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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第61話:慈悲派の館


夕暮れ、丘を越えた先から、

白い鎧に青いマントを付けた騎士団が列を成してこちらへ向かってくるのが見えた。

陽の落ちかけた空を背に、鎧の縁が淡く光を反射している。


「なんだ……?」


俺は思わず馬を進め、馬車の前に出て剣の柄に手をかけた。

一行は無言のままこちらに向かってくる。空気が張り詰めた。


そのとき、背後から落ち着いた声。

「案ずるな……あれはリシアン様の兵だ」


エレナが馬を寄せ、俺の腕にそっと手を置く。

彼女の視線の先、白鎧の一団が整然と並び始めた。

まるで風が割れるように、道の両脇に分かれ、中央に一本の通りを開ける。


「味方か……」

俺は息をつき、剣から手を離す。


中央を進み出た騎士が、銀の飾りをつけた兜を軽く外した。

陽の残光を受けて、金糸のような髪がこぼれる。

彼は馬上で深く頭を下げ、よく通る声で告げた。


「アドリアン公爵閣下のご一行とお見受けいたす!!

 我らリシアン侯の使いにございます!

 侯より“夕餉と宿を整えてお待ちしております”とのこと!」


さすがな口調と、礼の角度の深さが印象的だった。

どの兵も統制が取れており、彼らの主がただの貴族ではないことが分かる。


エレナは馬上で小さく頷き、落ち着いた声で返す。

「出迎えに感謝いたします!リシアン侯に謹んでお礼を!」


「はっ!。ではこちらへ!」


号令とともに、兵士たちは馬車の先導につく。

整然と動くその姿は、まるで儀式の行進のようだった。


俺は再び手綱を引きながら、小さく呟く。

「……なるほどな、あの整列の仕方。軍でもなきゃできねぇ」

やっぱ貴族ならあれぐらい兵士がいるもんだよなぁ普通…。


夕陽が沈む頃、行列は丘を下り森に入る。


森を抜けると、視界がぱっと開けた。

白い石造りの屋敷が、丘の上に堂々と立っている。

門塔の上では、青地に銀糸で刺繍された旗がはためいていた。

その中央には――両の掌に包まれた一輪の花の意匠がある。


道中、エレナは最近話してくれないので、俺の隣りにいた兵にしつこく話しかけてすこしだけ情報を得た。


花は“慈愛”、掌は“赦し”を象徴するのだとか。


(……なるほどな。いかにも“慈悲派”らしい)

上品すぎて鳥肌が立つほどだが、

どこかで妙に整いすぎた静けさが、逆に不気味に感じられた。


馬車が門前に止まる。

青の礼装に身を包んだ従者たちが二列に並び、

その中央から、柔らかな声が響く。


「ようこそお越しくださいました、アドリアン殿。

 そしてリュリシア嬢――久しぶりですね」


ゆっくりと歩み出てきた男は、

淡い金髪を後ろで束ね、白銀の羽織に青い刺繍をあしらっていた。

目元は穏やかで、微笑を絶やさぬその姿に、

兵や従者たちが自然と頭を垂れる。


アドリアンが馬車から降りると、男は軽く手を広げて迎えた。

「リシアン、久しいな。

 わざわざの出迎えまでくれるとは、助かるよ」


「何を仰います。

 親族が旅の途上にあると知って、迎えずにはおられません、

 先の魔族の件もあります、当然のことです。

 ――さあ、どうぞ。道中お疲れでしょう」


その声は驚くほど柔らかいのに、

どこか底の見えない静けさがあった。


リュリシアがそっと馬車から降り、

胸の前で手を組み、丁寧に頭を下げる。

「ご無沙汰しております、リシアン様。

 お招きいただき、ありがとうございます。」


リシアンはにこやかに頷き、

「これはこれはリュリシア嬢、また一段と美しくなられましたね」

と穏やかに笑う。


俺は馬から降り……そのやり取りを、俺は少し離れた場所で見ていた。

(見た目は完璧な好人物……だが、どうも好かねえ)


そんな遠目から見ていた俺とヤツの目が合う。

すると向こうからこちらに近づいてきた。


「(…下手なことは言いうな)」

「(…わかってるって)」


エレナがすぐ俺の隣に来て軽い肘打ちと同時に耳元で呟いた。

それからリシアンが俺達の前に立ち、エレナに合わせて俺は頭を下げた。


「なるほど、君がアーク君だね?」


俺はその声に驚き顔を上げた。

…なぜただの護衛の名を?、と思ったがその疑問はすぐに解消された。


リシアンは微笑を崩さぬまま、

顔の横で軽く三度、手を鳴らした。


(あぁ〜)


剣闘大会で俺が得た名誉だか不名誉高よくわからん妙なあだ名…チャチャチャ…。



「“チャチャチャ”の剣士のほうがいいかな?」


その声音は穏やかだが、明らかに探る響きを含んでいた。

まわりの従者たちが一瞬だけざわつく。


俺は内心で頭を抱えた。

(……やっぱ、その呼び名もう広まってんのかよ)


「恐縮です。お耳汚しを覚えておいでとは。」

エレナがすぐに間に入るように答える。

その声音は丁寧だが、どこか張り詰めていた。


リシアンはわざとらしく感心したように笑った。

「“不退の剣”、この国最強に近いエレナに勝つとは……。

 いや、負かしたと言うべきかな?」


(不退の剣?うちの教官はそんな名前ついてたのか…)


その目が、一瞬だけ俺を射抜く。

柔らかい笑みのまま、視線だけが冷たい。


(……完全に探ってやがる、食えないタイプだ…)


エレナは沈黙を守り、微動だにしない。

俺もまた、下手に言葉を返すのは危険だと悟った。


「光栄なことですが、あの時は――幸運が味方したまでです。」

そう言って軽く頭を下げると、

リシアンは「なるほど」と頷いた。


「幸運を味方につける者は、王の器を見極める目を持つ。

 ――私の好きな言葉です」


その言い方は柔らかくも、どこか含みがあった。

まるで“お前、何を見ている?”とでも言いたげな声音。


(やっぱり、この男……ただの貴族じゃねぇ)


アドリアンが一歩前に出て、空気を切るように咳払いした。

「リシアン、話は中でしよう。ここでは少し冷える。」


「ええ、もちろん。」

リシアンは微笑みを取り戻し、優雅に手を差し出す。

「どうぞ、公。晩餐の席を整えております。」


青い絨毯が敷かれた階段を、アドリアンとリュリシアが先に上っていく。

その背を見送りながら、リシアンがふとこちらに視線を向けた。


「“チャチャチャ”……ふふ、

 いい剣を持っている者ほど、無駄口を叩かない。覚えておきましょう。」


そう言い残して、彼はゆっくりと背を向ける。


(ああ、覚えなくていい。できれば忘れてくれ)


俺は小さく息を吐き、

エレナと視線を交わした。


その瞳が一瞬だけ言っていた――

「油断するな、こいつは“表”の顔しか見せていない」と。


晩餐の間は、まるで聖堂のように静かだった。

白い石壁に青の旗。

慈悲派の象徴である“掌に包まれた花”の紋が、燭の光を受けて揺れている。

派手さはないが、整いすぎた上品さがかえって威圧的だった。


俺は長卓の一角、護衛席の端に座る。

アドリアンは上座、向かいにはこの屋敷の主――リシアン・レオナード侯。

淡い金髪に穏やかな笑みを浮かべた、いかにも貴族然とした男だ。


「こうして顔を合わせるのは久しぶりですね、アドリアン殿。

 このところ、王都もずいぶんと落ち着かぬようで。」


アドリアンはワインを軽く傾けながら、静かに頷いた。

「均衡と慈悲…それに試練――意見の違いは昔からあるが、

 最近はそれが剣を持つ口実にされつつある。心苦しいことだ。」


リシアンはわずかに目を伏せ、ため息をついた。

「私も同感です。

 あれほど争いを嫌った陛下の御代に、

 また同じ轍を踏もうとしているとは……。

 耳の早いアドリアン殿なら、もうご存じでしょうが――」


彼は言葉を一拍置き、

そのままワインを一口、喉を湿らせてから続けた。


「――どうやら“慈悲派の一部”が、私を次の王にと推しているようなのです。」


一瞬、場の空気が変わった。

リュリシアが驚いたように目を見開く。

だがリシアンはあくまで柔らかな笑みを崩さない。


「もちろん、私はそんな器ではありません。

 陛下はまだ健在。王位を語ること自体、不敬にもほどがあります。

 ですが……“誰かが風を吹かせている”のは確かでしょう。」


アドリアンは目を細めた。

「その“風”がどこから吹いているのか、私も気になっていた。

 ――均衡と慈悲の名を使い、己の欲を満たそうとする者たちだ。」


「まさに…おそらくは試錬のものかと……本来、“試練”の理念は尊いものだったのです。

 努力、成長、克己――。

 だがいつからか、彼らは“力そのもの”を信仰し始めた。」


アドリアンが低く頷く。

「均衡が弱まれば、剣は王を選ぶ。

 王国の歴史がそれを何度も繰り返してきた。」


「まさにそれです。」

リシアンは穏やかな声のまま、しかしその瞳だけは鋭かった。


「慈悲が勝てば、国は軍を失う。

 試練が勝てば、国は心を失う。

 ――そして、均衡が崩れた今。どちらに転んでも、この国は“偏る”。」


静寂が訪れた。

蝋燭の炎が、音もなく揺れている。


リュリシアが不安げに父を見た。

アドリアンはわずかに目を細め、

ワインを口に含んでから、静かに息を吐いた。


「……王が病床にある今、国を保つのは民の理性だ。

 だが、理性ほど儚いものもない。」


アドリアンが低く呟く。

その声には、ただの政治の重さではない“痛み”が滲んでいた。


リシアンはその意味を察したように、静かに頷く。

「世継ぎ殿の件……あれは本当に惜しいことでした。」


リュリシアが小さく息を呑む。

部屋の空気が一瞬だけ重くなった。


「まだ若かった。」

アドリアンはグラスを置き、視線を落とす。

「王はその死を受け入れられず……それが、おそらく病を深めた。

 “均衡”を保つというその信念が、最も彼を蝕んだのだろう。」


リシアンは深く目を伏せる。

「聞くところによると、世継ぎ殿の病……どうやら“自然のもの”ではなかったとか。」


その一言に、エレナの眉がわずかに動いた。

アドリアンは答えず、ただワインを一口含んだ。

沈黙の中で、蝋燭の炎がわずかに揺れる。


「魔族…」

リュリシアが小さく呟く。


リシアンは、ため息のように静かに言った。

「……噂の域を出ませんが。

 だが、王都の医師の半数が“何かを恐れている”のは確かでしょう。」


アドリアンは目を閉じ、短く首を振る。

「どこまでが真実かは分からん。

 だが、あの方が“均衡”を失ったのは事実だ。

 ……その責を誰かに押しつけるような真似だけは、したくない。」


リシアンはワインを置き、アドリアンを静かに見た。

「あなたが王にならぬ理由が、それなのですね。」


アドリアンはわずかに笑った。

「そう見えるか?」


「ええ。あなたが望めば、誰も逆らえぬでしょう。

 だが、あなたは均衡を壊さないためにあえて立たない。」


リュリシアが父を見つめる。

その瞳には、理解と、少しの痛みが混じっていた。


アドリアンは娘の視線を受けながら、ゆっくりと頷いた。

「最もなことを言えば…私が王になれば、“均衡”はただの名残になる。

 だがそれ以上に……リュリシア、お前には、もっと重い十字を背負わせることになる。」


「父上……」


「だから私は王にはならん。

 私は、“均衡”であり続ける。

 剣でも慈悲でもない、ただの秤として――。」


リシアンは深く息を吐き、

「……その覚悟こそが“王の器”なのですよ」と静かに言った。


アドリアンはかすかに笑い、杯を手に取る。

「器など要らん。均衡とは、誰かが壊したあとに残る“責めの座”だ。」


リシアンも微笑を返し、二人は再び杯を合わせた。

澄んだ音が、まるで遠い鐘のように響いた。


(……王が倒れ、跡継ぎが死に、貴族がそれぞれ勝手に動く。

 そりゃ、この国が軋むわけか)


俺は手元の皿のパンをちぎりながら、

思わずため息をついた。


(……味方なんだろうけど、

 “王国の話”ってやつは、ほんと胃が痛くなるな)


そうして俺はリュリシアを見つめていた、彼女は一瞬俺と目が合うとすぐに背ける。

最近はこんな感じだ…、それでも…。


リュリシアみたいな子が普通に笑えないってのは…どうにも歯がゆいぜ…。

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