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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第63話:包帯紳士、王都へ


「いってぇ…」

俺は椅子に座り、水袋を頬に押し当てた。

「てかこれで俺行くのか?舞踏会だぞ!? 顔面これで!?」


ぶつぶつ文句を言っていると、扉がノックされた。

「失礼します、アーク様」

入ってきたセラが目を丸くする。


「……しかし、本当にひどいですねえ」

「うるせぇ、言うな。……はぁ、顔は隠すしかねえな。実際ケガだし」


そう言ってセラに手伝ってもらいながら、リシアンの控え室にあった礼服に袖を通す。

黒地に銀の刺繍が入った立派な服――だが袖が少し短く、肩も窮屈だ。

そのうえ包帯で顔をぐるぐる巻きにされたせいで、鏡に映る姿はまるで別人だった。


「……おい、どう見てもこれ、舞踏会ってよりハロウィンの仮装だろ」

セラは最初俺の格好に笑いをこらえていたが、ハロウィンが通じず首を傾げた。


「はろいん?ってなんですか?」

「あぁ〜、幽霊が街を歩くまつりだ」

「えぇ!?なんですかそれ!?」


そうして“ミイラ紳士”となった俺は、

渋々ながら広間へ向かった。


扉を開け広間に向かう。

すでにアドリアとリシアンが正装で待っていた。

エレナは外で馬車の準備を終え、

あとはリュリシアだけ――そう思った矢先。


階段の上から、軽やかな足音が響く。

視線を上げた目に、純白のドレスが映った。


リュリシアが一段ずつゆっくり降りてくる。

後ろには、控えめな笑みを浮かべたセラの姿。

窓から射し込む光が、彼女の金髪を柔らかく照らしていた。


俺はしばらく言葉を失い、

ようやくぽつりと漏らした。


「……こりゃ、星より眩しいな」


リュリシアが瞬きをして、ふっと笑う。

その笑顔を見て、包帯の下の口元が緩む。


王都へ向かう馬車が、夜の石畳をゆっくりと進んでいた。

車輪の振動が座席を揺らし、外ではリシアン家の兵たちが規律正しく並走している。


馬車の中には、俺、エレナ、リュリシア、そしてセラがいる。

護衛が多いとこうやって楽できるのはいいが…。

座った空気が、少しだけくすぐったい。


俺の視線に気づいたリュリシアが首を傾ける。


「……なにか、変でしょうか?」


「…いや」

そのまま視線を横にずらす。

セラが咳払いをしながら視線を逸らした。

「い、いえ……少しだけ、その……」

エレナもこめかみを押さえて、無理に真顔を保とうとしている。


俺は斜め前のセラの顔を、じーッと見た。

「おい、笑ってんだろ」

「いえ、決して……」

「決して?」

「……ただ、その……顔が……包帯で……」


車内に小さな笑いがはじけた。

リュリシアまで唇を押さえて肩を揺らしている。


「ったく……、入れ替わったな」


俺がぶつぶつ文句を言いながら、最後にぼそっと呟くと、セラの方が思い切り上がり目が開かれた。


「入れ替わった?、アークそれどういう意味?」

「何でもありませんお嬢様!、きっと窓の兵士様の列のことでっすよ!ね!!」


リュリシアの質問にセラが慌ててごまかす。


やっぱり変わってやがる、さっき包帯を巻いてくれたセラはこの顔で笑ってなかった。


リュリシアが少し笑いを収めて、腕に抱えた剣を見下ろした。


純白のドレスの上に、長い布で覆われた剣――〈ヴァルセリクス〉。

どう見ても体に合わず、座るたびに邪魔そうだった。


「……それ、重くねぇか?」

「大丈夫です。これも、わたしの役目だから」


「でもな、そんな格好で持ち歩くもんじゃねぇだろ。

 俺が持っててやろうか?。中で抜くわけでもねぇし」


手を伸ばすと、リュリシアは驚いたように剣を抱き寄せた。

瞳が揺れ、けれどその奥は静かに光を帯びていた。


「だめ。これは、私が持たないとだめなの。」

「まったく貴様は…そうやすやす王剣を他人に持たせられるわけなかろう…」

「……そうか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アークが手を引く。

そのとき、リュリシアの視線が彼の顔に向いた。

包帯に覆われた頭、わずかに覗く目だけが灯に反射している。


一瞬、その瞳が色々な記憶と重なる。

自分を抱え飛び回った時の横顔…、闘技場でエレナとの試合の時の眼光…そして、最後に――

あの船の上で見た、初めて見た彼の笑った時の目…、どれも同じ色をしている。


リュリシアは小さく息を呑み、目を伏せる。

その横で、アークは何も気づかぬまま、窓の外の光を追っていた。


沈黙ののち、エレナがぼそりとつぶやく。

「お前自身も悩みのタネだな…」

その声に、また小さな笑いが車内をくすぐった。


ーーーーーーーーーーーーー


王都の外壁が見えはじめたころ、

夜の空気はゆっくりと金色に染まりはじめた。

城下の灯が風に揺れ、花のように通りを彩っている。

門前では、儀仗兵が整列し、王家の旗が夜風にはためいた。


その旗には、双翼を広げた白竜と、その中央に刻まれた金の剣――

“アルトリウス王家”を象徴する紋章。

竜は「守護」、剣は「誓い」を意味し、

この国の王たちが代々掲げてきたものだ。


「アルシェル王国の来賓――アドリア公閣下、リシアン公子一行!」


号令が響き、槍が掲げられる。

門がゆっくりと開き、アークたちの馬車がその下をくぐった。


中庭の広場には噴水と灯籠、豪奢な馬車の列。

各地の貴族たちが次々と降り立ち、色とりどりの衣装が夜に咲く。


「……なんだこりゃ、光りすぎだろ」

包帯の下で、アークが目を細めた。


馬車が停まり、エレナが先に降りる。

続いてリュリシアがヴァルセリクスを抱えたまま足を下ろす。

白い裾が石畳に触れ、灯りの粒が跳ねた。


「……あれがアドリアン公令嬢か」

「おお……聖女の再来だ……」


周囲のざわめきがわずかに高まる。


そのとき――。

門の影から近づいてきた数人の兵士。

鎧の胸には、王家の竜剣ではなく、槍の紋章が刻まれていた。


兵士の槍、その根元には小さく「試練」を意味する文字が彫られている。


アークが眉をひそめる。

「……あれ、王城の紋章じゃねぇな」


エレナが静かに頷き、小声で囁く。

「“試練派”の紋章だ。――王の直属ではなく軍務院の兵」


「つまり、ここの門番を任されたのは……」

「試練派だ…」


兵たちは列を抜け、リュリシアの前に立った。

一人が口を開く。


「アドリアン公令嬢、王都の規定により武具の持ち込みは固く禁じられています。

 そちらの剣〈ヴァルセリクス〉も例外ではありません、舞踏会の間はこちらでお預かりを。」


リュリシアはすぐに顔を上げ、きっぱりと言った。

「お断りします。これは私の役目です。」


兵は眉をひそめ、しかし一歩も退かない。

「陛下のご安寧のためです。決して粗略には扱いません。」


先に降りていたアドリアンとリシアンが遠くで他の貴族と挨拶をしていたが、

こちらに気がついて寄ってきている。


アークが低くつぶやく。

「“安寧”ねぇ……便利な言葉だな。…てか王剣なんだろう?預けるもんなのか?」


隣でエレナが小声で返す。

「前代未聞だ。式典で王剣を預かるなど、この家を疑うに等しい。――奪いに来ている。」


アークの口元がゆっくりと歪んだ。


あからさまに粗暴な身振りになり、首を回しながら体をぶつけるように前に出て、兵の前に立つ。


「な、何だ貴様は!?」

兵士は場違いなアークの見た目、そして出方にたじろぎながら姿勢を正して威厳を保とうとする。

そこにようやくアドリアンとリシアンがやってきた。


「これは何の騒ぎかね?」

「我々になにか問題でも?」


兵たちが顔をしかめ、空気が一気に張り詰める。

周囲の視線が集まる。

アークはそれをわざと利用するように声を大きくしてアドリアンに問う。


「あぁ、ちょうどいい!聞きたいんだけどよ!

 俺みたいなただの雇われ護衛があまりの怪我に乱心して、この兵を殺したとしてだ…。

 ……俺は切られるとして…あんたらのお家が怒られる“上”って、あるのか?」


エレナの瞳が、僅かに揺れた。


アークの言葉が、広場の空気を凍らせた。

その沈黙の中で、アドリアンがわずかに目を細める。

そして静かに――、しかし誰の耳にも届く声で言った。


「……罪には問われるだろう、しかし重罪なのかを決めるのは陛下だ」


その一言で、兵士たちの肩がびくりと動いた。

ざわめきが走り、数名が思わず一歩引く。

アークは包帯の下で口角を上げ、わざとらしく腰の剣に手を置いた。

金属の擦れる音が小さく響き、誰も息を呑む。


「っ……!」


そこに、軽やかな声が割り込んだ。

リシアンだ。

彼は涼しい顔で一歩前に出ると、柔らかく微笑んだまま言葉を放った。


「失礼。――正規ではない護衛が武器を預ける規則は確かにございます。

 だがしかし、王剣となると“王命”があった場合のみ……でしょう?」


静かな声だったが、その一語一語が鋭い刃のようだった。

兵士の喉元に、言葉のナイフが突きつけられる。


「い、いえ……そ、それは……有事の、ため……」


兵士の顔が引きつり、言葉が途切れた。

焦げつくような沈黙の中、奥から靴音が響く。


現れたのは、銀の肩章をつけた壮年の貴族――試練派のまとめ役と思しき人物だった。

彼は苦い笑みを浮かべ、形ばかりの一礼をする。


「アドリアン公、誤解があったようだ」

「おぉ、バルデス卿。久しく」


「申し訳ない、伝達が行き届いていなかったようだ。

 王剣〈ヴァルセリクス〉はアドリアン家に受け継がれた聖遺。

 我々が“武器”として預かるなど、あろうはずがない。」


言葉は謝罪の形をとりながら、その声音には露骨な棘があった。

その背後で、兵士はバルデスの言葉にさらに困惑し、

青ざめた顔でただ、息を呑み――


「っ……は!」


と、それだけを吐き出した。


広場に、重い沈黙が落ちた。

風が旗をはためかせ、灯籠の火がゆらりと揺れる。

誰もが口を閉ざしたまま、視線だけを交わしている。


試練派の兵は退ききれず、バルデスもなお微笑みを崩さない。

だがその笑みの奥で、鋼のような怒気が確かに光っていた。


アドリアンが軽く頷き、リシアンが小さく息を吐く。

その場が、ようやく形だけの平穏を取り戻す。


――戦場でもないのに、剣の抜けぬ緊張だけが残った。


包帯の下で、アークが鼻で笑う。

「……なぁ、エレナ」

「なんだ」

「お前じゃこのやり方できねぇだろ? 俺がいてよかったな!」


エレナは眉をひそめて呆れたようにため息とともに言葉を吐く。

「馬鹿め……貴様という火種がいなければ、そもそも燃えん」


その瞬間、後ろから小さな手がアークの背を掴んだ。

「もう……無理やりすぎよ」


リュリシアだった。

頬をわずかに膨らませ、けれどその瞳は笑っている。

アークが振り返ると、彼女は剣を抱えたまま、少しだけ肩をすくめた。


「でも……ありがと」


包帯の下で、アークの口元がかすかに動く。

「おう、任せとけ」


夜の灯が彼らの影を伸ばし、静かな風がそれを撫でていった。

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