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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第93話:王冠と誓いの剣


 王城の大広間には、陽光が満ちていた。

 長く閉ざされていた天蓋が開かれ、久しく感じた朝の光が、金色の絨毯を照らしている。


 かつて葬儀の香の漂っていた場所は、今は新たな始まりの香りに満ちていた。


 列席する貴族たちの衣は黒から青へと変わり、正面の王座には一人の少女が立っている。

 ――リュリシア・アルトリウス。

 その姿はもはや少女ではなく、堂々たる「王」そのものだった。


 祭司が開式の言葉を唱える。

 静寂が広間を包み、ひとつの時代が終わり、そして始まる。


 リュリシアは王冠を両手に受け取り、ゆっくりと額に戴いた。

 それは決して大きくはない冠だったが、重みは誰よりも知っている。

 彼女の瞳に迷いはなかった。


 「我、リュリシア・アルトリウス。

  王家の血を継ぎ、この国を再び導くことを誓う。

  神々ではなく、人の手と意志によって」


 宣言の声が響く。

 その言葉に、貴族たちは膝をつき、兵たちは剣を掲げた。

 女王が生まれた瞬間だった。


 ――そして、次にその名が呼ばれた。


 「王国第一騎士、エレナ・シルヴァ。前へ」


 静かな足音が、長い赤絨毯を渡る。

 純白の儀礼鎧に蒼の外套。

 彼女の姿は、光を背負うように凛としていた。


 ヴァルセリクスが、王座の横で封印を解かれている。

 エレナが跪くと、剣がかすかに震えた。

 まるで再び“持ち主”を選ぼうとしているようだった。


 リュリシアが静かに言葉を紡ぐ。


 「汝、エレナ・シルヴァ。

  戦乱の時代にあって王を守り、深淵を退けし者。

  その剣をもって、今この国の“光”となれ」


 青い光がヴァルセリクスを包み、彼女の手に吸い込まれていく。

 刃は光を帯び、かつての祈りとは異なる脈動を見せた。

 それは――“生きる意志”そのものの輝きだった。


 「第零位――〈剣の守りセイヴァー〉、エレナ・シルヴァ。

  今この瞬間をもって、王国の剣として任ず」


 リュリシアが言葉を終えると、広間が震えるような拍手に包まれた。

 人々の声がこだまする。

 誰もが知っていた――この国は、ようやく争乱の時代から立ち上がれると。


 エレナは立ち上がり、静かにヴァルセリクスを構えた。


 その刃はかつての神聖でも、贖罪でもない。

 ただ、“人としての祈り”の光を放っていた。


 リュリシアと視線が交わる。

 互いに短く頷く。

 主君と騎士――いや、共に未来を背負う者として。


 ――その日、王国に再び“光の守り手”が誕生した。


ーーーーー


 塔の部屋には、まだ静寂が残っていた。


 寝台の上、白布に包まれた男は微かに息をしている。

 それが、唯一の救いだった。

 あの夜、あれだけのものを受けて、なお生きている。

 

 ……まったく、どれだけしぶといんだ。


「……馬鹿が」


 小さく吐き捨てて、立ち上がる。


 あの笑い声が、まだ耳の奥で鳴っていた。

 ひょうひょうと歩きながら、あの男はいつも笑っていた。

 死に際じゃなく、生き抜くために笑っていた。


 私は静かに部屋を出て、階段を降りる。

 まだ夜が明けきらない中庭へ出ると、空気が冷たく肌を刺した。

 戦の焦げ跡も、瓦礫の影も、まだ消えていない。

 でも――風が違う。

 どこか、穏やかだった。


 私はヴァルセリクスを手に取り、鞘の上から柄を撫でる。

 刃がかすかに震え、月光を返す。


 「……あいつはまだ眠ってる」


 独りごとのように呟く。


 風が頬をなぞる。

 手の甲に伝わる冷気が、やけに現実的だった。


 「……ずるい奴だ」


 小さく笑う。


 「私に好き勝手言いたいことだけを言って…自分はこんなところで眠っているのだから」


 ヴァルセリクスを見下ろす。

 刃に、ほんの一瞬だけ影が揺れた気がした。

まるでどこか笑っているように。


 「……なぁ、アーク」


 名前を呼ぶと、胸の奥が痛んだ。

 あの夜の言葉が、耳に蘇る。


『……なぜ、お前は……そんな顔で笑う……』

『……不器用な女の、ためさ…』


 今思えば…あの瞬間から…何かが変わったのかもしれない…。

 私の中で、ずっと凍っていたものがゆっくりと溶けはじめたんだ…。


 「……私は…ずっと“贖うため”に戦ってた。そのために命を捧げれば許されると…

  ……だが、違うとお前に気づかされた」


 剣を握る手に力がこもる。


 「“守られてる”なんて、女みたいな言葉――言いたくなかった。

  けど、あの時……確かにそう感じたんだ」


 喉の奥が熱くなる。

 自分でも驚くほど、声が震えていた。


「だから、私は…自分をもう隠さない。…自分として生きる」


 ヴァルセリクスの刃が、淡く光る。

 風が吹いて、マントが揺れた。


 「目が覚めたら、文句の一つでも言わせろ。

  勝手に眠り続けてんじゃない。

  私が“生きる”と決めたのに……

  お前がいないんじゃ、話にならないだろうが」


 口調は荒い。

 けれど、そこには怒りよりも――温かさがあった。


 夜空の端が、わずかに白む。

 東の空に光が差し始めている。


 エレナは剣を背に収め、最後にもう一度、塔の方を振り返った。


 「……おやすみ、アーク」


 そう言って、彼女は歩き出す。

 足音が石畳を叩き、夜の静けさを破る。


 彼女の背に射した朝の光が、ゆっくりと剣の紋章を照らした。

 その輝きは、祈りではなく――“誓い”の色だった。

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