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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第71話:燃える街へ


 東へ向かい、俺は馬を走らせていた。

 夜明け前の草原はまだ薄暗く、地平の先だけが白く滲んでいる。

 風が冷たい。馬の息が白く散っては、すぐに背後へ流れていった。


 ――普通なら、早馬でも一日はかかっちまう。

 だが、今回はそうはいかねぇ。

 間に合わなきゃ意味がねぇ。


 風の音に混じって、ふっと別の気配が重なった。

 空気が震える。馬が鼻を鳴らしながらも耳を立てる。


 ――この揺れ、まさか。


 顔を上げた瞬間、雲の切れ間から影が降りてきた。

 夜明けの光を背に、ゆっくりと傾く巨大な船。

 帆は風を掴むように膨らみ、船体の底からは淡い光が僅かに揺れている。

 木の軋む音と共に、空を進む船が草原に流れた。


 〈イルクアスター〉――俺の船だ。


「おーいコール! 急いでるのかぁ〜!」

 船からリュカの、ぶっきらぼうで間延びした声が響いた。


「コール様ぁ! こっちです!」

 甲板の端で手を振るシアの姿。風に髪がなびいている。


「……ったく、タイミングだけはいいんだよな」


 俺は手綱を握り直し、近くの丘を見つけて馬の腹を軽く蹴った。


 草が跳ね、水滴が散る。

 丘の上、〈イルクアスター〉が並走していた。


「ッハァ!」


 馬が嘶き、勢いそのままに駆け上がる。

 風を切って、丘の頂で跳んだ。


「「え?」」


 ――宙に浮く一瞬、風が止まる。

 次の瞬間、蹄が甲板を打ち、木が軋む音が響いた。


「ちょっ……馬ごと!? 危ないですよコール様ぁっ!」

 シアの悲鳴が上がる。


「悪い、急ぎだ!」


 俺は笑いながら馬の首を軽く叩き、

 手綱を放して甲板を踏みしめた。

 懐かしい、木の鳴る音。


「リュカ、馬頼む!」

「うぇえ!? 頼むって……おい!」


 俺はコンパスを開きながら舵へ向かい、階段を登る。


「お、いたなストーカーども」


 ウィンスキーと舵を代わり、ハンドルを叩きながら

 コンパスに映る影に向かって船を寄せる。

 そして、草の伸びた影に向かい声を上げた。


「ッ乗れ!!」


 突然の俺の声に、リュカとシアがおどろく。

 草を裂く音とともに、影が二つ、地を蹴って甲板へ飛び込んできた。


 フードを下ろした二人――セラとアイリス(少年)。

 夜明け前の光が、彼らの顔を淡く照らす。


「またバレちゃいましたね?」

「はぁ〜ん、これが噂の船か。どうやって浮いてるんだ?」


「お前らが二人揃ってるってことは……アドリアンの命令だな?」

 俺が言うと、セラは口元だけで笑った。


「そうです。襲撃の偵察任務、そして――状況によってはあなたの援護を」

「援護ねぇ……ずいぶんと信頼されてるもんだ」


 俺は舵の横で、コンパスを軽く回しながら言った。


「実際、あの人は俺のことをどこまで知ってる?」

 問いかけると、アイリスがわずかに視線を落とす。


「アドリアン様が把握しているのは、“身元不明の冒険者”。

 雇われて以来の働きと、信用できる人物――そこまでです」


「……出身は?」


「記録にはありません。探しても出ませんでした。教えてくれます?」

 セラが短く答える。


「断る。船のことは?」

 二人の間に沈黙が落ちる。

 アイリスがちらりとセラを見る。


「近くにいることは報告しましたが……あなたとの関係は話していません。約束ですから」

「そうか」


 俺は小さく息を吐き、舵輪を握り直した。

 風が船体を叩き、帆が鳴る。


「ならいい。……余計な詮索をされるよりはマシだ」


 コンパスの針が東を指す。

 その先――燃える街、エルヴァン。


「全員、配置につけ。夜明けまでに着くぞ」


 セラとアイリスは頷き、無言でそれぞれの持ち場へ散った。

 冷たい風が吹き抜け、甲板の上で夜が明けていく。


 ーーーーーーーー


 燃える街が、目の下に広がっていた。

 黒煙が空を覆い、火の粉が雲のように舞っている。

 エルヴァンはもう戦場だった。


「おいおい、こりゃ報告よりだいぶひでぇな」


 セラが膝をつき、片目を細めて視を凝らす。


「……ギルド前。人が集まってる。避難民ね」


 隣のアイリス(少年)が頷く。

「敵影も集中してる。十……いや二十はいる。下級じゃない、混じってる」


 俺は息を吐いた。

「ッチ、仕方ねぇ」


 リュカが顔をしかめる。

「行くのか? あの数、ヤバいって」


「行くしかねぇだろ。あそこを開けなきゃ、誰も出られねぇ」


 風が吹き抜け、甲板の帆を鳴らした。

 背中の王剣に手をかけ、確かめる。


 王剣は俺を受け入れており、軽く鞘から抜けるようになっていた。


 セラがちらと視線を向けた。

「援護は?」


「いらねぇ。お前らは外に、逃げ遅れてヤバそうなやつ探しながら屋敷に行け。

 “アイリス”がまだいるかもしれねぇ。見つけたら大砲で知知らせろ」


 セラは短く頷き、再び視線を遠くへ走らせた。

 アイリス(少年)は小さく笑う。


 そうしてリュカから馬の手綱を受け取る。


「……了解。…死ぬなよ」

「言われなくても」


 船を一度、近くの地面すれすれまで降ろす。

 馬のたてがみを掴み、軽く飛び乗った。

 風が巻き、土が弾ける。


「行くぞ」


 馬が嘶き、丘を駆け下りる。

 赤い煙が裂け、炎が跳ねた。


 ――抜いた瞬間、世界が沈黙する。


 〈ヴァルセリクス〉。

 刃の紋が淡く脈打ち、青白い光が揺れる。


 防壁を越えた瞬間にこちらに迫る影。


 敵だ。


 ひと振り。

 風が裂けるような軽い感触――手応えは、ほとんど“空気”を切ったのと変わらない。


 だが、次の瞬間。

 前方の魔族たちが一斉に光の粒となって弾けた。

 輪郭を残す間もなく、風に溶ける。


「……さすが、王の剣」


 呟きと同時に、二振り目。

 斜めに払った軌跡が、残光となって夜空を切り裂く。

 後ろに残るのは、燃えさしの火と、光の尾だけ。


 馬の蹄が石畳を叩き、街路を一直線に駆け抜ける。

 飛びかかる魔族の腕が触れる前に、粒子になって霧散していく。

 斬る、というより――“存在を消す”。


 火の粉が舞い、斬撃の残光がその中を滑っていく。

 剣を振るうたび、炎の海の中に一筋の道ができた。


 逃げ惑う人々がその光を見て、わずかに顔を上げる。


 彼らの瞳に映るのは、炎を裂いて進む影――

 青白い残光を引いて駆ける、ひとりの騎士。


 その先、燃え盛る建物の屋根越しに――

 ギルドの旗が、焦げた風に揺れていた。


 炎の路地に、怒鳴り声が響いた。

「おい! 誰か! くそっ、囲まれた――!」


 瓦礫の陰、魔族に押し潰されそうな男。

 鎧は焦げ、腕は血にまみれていた。

 馬を止め、〈ヴァルセリクス〉を抜く。


 ――音もなく、空気が裂ける。

 青白い波が走り、魔族たちは跡形もなく消えた。

 残ったのは火の粉と、呆然と立つ一人の戦士。


「な、なんだ今の……!?」

「大丈夫か」


「……お、おまえ……新人!?」

「……誰だ」


「お、おいマジかよ……! 俺だよ、ヤーズ! “歓迎の洗礼”でぶっ飛ばされた方!」

「……ああ?」


「覚えてねぇのか!? 膝だ! 膝! 俺の急所にかましやがったろ! 三日は歩けなかったんだぞ!」

「……そうか」


「“そうか”って……ったく、相変わらずだな!」


 ヤーズは息を切らしながら笑い、肩の血を拭った。

「支部長がまだギルドで人を守ってる! ジェダス支部長だ、早く行ってくれ!」


 その名に、俺の手が一瞬止まった。

「……ジェダス?」

「そうだよ! あんたが登録したときに出てきたオッサンだ!」


 俺は馬の首を軽く叩く。

「わかった。下がってろ」


「おいアーク!」

「なんだ」


「……ありがとよ!」

「覚えてるうちは絡むな」


 炎を裂き、ギルド通りへと駆ける。

 瓦礫を越えた先、半壊した建物の中から人々の悲鳴。

 ジェダスの名が、耳の奥で反響する。


 ――退路を開ける。


 それだけを考え、馬を駆けさせた。

 剣を抜くたび、光の尾が伸び、敵が消える。

 だが、数は減らない。

 路地の奥から、さらに新しい影が這い出してくる。


「チッ……きりがねぇな」


 その時だった。

 〈ヴァルセリクス〉が――震えた。


 ただの震動じゃない。

 腕に伝わる感覚が、まるで“何かが目を覚ました”ようだった。

 刃の根元から低い唸りが走り、空気が震える。

 次の瞬間、光が脈を打つように脈動した。


「……なんだ、これ……」


 呼吸が合う。

 力の流れが剣から腕へ、腕から心臓へ――逆流してくる。

 身体の奥に熱が走る。

 見えない何かが共鳴している。


「これが……ヴァルセリクスの“本当の力”か」


 周囲の音が遠のく。

 炎の音も、悲鳴も、馬の蹄の音さえも。

 ただ、剣の鼓動だけが響いていた。


「……来いよ」


 馬を止め、刃を水平に構える。

 その瞬間、剣が息を吸うように光を吸い込み――爆ぜた。


「ッフン!」


 ――波。


 斬る、というより放った。

 光の奔流が街路を駆け抜け、迫る魔族の群れを一瞬で呑み込む。

 爆音も、悲鳴もない。

 ただ、光が広がり、夜を白く塗り潰した。


 魔族たちは粒子となって消え、炎の残滓だけがゆらめく。

 風が通り抜ける。

 静寂。


「……退路は、できた」


 〈ヴァルセリクス〉の光が、ゆっくりと鎮まる。

 だがその刃には、まだ“呼吸”が残っていた。

 まるで、次を待っているかのように。


 馬を再び走らせる。

 その背に、光の波が尾を引いていた。

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