、しんたろうは寛之を気遣いぎこちなく微笑んだ。


 自分の身を案じずに、しんたろうを助けようとした者は何人かいた。しかしある者は殺害され、ある者は今も負わされた後遺症に苦しめられている。

 だからしんたろうは誰にも助けを求めない。寛之もそれを痛いほどに理解しているため、それ以上何も言わなかった。


「…無理しないで、今はゆっくり休んだ方がいいよ」

「あ、りがとう…ござい、ます…」


 目を閉じたしんたろうを見やり、寛之は天を仰ぐ。

 自分の力では、しんたろうどころか自身さえ救えない。


 誰か…この人を助けてくれ…!



 窓の外は激しい雨が振り続けていた。

 まるで今後の状況を暗示するかのように。

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