第06話:深海の咆哮
海中から現れたクラーケンの2つの目が船の上の獲物を探っている。
まるでどの料理から食べようか悩んでるかのように触腕を揺らしながらじっくりと。
だが生憎とこちらもただで食われる気などない。
「ゴンザ!、ザンザ!大砲担げ!」
オレの号令にランプの魔人模様な形のムキムキのシャドーズが甲板で大砲を担ぎ正面のクラーケンに向ける。
「放て!」
ドコーンッ!!!
重い音が空に響き渡り、魔導大砲から放たれた砲弾がクラーケンの目の間を一直線に貫く。
着弾し爆煙が上がり、煙と同時にドス黒い海水が甲板に飛び散った。
「効いたか?」
グゴォオオオーーと声とも鳴き声ともわからない音を発し、クラーケンの巨大な頭が海中へと引っ込んでいく。
「やった?…すごい!」
甲板のヴァックスが喜び、クラーケンの触腕も海に引っ込んで行く。
「デカくてもやっぱタコってわけか、…当たりどころが良かったな」
安堵で静まり返った…静寂の次の瞬間。
船を囲んでいる触腕が更に両側からせり上がる。
「な!!頭を引っ込めただけだ!!銛を持って来い!!」
「コールさん!」
沈んでいく触腕を眺めていたシャンディは急いで中心にもどろうとしたが、それよりも早く触腕が動き始める。
「シャンディ、下がれ!」
「──っ!」
船を取り囲むようにうねる触腕が、今度は明確に“破壊”の意思をもって襲いかかってきた。
ズドンッ!!!
甲板が弾け飛び、大砲ごとシャドーズの一人が宙を舞い。
悲鳴をあげる間もなく、もう一本の触腕が横からなぎ払い、近くにいたハイポールとシャンディをまるごと薙ぎ払った。
「シャンディ!!」
ドボォンッ!!ーーー、水しぶきと共に二人が海へ消える。
幸いハイポールがシャンディを庇ったおかげですぐに彼女は海面から頭を出した。
「ぷは!助けッ!?」
「クソッ!」
手すりに駆け寄り助けようとしたがシャンディは海中に引き込まれ、次の触腕もすぐ目の前まで迫ってきている。
船を叩き壊すのも時間の問題だ。
海に飛び込もうとした俺の前に迫る触腕をゴンザとザンザが受け止め、ウィンスキーが持ち出した銛で刺し止め動きを封じ始めた
「任せたぞ!!」
「「「(頷く)」」」
「えっ、ちょ──コールさん!? 何するつもりですか!」
「取り返す、あんたは船の中に隠れてな」
ヴァックスの問いに短くそう言い残して、俺は剣を抜き海へと身を投げた。
海に飛び込んだ瞬間、冷たい水が全身を包んだ。
急いで、周囲を見渡しクラーケンの腕に囚われ沈んでいくシャンディを発見した。
「ゴボゴボ(助けて…)」
「ッ(見つけた!)」
黒光りする刀身ーーー重厚な刃には紫の筋が浮かび、脈動しているように見える。
柄の部分が僅かに光り、主人を切っ先の向けられた方向へと導いていく。
剣は刃向けた方向に進む。
まるでイルカのような速度で水を裂き、クラーケンの触腕の間をすり抜け。
遠ざかっていく泡の中、シャンディの姿が見えた。
(行けーーー!!!)
剣に念じるとさらに速度を上げ、シャンディを捕らえている腕を切り落とす。
肉を裂く鈍い感触。刃は深く触腕を裂き、尚も進む力になすすべなく引きちぎられた。
クラーケンが水中で激しくうねり、シャンディが振りほどかれて放り出される。
片手で彼女を抱き寄せ、剣を上に向けた。
刃先が方向を定めると、海を切り裂くように推進が始まる。
だが、鋭い衝撃。
足首を何かに握られた。
骨ごと砕かれそうな握力で、クラーケンの触腕が俺の右足を捕らえていた。
「ッ(足がっ!!)」
海底から黄色い目がこちらを睨むーーーーわかる。
さっき斬り落とした“あの腕の代わり”とでも言いたげな目をしてやがる、怒りを込めてオレを狙ってきている。
海ごと引き裂くような衝撃で、どんどん俺とシャンディは海の底へと沈んでいく。
さっきよりも水は重く、暗く、冷たくなっていく。
「こ゚ぽ…(い、きが)…ッ!?」
すがりつくシャンディの力が弱くなり息も限界を迎えている。
オレは剣の柄を咥え、スッと息を吸い込んだ。
剣の柄を加え呼吸をすると酸素が肺に供給される。
そして、その息をシャンディに送り込む。
「ん……!」
シャンディは不意に唇に重ねられ、ほんの一瞬、彼女の目が見開かれたが、それも束の間。
水が震え、巨大な“影”がすぐそこまで迫っていた。
クラーケンの顔。そしてどんなものでも噛み砕きそうなざらついた巨大なクチバシが、まっすぐこちらを見据えている。
「(そんなに腹がへってんなら…)」
腰から引き抜いた魔導銃を、クチバシの内奥、喉の奥めがけて突きつける。
「(食わせてやるよ!!)」
バンバンバンバンッ!!
水中で鈍い音を響かせながら青白い魔導弾が連続で発射され、クラーケンの口中で炸裂する。
クラーケンの口が蒼い火花で染まると、
グルルルゥ……!!、とクラーケンが低く呻くように鳴き、顔を引いた。
だがそれでも触腕はまだ離さない、動けずまだ捕らわれている。
「(ったく……しつこいねぇ)」
クラーケンはゆっくりとこちらに“目”を戻す。
何をされたのかを確かめようとしているのか、あるいはただ、見下しているのか…だが丁度いい。
魔導銃は乱射でまだ撃てない…、しかし。
「(マヌケが)」
剣をクラーケンの“目”へと向ける。
そして剣に柄にあるトリガーを引くと、カチッとした手応えとともに…。
ゴシュンッ!!
黒い剣が水を裂き、一直線に飛ぶ。
ズバンッ!!
グルァゥウウウッ!!!!!
剣の刀身が鎖を伸ばしながら柄から発射されクラーケンの瞳に直撃。
触腕が激しく揺れるが剣と柄は鎖で繋がれ、動くほどに傷を広げていく。
少しすると触腕の力が抜け始める。
「(よし!!)」
ようやく、身体を締め付けていた触腕がパッと開放される。
再びトリガーを引くと刀身はすごい速さで柄に戻り、カシャンと音を立てもとの剣の形に戻る。
「(ザマァみろ!)」
水を蹴り、剣の刃先を上に向ける。
そして、
ドシュゥウウウンッ!!!!
海を切り裂いて一直線に上昇!
海面が近づき、光が強よさを増し水が軽くなる。
バシャァァン!!!
海を割って飛び出し、潮風が肌を打つ。
海面から出た勢いをそのまま空を描くように弧を描きーーーバシュンッ!
オレはシャンディを抱えたまま、甲板へと着地した。
「はぁはぁ!!コールさん!?二人とも無事ですかい!?」
「けほけほ、た、助かった」
ヴァックスの声が聞こえる。
海水で霞む視界の奥には、銛を片手に踏ん張るように立っていたヴァックスの姿。
「はは…やるじゃねぇか」
「このままここで死んじまうなら、せめて化け物の一つでもブン殴らなきゃ気が済まねぇっすからねぇ!」
ヴァックスは歯を食いしばって笑った。
ボロボロの体。足は震え、片目は腫れてる。
それでもその顔は、どこか清々しかった。
「でも……どうせなら生きて大商会の首領にでもなりたいとこっす!」
その一言に、疲れ切った、俺もにやりと笑った。
「言うじゃねぇか、イテテ」
「コールさん!」
足を引きずり、シャンディに肩を借りて舵へと向かう。
「野郎ども!タコ野郎の足は絶対に離すな!、ゴンザとザンザ!追加で真下にいるバカに銛打ち込んで固定しろ!」
「「「「ッザ!(敬礼)」」」」
シャドーズたちはクラーケンの足を押さえつけ銛を更に追加、まるで船とクラーケンを縫いとめるようにしていく。
ゴンザとザンザは大砲に銛を詰め、船の後部から水中に打ち込みだす。
海面が激しく揺れ船も暴れるが、絶対逃さねぇ。




