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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第66話:第零位セイヴァー


襲撃で窓から放り捨てられた王の亡骸は、城へ戻されていた。

遺体は、ほとんど判別もつかないほどだったという。

けれど、その死を疑う者はいなかった。


――あの夜、王都は確かに“何か”を失ったのだ。


数日後。

王の葬儀は、かつてない規模で執り行われた。

鐘が百と八つ鳴り、喪の黒旗が屋根という屋根に掲げられる。

街路の行列は整然と続き、窓辺には黒い布が垂れ下がり、誰もが低頭して歩いた。

人々は沈黙し、王都全体がまるで呼吸を止めたようだった。


だが、俺はその場にはいなかった。


代わりに、王城の奥――隔離されたような小部屋の前で、ひたすら立っていた。

窓の外から聞こえてくるはずの行列の足音も、ここまで届かない。


リュリシアの部屋の護衛。

それが、今の俺の役目だった。

“護る”という言葉は格好いいが、実際は監視にも近い。

議会が決めた名目は「王家直轄の護衛」。だが実際は、半分“監視”だ。

そこに付随するのは、自由の喪失と、いつでも「疑いの目」を向けられる重圧だ。


もっとも、俺は堅苦しいのが苦手でな。

リュリシアと馬鹿話をしたり、小腹が減ったので、怖い監視役がいない間にこっそり二人で食料をかっぱらって部屋で食べたり、

一緒にオセロみたいなゲームをして、そこそこ楽しい時間を潰したりしていた。


「だぁー!? マジか! たんま! 一手戻してくれ!」

「だ〜め! アーク、これでもう三回目の詰みよ?」


盤の上で小さな駆け引きを続ける。

リュリシアの眉間に寄ったシワと、勝ち誇った顔の子供っぽさを見ると、俺の中の……どうにも言葉にできない真っ暗な場所……、

そこにも何かが残っているのを感じる。


だから、ここにいる意味はあるのかもしれない――そう、ふと弱気になったりもする。


「……何をしている?」


リュリシア相手に惨敗していると、扉が開き――魔族のように怖い顔をしたエレナが立っていた。

その一瞬、部屋の空気がピンと張り詰める。


「「あ……」」


俺たちの笑いはすぐに掻き消され、しこたま怒鳴られた。


せっかく和らいできた俺の顔が、また梅干しみたいに腫れたのは言うまでもない……。


「いてぇ〜……」

「大丈夫?」

「あぁ……怒られるから入ってろ」

「うん……」


殴られたところをさすりながら、時間が過ぎるのを待った。



「……肩、合っているか?」

「ああ。だが鎧ってのは面倒だな。お前ら、いつもこんなの付け直すのか?」


背後で甲冑の留め具を締めていた兵士が、気まずそうに笑った。

王城付きの近衛用――白銀の儀礼鎧。胸には双翼の紋章、王家の象徴が刻まれてある。

その光沢は美しいが、同時に“鎖”のようにも見える。身につける者の自由を奪う飾りだ。


「似合ってるよ、冒険者殿」


皮肉めいた声。振り向けば、エレナが立っていた。

黒の喪服に銀の肩章。いつもの無表情に戻ってはいたが、目の奥の疲れは隠せていない。

彼女は強い。けれど強い者ほど、後ろで折れそうな棘を抱えているのを俺は知っている。


「そうか? 惚れてもいいぜ……騎士団長殿?」

「はぁ……致し方なし。とはいえ、まさかお前が“正式な護衛騎士”になるとはな」

「形だけ、なんだろ?」

「そのとおりだ。だが――背負う責任は、まがい物ではないと心得ろ」


鎧の留め具が最後まで締まり、鈍い音が響く。

金属音が胸に刺さる。まるで自分が誰かの歯車に組み込まれたかのような心地だ。


「この鎧は、誇りでも栄誉でもない。

 ――責任の印だ」


エレナがそう言って立ち去る。

その背を見送りながら、俺は思った。


(……ほんとに、いつからこうなったんだか)


外では、葬儀の鐘が鳴り続けていた。

リュリシアの部屋の扉越しに、彼女の祈る声が微かに聞こえる。

その声は、城の瓦礫の奥で震えながらも、確かに生きている。


俺はその前に立ち、静かに息を吐いた。

新しい鎧の重さが、胸の奥に沈む。

まるで――もう二度と“外”には戻れないと言われているようだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



王城の奥、石造りの回廊。

赤い絨毯の上に、靴音が二つだけ響いていた。

外ではまだ葬儀の鐘が鳴り続けているというのに、この中は妙に静かだった。

壁に飾られた古い戦の絵が、過去の重みを語りかけてくる。


「……なあ、本当に俺なんかが“式”に出ていいのか?」


歩きながら、俺はため息まじりにぼやく。

隣のエレナは、喪服に銀の肩章をつけたまま顔も向けずに答えた。


「またそれか。二十回目だぞ……同じ台詞を言うな」

「だってよ、まだ正式な騎士でもねぇのに――」

「違う」


エレナの声が静かに割り込む。


「“正式な騎士”ではない。――“それ以上”だ」


「……は?」


立ち止まった俺に、彼女は小さく視線を寄こす。

その瞳には、疲労と、それ以上に言いにくそうな色があった。

彼女が言葉を選ぶ時は、いつも本当に重要な時だ。


「本来ならお前は叙任式を経て、最初に“従騎士”として認定される。

 けれど……議会が新しい位を作った。お前のためにな」


「は? 新しい“位”?」

「そうだ。階級表で言うなら――第Ⅰ位の上。

 空白だった“神話の位”を、現実に作り直した」


エレナは歩を止め、腰の書類筒から一枚の金属板を取り出した。

光を反射する銀色の表面に、王家の紋章と見慣れない刻印が彫られている。

その小さな金属片が、これから背負うものの重みを象徴しているようで、俺の胸がぎゅっとなる。


《第零位 剣の守りセイヴァー


「……セイヴァー?」

「王剣〈ヴァルセリクス〉に選ばれし者。

 王命にも議会命にも縛られない、王家の象徴。

 記録上、前例は一度――初代アルトリウスに仕えた〈剣の守り手〉ただ一人だ」


「おいおい、待てよ。つまり俺は……」

「そうだ。王家直属、“剣の守護”を司る者。

 ――第零位セイヴァー

 王の剣の延長線にして、人の枠を超えた立場」


「……人の枠、ね」


たしかにあの剣の威力は人のもんじゃねぇ。俺は苦笑して顔を引き攣らせた。


「はぁ……つまり“お前もう兵士でも冒険者でもない”ってことか?」


「そうだ。命令系統の上では、私の上にも、アドリアン様の上にも立つ」

「マジかよ。そんなの……逃げていい?」

「構わん……」

「え!? ほん──」

「その時は私が直々にお前の首を落とす……わかったな?」

「はい……」


エレナはふっと息を漏らし、前を向いた。


「王国の階級はこうだ。――覚えておけ、セイヴァー」


彼女の声が回廊に響く。


第Ⅶ位 徒士 ―― 新兵・訓練兵

第Ⅵ位 兵士 ―― 正規軍の成人兵

第Ⅴ位 剣士 ―― 小隊指揮・熟練兵

第Ⅳ位 見習い騎士 ―― 騎士の補佐、候補生

第Ⅲ位 従騎士 ―― 実戦副官

第Ⅱ位 騎士級 ―― 一人前の戦士

第Ⅰ位 正騎士 ―― 王より叙任された指揮官(エレナの現在の階級)

第零位 剣の守りセイヴァー ―― 王剣に選ばれし“守り手”


「……この最上位は空白のままだった。

 だから、誰もそこに立つことを想定していなかった」


「で、今は俺がそこに突っ込まれたわけか」

「ああ。お前が剣を抜いた時点で、もうどうにもならなかった。

 ――この国の“象徴”が決まってしまったんだ」


俺は鼻で笑った。


「象徴ね……どう見ても俺、そんな顔じゃねぇけどな」

「知ってる……だが事実だ」


エレナは淡々と続ける。


「忘れるな。セイヴァーの位は栄誉ではない。

 これは――“くさび”だ。王と剣を繋ぐ鎖でもあり、王家を縛る鎖でもある」


「……つまり、俺が逃げたら鎖が切れる、ってわけか」

「怖気づいたか?」

「いや、今のところはな」

「それで十分だ……」


エレナはわずかに目を細め、歩き出す。


「しかし……まさかこうも早く、現実味を帯びるとはな」

「……?」

「っふ、なんでもねぇよ」


俺は相変わらず、きれいな顔を横目に足を早めた。


「――行くぜ」


エレナは一瞬だけ目を細め、そして――ほんの少しだけ笑って、静かにうなずいた。





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